115、奇襲船との一戦


ナミを医者に診せる針路に変更し、緩やかに航海をはじめた翌日のお昼過ぎ。
アリエラとサンジとビビは女子部屋で彼女の看病をしていた。昼食も喉に通らないくらいにナミは病に冒され苦しんでいる。さっきお水を飲ませるので精一杯だった。サンジもナミの状況を見てどんな食事を提供するか、今感じ取るためにここにいるのだが…。

「アリエラさん、ナミさんの熱はどう?」
「きゃっ、お昼になってもナミのお熱が全然引かないわ。このままじゃ夜はもっと上がっちゃうかもしれない…」
「えええええーーッ! なっナミざん死んじゃうのがなッ!?」
「クエーーッ!!」
「暴れないでッ、サンジさん! カルー!」

ナミの体温を見ては涙を流しながらぐるぐる走り始めるから、ビビのお叱りも一体これで何度目だろう。アリエラは体温計をキャップにしまいながら苦笑いを浮かべた。

サンジとのお風呂場での一件のことで、朝深々と頭を下げられた。「もう大丈夫よ、ごめんね気を遣わせちゃって」と言うとサンジは涙目で「アリエラちゃんは女神様なのか、?」とこぼしたので笑ってしまった。そのあとにサンジのスペシャルな朝食を振る舞ってもらえて、おまけに手の込んだ特性ジュースまで。何だか悪いことをした気分に陥ったのだが、それからは何も思い出させないように至極自然に振る舞っているサンジから“紳士”を感じれて心にぽっと火が灯る。

ビビの強い一言に二人はぴたりと動きを止めて鼻を啜った。

「サンジくん。だめよ、騒がしくしちゃ。ナミが目を覚ましちゃうわ」
「うん…、ごめんね。取り乱しちまった」
「心配なのはとおってもよく分かるけれど」

洗面器を持って立ち上がり、しゅんと大人しくなったサンジににっこり微笑むと、彼はでれっと表情を崩した。こう見るとナミやビビへの対応と同じに見えて、少し胸がほっとする。そんな、エトワールだったからって気を使わなくてもいいのに、と。

「じゃあ、わたしはお水を入れ替えてくるわ」
「ええ。ありがとう」
「おれが行こうか、アリエラちゃん」
「ううん、わたしがするわ。ありがとう」

少しぬるくなってしまった水は気持ち悪いだろう。新鮮な冷たいお水でないと。たっぷりと張られた水をこぼさないように靴を履いて階段を登っていく。美しく歩くエトワールになるために、バレエや新体操をしていたからバランス感覚もばっちりで頭に乗せても歩けるだろう。
綺麗な後ろ姿を見送ると、サンジはほっと胸を撫で下ろした。昨日のアリエラが、アリエラの言葉が脳裏に焼き付いて離れないのだ。これ以上一緒にいたら顔が赤くなって頭はパニックに陥っていただろう。アリエラへの好きが増して顔も見れなくなってきている。ああ、もう…唯一のレディってのはこんなにも悩みの種を蒔いていくのか。アリエラのことで悩めるなんて、これ以上にない幸せなことだがより恋は深刻を増していくから辛いものだ。なんせ、この船に仲間にライバルがいるのだから。

「はあ…」
「…どうしたの? サンジさん」
「えっ、いや何でもねェ。ナミさん、熱下がってくれねェかな…」
「ええ。私たちの判断で解熱剤を飲ませることはできないから辛いでしょうね…。早く島に着いてほしいわ」

長いまつ毛を白い肌に伏せるビビの横顔は一国の王女のものではなく一人の少女のものだった。自分よりも3つ下の女の子が背負っている運命はあまりにも過酷で薄い肩を抱きしめたくなった。その重みをこちらにも分けてほしい。一人で背負うには重すぎて押し潰されてしまうほどのものを。



「医者は見えるかーーッ!?」
「医者が見えるか、バカ!」

しんしん降り注ぎはじめた雪は、ひんやりとした甲板に落ちていく。溶けずにちょこんと座っているからこの床は積もることだろう。見張り台の上から、キッチンへ向かったアリエラを横目で見てゾロは再び双眼鏡で景色を覗く。淡い靄が飛び交うため、海も遠くを望めないでいる。ルフィの抜けた言葉が下から鼓膜を揺らし、ウソップに任せて無視を続けていると…右舷の方に目を疑うものが浮いて…いや立っていてゾロははっと息をのむ。

