95、リトルガーデン


順風満帆、本日晴天。
ウイスキーピークを出航してから二日ほど、なかなかうまい具合に航行できなかったが、また別の海域に踏み入れるとこれまでの風の閑散が嘘のように、突風が凪を突き抜けてメリー号の帆を攫った。その勢いに押された帆船は、気持ちよさそうにびゅんびゅんと澄み渡った海を駆け抜けている。
 
この調子だと、午前中にはリトルガーデンに到着しそうね。と航海士が今朝呟いていた。
過酷だと言われている偉大なる航路だが、ナミが蓄えてきた桁外れの航海術と知識のおかげでメリー号は沈むことなく真っ直ぐ目的地へと足を向けられている。今はこの船は航海士の鬼才で持っているのだと、アリエラは心底実感した。もし、この一味にナミがいなかったらあの初めてのデタラメ海域でもうこの船は転覆し、沈没していただろう。
 
「また雪降らねェかな〜」
「…え?」
 
穏やかな春風を受けながら、ビビと一緒にラウンジ前で針路を確認していると、まるでアリエラの心を読んだかのようにルフィがあの航海での出来事を口にしたから、アリエラははっとして顔を上げた。彼女と同様に、ラウンジ前の欄干に腰を下ろしているルフィにゾロが片眉を上げて不可解そうな顔をする。
 
「降るわけねェだろ」
「おめェ寝てたから知らねェんだ。なあ、アリエラ! 雪降ったよな」
「うん…すごいわ、ルフィくん」
「なにが?」
「わたしもちょうど同じことを考えていたの」
「あれだな、ニシン…」
「以心伝心よ、ルフィくん」
「そうそうそれそれ」
「……」
 
にししっと笑い合うルフィとアリエラに、ゾロの心の中のもやもやがより広がっていく。
ご機嫌で純粋なルフィに対してこんな嫉妬めいた気持ちを抱くなんて。クソ…と自分自身に苛立ちを感じるが、もうそれもそろそろ慣れてきそうだ。早くこの女をおれのモンにしねェ限り、この靄は永遠に続くぞ。とまた新たに炎を燃やすのだ。
 
「ぞ、ゾロくん…?」
「あ…?」
「お顔が怖いわ」
「あァ…覚悟しろよ、アリエラ」
「ひ…、」
「…?」
 
ニヤリと笑みを浮かべるゾロの眼光は鋭く尖り、凶悪が滲んでいる。その瞳に睨まれて捕らえられてしまいそうで、アリエラは思わずビビにしがみついてしまった。ビビと背丈がほぼ同じだから隠れるには小さすぎるけれど、熱に浮かれた今のアリエラにはそんなことを考えるほどの余裕はなかった。
まだこの船の事情、ましてや彼の恋事情を知らないビビは「どうしたの?」と小首を傾げている。
 
「なあ、また降らねェかな?」
「…ううん、どうかしら」
「降らないこともないけど、1本目の海は特別なのよ。リヴァースマウンテンから出る七本の磁力の全てを狂わせていたわけだから」
「あ、それであそこの海域だけあんなにも目まぐるしく季節が巡ってきてたのね」
「ええ」
 
そっとビビから離れて、アリエラはなるほど〜と深々と頷いた。身軽になったビビはふっと青く澄んでいる海原に目を向ける。磯のにおいが鼻腔をくすぐった。その奥に闇が渦巻いているように思えてしまい、目を細めた。
 
「だからって、気を抜かないことね。一本目の航海ほど荒れ狂うことは稀だけど──普通の海よりも遥かに困難であることは間違いない。決してこの海をナメないこと。それが鉄則」
「…そうね。もう過酷さは身を持って体験したもの。油断は絶対にできないわ」
 
こつこつブーツのヒールを綺麗に鳴らして、舷側に向かったビビはちゃぷちゃぷと綺麗な音を立てて戯れている海水を眺める。この穏やかさはいつまでも続くものではない。その海域、島付近によって大きく異なってくるが、本当に突然、一瞬にして天候や季節が引っくり返ることがあるのだ。ビビの小さな後ろ姿に視線を向けた三人は「ふうん…」とそれぞれなにかしらを感じ取って頷いた。その時、ラウンジのドアが古音を立てて開いた。中から出てきたのは、ご機嫌なサンジだ。
 
