96、Brag men


「はあ……」
 
すっかり静かになってしまった船内にナミの盛大なため息が響き渡った。ウソップと同じく膝を抱えて、顔を埋めていたがふっと脳内にあることが浮かんだ。
“リトルガーデン”それは、どこかで聞いたことのある名だ。その、どこかで聞いたが正しければ、そこにはゾッとするような事実が記されていたはず…。
ナミの背中に嫌な気配が走った刹那、ふとその“記憶”が浮上する。あれは…比較的最近に読んだ書物の中で見たような。この船に元々備え付けられていた女部屋の本棚で見つけたものだろう。
 
「ちょっと待って…」
「え? あっ、どどど…どうした!?」
 
ナミはすっと立ち上がって、女部屋へと走っていく。突然一人にされた恐怖に、ウソップも吃りながら震える脚を伸ばした、女部屋へと続く倉庫へと駆けて、ナミに続き船底に面している部屋へと駆け降りていく。
女部屋はふわふわなカーペットが敷かれているから土足厳禁だ。ナミにぎろっと睨まれて、ウソップはたじたじとブーツを脱ぎ捨て、恐る恐る女の領域に足を踏み入れた。いくら仲間だといえ、年齢の近い女性の部屋に入るのは何だかいけないことのような気がする。
実は男部屋と扉一枚で繋がっているが、ナミが「超緊急事態以外では絶対にここの扉を開けないこと」と、内側から鍵を閉めているためにより神聖なる場となっているのだ。
 
「ナ、ナミ?」
「これじゃない…これでもない…これじゃなくって…」
「あたっ、痛っ、いたた!」
 
一体どうしたのか、ナミは本棚から本を抜き取り、ペラペラページをめくっては後ろにほいほい投げていく。身体にぶつかる本にウソップは片目を瞑りながら、オレンジ色の髪の毛を見つめるが何も読み取れない。
 
「お、おいナミ! 一体何探してんだよ!?」
「何か本で読んだ記憶があるのよ」
「な、何をだ…?」
「リトルガーデン…」
 
また、分厚い茶色の本を抜き取り中身を確認するがこれも歴史書で、ナミは読んだ記憶がないため排除していく。ぽいっと投げた本の角がウソップの小指に落ちて、大絶叫でゴロゴロ暴れるがナミはよほど真剣なようでウソップを見向きもしなかった。
 
 
    ◇ ◇ ◇
 
 
その頃、冒険組ルフィ&ビビとカルーペアは、森の中をひたすらに駆けていた。
大きな木々に見たこともない植物。空を埋める勢いで伸びている木の葉だが、その隙間から差し込む陽光の美しさたるや。ビビにとってこれは初めてのジャングルで、好奇心をくすぐられてしまう。ルフィみたいに全力疾走する体力はないため、カルーにお世話になっているが、カルーも自然が嬉しいのか以外の他に楽しんでいる。
 
「よーっとととーっ!」
「クエーッ!」
 
出発してから数分、ずっと走っていたが何かを見つけたのかルフィは急ブレーキをかけて立ち止まった。それに合わせて、カルーも動きを止める。
ちょうど、浅瀬の池が広がっている場所だ。ルフィはつま先をそちらに向けて、足首丈しかない池に入っていった。
 
「どうしたの?」
「ほら、これ見ろよ。イカみたいな貝がいるぞ!」
 
透き通っている池の中に、半身を地に預けて10本ある足のようなものをひらひらと水にたゆたせている不思議な生物が気になったみたいで、ルフィは恐ることなく貝の部分を掴んで、水の中から持ち上げた。
ビビも、気になったみたいでカルーから降りて池に近づいていく。
 
「イカガイ?」
「え…」
 
まるでおじさんみたいなギャグを放ったルフィに失笑して、イカ貝に顔を近づけてみる。
あら? これは…。昔、王女としての教養を学んでいたとき、歴史学の教科書で見た化石によく似ている…。その化石は貝の部分しか残されていなかったために胴体を見たのは初めてだけれど、でも間違いなくこれは──
 
「アンモナイトによく似てる…」
「アンモナイト? イカ貝だろ」
 
その時、大きな揺れと地面が唸るような音が轟いた。ビビは態勢を崩しそうになったが、何とかそれを持ち堪えてルフィと共に顔を上げてみると、そこには信じられない生き物が悠然と立っていて──。
ルフィが徐々に表情を輝かせていくのに反して、ビビの顔色はどんどん悪くなっていく。カルーもわなわな震えて、か細い鳴き声を震わせている。
 
「あ……うそ、でしょ…?」
「クエー…!」
「うおおお〜!!」
「あ、待って!」
 
わくっわくを最大限に募らせたルフィは、うずうずに耐えきれず駆け出していくからビビはカルーに跨って慌てて追いかけていく。だが、近づけば近づくほど不可解であり巨大な生き物に恐怖を抱いて、この場から立ち去りたい気持ちも芽生えてしまう…。
また急ブレーキで立ち止まったルフィに、カルーもきゅっと止まり身体をぶるりと震わせた。数歩だけ後退ったのは、遁げだしたい気持ちを必死に抑えた努力の証だろう。
 