「……、」

もう一度、双眼鏡を覗いてみるとやはり海面にそれはあった。自分の目がおかしいのだろうか。真偽を確かめるためにゾロはじいっと“それ”を見つめながら下で島にうずうずしているルフィとウソップを呼ぶ。

「おい、お前ら…」
「「ん〜?」」
「海に……人が立てると思うか…?」

いくら雪が積もりはじめている海域だとはいえ、海面が凍っているわけではない。きょとんと瞳を丸めているルフィの隣でウソップは降ってきた言葉を咀嚼し、はあ…と大きなため息を吐いた。

「“海に人が立てるか”だと? ゾロ、お前一体何を言い出すんだ…」
「じゃあ…ありゃ何だ…」
「なにって?」
「何が…」

少し抜けているところのあるゾロだが、流石にここまでではない。ルフィとウソップは顔を見合わせてゾロが見つめている先の海面に目を向けると…。
まっさらな液体の上に長身の男が立っているのが窺えた。頭巾のようなものをかぶり、防寒対策もしっかりした男の人が。背中に弓と矢を背負っているが表情は少し間抜けっぽさがある。海の上に立ててはいけないものを確認したルフィとウソップは目を擦ってもう一度目視すると、やはりそれは揺るがない現実としてそこに存在している。

「よお。よく冷えるな、今日は」

驚きに言葉も発せられないで呆然と彼を見つめていると、呑気な声がしんとした冷たい空気を揺らした。はっと肩を揺らし、ルフィとウソップは頭に汗を浮かべながらお互い顔を合わせる。

「…うん…よく冷えるな、今日は」
「あ…ああ。冷える冷える。すげえ冷えるよ、今日は」
「そうか?」

言われた言葉を拾ってルフィとウソップはお互いに頷きあったのに、当の本人から帰ってきたのはまた意味不明な返しで会話に参加していなかったゾロまでもが引き攣った顔して海の上に立つ男を見つめた。

そのとき、どこからか「浮力をあげろォ〜〜!」と野太い声が反響した。この前にいる男のものではない。どこに人がいるんだ?とキョロキョロ首を左右に動かしていると、海面がゴボッと低い音を立てた。次の瞬間、男の立っている海面が押し上げられるように飛沫をあげて中から巨大な船の姿を現した。それはもうメリー号よりも遥かに大きく、見上げないと甲板どころか人も拝めないほどに背の高い船だ。

大きく海面を揺らしたため、メリー号も激しく前後左右でたらめに揺れキッチンで水を汲んでいたアリエラはきゃっ、とよろけ、ルフィたちも海面に引きずり込まれていかないように欄干を掴みぎゅうっと耐える。

「うわああッ、な、何だ何だ!?」
「うげっ!」
「これ船なのか!?」

ごろごろ転がっていくウソップは瀕死状態だ。ルフィは欄干に腕を絡め、麦わら帽子を押さえて大きく目を見開かせて驚嘆した。こんな大きな船がよく海面の中に入れたなあ、と。

その揺れはもちろん女子部屋まで及んでいて、ナミのベッドが飛ばされてしまうほどのものだった。寝ている彼女が宙を舞って床に落ちてしまわないよう、サンジが足でベッドを受け止め手でバランスを保ち支えている。飛んできたそれを咄嗟にバランスを崩すことなく掴んだなんて、サンジも相当な腕力の持ち主だ。頭を抱えたて疼くまったビビは、彼の行動に心底安心してほっと安堵し胸を撫で下ろした。

「あいつら…ナミさんが苦しんでるってのに何やってんだ!」
「何なのこの揺れはっ!」
「しっかり舵取れよ! ナミさんに何かあったらオロすぞ、てめェら!!」

ベッドを下の位置に戻してサンジは舌打ちを鳴らし、ルフィたちに怒りを飛ばしたが彼らは当然それどころじゃないためコックの怒りは甲板を撫でて消えていった。

「…こいつはまさか船なのか?」

ゆるりと揺れがおさまってきた中、ゾロは目の前に現れた巨大船を見つめてごくりと息をのむ。こんな船今までにない大きさだ。船首はカバ模型で帆が三つ連なって畳まれている。グーンと大きく伸びているマストのてっぺんには黒い旗が掲げられていて、王様帽を被った髑髏がゆらりと風に取られて揺れている。