「おい、野郎ども! おれのスペシャルドリンク飲むか?」
 
トレーの上に九個のグラスを乗せて、器用に甲板に降りていくサンジの姿にルフィもゾロもニッと口角を上げて立ち上がった。ルフィはすぐさま。ゾロは刀を持ってラウンジ欄干を飛び越え、甲板に降りると釣りをしていたウソップとカルーも釣竿を放り出して、男性陣で円を作るようにどかっと腰を下ろした。
 
サンジのスペシャルドリンクと名のジュースは、涼しげなエメラルドでしゅわしゅわと爽やかな音が弾けている。からんと氷がぶつかる音も夏を感じさせ、夏島の春なこの海域にはぴったりのものだった。
 
「いただきーー!」
 
ウソップのご機嫌な声が甲板に響き渡る。
サンジがしゃがみこみ、それぞれにグラスを配るとみんなのどの渇きを潤わすためにごくごくと喉を鳴らして飲み進めていく。その軽い気持ちで過ごしている一行に、ビビはどうしてか腹の底からイラッとした気持ちが湧き上がってきて、乱暴に欄干を叩いてアリエラに視線を投げた。
 
「アリエラさん! 彼らは…」
「ねえ、いつでも呑気よ。うちの男性陣は」
 
ぎりっと歯を食いしばって、ビビは彼らを俯瞰する。
みんな両手にグラスを持って、楽しげに談笑している。さっき、忠告下ばかりなのにどうして危機感を背負わずにいられるのか──。
 
「釣りか、いいな」
「よし、じゃあおれ様がアーティステックな釣り竿作ってやるよ」
 
ゾロとウソップは釣りの話で盛り上がり、ルフィはガブガブジュースを流し込み、カルーも主人の怒りや焦りに気づくことなく必死にストローを彷徨わせている。
 
「ほら、こうだろうがよ」
 
いつまでたってもグラスにストローを差し込むことができないカルーを見兼ねたサンジが、代わりにストローをグラスに突っ込んであげる。炭酸を含む強い水圧にストローはぷかりと押し上げられてしまうが、カルーは扱いに慣れているためスッと嘴で押し戻して一気にドリンクを吸い込んだ。
 
「「おおーっ!」」
「おっ、いけるクチだな。うめェか?」
 
嬉しそうに口角を上げたサンジが、新しいグラスと取り替えてあげると、またカルーは一瞬にしてジュースを吸い込み胃におさめてしまった。それが面白くて、ルフィもウソップも近寄って観察する。
 
「おお〜すげェ!」
「よく飲むなァ、カルー!」
 
その和やかな雰囲気に、またビビの苛立ちは高まっていく。
下唇を噛み締めてもう一度アリエラに目を向けてみると、彼女も穏やかな表情で「わたしもジュースもらお〜」とラウンジに顔を向けた。
 
「あ、ナミ!」
「はい、これあんたの」
「わあ、ありがとう」
「美味しいわよ〜。ほら、私たちのはレモン付きなの。アリエラ好きでしょ? だから二つ付きのあげる」
「いいの? うれしい〜! うふふ、レディ限定サービスね」
 
ナミからグラス受け取ると、二人はにこやかにグラスを鳴らした。
ふちには綺麗に細工の入ったレモンがひっかけられていて、ゴージャスだ。一口飲んで笑い合うナミとアリエラに対しても、またビビは混乱が昂っていく。男性陣に比べて、常識を持っていると思ったのに。グッと握り拳を作って、ビビは鋭い瞳を二人に向けた。
 
「いいの!? こんなんで!」
「はい、あんたの」
「え…」
「美味しいわよ〜、ビビちゃん」
「……ありがとう」
 
華やかな二つの笑顔に気圧されて、ビビはおずおずと手を伸ばしグラスを受け取った。
汗をかき、ひんやりとしたそれが手のひらに触れて、昂っていた熱もすうっと鎮まっていく。
 
