102、卑怯な罠


「鳥の声か? それにしても品のない不味そうな声だったな」

アリエラ様の美しい声とは大違いだぜ。と眉を顰めた。こんな獣をうちの美女たちに食べさすわけにはいかない。サンジはポケットの中に両手を突っ込んで空を見上げた。

「いくら大物勝負とはいえ、食材を探してんだからな。大きくてなおかつ美味いやつじゃなきゃダメだ。あの野郎はそこら辺がまるで分かっちゃいないからな。アリエラちゃんにも無茶させてなけりゃあいいが…」

亜熱帯を感じさせる木々から淡い金色の光がこぼれて地を差している。鬱蒼とした森を照らす美しいひかりは、まるでアリエラのようだった。そう思うと急に陽光に愛おしさを感じてしまい、サンジは口角を緩める。
アリエラには不思議と懐かしさを抱いてしまうのだ。それは何となく、本当に何となく。髪の色と瞳の色が母と同じだからか。包み込んでくれるような愛を持っているからだろうか。とにかく、無意識に近い意識の下でサンジは彼女のひかりに安堵を抱いているようだ。

「アリエラちゃん…レディには美味しい物を食べて欲しいからな…食材も念入りに選ばねェと」

ゆるっと口角を持ち上げたまま、サンジは地の揺れも笑い声も振り払って前を進んでいく。



「そうか。向こうの客人もてめェの仲間か! 鼻の長ェのが一人と女が一人いたが」
「ウソップとナミだ!」
「ええ」

両者引き分けに終わった決闘でいい汗をかいた巨人二人は、ゲギャギャギャギャ、ガバババババと豪快に笑い合いながらブロギーの住処に向かった。ナミとウソップが渡してくれたお酒をもらうためだ。ほっそりと小さいナミとウソップを見下ろし、礼をいうとドリーはすぐにルフィたちを待たせている自宅へと戻った。どっかりと特等席に腰をかけて、ビビを真ん中にちょこんと座っている人間を見下ろしながら見たものを告げると、ルフィはビビを見つめ嬉しそうに声を上げた。

「何だあ、あいつら。船から降りねェとか言っといて、やっぱり冒険好きなんじゃねェか」

けらりと笑うルフィにビビも曖昧に頷く。

「なら、この酒はおめェらからもらったってことになるな」

数年ぶりの酒にドリーはご機嫌だ。一般的な人種の人間からしてみれば、抱いて抱えるほどの大きさの樽をドリーは指に挟んで笑っている。不思議な感覚に襲われるほどに、目が錯覚してしまう。それを加速させるように、上空で存在しないはずのプテラノドンが鳴き声を響かせた。
不気味な鳴き声に眉を顰めたビビは、不安な気持ちのままドリーに視線を移す。

「ねえ、ドリーさん。本当にログが貯まるのに1年もかかるの?」
「その辺にてめェら人間どもの骨が転がってんのに気が付かなかったのか? この島に来た奴らは大体ログが貯まる前に死んじまうのさ。ある者は恐竜の餌に…ある者は暑さと飢えに…ある者はおれたちに攻撃を仕掛けたために──みんな死んでいく。どうやら人間にとってこの島での1年は長すぎるらしい」

嘘偽りのない瞳に射抜かれて、ビビは焦りを抱いた。見ないふりをしていたが転がっている骸骨はこの島にたどり着いてしまった航海者の亡骸だったのだ。ミス・オールサンデーの忠告が脳裏をよぎる。

「例え1年間生き延びられたとしてもそんなに時間が経過したら…国はもうどうなっているのかわからないわ」

膝の上でぎゅうっと握りしめていた拳をほどき、頭を抱えて嘆きを上げた。
1年。あまりにも遠い絶望な月日だ。ただでさえ危機を抱いているアラバスタは、もう1ヶ月もしないうちに悪の手のひらに完全に落ちてしまうかもしれない。完全に闇に飲まれた王国を救うには、王家の力だけではどうにもならないのはビビには痛いほど分かっていた。
「王家が国なわけではないのだ。宮殿が国なわけではない。私たちはただのリーダーにすぎん。いいか、ビビ。国とは人なのだ」
父の気高く優しい声が頭の中で弾ける。その国の全てが悪に飲まれたらもう引き返せない。そうなる前に、クロコダイルの理想国家建国を何としてでも阻止しなければ。

