101、恋とはどんなものかしら?


ゾロとアリエラが恋に熱を取られている頃、リトルガーデンの中心もまた別の熱で燃えていた。

「ウアーッ!」
「ウウッ」

ドリーの剣が空を斬り、ブロギーの構えた斧に衝突する。それだけで、地面は盛り上がりひどい衝撃波を生んだ。見えない波紋を描きながら空を走る衝撃は次第に突風を生み、唯一立ったままのビビのポニーテールを攫う。

「ああ…」

風に飛ばされないように耐えるビビの隣でルフィはただ呆然と巨人の気高き決闘を見つめていた。再び振りかざした剣をブロギーは上空にジャンプしてひらりと避ける。行き場を無くした剣は、岩に鋭く突き刺さった。
上空で両腕に力を孕んだブロギーは、斧に熱を集中させてドリーの頭を目指して振りかざす。避けることなく真っ直ぐ受けたドリーのカブトにはヒビが生え、だが怯まずブロギーをそのまま押し進めていく。彼は岩に背をつけたが、そのまま力に押されその岩とともに押し倒された。

「ひいい〜〜! カ…カブトで受けた…!」

ルフィたちとは別の場所で決闘を見上げていたウソップは、涙を流しながら頭を抱える。

「少しでも受け損なったら一発即死だぞ!?」

ジタバタするウソップを横目見て、ナミは面白くなさそうに巨人に視線を戻す。
起き上がったブロギーも無傷で、二人はまた剣と斧を交互に入れて互いの力を試し合う。どちらの表情も生き生きとしていて、とても殺意は感じられなかった。それどころか、この喧嘩を心底楽しんでいるようにさえ感じられる。

「…なんちゅう戦いだ…。お互いの全攻撃が急所狙いの一撃必殺!」
「こんな殺し合いを100年も続けてたっていうの? あの二人…でも、よかった」

じっとりとした目をドリーとブロギーにあげていたナミだったが、ふうと息をこぼしてやんわりとした笑みを浮かべた。ブロギーは今戦闘に夢中で、彼に捕まっていた二人は今脱出する絶好のチャンスだ。

「今のうちに逃げられるわね。行きましょう」

決闘に背を向けメリー号を目指して引き返すナミだが、ウソップは二人を見上げたまま一向に動かない。一体どうしたのだろうか。ナミは石のように固まって止まったまま動かない気配を感じ取り、足を止めて振り返った。

「ウソップ…?」

ブロギーの斧が木々を滑らかに切り倒し、ドリーを見据えた。

「すげェ…」

“理由か? とうに忘れた!”
気高き戦士の言葉が、ウソップの脳裏でこだまする。息を、瞬きを忘れるほどに胸を揺さぶられる。彼らの信念はウソップの心を鷲掴みにしたのだ。

「理由もねェのに…こんな戦いを」
「はた迷惑な喧嘩よねえ」

声を震わせるウソップの隣で、ナミはうんざりしたように重たいため息をこぼした。

「バカ野郎!」
「え?」
「これが真の男の戦いってもんなんだよ!」
「何それ…?」

腕を組んで瞳を丸めたまま、ウソップは声を震わせた。だが、女の子のナミはその“男の戦い”というものに興味もなく、またピンともこないために不思議そうな声をこぼした。

「例えるなら…あの二人は自分の胸に戦士という旗を一本ずつ掲げてる。それは、命よりも大切な旗なんだ! それを決して折られたくねェ。だから、今まで100年間もぶつかり続けてきたんだ! わかるか!? これは紛れもなく戦士たちの誇り高き決闘なんだよ!」

声を弾ませながら豪語するウソップだが、その熱意はナミには伝わらなかった。
綺麗な眉を片方下げて、ウソップの言葉を飲み込んでみるがやはり、女の子のナミにはよく分からない問題だった。確かに、大切なものを胸に掲げている人は男女問わずかっこいいと思う。だけど、ナミにとって殺し合いに似た戦闘からはそれを見出せなく、理解できなく、唇を尖らせてくるりと背を向けた。

「別に〜。私興味ないもん、そんなの。ほら、早く!」
「おれはもう少し見てる」

ふっと陽光がウソップの背中に伸びた。
一歩も動かず、巨人を見据えている彼の丸い瞳は強く眩しい光をうつしていた。ごくりと飲み込んだ息が、喉の山脈を揺さぶる。

「まさにこれなんだ。おれの目指す勇敢なる海の戦士ってのは! おれはこういう誇り高い男になりてェ」

さっきまであんなにも巨人を怖がっていたのに。今となっては野望の導き手となったブロギーとドリーを見上げているウソップの背中が大きく見えて、ナミは数度瞬きを繰り返したのちにじっとりと目を細めた。