「…ナミさん、アリエラさん。本当にいいの? これで」
「いいんじゃない? 時化が来たらちゃんと動くわよ」
「ビビちゃんも見たでしょう? 最初の航海での彼らの動きを」
「それは…そうだけど、」
「あいつらだって死にたくはないもんね」
「…だけど、気が抜けちゃうわ…」
 
綺麗な眉を寄せるのは、それが原因だった。
どうしてか張り詰めていた気を抜いていかれるようなのだ。あれこれ考える暇も与えないくらいに、彼らはのんびりと好きなことをして場の空気を和らげている。アラバスタのことを、この偉大なる航海の過酷さを、全て真剣に捉えて航行しなくては、と思うのだけど…。
 
「それでいいのよ、ビビちゃん。じっと考え事ばかりしていたら、どうしても思考は悪い方に傾いてしまうもの」
「……」
「そうよ? それに、この船にいたら悩む気も失せるでしょ?」
「あ…」
 
にっかりと楽しそうな笑みを浮かべるアリエラとナミに、ビビは言葉を失ってしまう。アリエラの言うことは正しいし、ナミの言葉も身をもって感じている。王女として…ミス・ウェンズデーとして…さまざまな衣装を纏って威厳を見せてきたけど、何だか、この船では久しぶりに自然体でいられるのだ。王女だけれど、一人の16歳の少女として。
そう思うと、一気に肩に入っていた力が抜けていった。ああ…そうだわ、考えたって悩んだってきりがないわ。頭の中で惨劇を描いて嘆いてもなにも始まらない。それどころか、本当に嫌な方向に物事が進んでしまうかもしれない。だから、考えない時間を作ってくれると言うことは、ありがたいことなのだ。
 
「ええ…ずいぶん楽」
 
ふわりと吹いた風がビビの肌をかすめて、水色の髪の毛をふわりとさらった。前髪を押さえながら、久しぶりに力を抜く。そして、困ったように弱ったように二人に少女の笑顔を見せた。
同時に、カルーがひっくり返ってルフィ達も軽やかな笑い声を響かせている。自然体で考えさせないのだから、すごいものだ。見方を変えたビビは感心していると、右舷から大きく水の跳ねる音が聞こえた。
 
「おい、みんな見てみろよ。イルカだぜ」
 
舷側に腰を下ろしたサンジが少し驚いた声を上げた。
イルカ、という可愛らしい名に惹かれて、みんな立ち上がって海に双眸を投げた。すると、イルカはその時を待っていたかのように海面に顔を出して、大きく飛び跳ねた。
 
「わあ〜っ! 銀色のイルカちゃんだわ、かわいい〜
 
メリー号の上空を横切ろうとするイルカに、クルーは「おお〜!」と歓声を上げて顔を上げてみるが…。それはただのイルカではなかった。かわいいけれど、サイズは偉大なる航路級。メリー号の数倍はありそうなそのサイズに女性陣は悲鳴を上げて、三強までもが顔を引き攣らせた。
 
「でかいぞーッ!!」
 
だが、ルフィは一瞬でそれを解いて楽しそうにかげった空を見上げている。
大量の水飛沫が舞い、身体に飛び散るがこのくらいの量だったら能力者は平気みたいでルフィもアリエラもぴんぴんしている。空を飛んだイルカは、ややあってまた海水へと戻っていく。それだけの体長があれば、当然波紋や飛沫は巨大で高波が生まれるほど…。
 
「逃げろ〜!!」
「「おおーーッ!!」」
 
楽しげに号令を上げた船長に、クルーも笑って返事をしてそれぞれ持ち場へを駆けていく。さっきまで穏やかだった雰囲気は一瞬にして消え去り、男性陣は当然。ナミとアリエラもラウンジにジュースを置いて、駆けていった。
 
「あ…、」
 
サンジは帆の調整を、ウソップはマスト上に登って帆のくくりつけを、ゾロは舵取りを。みんな真剣な表情でテキパキとこなしていくものだから、ビビは呆気に取られて呆然と立ち尽くしてしまった。
 