「そうだなあ…飽きるしな、1年は」

焦ることしかできない1年に胸を痛めるビビの隣でルフィはぼんやりと空を眺めていた。伸ばした脚を揺らし、清々しいほどの群青に目が染みた。

「何かいい方法ねェのか? おっさん」
「うーん…エターナルポースならば1つある。ただし、行き先はおれ達の故郷“エルバフ”。おれたちはつまり、そのエターナルポースをめぐって今戦ってるわけだ。どうだ? 強引に奪ってみるか?」
「それじゃダメだよ。おれたちが行きてェのはそこじゃねェんだ」

まん丸な目を少し細めて、眉根を寄せルフィは難しい顔をした。
それもそのはず。二人はその故郷の永久指針を奪い合って100年の間決闘しているというのに、訪れたばかりの得体の知れない海賊にそれを奪われるなんて。それはルフィが最も嫌う行為の一つなのだ。それともう一つ、指針が顔を向けている島は麦わらのドクロを掲げた船の目指す場所ではないから。どちらともが重ならないとこの船長は受諾をしないのだ。

「ここの次の島に行きてェだけなんだよ。なあ?」
「ええ…。アラバスタへ続く進路を見失うならば進む意味がないわ」
「ほらな」

正座した太ももの上でぎゅうっと拳を握りしめるビビの首肯にルフィは同調するようにドリーを見上げた。二人の小さな顔を交互に見て、ドリーは笑う。

「ならば適当に進んでみたらどうだ? 運がよけりゃ行き着くだろうよ。うん?」

ドリーはニヤリと口角を持ち上げた。ここに含まれている意味は“死”だ。偉大なる航路はかつての海とは全く異なる。天才航海士のナミがいても、次の島へと向かうには必ず指針が必要なのだ。指針のない航海は、まるで光のない荒れ狂う常闇を進むようなもの。何が潜んでいるか分からない。どちらの道から来たのか分からない。真っ直ぐ進んでいるつもりでも引き返していたり、全く違う方向に進んでいたり。暗闇の中ではそれを認知する術がない。それと同じで、記録指針や永久指針は航海者の光なのだ。
光をなくして航海だなんて。ルフィも流石に頷きはしないのか。じっとドリーを見つめたまま数秒後。

「あっひゃっひゃっひゃっひゃ! そうすっか!」
「え…」
「本当に着いたりしてな! アハッアハッアハッ!」
「ゲギャギャギャギャ」

ルフィの臆さない姿勢が気に入ったのか、ドリーは愉快な笑い声をこぼしたのち口を開く。

「そういえば昔、ログがたまる前に島を出たやつがいたっけな」
「どうなったんだ? そいつ」
「分かるわけなかろう」
「(何がおかしいの…)」
「そりゃきっと次の島に着いたんだよ」
「違いない!」

ルフィとドリーの愉快な笑い声が熱帯地を包み込む。
カルーも二人の空気、会話に絆されてくすっと笑いそうになったのだが、黒いオーラが隣の主人から伝わってきてびくっと肩を震わせ口を閉じた。

「(なにがおかしいのよ……この人たちの考えてること理解できない…っ)」

死ににいくような行為だというのに、深刻に捉えるどころか笑い飛ばしてしまうなんて。
あまりの価値観の違いにビビは腹の中に怒りを飼ってしまうが、怒りを爆発させたところで二人の反応はもう目に見えている。ビビは深くため息をつくだけだった。


   ◇ ◇ ◇


「勇敢なる海の戦士? なんだそりゃ」
「あんたらのことさ」

折れかけてしまった斧の補給をしながら、ブロギーは丸太に腰を下ろしているウソップを見下ろす。くりっとした目も大きな口も柔らかい。さっきまでとは打って変わったように見える巨人の姿にナミはとりあえずほっと安堵をこぼす。あの恐ろしい形相は恐怖フィルターを張っていたからかも知れないが。

「おれはいつかあんたらのようになりてェ」
「うん? 巨人にか?」
「ほら」

全く同じ反応を見せるブロギーにナミは嬉しそうにニヤッと笑った。まさか、憧れの人にもそんな反応をされると思っていなかったウソップは「そうじゃねェよ!」と慌てふためきながら訂正を入れ、拳を胸の前にドンと当てた。