「へえ、なんで丘に海王類がいるんだ?」
「か、海王類…?」
 
数キロ離れた先の森の茂みからルフィの数倍はある木よりもずうっと長い長い首を持ち上げて、口に含めた葉っぱをむしゃむしゃ咀嚼している。
確かにそう見えなくもない見た目をしているが、あれはそんな現代的な生き物ではない──。
 
「あれは…恐竜よ…!」
「恐竜!?」
 
もう、この世には存在していない生き物の名をルフィだってもちろん認知している。そして、それは男のロマンだったりもするのだ。それゆえか、ますます目に輝きは広がっていく。
 
「じゃあ…ここは、太古の島…」
「ん?」
「恐竜たちの時代がここに取り残されているのよ…! アリエラさんも白亜紀に絶滅した植物が…って言ってたのも…まさか、」
「なんで恐竜生きてんだ?」
「…グランドラインにある島々はその海の航海困難さゆえに島と島の交流もなかったから…それぞれが独自の文明を築き上げてるの。飛び抜けて発達した文明を持った島もあれば、何千年も何万年も何の進歩も遂げずにその姿を残す島だってある…グランドラインのデタラメな気候がそれを可能にするのよ」
 
とてもとても、常識では信じられない現象であるがここの海では“常識”なんて生ぬるい言葉は一切通用しない。ビビは幼き頃からそう教わってきたため、この状況を意外にも早く受け止めることができたみたいだ。
 
「だから、この島は…まさに恐竜たちの時代そのものなんだわ」
「にししっ!」
「あッ、」
 
理解はしても頭が追いつかない。ルフィが言うように恐竜を海王類の仲間なんだと頭の中のどこかが捉えてしまっている。それは、この超常を認めるのが怖いのか、それともそんなことを考える間もなく混乱しているのか。ただただ呆然と穏やかな恐竜を見つめていると、やっぱり我慢できなかったルフィが行動を起こしてしまった。
「すっげェ!」と上擦った声を上げて、腕をぐうーんと目一杯伸ばし、深緑の恐竜──ブラキオサウルスだろうか──の長い首に抱きついたのだった。
 
「飛びつくな!!」
 
目をとんがらせてナミのような怒りをあげたビビだが、当然ルフィは聞く耳を持たない。なんせ、彼は恐怖や危険よりもワクワク、冒険が勝ってしまうのだから。
 
 
そしてちょうどその頃、メリー号の女部屋でずっと本を漁っていたナミがお目当てのものを見つけて、それを胸に抱いて甲板に姿を見せた。その本は“ Brag men”というタイトルの冒険日誌書である。
ナミの探し物にすっかり飽きてしまったウソップは、数十分前に女部屋を後にして、今は船尾甲板にいる。欄干に手をそえてジャングルを観察しているようだ。
その後ろ姿を捉えると、ナミは彼の名を呼んだ。ふっと顔を持ち上げたウソップは、目を丸めて振り返る。
 
「何だ、どうした? 本は見つかったのか?」
「…うん。やっぱ思った通りだったわ!」
「思った通り?」
「大変なのよ。この島には──」
 
船尾甲板に続く階段を登って、ウソップに歩み寄ったナミは胸に抱えていた本を両手におさめてウソップにあるページを見せるため、パラパラとめくっていくが、何というタイミングだろうか。ジャングルの奥から轟音と揺れを響かせて、こちらに向かってくる大きな大きな影がすうっと岸からメリー号の上に伸びた。この本に記された言葉が、影を作る太陽が、間違っていなければこの影は“人のもの”。
 
恐る恐る、ゆっくり振り返ってみると。ジャングルの奥には両目を真っ赤に光らせた人物が立っていた。全身がまだ影に包まれているが…たった一つ、分かるのはその体長の大きさである。顔を見上げると首がつってしまいそうな、天にまで届きそうなその巨体を持っているのは、御伽噺でよく見た巨人そのもので──。ナミとウソップは喉が張り裂けてしまいそうな悲鳴をあたり一面に響かせた。
 
あまりの恐怖を抱いた反射的に、ナミは本を甲板に落としてしまった。ちょうど、うつ伏せに開かれたページは、かつての探検家がこの島についての手記をまとめたというナミが探し求めていた場所で、詳細スケッチとともにこう記されていた。
 
『あの住人たちにとって、まるでこの島は小さな庭のようだ。リトルガーデン…この土地をそう呼ぶことにしよう。 探検家 ルイ・アーノート』
 
 
 

TO BE CONTINUED
 
 原作116話-70話  


 

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