97、君が好い


その頃、一番乗りでリトルガーデンに足を踏み入れたルフィとビビ&カルーは…。

「うっほ〜! いい眺めだなあ〜!」
「ああ…っ、」

首の長い恐竜にむぎゅうっと抱きついたルフィにビビは兢兢としていた。彼女を乗せているカルーも激しく震えて、鳴き声すらも上げられない状態だ。
そんな二人の心情を知らないルフィは、木登りのように首をよじ登って、恐竜の頭のてっぺんに足を乗せた。そして身体を伸ばし、麦わら帽子に手を乗せ、腰に腕を添えてこのリトルガーデンの景色を呑気に眺めている。

「ここで弁当食いてェなあ」
「そ…そんな呑気なことを言ってる場合じゃ…」

地上と頭の上ではあまりの距離があるために、叫ぶルフィに反してか細く揺れたビビの声は彼には届かなかった。知識が正しければ、ルフィの数キロ離れた先の空にはプテラノドンが飛んでいたし…。

「う〜ん…あ! やっぱり火山があったのか!」

山頂に来たかのように、ぐるりと眺望するルフィの瞳に裸の山が三つ連なっているのが映った。その三つとも、山の頂からはもくもくと大きな煙を吐いている。最初、メリー号で感じたあの轟音はこの火山が噴火した音だったらしい。かなり活性しているのか、恐竜に加えて活性火山とはあまりにも危険すぎる。
ビビはルフィがこぼした単語にぶるりと身を震わせるが、やはり彼は気が付かない。まだまだ辺りをぐるっと回し見て、ご飯中の恐竜が背を向けている側に大きな洞窟を捉えた。

「おお、何かでっけェ穴ぼこの開いた山もあるぞ」
「危ないったら! 早く降りなさい!」
「ん?」
「大人しくても恐竜よ! 」
「大丈夫だよ、こいつは!」

たっぷりと葉を口に含めて、もぐもぐしている恐竜の上でルフィはけらりと笑ってビビに手を振る。地上から見たら、ルフィは棒の様だ。顔はもちろん、服の色も何もわからない。こんな場所から落ちてしまったら…いくら能力者だとはいえ、無事では済まない高さである。

「それよりもあっちにでっけェ穴ぼこがあったんだよ! 何か変な地形だぜ!」
「地形なんかどうでもいいから降りてきて!」
「なあ、物は相談だけど」

ビビの叫びは無視して、ルフィは器用に足でバランスを保たせながら恐竜の榛色の目玉を覗き込んだ。

「お前、あそこまで連れてってくんねェか?」

そういえば、この恐竜には耳がない。どこで音を聞き取っているのだろうか。
ルフィの訊ねに草を咀嚼しながら、数秒遅れて何かをこぼしたらしい。ルフィはそれを読み取って眉根を寄せた。

「ねえそんなケチなこと言わずにさ。連れてってくれよ」

むっすりとしながら頭の上に身体を戻して、「あっちだよ、あっち」と恐竜が向いているのとは反対方向に指をさした。それでも無視…あるいは、ルフィにしか聞き取れない心の声をこぼして、お腹を満たすためにヤシの葉にかぶりついた。

「そっちじゃなくて! ほら、こっち!」

気持ちよくご飯を食べている最中だというのに、ルフィはお構いなしに腕を伸ばして恐竜の首に巻き付け、強制的に後ろの方を向かせた。突然、首を動かされて恐竜は驚きに口を開けて白目を剥いている。数秒遅れて鳴き声も轟かせた。
こんなことをしてしまったら──。
最悪の事態を想像して、ビビもカルーも全身に走った寒気に身体を震わせる。何だかもう、生きてメリー号に帰れる気がしない。だって、あの恐竜の足に踏みつけられたらぺたんこになってもうおしまいだ。

