111、エルバフの奇跡


「オオオオ オオオオ! ウオオオオオ! オオオオオン!!」

悪を成敗し、リトルガーデンに再び平和が戻ってきた。小鳥はちゅんちゅん可愛らしい声で歌を歌い、小さなたぬきも茂みの中から尻尾を見せ、人がいると分かるとピュンと逃げていく。すっかり戻った平静の中、けたたましい泣き声がわんわん空気を揺らして地を水浸しにしていく。
まるで土砂降りの後のように地面はぐしょぐしょだ。

「見てみろよ、滝だ!」
「巨人族は泣き声も大きいのね!」
「う……耳が痛い…、」
「まるで滝だぜ」

天を仰いで泣いているのはちょこんとあぐらをかいたブロギーだ。大声は鼓膜をひどく突き刺すし、バケツをひっくり返したような豪雨が降り注ぐため、ブロギーの後ろには大きな虹がかかっていた。それを指差して目を輝かせるルフィの隣で、ナミとビビは悲痛そうに表情を顰めている。ゾロも大きな岩にどっかり腰を下ろして感心したように呆れたように、ドリーを見上げていた。

「うう…ッ、分かるぜ。ブロギー師匠…!」
「親友が亡くなったなんて…悲しいわ…」
「ウオオオオオ!!」

悲しみを共感しているのはウソップとアリエラだけ。三人はブロギーの隣でうつ伏せのままぴくりとも動かないドリーを弔っているのだ。二人きりの島で100年間も戦い続けてきた大切な戦友、かけがえのない親友を失った大きな愁傷は胸にぽっかり穴が空いたようだった。
もう戻ることはない親友の命。せめて、遺体が苦しくないように仰向けにさせてあげよう。そう、ブロギーが視線を彼に下げた瞬間。

「ん……」
「ウオオオ……お、?」

命を失くしたと思っていたドリーがうめきをあげて起き上がったのだ。ゆるりと体を起こす姿はふらついているが、そこまで堪えている様子ではない。蝋が溶けてもぴくりとも動かないからてっきりもう…。誰もがそう思っていたため、ブロギーもウソップもルフィ達もみんな息を呑んで、文字通り大きく目玉を飛び出させた。

「お、お前…生きてたのか?」
「あァ…。気絶していたようだ」

ブロギーと同じように座ったドリーは、彼の涙を不思議そうに見つめて笑った。
一方、ブロギーも呆然としていたが徐々に溶かされてゆく頭で考える。親友が…ドリーが生きていた…。これまで過ごしてきた尊い日々をまだまだ堪能できるのだ。こんなにも嬉しい日はない。喉がキュッと鳴って、また瞳に涙が溢れたがドリーの傷に響かせぬようぎゅっと耐えた。



「Mr.0…?」

その頃、蝋のお家で電伝虫を取ったサンジは向こうから聞こえてきた名に眉を顰めた。 

「(それって確か…ビビちゃんが言ってた敵のボスの名だな…。ってことは向こう側にいる男は王下七武海の1人…! なるほどな、大体掴めた。ここは敵のアジトってわけか)」

悲痛そうに表情を歪めたビビがそう語っていたことを思い出して、ここは慎重にいくことに決めた。相手はこれから対峙することになる敵なのだ。声、喋り方、何かしらの特徴を少しでも掴めたらいい。切ろうと思ったけれど、耳を傾けることにした。

ああ、しまったなあ。ビビちゃんが言ってた追っ手がきてたのか。あいつと狩り勝負なんてするんじゃなかったぜ…。いや、まあアリエラちゃんがかかってるんだ。そりゃ放棄はできねェが…。

『……おい、何黙りこくってる』
「…!」
『おれは質問をしているんだ。王女ビビと麦わらの一味は抹殺できたのか?』

意識してみるとなんて冷たい声だろう。これくらいで、いや男にひれ伏したりはしないが、逆らえない雰囲気を持っていることが人物を見なくても手に取るように分かる。おそらく、鋭い。サンジはバレぬように声を取り繕った。