「エルバフの戦士のように誇り高く生きていきてェとおれは思っている!」
「…フン。ガババババ! そうか」

彼の答えに納得したのか、はたまた嬉々としているのか。ブロギーは表情をゆるめて笑い声を響かせ、大きな目をくるりとさせた。

「おれ達はてめェらより寿命が長ェ分、余計にどう死ぬかを考える。所詮、財産も人の命も、いずれはすべて滅ぶものだ。だが、エルバフの戦士として誇りを滅ぼすことなく死ぬことができたらそれは名誉ある死だ。その誇りはまたエルバフの地に受け継がれる永遠の宝なんだ」
「誇りは宝かあ…いいなあー!」

丸い瞳をきらきら輝かせるウソップは、憧れの光を見据えて何度も瞬きを繰り返した。
己の行き着く信念を目の当たりにして、ひどく胸が高鳴るのを感じる。こんな男になりてェ。こんな生き方をしてェ。胸に立ててある信念の旗を煌めきの風に吹かれて、視界がより明るく輝いてみえだす。

「決めた! あんたをこれからは師匠と呼ばせてもらうぜ!」
「あァ?」

師匠? 別に彼に対して何をしたわけでもないのに。
訝しむように片眉をあげると、不意に違和感を感じ取った。その刹那、少し離れた先で爆発音が弾ける。一体何が起こったのか──。

「ああっ、」
「あ…っ!」
「クエーッ!?!」

爆音が弾けたのはブロギーの家から数キロ先にあるドリーの住処。
数秒前まで、愉快に笑い合っていたドリーは今口から煙を吐いて白目を剥いた。何が起こったのか、目の前にいたルフィもビビも分からなかった。あたりには人影はないし、当然仕掛けられるほどの隙もなかった。
焦げ臭い匂いが鼻を掠める。口から真っ黒な煙を吐き出しているということは、体内でそれが弾けたということだ。

「お酒…!」

ビビがつぶやくのと同時に、ドリーは体内の刺激に耐えられずに後ろに倒れてしまった。

「巨人のおっさん! どうなってんだ、なんで酒が爆発するんだ! だって、この酒はおれたちの船にあったやつなんだろ!?」

確認するために、ルフィは倒れたドリーによじ登り口元まで走って確認をする。
ぷすぷす嫌な音が耳をくすぐった。焦げくささが鼻を刺激する。どうして、お酒の中にそのようなものが仕掛けられていたのだろうか。うちの船にそんなことをする者は誰一人乗っていない。疑う余地もないものなのだが、それでもお酒の中にそれが仕組まれていたというのは紛れもない事実。

「おなかの中から爆発してるわ…! あの相手の巨人が爆薬を…」

残る原因をこぼすと、ルフィがカッと目を見開かせて怒りの勢いでビビの元まで飛び降りた。ギョッとしたビビは数歩後ずさるが、ルフィがそれを許さない。ものすごい剣幕を抱えて彼女の顔を睨みつけた。

「お前! 一体何見てたんだ! 100年も戦ってきた奴らがこんなことするか!」
「じゃあ、一体誰が?」

確かにそれはビビも頷けるものだった。こんな姑息な真似ができるのならば、この決闘は100年も続かないだろう。何より、エルバフの戦士と謳っている彼らは真っ向勝負を真っ直ぐ望んでいる。天地がひっくり返ってもこんな行為はしないだろう。
じゃあ──。ビビの頼りない声を耳に、ドリーも心の中で同じことを呟いた。まだわずかに力は残っている。それを振り絞り、身につけていた剣を握る。のっそりと立ち上がり、瞳を尖らせ、小人のように小さな二人の背に立った。

「──貴様らだ…ううッ、ブロギーじゃない…おれたちは、誇り高きエルバフの戦士なんだ。…っ、お前らの他に誰を疑う?」

攻撃を仕掛ける前に、ドリーは力を失い剣を地に刺した。それを杖代わりにして体を支え、ルフィとビビを交互見る。ルフィは険しさを表情に潜めて一歩も譲らずに彼を見上げているが、ビビは鳴き声をあげて走り出したカルーの声にハッとして数歩後ずさる。