「クエ…、」
「カルー?」

恐怖に震えていたカルーが久しぶりに声を上げて、ビビはふと彼に視線を移す。
何かの声がカルーの耳に届いたらしい。探るように辺りをキョロキョロしていると、たくさんの大きな足音が鼓膜をくすぐって、疑問は確信に変わった。
空気が張り張り付いて、じっとりとした汗が背中にじわりと浮かんだ。どしん、どしん。大きな足音が草木を揺らす。恐る恐るルフィの方へと顔を上げてみると、それぞれ違った音色で鳴き声を上げながらこちらに向かってきている大きな気配──。

「いやあ、悪い。でも、あの──、」

涙を流している恐竜に謝るルフィだが、それはもう完全に遅かった。
不安そうに見上げるビビとカルーの隣に大きな、それはもう二人をゆうと踏み潰してしまえそうなほどに大きな足がのそりと地を踏んだ。あまりの大きさ、盛大な揺れに二人はぎゃー!と悲鳴を上げて、数歩あとずさる。それでもやっとだった。身体が硬直して動けない…。

ルフィもルフィで、ひたすらに謝っているとふと影が落ちて顔を上げてみると、

「うほほほほーっ!」
9匹もの同種の恐竜が首をそろえてルフィを囲い、見下ろしていたのだ。
彼の鳴き声を聞きつけてやってきたのだろう。みんな瞳を尖らせて、怒りをたたえている。

「うほほー! すっげェ〜ッ!」

もちろん、これで畏怖を示すルフィではない。
キラリと光を瞳に抱き、嬉々として立ち上がった。前後左右、どちらを向いても恐竜に恐竜に恐竜。アリエラ連れて来ればよかったなー! 喜ぶだろうなー!とまたもや呑気なことを考えている。

「ルフィさん危ないって! さっさと降りてきなさい!」
「それに、あっちの恐竜の方が高くて見晴らしが良さそうだ!」
「そうじゃないでしょ!!」

涙を流している恐竜の上で、腕をするりと伸ばして、一番背の高い恐竜の頭に手を置いた。この恐竜は同種なのだろうが、頭にトサカのようなものが生えている。そこがちょうど掴みやすくて、ルフィはご機嫌に声を張り上げて、飛びうつった。

「やっぱりな。さっきの穴ぼこがよく見える!」

バランス感覚が相当いいのだろう。大きく揺れる頭でも足場がずれることなくにっこりと笑みを浮かべて、好奇心のままに景色を見つめていた…が、

「ん?」

背後に殺気を感じて、帽子を押さえながら首を向けてみると大きく口を開けた恐竜の顔が飛び込んできた。もう寸前で食べられそうなところ、ジャンプして避け、また別の恐竜の頭部へ。そしたら、また別の恐竜が口を開けて襲ってきて、またジャンプをして飛び移る。

「あ、うわ……危ない…、」

ビビは息も忘れてしまってるくらいに恐怖を感じ、瞠目してルフィを見上げているが、彼は楽しそうにあちこち行き来して踊っている。あちこちほっほと行き交って、大きな頭の上から首を滑って、滑り台のように下り終えると、また別の恐竜の元へと手を伸ばす。
今度の恐竜はトサカの部分が大きく盛り上がり、額に深い傷が何個も目立つ者。この群れの長なのか、貫禄を感じる。
だが、ルフィは全く畏怖することなく頭部へ足をつけて、景色を一望した。

「うお〜! ここからのながめは一際いいぞ〜!」
「ルフィさん……、」

もし、自分が彼のように腕が伸びたら引きずり下ろしてすぐさまここから逃げ出すのに…。もどかしい気持ちを抱きながら、ビビはそわそわと彼を目で追う。
頭に乗ってもじっとして動かなかった長だが、ふと痺れを切らしたように首をゆるりとふってルフィを空高く投げ飛ばす。

「うほほ〜ッ!」

その浮遊が気持ちよくて、楽しそうな声が空いっぱいに響き渡るが…。何もルフィを楽しませるためにした行為ではない。宙に浮かせた彼が降りてくるのを、大きな口を開いて待ち構えている。