「あァ。任務は完了したよ。あんたの秘密を知っちまった野郎は全て消し去りました。だからもう追っ手は必要ありません」
『そうか、ご苦労。今アンラッキーズがそっちへ向かっている。任務完了の確認とある届け物を持ってな』
「“アンラッキーズ”? 届け物?」
『アラバスタへのエターナルポースだ。ミス・ゴールデンウィークと一緒にお前はアラバスタへ向かえ。時期が来た。おれ達にとって最も重要な任務を着手する。詳細はアラバスタに着いてからの指示を待て』
「はあ、」

永久指針、確かナミさんが持ってる指針に記録させないでも目的の島まで一本航路で行けるって代物だったな…。偉大なる航路に入ったばかりなサンジは記憶を探って解釈していると、窓から嫌な視線が注がれて受話器を持ったままゆっくり首を動かす。

やけに小さい気配だ、と思ったら。視線の持ち主の姿は驚くほどに小さくてサンジは頭に大きな汗を浮かべた。なんだ、こいつら…鳥とサル…?

『おい。どうした?』
「い、いや……何にも…」

じいっとサンジを見つめている二人からは明らかな敵意を感じる。硬直して固唾を飲んで見守っていると、ハゲタカの方が動きを見せた。背負っている機関銃の二つの銃口をサンジに向けて、勢いよく彼に撃ちつけていく。

ドドドド、腹を抉るような音が室内に響き渡る。サンジは咄嗟に立ち上がってテーブルを盾がわりに身を守った。陶器は割れて、鷹の連射が止むと、今度はラッコが攻撃を仕掛けてくる。ラッコらしく貝殻に見立てた刃の武器をサンジに振るうが、反射神経のいいサンジは気づいてコンマ1秒で避けてみせた。

「おれをやろうってのか! 上等だ、このメガネザル!!」

もう一度仕掛けてきたラッコを勢いよく蹴り飛ばすと、窓に立っているはげたかの元まで走って両足で長い首を捕らえた。

「お前もだ、巨大ニワトリ!」

有無を言わさず足に力を入れて長い首を捻り、泡を吹かせてバロックワークスのエージェントを二匹とも軽々とやっつけたのだった。手を払い、息を吐くと「おい、何があったんだ?」受話器から低く冷たい声が溢れた。

「あ、ああ…いや、何でもねェ…いや、ありません。麦わらの野郎がまだ生きてやがって…。でも大丈夫。止めは刺しました」

慌ててソファに腰を下ろして受話器を取るが、電話の向こう側から声は返ってこない。不思議に思い、ん?と瞬きさせると電話越しの者の感情を掬い取った電伝虫が目をすっと細めた。

「…生きてやがっただと? 今、任務は完了したと、そう言わなかったか?」
「任務は完了したつもでしたが、想像以上に生命力が強い野郎で……」
「つまり、お前はこのおれにウソの報告をしやがったんだな?」
「え、ええ…まあ。そういう言い方しちまうとそうなんだが…」

やけに厳しいことを言うな…。と目を丸くしたサンジは完全に伸びきっているアンラッキーズを横目みて、視線を電伝虫に戻す。

「今、確実に始末しました。だからもう追手を出す必要はねェ、オッケー?」
「…まあ、いい。とにかく貴様はそこから一直線にアラバスタへ向かえ」
「了解」
「なお、電伝虫を使っての連絡はこれっきりだ。海軍に嗅ぎつけられたら厄介だからな。以後、伝達は全て今まで通り指令状で行う。以上だ、Mr.3」

それだけを言い残すと、Mr.0は返事を待たずに受話器を置いた。
薄暗い部屋の中、水槽の水だけがキラキラ反射している。花瓶に挿していた百合の花を手に取り一瞬で枯れさせたMr.0をじっと見つめていたミス・オールサンデーを、低い声で呼びかける。