「多分、今は何を言っても無駄!」
「…逃げても多分無駄だよ。お前、ちょっとこれ持って下がってろ」

じっと瞳はそらさずに、ルフィは帽子を脱いでそれをビビに渡した。
彼のいつもよりもずっと落ち着いた低い声に嫌な予感が脳裏をよぎる。

「まさか…戦う気なの?」
「はあ…っ、」
「おっさんには悪いけどちょっと黙らせる」

息をするのもやっとなドリーと、真剣な眼差しを讃えて骨を鳴らすルフィ。
二人の気迫にビビはゾッとしてしまった。

「二人ともやめて…お願い!」

だけど、ここは冷静にならなくちゃ。ビビは自分を奮い立たせて獣のような鋭い目をしているドリーに向き直った。

「ドリーさん、聞いてよ! 私たちほんとに何も知らないの、爆発したお酒のことなんて! だから、暴れないで! じっとしていなきゃ…あなたの体の中はボロボロなのよ!」

ビビの悲痛な願いなのだが、それはもはやドリーの耳には届かなかった。
この島にはもともとライバルしかいない。他にいるならば、先ほど上陸した海賊たちだ。この島を恐れられていることをドリーはよく知っている。そのために、人がなかなか寄り付かないことも。ルフィたちが訪れたのも数年ぶりのお客だったのだ。そのくらい、寄ってくる者が少ない島なのに他に侵入者がいるなんて考えもつかないのだ。

「貴様ら…よくも…ハア、小癪な真似をォオ!」
「あっ」

余っている力を振り絞って、ドリーはルフィを目掛けて剣を振り上げた。
瞬時に気がついたルフィは、巨大な剣が振り落とされる前に後ろへとジャンプをして回避する。もう体力も限界なのだろう。ドリーは剣を振り下ろしただけでふらついて血を吐いてしまった。
その隙にルフィは地についたままの剣を走りのぼり、ドリーの元へとジャンプする。

「ゴムゴムのー!」

空を走りながらパンチを振るおうとしたが、ドリーの瞬発力には叶わず、ルフィは巨大な盾で殴り飛ばされてしまった。だけれど、これだけでは怯まない。すぐにお尻をつけて、ルフィは数十メートル先に位置する森へと腕を伸ばした。

「ん…?」

腕の伸びる人間にギョッとしたドリーだが、疑問はすぐに解消された。この海ではもう隅々にまで浸透しているあの悪魔を身体に収めているのだと。フン、と鼻を鳴らしてまた力を込める。ルフィが木を掴み、ロケットのように飛ぶのと同時にドリーが剣を振り落としたから間一発で頭かち割りを免れることができた。
その反動に、またドリーはさっきよりも大量に血を吐きおぼつかない足元を掬われぬように剣に縋りついた。
ルフィも行動をやめない。木に両手をしっかり固定して後ろに身体をグーンと伸ばし攻撃の準備を整える。

「ゴムゴムのー!」
「うう…ッ、」

吐き出した血が、長い髭に滴っている。こんな重症人に激しい攻撃を与えるなんて、ルフィもいい気はしなく心の中で「ごめん」と謝罪をこぼした。刹那、手を離し「ゴムゴムのロケット」を繰り出した。速度をはらみ、風を切り進めるルフィの威力は大砲よりも強力だ。ふらふらで避けることもままならないルフィの攻撃を受けてしまい、ドリーは悲痛なうめきをこぼして血を吐きながらゆっくり倒れていく…が、最後の力を振り絞り靴の裏でルフィを仕留めた。

「ああっ!」

あの巨人の下敷きになってしまったなんて。ビビは悲鳴をあげて目を見開かせる。

「ルフィさん!」
「ハア…っ、悪魔の実の…ッ能力者だったのか…っ、侮った」
「あ…っ!」

ぽたぽた、草原に鮮血を落としてドリーはまもなく意識を手放した。前から倒れた彼から突風と砂埃が生み出される。ビビは吹き飛ばされないように身を構え、下敷きになってしまったルフィのもとへと駆けつけた。

「ルフィさん! 平気なの?」

巨大な足跡がくっきり残っているのに、ルフィは押し潰されることなくピンピンしていた。埋まっていた自分の身体を引っ張り出して、あぐらをかく。駆けつけて来たビビに目を向けて「おっさんは?」と容態を訊ねた。

