恋とはどんなものかしら?


レディーディオーネ様。
拝啓。
素敵な殿方に裸を見られちゃいました。それも二回目です。しかも、どちらともわたくしの不注意から招いた事故です。ああ、わたくしは一体どうすれば良いのでしょう…?

心の中でお師匠様に手紙を綴って何とかドキドキをさまそうとするが、上手くいくはずがないわ。どうしましょう、どうしましょう…。サンジくんとお顔を合わせるのが恥ずかしいわ、照れ臭いわ…!
もう、もう…。どうすればいいの?  どうしてこんなにもドキドキするの…?

湯気がかかっていたとはいえ、真っ裸を見せたことには変わりはない。深々と謝ってくれたサンジくんが倉庫の扉を大きく開けて、ここを後にしたことを音ではかる。ルフィくんが起きちゃったんだわ…。さっきサンジくんが遮るようにそう口にしたことを思い出して、耳を立ててみて、わたしは大きく目を見開かせた。

「……サンジくんの嘘つき」

いつも騒がしいルフィくんの「サンジ!メシ!」の声が聞こえない。ルフィくんがサンジくんを見つけたのならほぼ必ずいうセリフが聞こえない。

そして、何よりも起きているとは思えないほどに静かなのだ。何を言おうとして誤魔化したのかしら。サンジくんは、何を言おうとしていた…?

バスタオルで身体を包み込んだまま、力が抜けたように床に座り込んだ。ゾロに見られた時は全く意識しなかったのに…サンジくんの時はどうして。ゾロが女の子の裸に興味がないからかしら? それともサンジくんの意識がおかしかったからかしら? どうして彼は鼻血を出して目をハートにしなかったの、誠意に受け止め顔を赤くしてドアを閉めたから変に意識をしてしまってダメだわ。あのメロリンを出してくれたらこんなにも思うことはなかったのに…。

このままサンジくんに会ってしまったら変に意識をしてしまうわ。ゆっくりと腰を上げて、冷水を全身に浴びる。外は氷点下を超える寒さだけれど全身に這った熱を冷ましてくれるからちょうどいい。
寒いといえば、サンジくんは出るときにお湯を張ってくれってわたしのことをゾロだと思って頼んでいたことを思い出す。そうね、今日は本当によく冷えるから。また自律神経が狂ってナミの熱も容態も悪化しちゃいそうだわ。
バスタブを綺麗に洗って、シャワーで流してお湯をためていく。ドバドバ勢いよく蛇口から溢れ出てくるお湯の熱気がふわりと肌に付着し、忽ち立ち上る湯気に彼の紫煙を思って慌ててバスタブに背を向けた。

「こんなのじゃ…ダメよ、思い出すのよエトワール。散々培ってきた演技力とポーカーフェイスを…!」

グッと拳を握りしめて、深呼吸する。うん、何とか…どうにかなりそう、だわ。
ふわふわなタオルで傷をつけぬよう身体を拭き、下着をつけてパジャマを着る。いつ冬がきてもいいように洗濯しておいたモコモコのパジャマだ。

「うあったかい」

ぬくぬくなそれはとても着心地がよく、うっとりしてしまう。ナミは大丈夫かしら? 様子を見にいって電解質飲料を飲ませてあげなくちゃ。お湯の様子を見て、まだ浅いことを確認すると女子部屋にそのまま降りていく。

「あら、アリエラさん」
「ビビちゃん、ナミは?」
「さっきちょっと起きていたんだけど、今ようやくぐっすり眠ったところ。ドリンクも飲ませておいたわ」
「わあ、さっすがビビちゃん。ありがとう」

バーカウンターの椅子に腰を下ろしているビビちゃんににっこり微笑みかける。もう部屋の灯りは消えていて、ビビちゃんはランタンを灯して本を読んでいるようだ。カウンターに隣接している階段に立ったままのわたしの顔を見て、ビビちゃんは大きな目を更に見開かせてぱちぱちさせた。
え、どうしたのかしら?

「アリエラさん? どうしたの?」
「え、なあに?」
「顔が赤いから…体調崩しちゃったの?」
「え、」

次第に心配そうに綺麗な顔を歪めていくビビちゃんに心臓が大きく飛び跳ねた。うそ、まだ顔が赤いなんて…。
熱があるのかしら、寒くなったものね。と眉を下げる優しい王女にもう心配はかけたくない。グッと息を呑んで大きく首を左右に振った。

「私はとおっても元気よ、ビビちゃん! お湯に浸かりすぎちゃって、体が熱いの」
「そう、ならよかった。アリエラさん、サンジさんのところに行ってお水もらってきたら? 水分補給しなくちゃ」
「えっ、あ、サンジくん…」
「ええ。そういえばさっきラウンジにいなかったわね…どこに行ったのかしら」

顎に長い指を置いて記憶を手繰らせるビビちゃんにはっとして、「わ、わかったわ!」と少し大きめの声で彼女の追憶にストップをかけた。また一部始終を思い出してしまったらとても、とても耐えられないわ。

「ありがとう、ビビちゃん。いただいてくるわね」
「ええ」

にっこりと花のように笑うビビちゃんに背中を押されてわたしも笑顔を投げてこの部屋を後にする。そうだわ、お湯をためていることを彼に伝えなくちゃいけないし、お風呂を上がったことも伝えなくちゃいけないし、どちらにせよ私は絶対に今からサンジくんに会わなくちゃならないのね。