「お〜っと」
「クエーーーッ!!??」
「食べられてんじゃないのよ!!」

綺麗にパクッと口内に収まってしまったルフィにカルーとビビは悲鳴に近い声を響かせた。
閉ざされた口内に二人の声は届かない。ガサガサと鼓膜をくすぐる音のみ聞こえる薄暗闇。舌の上に尻餅をついたルフィは、楽しさあまりに自分が今どういう状況に置かれているのか気づいていないみたいで、麦わら帽子を押さえながら、辺りを見回す。

「うーん…どこだ? ここ」

立ち上がろうと、舌に触れていた手に力を込めると弾力の良さに身体のバランスを失ってしまった。よろけながらも、落ちていく先は喉だ。
するりと落ちていくことに、ルフィはまた「すべり台だー!」とけらけら笑っている。外で、絶句しているビビとカルーの気持ちも知らずに。

どうしよう、一巻の終わりだわ。と小さな肩を震わせていると、また大きな…いや、今度は桁違いの大きな足音があたりに満ちた。巨大な気配、地を這う振動。今度は何?とビビが僅かに視線を右に逸らすと、すぐにその正体は判明した。

「あ……、」

なんて、なんて巨大な身体を持つ人間──。
鍛え上げられた逞しい身体。長い長い顎髭。がっしりとした肩には青いマントをかけていて、己の持つ長い剣で、ルフィを飲み込んだ恐竜の首を一刀両断したのだった。

滑り台だー!とうきうきしているルフィは突如前方に現れた淡いひかりに片目を瞑り、するりと外へと飛び出ていく。

「うわっ、ほほほーーっ!!」

何が何だかわからない状況だけど、とにかく楽しいみたいだ。真っ逆さまに落ちても尚笑っていられる楽天さは、呆れを通り越して尊敬してしまうほど。
このまま地に落ちたら、いくらゴム人間でも──。ビビは焦燥を抱いて手に汗を握っていると、ルフィを救出してくれた巨人がそっと手を差し伸べて、手のひらで彼を受け止めた。それと同時に、恐竜の切断された長い首から頭部が地に落ちて、巨大な砂埃を上げて地震を起こす。
その揺れと、巨人の強さを目の当たりにした他の仲間は慌てて逃げて行ってしまった。

「ゲギャギャギャギャ!」
「うっは〜…でっけェ〜!」
「みていたぞ。このジャングルの首長どもと渡り合うとは…生きのいい人間だな。久しぶりの客人だ」
「でっけェな〜、人間か?」
「“人間か?”ときたか…ゲギャギャギャギャ!」

また、こちらの巨人も独特な笑い声を轟かせて、右手に握っていた剣を肩にかけ、

「我こそがエルバフの最強戦士ドリーだ! ゲギャギャギャギャ!!」

と豪語し、また笑った。
数キロ離れた先にいる彼だが、ビビとカルーは驚怖して震えも生まれないほどに硬直している。

「きょ、巨人……初めてみた…。噂には聞いていたけど…」

横たわり白目を剥いているカルーの隣でビビもあんぐり口を開けたまま腰を抜かしていた。
一方、ルフィはやはり巨人を見ても当然気後れしたり気圧されることなく、平然とした態度でまじまじと彼を見上げている。そして、敵意が全くないこと、そして助けてくれた巨人にふっと口元を緩めた。

「おれはルフィ! 海賊だ」
「ゲギャギャギャギャ! 海賊か、そいつはいい!」
「カルー、カルー! 起きて、今のうちに逃げるわよ!」

愉快な笑い声が響いている間に…と、ビビは見つからぬようひっそりと気絶しているカルーを揺り起していたのだが──

「あそこにいるのがビビとカルーだ。よろしくな」
「……ルフィさん、余計なことを」
「ゲギャギャギャギャ! お前たち、うちに招待しよう」

キッとルフィを睨むビビを見つめたドリーは、久しぶりのお客に楽しそうに笑って穏やかに申し出を二人と一匹に出したのだった。


   ◇ ◇ ◇


ぱちぱちと炎が弾ける音。ふうふう、息を吹きかける音。さらりと肌を撫でる風。
肉を燻ったにおいが鼻腔をかすめ、ウソップはお腹を鳴らしてしまいかけたが、危ない危ない。ここでそんな失態をしてしまったら確実に天国行きだ。ぐうっと耐えて、なんとか凌ぐ。
ナミももぞっと動いたウソップの気配に気づいたのか、一瞬眉根を寄せたがすぐに力を抜いた。