「ふ〜ん。あんた、巨人になりたいんだ」
「カチーン! 違ぁぁあう!! お前は一体何を聞いてたんだ!」
「ほら。見なくていいの?」

丸太に腰を下ろしたナミの元に怒りのまま飛んできたウソップ。つんと目を尖らせて煙をあげるウソップを物ともせず、ナミは「ほら、あっち」と巨人を指さした。
促されるように顔をあげたウソップは、気高いひかりに照らされあっという間に怒りはおさまった。

「こんな戦士たちの暮らす村があるんなら…おれはいつか行ってみてェなあ」

相当感化されたのだろう。ウソップは興奮に顔を赤くして、夢を語ってくれた。
だけど、やっぱりナミに刺さるものはなく、ふう〜ん。と相槌を打つだけだ。お前は感動しねェのか?と訊ねられたが、きっとアリエラやビビも興味ないもん。とすんと返すだけだった。



ウソップ&ナミ、ルフィ&ビビの居場所から少し離れた所にふっとレモン色が宙を舞った。
キャハハハ、キャハハハ。きゃらきゃらした笑い声を森に響かせながら、浮遊を楽しむのはミス・バレンタイン。レモン色の髪の毛を風に揺らしながら、巨人を高いところから見下ろしていた。

「よ〜く見えるわ〜!」
「見つかるぞ、ミス・バレンタイン! 早く下りてこい!」
「平気よ、Mr.5。だってあいつら決闘に夢中なんだもの。気づきはしないわ」
「いいから下りてこい」
「はいはい」

いつだって厳重な警戒心を張り巡らせているMr.5に本格的に怒られてしまう前にミス・バレンタインは自分の体重を重くして地に降り立った。バロックワークスにはきっとありがたい存在なのだろうが、それにしたって彼は生真面目な秘密主義で遊びをしなさすぎる。そこは少し、つまらない男ね。と毎度彼女は思うのだった。

「おい、わかってんのか。これは2億ベリーの大仕事なんだぜ」
「もちろん。Mr.3の言いなりなんてあまり気乗りしないけど…」
「あァ。行くぞ」
「ええ」

日傘をくるくる回しながら、ミス・バレンタインはニヤリと頷いた。横切るMr.5の微かな煙くささが鼻腔をくすぐる。もう慣れたにおいを追いかけるように、ミス・バレンタインはくるりと大きな背中に向き直るのだった。

それからすぐ。ドリーとブロギーの決闘は、大きな揺れを生んだのちにおさまった。二人、大きな体をばたりと倒して、空を仰いでいる。身体を揺らし、息を整え終えると、ブロギーが先に身体を起こした。

「ハア……。互いにそろそろ故郷が恋しいな。ドリー」
「あァ…。だから、貴様をぶちのめしておれがエルバフへ帰るんだ、ブロギーよ」

ドリーも立ち上がり、同志の誇り高い顔を見つめてニヤリと口角を上げた。ぶつかりあった剣と斧は衝撃に弾き飛ばされ地に刺さった。武器を持て余した二人は、お互いの顔に強烈な盾つきのパンチをぶち込んだ。巨人族の一発は突風をも生むほどなのだが、ドリーもブロギーも頬に互いのパンチを受けたまま微動だにしなかった。

「う…ッ、7万3466戦…」
「…、7万3466引き分け…、」

頬に冷たい金属盾が触れているが、細胞を揺らしたそれはじんわりと熱を持って激しく燃えるような痛みが頬を襲っている。だけれど、二人は白目を剥いたまま野太い声をゆったりとこぼした。もうすっかり力も尽きてしまって、ドリーもブロギーもお互い再び地に身体をつけたのだった。巨人が倒れる振動はやはり地震のように激しいものだ。ナミたちも、ルフィたちも。それぞれの場所で内臓を揺さぶられるほどの揺れを感じて、顔を持ち上げていた。
揺れに耐えられなかった斧と剣も、天に向かって伸ばしていた持ち手をこてりと地につけた。金属の触れる音がシーンとした中、波のように響き渡る。促されるように意識を戻したドリーが静かに笑い声も漏らし、続いてブロギーも「ハハハ」と低く朗笑をこぼした。