「なに?」
「Mr.2をリトルガーデンへ向かわせろ」
「え?」
「アラバスタ リトルガーデン間の直線航路でMr.3を始末しろ」
「随分乱暴なのね、Mr.0 サークロコダイル」
「人手なら足りている。おれに口ごたえするのか? ミス・オールサンデー」
「いいえ? 従います。すぐに手配を」

バナナワニと呼ばれる巨大ワニを撫でていたミス・オールサンデーは、表情一つ変えないで不気味な笑みを浮かべたまま薄暗いMr.0の部屋を後にした。冷たい空間に響くヒールの音を受け止めながら、Mr.0は並べられた王女の写真と麦わらの一味の似顔絵を黙って見つめて、葉巻に火をつけた。


    ◇ ◇ ◇


「おそらく、武器のせいだ」

乱れた息を整え終えたドリーは、自分の汚れた足元を見つめながらボソリと呟いた。

「武器?」
「うう…武器が身代わりになったの…?」

彼の言葉を受け止め、ウソップとアリエラは涙を拭きながら顔を持ち上げる。目が合うとドリーは大きく頷いてくれた。

「そうか。100年続いた殺し合いには流石のエルバフの武器も付き合いきれなかったってわけか!」
「ええ、でもすごいわ! 本当に100年間も戦っていたなんて…!」
「途方もね豪快な奇跡だ!」

目を輝かせているウソップから二人の友情を汲み取ったアリエラはまた瞳をうるうるしていた。こういった友情ものに弱いのだろう。そんな二人を優しく見下ろして、ブロギーは豪快な笑い声を響かせながらぎゅうっとドリーに抱きついた。

「ガババババ、ガババババ!」
「おい、ブロギー。抱きついてくれるな。傷に響く」
「よくぞ生きててくれた、親友よ! ガババババ!」
「ゲギャギャギャギャ!」

痛みに片目を瞑りながらも、涙を浮かべながら自分の生存を喜ぶ親友を剥がすこともできずに、ドリーも嬉しい気持ちいっぱいに笑い声を大地に響かせる。二人の巨人の笑い声が重なると酷く鼓膜を揺さぶるが、それでも満たされた気持ちのまま見ていられる。

「本当に奇跡ね…!」
「奇跡なもんか、当然だ。100年戦ってもまだ原型を留めているあの武器の方がどうかしてるぜ。その持ち主たちもな」
「ふふ、ええ。そうね」

岩に座っているゾロの隣にアリエラもゆっくりと腰をおろす。少し驚いた表情を見せたゾロはどうしてかすぐに顔を逸らしてしまった。

「今日はなんて素晴らしい日だ…! エルバフの神に感謝する!」
「おい、ブロギーよ。このおれをぶった斬って気絶させたことがそんなにも嬉しいか」
「バカ。そのことを言ってるんじゃねェ!」
「ウッ、バカ! 傷を叩くんじゃねェ!」

ブロギーが小突いた先は負傷を負った胸だった。あまりの痛みに悶絶したが、お返しにパンチをお見舞いするとまたブロギーから拳が飛んできて顔にヒットした。こんなやりとりが出来るのも命あってこそで、次第に二人は笑い合いながらお互いを殴り続ける。

「はあ、よくやるわよ」

ナミの微笑みが含まれた呆れた声が柔らかく空気を撫でる。でも、親友かあ。そう心の中で呟くとちょうどアリエラと目があって、にっこり微笑みあった。二人とも考えていたことは同じだったみたいだ。そんな女同士の友情を横目で見ていたゾロも口角を弛ませていた。


ガチャ。一言低い声でこぼした電伝虫を見つめて、サンジは新たな煙草を取り出し火をつけた。
たっぷり吸い込み、煙を吐くと心もほぐされていく。敵だとバレてはこれからの航路に大きな影響を及ぼすし、ビビの故郷もどうなるか分からない。慎重に言った分、緊張もしていたのだ。