「サンジ! カルーを頼む!」
「任せろ!」
「帆をいっぱいに張れ〜!」
「ええ、任せてルフィくん!」
「三角帆はオッケーよ!」
「ゾロ! 面舵だ!」
「おう、任せろ!」
「みんな…」
 
それぞれができることを精一杯やって、突如現れた高波をあっという間に回避していく。
「おし! 波に乗って振り切れ〜!」とルフィが号令をあげると、針路に逸れないよう上手く方向を切り替えて、もう一度生まれた高波に乗り、メリー号は瞬く間のスピードで前進してゆく。そして、再び穏やかさを取り戻したのだった。
 
「ナミ! 船の方角は?」
「ちょっと待って。調べるわ」
 
ルフィの訊ねにナミは頷いて、記録指針に目を落とす。揺れる針が示す方角と船の向きをしっかりと交差みて、にんまりと笑みを作った。
 
「取り舵いっぱい!」
「「ようそろ〜〜!!」」
 
ルフィとゾロの声が軽やかに響き渡る。船はゾロとルフィの手によって、左舷の方へと傾きはじめた。
 
「ふふ、ね? 大丈夫でしょ、ビビちゃん」
「…ええ。びっくりしちゃった」
「うちのクルーはみんなやる時は全力でやるの。素敵な人ばかりよ」
 
呆然と固まっているビビに気がついて、アリエラはにっこり笑いかけるとビビも力なく頬を緩めて、また知らぬ間に入ってしまっていた方の力をふっと抜く。何だか、不思議な雰囲気を持つ海賊団だ。まだ出会って間もないけれど、どうしてか心からの信頼を抱けるような──。
アリエラの言い分にやんわりと頷くと、彼女も嬉しそうに微笑んだ。
 
 
それからややあって、メリー号は前方に島影を捉えた。
ボンヤリとしているそれは、霧がかかっているようにも見える。望遠鏡で針路の確認をしていたウソップがみんなを呼ぶと、それぞれ散らばっていたクルーは足音を立てて船首甲板に集まった。
 
「うっほ〜!」
「…間違いない。サボテン島と引き合ってる…私たちの目的地はあの島よ!」
 
片目を瞑り記録指針を覗き込んで、後方のサボテン島と前方の島影を照らし合わせるとナミはしっかりと前の島を指差した。近づくにつれて徐々に島を隠していた霧も晴れてゆく。陽光に照らされたその島は、遠くから見ても一面緑に覆われているようにうかがえる。あれが、リトルガーデンだ…。
 
「うおおおお〜!」
「お〜ほほっ!」
「まあ、ガーデンね〜!」
「あれがグランドライン2つ目の島だ!」
 
更に船を進めてみると、ただ緑が生い茂っているだけではなく所々に標高のある岩山が目立っている。一体どんな島なのか、町はあるのだろうか。さまざまな期待に胸を膨らませてみるが、いざ島の支流に入り、押し進めてみると期待はどんどん不安に塗り替えられていく。
 
「ここがリトルガーデン!」
「どの辺がリトルなんだよ…」
「そんな可愛らしい名前の土地には見えないけど…」
「う〜ん…どういう由来なのかしら…」
 
ルフィの明朗な声に続き、ゾロが呆れを吐いた。ナミとアリエラも疑問の音をあげた。それもそのはず。リトルガーデンというのは名ばかりで、小さな温室のような上品な華やかさは一切窺えない。それどころか、生い茂る巨大な木々や草に囲まれているため、野蛮で不気味である。
 
「ああ〜! まるで秘境の地だ! 生い茂るジャングルだ…」
 
島に入っていくにつれて、空を覆うような巨大な木の葉っぱに太陽光は遮られてしまった。木々の隙間から伸びる陽光は美しいものだが、同時に不安を煽る素材となる。ひんやりとした風が肌をかすめ、においもどこか土臭い。
ウソップはもうすっかり不気味さに気圧されて身体をぶるぶる震わせている。
不気味な鳥の鳴き声がジャングルにこだまして、その余韻が鼓膜を震わせた。未知と恐怖が鳴りをひそめている島に、ビビの頭の中でずっと引っかかっている言葉が鮮明に反芻された。
 