「うまそうだ」

ブロギーのご機嫌が少し離れた場所から聞こえてきた。
あれから、死んだフリをしたナミとウソップはブロギーの住処に連れてこられたのだ。二人が寝かされている場所は、浅瀬の洞窟の中。きちんと太陽光が照らされているから、下手な動きはできないのだ。ウソップは、息を止めたまま黒目を動かして足先にいるブロギーを捉える。彼は大きな大きな背中をこちらに向けて、さっき捕った恐竜を火で炙っているところ。ご機嫌に鼻歌も歌っている。

「いつまで死んだフリしてりゃいいんだ?」
「やっぱり巨人にはこの作戦は効かないみたいね…」

よく考えてみればそりゃあそうだ。巨人族だとはいえ、当然同じ人間なのだ。知能が違うクマ相手の脱出法は、全くもって効果はない。彼は二人が気を失ってると思い、涼しい場所である自分の藁の寝床に寝かしているだけなのだが、こちらもまた当然ナミとウソップがその好意に気づくことはない。
小声で言葉を交わし、ウソップはバレぬよう虹彩を元の位置に戻した。が…、ナミの隣に気になる影があって、ふっと視線を流してみる。と、彼女の隣には人間の骸骨が山のように積み上げられていてウソップはその恐怖に「ひいッ」とひっくり返った声を発してしまった。

「ん?」

少し甲高い音は耳がよくキャッチしてくれる。ブロギーはピクリと肩を動かして、ナミとウソップに目を向けたが二人は慌てて“死んだフリ”の態勢を取って息を殺したから、ブロギーは数度目をまばたかせて「なんだ、空耳か」と調理に集中を戻す。

「……フウ、」
「何声あげてんのよ」
「仕方ねェだろ。ドクロがあんなに転がってちゃ…」
「そりゃそうだけど…」

二人とも今の数秒で全身汗びっしょりになってしまった。いつになったらこの窮地から抜け出せるのだろうか…。夜になり、彼が寝てしまったスキに逃げるしかないのか。ナミはこれまで海賊専門泥棒として生きてきたから、逃げのプロでもあるが、巨人なんて相手をしたことがない。見つかり踏み潰されたら一発であの世行きだ。そのハンデがあまりにも大きすぎて、頭が真っ白、何も考えられない。

「おれたちもいずれああやって食われるのかなあ、」
「諦めちゃダメ!」
「しかしよぉ、」

ウソップの呟きにナミはハッとした。そうよ、何のんびり死んだフリなんかしてるのかしら。徐ろに身体を起こして、大きな背中を伺う。彼は這いつくばって火に息を吹きかけ、調整をしている。これは好機だ。

「このままここで食われるのを待ってることないわ」
「うまいぞ うまいぞ 恐竜の肉〜♪ 真っ赤な火であぶってそのままガブリ! うまいぞ うまいぞ恐竜の肉〜♪」

ご機嫌に歌まで歌い出した。この隙に逃げ出さなくては。ナミとウソップはお互いに顔を見合わせ頷いて、立ち上がった。音をなるべく立てずに忍び足で、先にナミが浅瀬の洞窟を抜けて背を向けているブロギーに気づかれぬよう、ささっと影に身を隠す。次いで、ウソップも身体を硬直させながらも、さささっと後ろを横切り、洞窟の裏手に回ることに成功した。
彼は気づいていない。ナミとウソップは、ジャングルを思い切り駆け抜けて船に戻る作戦を組み立てた。


TO BE CONTINUED
原作116話-70話  



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