「なっ、海賊船なのか!?」
「おお、すげェー!」
「この忙しいって時に…!」

ウソップの驚愕にルフィもゾロもすぐに食いついた。だが、相手が海賊となればあとは蹴散らせばいいだけのことだ。とゾロは思い直し、刀にそっと手をかける。

「まははははははは! 驚いたか! この“大型潜水奇襲帆船『ブリキング号』に”!」

先ほど、号令をあげた声が独特な笑い声を響かせてメリー号に飛び降りてきた。彼がこの海賊船の船長なのだろう。くいっと手を動かし合図を送ると、剣や弓を持った大量の部下も一緒に流れ込んでルフィたちを隈なく包囲する。

「ひいっ!!」
「ん?」
「……」

恰幅のいい格好。きらりと光る刃。そして数え切れないほどの敵の数。ウソップは涙を溜めて無抵抗を表すために両手をあげてブルブル首を振る。ルフィはきょとんとあたりを見回していて、見張り台をも網羅され、剣や銃を向けられているゾロも大人しく腰をおろして状況を読んでいる。

「まあ、なんて敵の数。応援に行った方がいいわね…!」

ラウンジにいたアリエラも舷窓から状況を汲んで、洗面器をテーブルに置き、太ももに潜めている鞭を引き抜いて甲板へと出ていく。彼女と同じタイミングで、女子部屋にいたサンジも揺れから異常な足音を感じ取って只事ではないと踏み慌てて靴を引っ掛ける。

「ビビちゃん、ここ頼む!」
「え、ええ…!」

ここまで聞こえてくる聞いたことない声にビビも困惑しながら頷いた。アリエラさんは無事かしら…。サンジもきっとアリエラのことも気がかりであんなに慌てていたのだろう。ビビはどうしてかそう感じてはっとし、思考をぶんぶん飛ばしていく。

「おい、どうした!?」
「大丈夫、みんな!」

倉庫から、ラウンジから、大きな低い高い声が響き冷たい空気がかき回された。新たな仲間の登場に敵もじわりと二人の元に近づいていく。サンジとアリエラの姿を捉えた船長の大きな瞳は焦りも何も感じていないようだ。サンジもトントンとつま先を叩きつけながら、優雅に煙草を一本取り出し、マッチを擦り合わせて火をつけ煙草を肺にたっぷりと送る。ふう……と紫煙とともにため息をこぼして数秒起き、穏やかな低音を仲間に投げた。

「──で、どうした?」
「襲われてんだ、この船」
「ま、そんなとこだろうな。見た感じ」

すぐ上にいるアリエラの無事を確認して、サンジは冷静に船長に返した。アリエラちゃんになに物騒なもの向けてやがる…、と怒りを感じたが相手は威嚇をしているだけだ。下手に動いて船長や剣士の思惑を引っ掻いてはならない。この空気から伝わってきて、サンジも敵に耳を傾けた。もちろん、アリエラも鞭を握りしめながら黙りこくって船長を見つめている。

「なあ、おれ達急いでんだけど」
「ひいいい…っ」

一ミリの恐怖心を抱いていないルフィに降りてきた船長はフンと笑った。まんまるとした巨体に白いモコモコしたコートを羽織っているその姿は凶悪な顔した白熊のようだった。

「まあ…しろくまさん、?」

と首を傾げるアリエラに白熊さんことワポルは「やかましい!」と声を荒げた。

「おいコラてめェ! うちの絶世の美女様に向かってなんだその言い方は!」
「ふむ…5人…たったの5人ってことはあるめェ」

むっすりと瞳を細めて突っかかるサンジだが、ワポルは一瞥をくれるだけで興味を持たなかった。それよりもぐうう…と鳴っているお腹の虫をどうにかしたいのだろう。麦わらのドクロを掲げた海賊団の船員を見回して、「お前ら妙な奴らだな、本当に海賊か?」とこぼし、小刀に刺していたお肉をべろりと口に含み、刀ごとバリバリいった。

「…っ、」
「…う、」
「なんだ〜あいつ! ナイフも食いやがった!」
「痛くないのかしら…見てるだけでも喉が…っ、」
「うが〜ッ! 見てるだけでも痛ェ!」

これまであらゆる敵や人々に遭遇してきたが、流石に刃物を食べる者はいなかった。彼のからだは一体どうなっているのだろうか。アリエラとウソップは顔を真っ青にしていて、ゾロとサンジもう…と引いている。ギョッとした空気をものともせず、ワポルはありえない咀嚼音を立てながら続ける。