「…あら、」
「おう、アリエラ」

意を決して倉庫を出ると、前を通りかかった人物に圧倒されて立ち止まった。お酒を持って、見張り台に帰ろうとしているゾロだわ。不思議。彼に覗かれた時は全く意識しなくって、愛をいただいた後に思い返してみてもこんなにもドキドキしないのに。それほど、ゾロが硬派だからでしょうね。
ゾロはどうしたのか、わたしの顔を見るとややあって笑みを描いた。

「え、なあに?」
「…いや、何でも」

そういうけれど、絶対に何かある言い方にむむむと眉根を寄せるとゾロはまたさらに弧を描いていく。

「コックに会いにきたのか?」
「えっ、どうして…、」
「どうしてって…風呂呼びに行くんだろ? 今ならもう行っていいぞ。終わったみてェだ」
「え、終わったって…?」
「おれァ、この酒をもらったし…見張りに戻る」
「あ、ゾロ…」
「あ? おれと一緒に寝るか?」
「え、えへへ…あなた随分と積極的になったわね」
「ああ。早くおれの女にしてェからな」
「あはは…また考えておくわね」

ぐいぐいくる彼に少しドキッとしてからにっこりと笑みを浮かべてみせると、ゾロはわずかに眉を寄せてお酒の瓶に口をつけた。どうしたのかしら?
豪快に流し込んでから、ゾロはゆっくりと口を持ち上げた。

「本当に考えておけよ。コックに方に行くんじゃねェぞ」
「えっ、サンジくんの、方…」
「…何赤くなってんだ」
「な、何でもないもの! 本当に違うの、そうじゃないの!」
「……まあ、何でもいいが。いつかぜってェ惚れさせてやるから覚悟しとけ」
「…はい、」

鬼のような形相で睨みつけられてびくりと肩が震えたけれど、彼の優しさ真っ直ぐさ清らかさを知っているから恐怖に包まれることはなかった。それよりも──。サンジくんの方、ってそれはつまりそういうことで…また耳を赤くしてしまったのは、まさか…まさか、いいえそんなはずないわね、ないもの!

悶々と考えてみるけれど、きりがなく去っていったゾロにならってわたしもラウンジへと足を運ぶ。ゾロが嬉しそうにお酒を持っていたからきっとラウンジにいるのでしょう。それにしても、終わったからもう行ってもいいって、どういうことかしら? あ、それよりも心を入れ替えなくては。そろりと階段を上り切って、キイ…と木製の扉を開くと中で丸い金色が揺れて胸が大きく高鳴った。

すぐに向けられた顔は困ったように泣きそうに歪んでいて、息を飲む。彼をこんな表情にしたのは紛れもなくわたしで、どうしてか胸のあたりが苦しくなった。

「アリエラちゃん」

優しく名前を呼ばれてから、びくりと肩を震わせて中に足を踏み入れる。膝をついて謝ろうとした彼に慌ててストップをかけるけれど、サンジくんは「いや、本当気が済まねェから…!」とまたお風呂以外での何かを頭に浮かべた様子で、サンジくんは私に大きく頭を下げたのだった。

「明日、アリエラちゃんの好物ばかりにする。何でも何でもいうこと聞く。頼むから受け取ってくれ。じゃねェとおれの気が済まねェ!」
「ああ…、」

そんな、いいわよ。と口にしようとしたのに、読まれてしまったサンジくんに先を越された。好物はとっても嬉しいし、何でも、何でもかあ…。それにしてもサンジくんは何をそんなに気にしているのかしら?謝罪ならもうとっくにもらったし、事故だからサンジくんは何にも悪くないのに。

「うん、じゃあ…両方ともありがたくいただくわ」
「あァ、そうしてほしいな。ありがとう」
「何でも言うこと聞く方は後に回してもいいの?」
「うん。いつでもいいよ。アリエラちゃんが使いたい時に使ってくれ。おれはアリエラちゃんのためならいつだって何でもするけど……これは本当に気兼ねなく言ってくれ」
「うん、じゃあそうさせていただくわ。うふふ、何に使おっかな

うふふ、と笑みを浮かべるわたしにサンジくんはほっとしたようにこちらを見つめている。目が合うと少し頬を染めて困ったように笑うからまたどきんと胸が高鳴った。どうしてサンジくんにドキドキしているのかしら…。きっとあの一件の後だからだわ。ええ、きっとそうよ。変に意識しちゃっているだけだわ。自分にそう言い聞かせて、わたしはお水を持ってお部屋に戻ることにした。

「サンジくん、お風呂ためているからゆっくり浸かってね」
「うわあ、わざわざためてくれてありがとう。嬉しいよ」
「えへへ、じゃあねおやすみなさい」
「うん、おやすみ。いい夢を」
「サンジくんもね」

ドキドキした胸を隠しつつ、自然にラウンジを後にしたところで緊張の糸はふっと力を無くし、床に頭をつけた。それからはナミの看病をしつつ、合間合間に眠ったのだけど疲れや緊張がするりと拭えたらしく、次の日サンジくんと顔を合わせても昨日のように激しいドキドキはしなかった。それでも、少し鼓動が甘く揺れていたけれど。あら? 甘く?  どうして甘くなんて思ったのかしら。おかしいの、そういう意味でドキドキしているわけじゃないのに。

ねえ、レディー。わたくしにはこの感情が何なのか結局わからないまま終わってしまいましたわ。今はもう平常心で彼をお話することができるもの。あれは本当に裸を見られたという意味でのドキドキだったのかしら? それとも、名をつけること事態おかしなことかしら。わたくしには何もわからないわ、わからないままこのままでいいのかしら? ねえ、レディー。わたくし はあなたに教わってないことがお一つありますわね。うん、恋とはどんなものかしら。あらかしこ。


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