「ガバババババ! ドリーよ。実は酒を客人からもらった」
「そりゃあいい。久しく飲んでねェ。分けてくれ、ゲギャギャギャギャ!」

伐採した大森林のど真ん中にゴロンと寝転びあった二人の巨人が、盛大な笑い声を天に向かって響かせた。鳥も鳥類型恐竜も逃げるように翼を広げて飛んでゆく。
二人とも命を賭けた決闘をしているとは思えないほどの温厚な雰囲気を纏い、まるで親友に語るような熱い声、眼差しを向けていた。


   ◇ ◇ ◇


頭が真っ白で、ぼーっとする。唇がとろけていて、熱い吐息がふたつの唇の前で何度も絡み合った。キスを何度か交わしていると、大地が悲鳴をあげるように揺れはじめて二人はハッとして顔を上げた。これまで、地震の起こらない島で生活を営んできたアリエラは大地の怒りに怖くなって、ぎゅっとゾロのシャツを探るように握りしめた。それにゾロは恐怖を感じ取ったみたいで、そっと眦を細めて抱き寄せてくれていた。
大きなからだ、激しい鼓動、温かな体温。その全てがじんわりと体内に伝わって、アリエラも激しく鼓動を揺らしながらもうっとりと目を瞑っていたのだが、糸が切れたようにぷつんと揺れもおさまってふっと顔を上げた。

「…大丈夫か、アリエラ」
「え…、ええ…、」

もじもじと俯いたまま顔を上げないアリエラへの愛おしさを噛み締めるように、ゾロはぎゅうっとアリエラの小さな身体を抱きしめた。びくっと細い肩が震えて、潤んだ瞳を向けられる。なんて色っぽい表情なのだろうか…。おれが男だってことわかってんのか、こいつ…。と奥歯を噛み締めてため息をこぼした。

「…何誘ってんだよ」
「さ、誘ってなんていないわ。ゾロが…抱きしめるから、」
「お前が怖がってるからだろ」
「う……、でも…もう大丈夫よ。ごめんなさい、ありがとう」

そっとゾロの分厚い胸から離れると、彼は眉間に皺を寄せてむすっとしてみせた、ゾロ本人は気づいているのかはわからないが、アリエラを離したくなかったのだろう。このままもっと愛を抱き締めていたかったのだろう。それが言外に伝わってきて、胸の内側のやわらかいところがくすぐったくなった。このまま、大きな彼の腕の中にいられたらどれだけ幸せだろうか。
だけど、彼は私の想いに気がついていないし、今はまだ告げられるほどの心も持っていない。
恋人でも何でもない仲間という関係なのだから、これ以上彼を求めることはできないのだ。最後まで離しきれなかった白いシャツが全てを物語っているが、ゾロに勘づかれる前に名残惜しみながらもそっと指を離した。

「おい、アリエラ…」

キスしたこと、愛を告げたこと、悲痛な願いを訴えたこと。
徐々に戻ってきた理性で思い返してみると、何だか小っ恥ずかしくなってゾロはすぐに言葉を引っ込めた。本当にキスなんかしてよかったのか。そう訊ねたかったが、淑女に二言はないと言われたためそれも胸の奥深くにしまった。

「なあに?」
「……また、今度。てめェの思いを聞かせろ」
「…うん。また、今度」

わずかに頬を染めて、青い瞳を揺らしたことを見逃さなかった。この女は一体おれにどんな感情を抱いているのだろうか。綺麗な金色の髪が風に取られる。木々の中からこもれる光に照らされた彼女はまるで、地に降り立った女神のようだった。
エトワールは神をも籠絡すると耳に挟んだことがある。神ねェ…なんて信じもしない存在やアリエラだと知らなかった当時は当然興味も何もない女の話をフンと聞き流したが、今不思議とその酒場での小話が脳裏に過ったのだ。
この女を手にする野郎は一体どんな奴だというのか。この女の柔らかな唇を堪能するのも、手を握るのも、抱きしめるのも…抱くのも。これまで野望一筋で一切経験したことのなかった欲というのも腹の底からぐわっと押し寄せてくる。
他の男のものになるということ、その想像だけでゾロの胸を酷く痛めつけた。世界一の大剣豪と世界一の花形。その両方は絶対に手を離したくない存在で、ゾロの心を猛烈に支配する。

「…どうしたの? ゾロ」
「…いや、」

思考に脳を傾けていると、透明が鼓膜をくすぐった。
顔を持ち上げるとアリエラは凛とした表情をこちらに向けている。清々しいほどに彼女は平然としているように見えて、ちりりと胸が焦がれた。この女は、惚れてもねェ男にキスされても平気なのかよ。と悪態をつくが、純粋純心なアリエラには似つかぬ行為でその苛立ちはすぐに風に乗って消えていった。
そういえば、やけに風が強くなったな。