「…通信も切れたしどれ、」

ソファから腰を上げて、仲間探しに専念しようとドアへと足を歩めたところ、付近にころりと転がっているものに目がいった。綺麗な青みを帯た球体ガラスに光が反射したからだ。木製のもので覆われている“それ”はウイスキーピークを出航した時に、ミス・オールサンデーがルフィに手渡したものによく似ていた。

「これは……」

拾い上げると、球体に収められた包囲磁石がフラフラ揺れたがすぐにしっかり決められた先に頭を向けた。これは記録をさせないでも次の島に迎えるという羅針儀、永久指針だ。そういえば、Mr.0がそんなことを言っていたような。そう思い、木板を見てみると“ARABASTA”と書かれていた。



「ゲギャギャギャギャ! 懸けられた懸賞金などすっかり忘れていた」
「ガババババ。そういえばそうだったな」

ビビが一部始終を伝えると、受け取った二人は特に気にした様子もなく追憶するように目を細めて愉快げに笑っている。だけど、責任を抱え込んでしまうビビはしゅんと沈んだままだ。

「…あいつらがこの島に来たのは元はと言えば私が──いたっ、」
「そういうことは言わない!」
「ビビちゃん、そんなこと気にしないの」

ナミには頬をツネられ、アリエラからはデコピンを喰らったビビはひりひりする頬とおでこを摩り、二人を交互に見つめる。ナミもアリエラも困ったように柳眉を下げて微笑んでいる。
きょとんとしていると、後ろから呑気な声で「そうだぞビビ」と船長に背中を押された。

「これ食べるか? せんべい」
「クエ!」
「なかなかいけるな、このせんべい」

引かれるままに振り返ってみると、ルフィは寝そべってせんべいを齧っていて、カルーとウソップもちょこんと座りばりばりと煎餅を食べて袋を漁っている。

「あんた、それどっから取ってきたのよ?」
「ウソップのカバンの中からじゃない? この前倉庫で入れているのを見たの」
「ふうん…。なに、アリエラも食べたかったの?」
「そうなのよ。わたしお煎餅大好きなの。ねえねえ、わたしにもおひとつくださいな
「いいぞ。ほら、好きなだけ取っていけ」

ウソップが煎餅を口に挟みながらアリエラに袋を向ける。にこやかに手を入れて一枚持ち上げると、アリエラはニコニコで頬張った。

「よし、じゃあとりあえず煎餅パーティーだ!」
「煎餅じゃ盛り上がらないだろ」
「でも乾杯だってできるぞ!」

かんぱーい!とルフィとウソップが煎餅をぶつけ合う。盛り上がりに欠けると言っていたウソップだったが、差し出された煎餅に持っていたまん丸をぶつけると楽しそうにケラケラ笑った。
だけど、勢いが強くてルフィの煎餅が割れて地面に落ちてしまったのだ。それを見て表情を顰め、「もったいねェなあ」と煎餅を手のひらで避け集め口の中に放り込むと、ルフィが「誰も食わねェなんて言ってねェだろ!」と取られてしまった一枚にぷんすこ怒りを見せている。

「…誰かあんたを恨んでる?」
「それは……ふふ、」

きゃいきゃい楽しそうな姿にビビの心も安堵したのだろう。麦わらの一味は当然、ブロギーとドリーも一切気にした様子は見せていない。それどころか、二人ルフィ達の様子を見て笑い合っている。彼らにつられてビビも肩の力を抜いて微笑んだ。

「ん、美味しい! お煎餅いらないの?」
「…いらねェ」

一人、座っているゾロにアリエラは頬張りながらにこやかに近づいたが、ゾロは少し瞠目してまたふいっと顔を逸らしてしまった。さっきから何だか冷たい。一体どうしてだろうか。

