(馬鹿みたい…何やってるんだろ、私……)



今どのあたりを歩いているのか、まるでわからなかったし、そんなこと、どうでも良かった。







「ごめんね、佐智。」

「本当にごめん!」



私の前で頭を下げる二人は、私の彼氏と親友だった。
突然、別れを切り出され、その驚きから冷めきれないうちに、彼は言った。
結婚することになったって。
しかも、相手はよりにもよって私の親友だと思ってた杏子だと。
しばらくすると、杏子が現れ、二人は私の前で頭を下げた。
一年程前、杏子が彼氏と別れた時に、剛に愚痴をこぼしたことが発端で、それから二人は私に内緒で度々会ってたそうで…
子供が出来たことがわかったから結婚を決めたって…


なんて勝手な人達なんだろう…激しい憤りに身体が震えた。
怒りに任せて、二人の頬をぶったたいてやった。
喫茶店にいたお客達の視線が、一斉に私達に集まった。



「あんた達なんて、不幸になれば良い!」

そんな捨てセリフを吐いて、私は店を出た。
外に出た途端に、涙がぽろぽろこぼれた。
何度拭っても止まらない涙に、私は俯き、近くの駅に向かった。



家に帰るつもりだったのに、私は離れたホームにたまたま来ていた三両編成の電車に飛び乗った。
一日に数本しかない単線だ。
車両の中に乗客は数名しかいなかった。
恥ずかしい泣き顔を見られないのは助かる。

俯いたままさっきのことを思い出す……
また込み上げて来る熱い涙を拭い、何も気付かなかった馬鹿な自分自身への怒り、そして、私を裏切ったあの二人への憎しみ…どうにもたまらない気持ちに苦しくなって……
そのうちに、電車はあっさりと終着駅に辿り着いていた。



(……何もない……)



そこは山の麓のひなびた駅で、私の他にはおじいさんが一人降りただけだった。
駅は無人で、駅の周りには街灯さえまばらで、薄暗い。
もうそろそろ日も暮れる…そしたら、きっとこのあたりは真っ暗になるだろう。



(今の私にぴったりだわ……)



得体の知れない笑みがこぼれた。
私は次の電車の時間も見ずに、駅を離れた。
もうなにもかもがどうでも良かった。
さっきのショックが大きすぎて、まともに考える事が出来なくなっていた。



しばらく歩き続けると、日が沈み、あたりは闇に閉ざされた。
ふと見上げた空には月がなかった。
ただ、静かに星が煌めくだけ……
だけど、降り積もった雪のおかげでそれほど暗さは感じない。



私はあてもなく、見知らぬ田舎の道を歩き続けた。
何も考えていないつもりだったのに、ふと気付くとあの二人の顔が思い浮かんでいて、その度に涙がこぼれた。



近い将来には剛と結婚して…幸せな生活が待ってるものだと信じていた。
その幸せを一緒に喜んでくれると思ってた親友に裏切られるなんて……



(母さん…酷いよね…
杏子とは、中学の時からの友達だっていうのに、なんでこんなこと……)



空を見上げると、星がきらりと瞬いた。
母さんや父さんが、そうだそうだって一緒に怒ってくれてるように思えて、また涙がこみあげた。



このまま、私も母さん達の所に行きたい…
そんな衝動にかられた。



そうだ…このまま、ずっとこのあたりを彷徨ってたら本当に……



(あ……)



私の脳裏を古い記憶がかすめた。
そう、あれはまだ杏子とも仲が良かった中学生の頃……
おまじないっていうのか、都市伝説っていうのか…そういうものがあった。
新月の晩、誰にも会わずに雪明かりの道を10km歩けたら、その先で、一番会いたい人が待ってる…っていうもの。
人によっては、5時間歩くとか、夜明けまで歩くとか、そのあたりのことは少しずつ違ったっけ。
でも、それを成功した者は誰もいなかった。
ほとんどが、途中で誰かに会ってしまったって言ってた。



考えてみれば、私は今の所誰にも会ってない…
どのくらい歩いたかはわからないけど、もうずいぶん歩いてることは確かだ。
このままずっと歩いていたら、もしかしたら、母さんや父さんに……



(……馬鹿馬鹿しい…!
あんなのはただの子供の都市伝説よ……)



その後も、私は誰にも出会わなかった。
それも当然だ。
あたりはいつの間にか森のような鬱蒼とした場所になっていて、さすがに私も心細くなっていた。
冗談ではなく、このままでは本当に大変なことになってしまうかもしれない。
あたりには民家の明かりさえ見えない。



(あ……)



暗い空からはらはらと小雪が舞い始めた。
この分だと今夜はうんと冷えそうだ。
こんな所で野宿なんてことになったら……



(……それも良いかもしれない……)



どうせ私はひとりだもの。
家族もいない…



これから家族になるんだと思ってた人もいなくなった。



(だったら、私もいなくなっても良いかもしれない……)


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