 『何よりも不運なのが、あなたたちのログポースが示す針路。次の島の名は“リトルガーデン”。あなた達は私達が手を下さなくても…アラバスタに辿り着けず全滅するわ』
 
妖艶な笑みを浮かべるミス・オールサンデーの姿。彼女はこの島が一体どんな場所なのか知っているのだろうか。何にも情報が聞けなかったからこそ、ビビの中で不安は風船のように膨らんでいく。
 
「ビビちゃん、どうしたの?」
「…ミス・オールサンデーが言ってた言葉が気になるの。気をつけなきゃ…」
「か…か、怪物でも出るってのか!?」
「さァな〜」
「なあ! 上陸せずに次の目的地まで向かおうぜ!」
「でも、すぐにログは貯まらないわよ?」
「それに、そろそろ食材を補給しねェとな。この前の町じゃ何も蓄えてねェ…」
 
ウソップがナミに必死に訴えを上げたが、そうだ。ここはもう東の海ではない。しっかりと記録指針に磁気を覚えさせなくてはならないのだ。頭を抱えていると、前方を確認していたゾロが「あそこに河口が見えるぜ」と航海士に知らせる。
 
「えっ、ホント?」
「わあ…すごく…ジャングルだわ」
 
すっとナミとアリエラ、そしてウソップとサンジが右舷欄干から顔を覗かせると、更に奥まった場所に続いている河口にギョッとした。ますます薄暗く温度も下がっていく。だが、どれだけ危険な地でもここが偉大なる航路である限り、引き返すことは不可能だ。
メリー号はウソップの不安をものともせずに、どんどん足を進めていく。
 
「焼肉屋ねェかな〜!」
「ンなもんあるか!」
「だって言ったろ? 食料を補給するって」
「材料を集めるんだ。…ったく何考えてんだ、てめェは」
 
また船長は呑気なもので、メリーの頭に座りながらキョロキョロあたりを見渡していた。探しているのは、焼肉屋なのだろう。サンジのぐったりしたツッコミが冷ややかな空気に満たされる。
ナミも毎度ながらのルフィのおとぼけ発言に、じっとりとした目を向けていたが、思うことはあるみたいでゆっくりと船端に歩み寄り、陸を指さす。
 
「でも、上陸は危険だわ。大体見てよ、こんな植物、私図鑑でも見たことないわ」
 
目立つ木々は、葉は互生していて扇状に裂けている。太い幹はギザギザな模様が入っていて、一見ヤシの木だが明らかな違いはその大きさと模様。その他の太い木にはバオバブに似たものもあるが、やはりそう呼ぶにはおかしな形状をしている。
ナミにつられてアリエラもじっと木々を見つめていたが、信じられないものを見つけて息を呑んだ。
 
「あ……、」
「どうした、アリエラ」
「アリエラちゃん?」
 
やはり、アリエラの異変に真っ先に気づくのはゾロとサンジ。新たな刺客にゾロは眉根を寄せてコックに視線をぶつけるが、彼は気にする素振りも見せずに煙草を燻らせて、金の髪の毛を見つめている。
 
「これ…図鑑に載ってなくて当然だわ…」
「え、どうして?」
「…あのお花、シルフィウムっていうんだけど…もう天暦に絶滅しているハーブの一種よ。そして、この木々もそう。あの大きな木はずっとずっと昔──白亜紀に絶滅したとされるものよ…! 化石から想像した絵を美術と歴史書で見たことあるの」
「へェ〜さっすがアリエラちゃん! 物知りだなァ〜
「ななな、何ィ!? なんで絶滅種がここに咲いてんだよ…ってか、白亜紀って恐竜がいた時代じゃねェか!」
「ええ…」
「じゃあ、なに…? ここって、」
 