「まあ、いいか。とりあえず聞こう。おれ達はドラムに行きたいのだ。エターナルポースもしくはログポースを持っていないか?」
「持ってねェし、そういう国の名を聞いたことがねェ」
「ほら、もうすんだろ? 帰れ! お前らの相手してる暇はないんだよ!」
「はーはー…まあ、そう急ぐな人生を…。持ってねェなら仕方ねェ。とりあえず宝と船は貰う」

紫煙と共にこぼされた低音に次いでルフィが奴らをしっしと追い払う仕草を見せたが、かちゃりと重たい音を響かせじわりと包囲が狭まっただけだった。諦めたかと思えばワポルは平然と奪略を口にしたからルフィとアリエラとウソップはえっ、と気の抜けたような短い悲鳴をあげた。

「んー、だが…小腹が空いてどうも……」

巨大なお肉を食べた後なのにまだ入るのね、と感心しながらアリエラが見守っているとワポルは何を思ったのか大きな…それはもう大人を一飲みできそうなくらいに大きな口を開けてバクリと欄干にかぶりついた。ちょうど可愛い渦巻き模様のあの場所を食いちぎって、それをお菓子のようにバリバリ噛み砕いて飲み込んでいく。

「なっ…!」
「ああっ、わたしのお気に入りのポイントだったのに!」
「いやそこかよッ! つーか何なんだよォ、こいつ!」
「おれたちの船食うなッ!!」
「ワポル様はお食事中だ!」

ルフィがワポルに拳を入れようと立ち上がったのだが、すぐに銃を突きつけられて動きは遮られてしまった。ぐっ、とルフィの細い喉が鳴る。だけど、銃は効かないしこのくらいで怖気付くルフィではない。奴らを押し退けて「うるせェ!」と銃の部下たちにパンチを振るった。

「うああっ、あの野郎やりやがった…!」
「撃てェ!」

ルフィの一発によってジリジリ攻めよっていた火蓋は落とされた。からん、と甲板に落ちる銃と人。それが合図かのようにゾロとサンジが口角をくいと持ち上げる。

「初めっからそうすりゃよかったんだ」
「何だ、やっていいのか?」
「わたしもがんばりま〜す!」

アリエラの気合いの入った声にゾロとサンジは彼女の行動を横目で捉えておくように自分に言い聞かせて戦闘モードに意識を向ける。トントンと靴を鳴らしたサンジの元に大男が二人、剣を持って襲いかかってくるが、煙草を咥えたままふっと笑ったサンジは一瞬のうちで一人の剣を弾き首に脚を伸ばした。

「出過ぎた真似は…しませんように! “受付(レセプション)”!」

そのまま綺麗に相手の首の後ろに強烈な蹴りを入れて押し倒し、両手を甲板につけて華麗な足技を周りの包囲兵にもぶつけて意識を飛ばしていく。ゾロも刀を抜き、見張り台にいた3人の兵士を薙ぎ飛ばすと、マストに足をつけて重力を無視して走り、甲板に散らばっている兵を一瞬のうちで片付けていく。

「チッ…格好だけか…」

一方、アリエラも鞭をグッと構えてリボンのようにくるりと回して赤薔薇の花びらを放出させていく。新体操のような優雅で隙のない動き、魔法のようにふわりふわりとたっぷり生み出される花びらに首を傾げていた兵は逆に隙だらけだ。

「ナミが寝ているからお静かに。“ローテローゼンウィップ”!」

散っていった花びらにアリエラは動きを止めて、笑みを浮かべながら指を鳴らすとアリエラの意思が花びらに送り込まれ、衝撃波が生まれて自分よりもずっと体格のいい男たちをゆうと吹き飛ばし気絶させた。

「アリエラちゃんすげェ! 戦い方も優雅で綺麗だなァ!」
「さすがアリエラだ」
「えへへ〜!」

にこ〜っと笑みを浮かべてピースサインを送るアリエラにグッときたゾロとサンジは、ドキドキがバレぬようにクールに笑みを浮かべてゆっくりと目を逸らした。その動作がシンクロしていてアリエラはきょとんと瞳を丸めたのちにくすくす笑ってしまう。その間、ウソップは敵から逃げ回っていて何とか無事な姿をマストの後ろで覗かせている。

