3
私は親切な男性に家まで送ってもらった。
家に帰ると、心配そうな顔をした伯母さんが待っていた。
剛と杏子から連絡を受けて、家に来たと言うことだった。
スマホは喫茶店に忘れてたらしく、剛達が家に届けてくれていた。
*
「あ、おはよう。
早く顔洗っといで。
あ、会社には、今日は風邪ひいて熱が高いから休むって連絡しといたから。」
「そう、ありがとう…さとみおばちゃん、ごめんね。
迷惑かけて。」
「そんなことはいいから、早くごはん食べようよ。
一緒に食べようと思って待ってたんだ。」
「うん……」
和食の朝ごはんはひさしぶりだった。
焼き魚とちょっと甘目の卵焼き…
なんだかとても気持ちが落ち着いた。
「どうだった?」
「え?」
「だから…朝ごはん。」
「うん、美味しかったよ。」
「そうかい、良かった。」
話さなきゃ…昨日のことを……
顔では微笑みながらも、心の中ではそんなことを考えて焦っていた。
「さとみおばちゃん…あの…もしかしたら、剛達から聞いたかもしれないけど……」
「あぁ、あらかたの話は聞いたから良いよ。もう話さなくて。
……それとも、話したいかい?」
私は少し考えて、ゆっくりと首を振った。
「さて…今日はずる休み出来たから、どこかにおいしいものでも食べにいくかい?」
「ありがとう、おばちゃん…」
「何言ってんだよ。食事はあんたのおごりだよ。」
「え〜〜っ!?」
おばちゃんの冗談に、ちょっとだけ笑えた。
*
二人でショッピングセンターにでかけて、ウィンドウショッピングを楽しみ、お昼にはおいしいお寿司をいただいて、感じの良い喫茶店でお茶を飲む。
「今日はあんまり降らなくて良かったね。」
大きな窓から外を見ながら、おばちゃんが呟いた。
「さとみおばちゃん…雪明かりの道の話知ってる?」
私はふとそんなことを口にした。
「雪明かりの道…?あぁ……新月の晩、誰にも会わずに歩いてたら、自分に会いたがってる人に出逢えるってあの話かい?」
「え?一番会いたい人に会えるんじゃないの?」
「私は、自分に会いたがってる人が待ってるって聞いたと思ってたけど…それがどうかしたのかい?」
「うん…実はね……
いや、やっぱりやめとくわ、馬鹿みたいな話だから。」
「そこまで聞いたら、気になるじゃない。
馬鹿みたいな話、聞かせてよ。」
そう言われたら、もう話さないわけにはいかなかった。
「実はね…私…昨夜はとにかく少しおかしくなってたから、どこともわからない田舎道をどんどんどんどん歩いてて……
本当に寂しい所でね…誰にも会わなかったんだ。
それでね、空見たら月がなくて…それで、雪明かりの道の話を思い出したんだけど……
さんざん歩いた頃、ようやく人と出会ったの。
それがね…なんと、私だったのよ。
出会った相手が私自身だったの…笑っちゃうでしょう?
あ、もう大丈夫だから、心配しないで。
昨夜は一時的に混乱してただけ。
あれが妄想だってこと、今はしっかりわかってる。」
私は笑ってそう言ったのに、さとみおばちゃんはなんだかひどく強張った顔をしていた。
「……おばちゃん?」
「さっちゃん…その人、本当にあんただった?」
「え…?」
それはおかしな質問だった。
妄想に本当も何もないと思うんだけど……
でも…言われてみれば、確かにどこか違う気はした。
まず、私だったらあんなことは言わないだろうし、髪形や服装の趣味が私とはどこか違う。
「そういえば、ちょっと違う気はしたけど…
でも、顔は間違いなく私だったよ。」
さとみおばちゃんは黙って首を振った。
それが何を意味してるのか、私にはわからなかった。
「……どういうこと?」
「ゆきちゃんだよ、きっと。」
「ゆき…ちゃん?」
おばちゃんはゆっくりと頷く。
「よしえ、勇さん、もう良いよね?
さっちゃんに何もかも話すよ。」
さとみおばちゃんは、窓越しに空を見上げながらそんなおかしなことを言った。
「おばちゃん、何のこと?
何もかも話すって何?」
「さっちゃん…実はね…あんたは双子だったんだ。」
「え…私が双子?」
「そうだよ。
でもね、あんたのお姉ちゃんは、生まれた次の日の朝、亡くなった。」
そんな話、聞いたことがなかった。
驚いて何も言えない私に、おばちゃんは話を続けた。
「あんたがまだ小さい頃のことだけどね…
あんたは、独り言みたいなことを良く言ってたらしいんだ。
まるで、見えない女の子と遊んでるみたいだったって。
それでね、よしえはあんたの双子の片割れが成仏出来てないんじゃないかってえらく心配してね。
遺された者の想いが強いと、なかなか成仏出来ないなんて話もあるから、とにかくそれ以来、亡くなったゆきちゃんのことは一切話さなくなったんだ。
そのせいかどうかはわからないけど、あんたもそのうちそういう行動はしなくなったらしい。」
「そんなことが……」
「まぁ、よしえ達もいずれは話すつもりだったのかもしれないけど、まさかあんなに早く逝ってしまうとは思ってなかっただろうから言いそびれたんだろうね。
そっか…ゆきちゃんに会ったのか…
きっと、ゆきちゃんはあんたに会いたかったんだろうね。
今でもずっとあんたの傍で見守ってるんだろうね。」
今まで存在さえ知らなかった双子の姉のことが、急に身近に感じられて胸が詰まった。
「あんたを見てると、きっと自分が生きてるみたいに思えるんじゃないだろうかね。
自分の分も長く、幸せに生きてほしいって思ってるんだよ、きっと。」
「そう…なのかな。」
「そうだよ、双子は二人で一人だなんてよく言うからね。」
私のことをそんな風に想ってる人がいたなんて、私は気付いてもいなかった。
それに…深夜までずっと家で待っててくれたさとみおばちゃん…今日も私に付き合ってくれて…
(私…剛と別れてもひとりぼっちじゃないんだ……)
胸がじんわりと熱くなって、込みあがって来る涙を私は必死で堪えた。
「おばちゃん……プリンアラモード食べない?
それとも、ケーキにする?」
「え?……そうだね。
じゃあ、食べようか。
うん、うん。」
私達は、甘いものを思いっきり頬張った。
しばらく時間はかかるかもしれないけど、でも、きっと乗り越えられる。
私は、ひとりぼっちなんかじゃないんだ。
私には、本気で支えてくれる人達がいるんだから……
〜fin.
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