ナミが恐る恐る続けようとしたその時、木々がざわめくジャングルに聞いたことのない甲高い鳴き声が響き渡った。これは、鳥類だろうか?
鼓膜に響くその音色に、ナミとアリエラとウソップはぎゅうっと身体を折り、短い悲鳴をあげて耳を塞いだ。ぶるぶる震える美女二人に、サンジはおおっと目を見開き、でれ〜っとだらしなく相好を崩す。
 
「ああ…かわいい…
 
明るく濃いオレンジと金色に包まれた小さな顔は、恐怖に美しく歪んでいる。たまらない庇護欲が掻き立てられて、抱きしめてあげたくなったのだが──。
 
「あ、おれか?」
「ナミさんとアリエラちゃんに決まってんだろ!!」
 
耳を塞いでいたウソップがキラキラと目を輝かせるから、サンジのメロリンはすぐに崩れてしまった。ふん、大したことねェな。と鼻を鳴らし、ゾロはアリエラの元に歩み寄る。
 
「アリエラ。怖ェのか? 珍しいな」
「ゾロくん…だって、なんか断末魔みたいだったんだもの」
「ああ、確かにな。怖ェならおれの傍に来いよ」
「ま、まあ…」
「ええ、Mr.ブシドー…」
「てめ、ゾロ…ッ!」
 
みんなの前でもこんな大胆に口にするなんて。てっきり二人きりの時だけだと油断していたアリエラは大きなシアンブルーの瞳をぱちぱちさせて、胸を大きく高鳴らせた。ビビも「え、まさか?」と恋愛から程遠い彼の行為に驚いて口を押さえているし、サンジは先を越された彼に怒りを見せている。
ナミもなるほどね〜とどこか感心しながら、今はその色恋よりも気になる点がいくつかあって塞いでいた耳から手を離して空を見上げた。
 
「い、今の何だったの?」
「た、ただの鳥の鳴き声だよな…?」
 
ウソップと顔を見合わせた時、前方。サンジの背に大きな影がかかった。何だかものすごい危機を感じて反射的に双眸を流してみると、彼の背後には大きな鳥が飛んできていた。彼を狙っているのか、獲物を狩る鋭い爪を空気に晒した。
だが、サンジは気が付かずにナミに笑顔を向けて「大丈夫さ、ただの鳥だよ」と穏やかに告げている。のだが、ナミ視点からすれば見たことのない深緑の鳥がサンジを狙っているのだから、何の説得力もない。
 
「う、うう…ッ」
「そして、ここはただのジャングル。心配ねェ」
「「ひいい〜〜ッ!!」」
「サ…サンジくん…、」
「ん? どうした?」
 
目を瞑って散らばるナミとウソップ。そして、ゾロにしがみつきながらか細く名を絞り出すアリエラ。一体どうしたんだ? と笑顔のまま、ゆっくり振り返ってみると、
 
「うおッ!」
 
鋭い爪を立てて、サンジの丸い頭をもぎ取ろうと素早く突撃に出た鳥に危機一髪で気づいて、頭を下げて回避した。全力でかかってきたのだろう。抜け落ちた深緑の羽根が数枚、ふわふわと甲板に降りかかる。
 
「何しやがる、このクソ鳥!」
「トカゲか? うめェのかな」
 
色合いでそう判断したのか、ルフィはこてりと小首を傾げて向こう側に飛んでいく鳥を眺める。すると、また大きな異変が。ジャングルの奥深くから呻りのような音が轟いたのだ。
 
「これが…ただのジャングルから聞こえてく音なの?」
「まるで火山でも噴火したような音だぜ、今のはァ!!」
「一体何がいるのかしら?」
 
半泣きなナミにウソップが頭を抱えて続ける。
一方、アリエラは鳥の姿を確認したからか随分と恐怖から立ち直って、ゾロのシャツから手を離し右舷の欄干からそっと身体を外へと伸ばして木々の向こうを遠望してみるが、茂みに包まれて何にも異変は捉えられない。
 
ここが、リトルガーデン。ミス・オールサンデーが警告を示した島。ビビの心もざわりと不安に包まれていくのだった。
 
 
 

TO BE CONTINUED



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