「ゾロ」
「あ?」
「どうしてこっち向いてくれないの?」
「ウ…、」
「わたし、あなたに変なことしたかしら?」

煎餅を全部食べ終えたアリエラは手を払って、むっすり頬を膨らませたままじっとり彼を見つめる。その視線が痛くて、でも逸らさないと顔中に血が昇ってしまいそうで、どうも向けないのだ。このままだと彼女からまだ追及が来てしまいそうだ。ちらりと視線を顔にだけ向けてみると、観念してため息をこぼした。

「……それ、」
「え?」
「…どうにかしろ」
「それ…? あ、」

ゾロが照れた様子でじっと見ているお腹へと目線を下げてみると、そこには布はなかった。そうだ、焼けてしまったんだ。最初はスースーしていたけれど、慣れてしまってすっかり忘れていた。晒されている美しくくびれた細腰に反して、胸が大きく盛り上がっている。おまけにショート丈から覗く脚も滑らかに長い。いつもの布がないから顕著にその凹凸が目立ってゾロの男心をくすぐるのだ。

「…でも、ゾロ」
「…あ?」
「わたしの裸もう見たじゃない」
「あ、あれとこれは違うだろ! つーか、ありゃ事故だ! 湯気でほとんど見えちゃいねェよ」
「うふふ、お顔が真っ赤よ」
「うっせェ!」

お風呂場で起こったラッキースケベを思い出したゾロは耳まで真っ赤に染めている。ナミは上半身下着姿だというのに、意識しているのはアリエラだけ。何だかそこに“恋”を感じてしまって胸が疼いた。まるで小さな男の子だわ、と思いつつも意地悪したくなっちゃうの。

「でも、こっちを見てくれないと悲しいわ」
「…てめェな、なに企んでんだよ」
「うふふ、何にも企んでいないわよ。ただ純粋にそう思っただけよ」
「チッ、」

そういうところがあざといんだ、こいつは…。
苛立ちを心で飼って、でもこの世で唯一頭の上がらない愛おしい女で。やられっぱなしの自分に腹が立つ、とても癪だ。乗ってやろうじゃねェか。冷静を被り意気込んで彼女に目を向ける。

「やっぱり」
「あ?」
「頬から血が出ているわ。絆創膏貼ってあげる」
「いらねェ。こんなもんすぐに治る」
「だけど、ゾロは足首からも大量出血した後なのよ? 今は止血で治ったみたいだけど…これ以上血を流すわけにはいかないでしょう」
「……」

確かに血をどくどく流しすぎた結果、若干の貧血に襲われている。リュックからハンカチとポーチを取り出して、アリエラは処置に当たった。これも気がかりだったのだ。綺麗な白いハンカチを躊躇うことなく煤のついた頬に当て、血を拭き取ると、今度は丁寧に絆創膏を貼っていく。力のない、柔らかな動作はさすが芸術家だとゾロは思った。

「はい、出来上がり」
「あァ…ありがとう」
「どういたしまして」

すうっと背筋を伸ばしてにっこり微笑むアリエラをなんとなしに見つめる。ふいっと目がいってしまった腰回り。薄くて、きゅうっと曲線を帯びていて、あまりにも自分のものとはかけ離れていて。

「……ほっせェ、」
「え? ああ、腰?」

思わず声に出てしまった。そのくらい女の薄さにギョッとしたのだ。

「腰っつーか…全身ほせェな、お前は」
「そうかしら? わたし、背は少し足りないけど体型は女の子の平均的だと思うけど…」
「…言われてみりゃそうだが、」

背丈も肉付きもナミとビビとも変わらないのに、どうしてかアリエラのスタイルにはくるものがあるのだ。それは、ゾロも理由はわかっている。下品な男どもみてェな考えはねェが…意識しねェでいられる方がおかしい。そう割り切って、フンと腕を組んだ。そうだ、東の海のねじまき島付近のビーチでは水着姿も拝んだものだし、今は腹だけだ。今更…そうだ、今更なのだ。 