「どうしたのかしら…。何だか胸騒ぎがするわ」
「……あァ」

まるで心を読み取られたかのようなタイミングに、ゾロもぴくりを眉根を動かした。
だが、アリエラの意見に同感だ。わずかに、ピリリと空気の柔軟度が変わったのだ。まるで、悪の指が空気を弾いたような、そんな嫌な変動。

「ゾロも何か感じる?」
「嫌な空気だ…。何かよからぬことが起こる前みてェな…」
「…やっぱりそうよね。大丈夫かしら、ビビちゃん」

ぎゅうっと胸の前で拳を握りしめた、その時。
また別の気配が空気を激しく揺らした。風に乗って波のようにざぷんと二人の鼓膜を刺激するのは、ドリーとブロギーの大きな笑い声。まさか巨人族がこの島にいるなんて思ってもいないゾロとアリエラは目を丸くして空を見上げる。

「きゃっ、な…なあに…?」
「このジャングルには恐竜以外に変な生き物がいるのか?」
「や、やだわ…ゾロ。おかしなことを言わないで」
「だがよ、そうとしか……!」

得体の知れない生物というのが怖いのか、アリエラは瞳の青を震わせてゾロの胸に飛び込んできたのだ。ぎゅうっとシャツにしがみつく彼女の小さな手が愛おしい。少し迷ったが、もうキスまで済ませたのだ。ゾロは逞しい腕を彼女の小さな体に回して何でもないように空を仰いだ。

「…そうとしか思えねェだろ」
「じゃあ…何の生き物だと思う?」
「さァな…未確認生物か何かか? 相当でけェだろうな、空気が揺れてんだ」
「きゃ…未確認生物……」
「まあ、そんなもん捕まえて喜ぶのはあのクソコックぐらいのもんだろ」
「…サンジくん? そうだわ、ゾロとサンジくんは勝負の途中だったわね」

男の勝負に口を挟んだり、邪魔をしてはいけないことはアリエラもよく心得ている。
パッと彼から離れて顔を持ち上げた。
サンジくんが捕まえた獲物なのかしら? と小首を傾げると同時に、ゾロとキスをしたことに少しの罪悪感を覚えてしまった。サンジくんは私に──いいえ、そんなはずはないわ。
下品な想像を飛ばすようにぶんぶんと首を振る。ゾロに続きサンジくんもだなんて、あんな気高いお方なのに。

「おい」
「え、?」

悶々としていると低い声が飛び込んで、アリエラはパチリと思考を弾けさせた。
見上げてみると顰めっ面をしたゾロと視線が合わさる。何かに怒っているようだった。

「ごめんなさい。考え事をしていたの、なあに?」
「その考え事ってのは、あのクソコックのことだろ」
「え、どうして…」
「分かるのかって面してんな。そりゃわかる。おれァ、惚れた女の観察が好きみてェだからな」
「う……ゾロは、心臓に悪いことをいうわ」

ゾロもサンジも不意にドキッとさせられるのだから困ったものだ。
ふわふわなほっぺたを両手で包み込み、熱を覚ますがゾロの眉間の皺は一向に取れない。もう一度、ぐりってしてみましょうか、そんなことを考えていると薄い唇がそっと開かれる。

「おれといる時に、他の男のことを考えんじゃねェよ」
「…あ……、」

ぎらりとした眼光に射抜かれて、見透かされていた思考に恥を抱いてしまう。
冗談でも牽制でもなく、これはゾロの願いなのだと感じ取れた。
おれだけのことを考えてろ。言葉なくとも、その声が鼓膜を揺らすようだ。木々の隙間からさす光はより強さを増す。まるで、ゾロの強い意志のようだった。
強い金色の光に、慌ててしまいこんだサンジのことも照らされてしまう。

『他の男の話を持ち出すなんて、よくねェよ。アリエラちゃん』

そう語りかけたサンジの優しくも鋭い光、言葉は違えど同じ意味を吐いたゾロのまばゆい光はどちらも似た想いの色を放っているように感じられて。

「ごめんなさい。今は、ゾロのことだけを考えているわ」
「……あァ、そうしろ」

満足げに微笑むゾロに、アリエラもふわりと柔らかく微笑んだ。


TO BE CONTINUED
原作話-話



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