「多分…大丈夫。むしろこれくらいじゃなきゃ大人しくしてくれないわ」
「…おれは怒った」
「え…?」

麦わら帽子を手渡すと、ルフィはそれを頭に被せて眉間に皺を寄せた。

「あのお酒はこのおっさんの言う通り、もう1人の巨人のやつの仕業じゃねェし…おれの仲間はこんなくだらねェ真似、絶対しねェ!」
「じゃあ…一体…」
「誰かいるぞ。この島に!」


   ◇ ◇ ◇


「勝負とは精神の動揺に大きく左右されるものだガネ。奴らは今混乱している。見えない敵からの意味不明の爆弾サービスにね」

ところ変わり、ここは蝋ハウス。
Mr.3は戻ってきたMr.5とミス・バレンタインに紅茶を注ぎながら、不敵な笑みを浮かべた。彼の顔はあたたかな湯気で見え隠れているためより一層卑しさを引き立てられている。

「まずは最初のターゲット “青鬼のドリー”。仕留めるのは無理だと分かっていたが、それでも胃袋に受けたダメージは相当なはず。あとは次の決闘がはじまるのを待てば良いのだよ。紅茶でも飲みながらね」

テーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せる。訝しみながらも2人は湯気の立つティーカップを受け取り、持ち上げた。一つだけ変に品のあるいいかおりが鼻腔をくすぐり、何だか落ち着かない気分になった。

「手負の巨人をもう1人の巨人に片づけさせるってわけか」
「フフフッ、そういうことだ」

その違和感を吹き飛ばすようにMr.5が低く告ぐと、Mr.3の胡散臭い笑い声が部屋の中を満たした。

「随分と回りくどいこったな」
「戦士という種族はだね、所詮イノシシと同じなのだよ。正面からぶつかるしか能がない奴らとまともに組み合うことはない。たとえ、力では敵わなくとも…我々にはそれを補う頭脳があるのだからね。フフフフフッ」

紅茶を飲みながら耳を傾けている2人組を見つめていたMr.3だが、何やら視線を真横から感じて顔をあげてみる。目線に先には相棒であるミス・ゴールデンウィークが膝を折って座っていて、こちらをじいっと見つめていた。

「うん…」
「……」
「ああ……」

彼女が何を言いたいのか、ややあって理解ができた。一つだけテーブルの上に取り残されているティーカップ、それが欲しいのだ。だけど、ものぐさな彼女はそれを取るだけのために動きたくはないらしい。相棒の目線の訴えにため息をこぼして、Mr.3はソファから腰を上げた。

「自分で取りたまえよ、ミス・ゴールデンウィーク」

ミス・ゴールデンウィークはすっとそれを受け取り膝に収める。
あたたかなティーカップからのぼる湯気をじいっと見つめたまま動かない。

「ところで、あの麦わらの一味はどうする?」
「麦わら? ああ…ボスの秘密を知ったという小僧たちか…」

ポケットに潜めていた四枚の似顔絵と一枚の写真を取り出して、綺麗にクロスがかけられたテーブルの上に並べてのせた。これは、アンラッキーズからもらった抹殺リストである。
直接対面したわけでも、その姿を見たわけでもないMr.3は似顔絵からしか割り出せられないが、動物とはいえ彼らの模写術はプロ並みだ。これで十分だろう。

「まっ、手頃なやつらからおびき出していけばいいだろう。私のサービスセットへな」

その単語を聞いて、ミス・バレンタインはニヤリと口角を上げた。

「私のモットーは姑息な大犯罪だガネ。ハハハハハッ…戦わずに敵を落とす方法などいくらでもある!」
「Mr.3、おかわり」
「おい、おれもだ」
「君たち! もっと味わって飲みたまえよ!」

すっとからになったカップを差し出す相棒とMr.5に呆れながらも怒りを上げた。この茶葉は高いのに。渋々受け取り、まだたっぷり入っているポットからゆっくり紅茶を注ぐ。
隣に並べられている似顔絵にふと視線がいった。目を引かせる美貌がそこにある。ふわりとした長い髪の毛。キラキラしている大きな目にたっぷりのまつ毛、くっきりとした鼻筋に高い鼻、花のようなくちびる。絵だからより顕著に美しく感じるのか、いや違う。これはありのままの模写だ。では、彼女はずっと探し求めていた──。
これはこれは、世界を揺らす超極上物だガネ。いい作品になりそうだ。Mr.3はニンマリとほくそ笑んで、頭の中にイメージを膨らませていく。


TO BE CONTINUED
原作118 72話



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