「わ、ワポルさま! こいつら…、」
「しかしこの船はまずくない…」
「あーっ! お前まだ食う気か!?」

敵を殴り飛ばしていたルフィはごもごもしたワポルの声に瞬時に反応してグーンと腕を伸ばしながら近づいていく。やはり、船はまた壊され奴の口は大きく膨らんでいた。

「コラーッ! おい、お前!」
「クハハ…バカめ! ワポル様に敵うか!」
「“バクバクの実”の能力で食われちまえ!」

ワポルの側近の二人が高らかな笑いを鳴らして手を叩きあっている。バクバクの実。やはり、彼は能力者だったのか。東の海では悪魔の実は幻とされていたが、最近はもうすっかり定着し驚かなくなってしまった。アリエラはラウンジ前の柵を飛び越えてゾロとサンジの真ん中に立つ。ルフィは吸い込まれるようにワポルの大きな口の中に誘われ、頭をばくんとかぶられてしまった。ウソップがひいっ、と悲鳴をあげると同時に倉庫の扉が勢いよく開かれ、銃声に驚き駆けつけてきたビビが顔を覗かせると同時に心配そうにあたりを見回した。

「えっ、?」
「やあ、ビビちゃん。ナミさんの容態は?」
「ナミ、大丈夫?」
「え…ええ…?」

頭部を口内に収められたが動けないわけではない。ルフィはしっかり踏ん張って立ち、両腕をぐーーんと自分の後ろへと伸ばしているからビビの目にはルフィの伸び切った腕が飛び込んできて訳のわからぬ状況にキョトンとしている。銃声が聞こえたからきたのに、その銃を持つものはもう目を回しているし、。ルフィは巨大な口に食べられているし。

「ぬ、なんて噛みにくい奴だ…こんのォ」
「この……吹っ飛べェええ!!」
「はっ、」

首を噛みちぎろうと必死に歯を動かすがそれは敵わない。まるでゴムのような食感に眉を潜めていると口の中でこもった声が反響して、意識を前方に向けてみるとものすごい勢いで両腕が巻き戻ってきていて、ワポルは驚いたと同時にルフィの強烈な拳を喰らいキラーンと空の彼方へと飛ばされ消えていってしまった。

「「わっ、ワポル様ァアア!!」
「わあ、ルフィくんすご〜い!」
「な、ナイスー! ルフィー!」

急にわたわたと慌てだした敵のクルーはもうお宝も船も眼中になく、みんな急いで自分の船に乗り込んでいく。船長は能力者だから海に落っこちていたら大変だ。

「おい、まずいぞ! ワポル様がごぶっ飛びあそばされた!」
「なーんということだ! ワポル様はおカナヅチであらせられるというのに!」
「こうなってはワポル様がお沈みにあそばれる前にご救出して差し上げなければ、お死にたてまつっちまうぜ!」
「まあ、変な言葉遣いね」

海の上に立っていた男チェスとアフロの男クロマーリモという一番の側近が喚きながら部下に指示を与え、おかしな敬語で頭を抱えていると思いきやこちらに指をさして威嚇をはじめた。

「貴様ら覚えていろ! 必ず報復してやる!」
「リメンバー・アス!」
「覚えていろーーッ!」
「プリーズ・リメンバー・アス!」

プリーズ……。どんどん遠ざかっていくにつれて声も次第に薄れゆくのだが、同じことを繰り返し言っていることは何となく察しがつく。煽られているみたいだが、申し訳程度の怒りも湧いてこなかった。

「しかし何だったのかね…ワポルとか言ってだが」
「変なやつだったな〜噛まれても痛くなかったけどさ」
「アホだな。ただの」
「何だっていいさ、気にすんな。もう二度と会うこともねェだろ」
「ええ、そうよ。サンジくんのいう通りだわ、ここはグランドラインだから会いたくても簡単に会えるわけじゃないもの」

ようやくほっと胸を撫で下ろしたウソップが霧がかっていく船を見つめながらつぶやくが、この広い偉大なる航路。サンジとアリエラの言い分に頷いて不安を風にのせて飛ばした。行ってしまった船の方向を見つめながら肩を並べて話している男女の後ろ姿を見つめながら、ビビはふと考え込んでいた。あの姿、独特な声──。どうしてか記憶の何かに引っかかっているのだ。

──あの人、どこかで…

幼き頃の記憶まで遡ってくるが、すぐに浮かぶ鮮明なフィルムに彼はいない。気のせいかしら?と思い直して、組んでいた腕を解くと冷たい風が体をすり抜けていった。なんて寒さだろう。でも、これだけ長い時間気候が氷点下に止まっているということは新たな海域に入ったということだ。気持ちを入れ替えて、ビビは海賊旗を見上げてふふっと微笑みを浮かべた。


TO BE CONTINUED 原作130話-79話



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