考えないようにゾロは意識することに意識を運ぶ。

「足、痛くない?」
「平気だ。それより、あのおっさんのが重症だろ。四肢が貫通したんだ」
「あ、そうね…大丈夫かしら?」
「まあ、あの笑顔をみる限りな」

大きな大きな手のひらに視線を上げてみると、蝋のおかげだろうか。もうすっかり血は止まっていてブロギーは痛みも痒みも一切感じていない様子で親友と肩を組んで笑っている。

「いたっ、」

何だかほっとして安堵すると、呆れ笑いで巨人を見上げていたナミが反射的に小さく声をこぼした。

「どうした?」
「ナミ、大丈夫?」

か細い声に気がついたのは、すぐ近くにいたゾロとアリエラ。ちくりと一瞬激痛が走ったが、痛みはすぐに消え失せた。

「なんでもない。ただの虫よ」
「そう、ならよかった」

それよりも、ゾロの想いを知っているナミはにんまりと企み笑顔を浮かべて彼を見やる。

「随分仲良さげね?」
「…っ、…あァ」
「ふふ、ええ。ゾロとは仲良しよ」

てめェ…わざと…、と思ったがナミは当然、アリエラにも想いは告げている、ここで反論する理由もなく、歯を食いしばって冷静に返した。それが意外に映ったのか、ナミもふうん…とゾロとアリエラを交互見た。

「なあに?」
「…ううん」

ゾロのその“想い”に名をつけるとしたら、紛れもない恋になるのだが…果たしてアリエラはどうだろう。ウイスキーピークで想いを聞いた時は、恋してんのね!と思ったのだが、付き合いたいとは思わない。恋人になりたい気持ちはない。と言っていたことも相まって、アリエラのそれが本当に恋なのか分からなくなってきた。名をつけること自体、趣がないのだが。

「もちろん、ナミとも仲良しよ
「ええ、当然でしょ」

明るい声が聞こえてハッと思考を解いた。ナミはにこりと笑みを浮かべてこちらには心底大きく頷いた。

「ねえ、お腹は大丈夫? 赤くなっているみたい…」
「平気よ。痛くも痒くもないもの」
「ならよかったわ…」
「しかし、次の島へのログが一年ってのは深刻だな」
「そうよ、笑い事じゃないの!」

悪を切り裂いたのはいいが、まだ大きな問題は何一つ解決していない。煎餅を頬張ってケラケラ笑うルフィとウソップにナミの怒号がぶつかった。ビクッと身体を震わせた二人を見て、ブロギーとドリーも会話を止めて彼らに意識を戻す。

「お前たちには助けてもらった」
「何か礼をしたいが…」
「じゃあ、おっさんたち! ログをなんとかしてくれ!」
「…そればかりは我々にはどうすることもできん」

一番の願いなのだが、それを叶えてあげられない事実にドリーとブロギーは眉を顰めた。ログは島から出ている磁気にしかどうにもできないものだ。いくら大きい種族だとはいえ、そこに関与することはできない。

「どうしましょう……」
「…一刻も早く国に帰らなくちゃいけないのに…っ、」

顔を落としてぎゅうっとシャツを握りしめるビビをアリエラもナミも深刻そうな顔を互いに見合わせた。頭にちらつくのは、さっき受け取った朝刊の記事。アラバスタの暴動のことが書かれていたのだ。変に慰めることはできない。帰った時に目の当たりにする現実によりダメージを受けてしまうから。

一年間、あまりにも深刻な話である。みんな腕を組んで対策を考えていると、カサっと茂みが揺れた。まさか、まだ敵が残っていたのだろうか。瞬時に察知したゾロは、刀を手に取って眉根を寄せたが垣間見えた丸い金色になんだ、と安堵して再び岩に腰を下ろした。


TO BE CONTINUED 原作77話- 127・128話



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