161、マジックアワー


合流を果たしたルフィたちは、ビビの案内のもとしばらく歩き続けていた。
ナミにもたれかかる形で居眠りを取っていたアリエラも、夜風がほっぺたをかすめて、その冷たさにパチリと目を醒ました。

「あら、もう起きちゃったの?」
「ん…、寝ちゃってた…」
「いいのにもっと寝てて。疲れたでしょ? 歩きっぱなしで」
「ううん…ふわあ、ちょっと回復したわ。ありがとうナミ」
「どーいたしまして。それ、サンジ君がかけてくれたのよ」
「え…、あ」

あくびをしているアリエラに優しく目尻を垂らしたナミが、膝下にかけられているコートに目を向けた。つられて視線を下げると、ここのところよく見憶えのある水色のコートが映った。
サンジがスーツの上から羽織っている砂漠用のローブだ。
手で捲し上げると、ふわりとたばこの匂いが鼻腔をくすぐった。

「サンジくん、ごめんなさい。寒かったよね、ありがとう」
「ああ大丈夫だよ、アリエラちゃん。よく眠れたかい?」
「うん、おかげさまで」

大きな夕日はまだ下がり切っておらず、半分頭をのぞかせているが、砂漠にはもう夜の冷気が漂っている。背筋を伸ばすと、ぶるりと震える寒さが走った。
眉を下げつつ彼にコートを返そうとマツゲから降りようとしたら、サンジは嬉しそうな面持ちで近寄って、アリエラの動きを制しコートを受け取った。

「ありがとう、サンジくん」
「こちらこそ。気持ちよさそうに眠ってるアリエラちゃんの寝顔を拝めて幸せだったよ」
「えっ、わたし変な顔してなかった…? 疲れてたからきっとひどい顔して眠ってたと思うわ」
「あー。口開けてグースカ寝てたな」
「ひ、」

ゾッと顔を蒼くし、ほっぺたを包み込みあわあわするアリエラがおかしくて、ゾロは二人の会話に割って入り、アリエラにちょっかいを出すと彼女のいろはまた青を帯びていくからそれがまたおかしくて喉で笑う。

「おいコラゾロ。レディに対して何言ってやがんだ」
「あ? レディも何も事実を言っただけだろ」
「言葉を慎めっつってんだ。ったくほんっとおめェは無神経な野郎だぜ。アリエラちゃん、気にするこたァねェよ。そんなアリエラちゃんもクソ可愛かったぜ」
「うう、なんか複雑…」
「本当だよ。まるで天使の寝顔を眺めてる気分だったよ。おれの疲労もきみの寝顔のお陰ですんげェ癒されたぜ」
「あーそうだろうなあ。アリエラの寝顔ばっか見てたもんな。無神経、なんざてめェも人のこと言えねェだろ」

寝顔まじまじ見るのは紳士としてどうなんだ? と鼻を鳴らすゾロに、サンジの顔は忽ち赤く染まっていく。バカてめェいちいち言うんじゃねェ!! 低く出された声は掠れていて、その動揺っぷりにゾロの気持ちは満足していく。
このバカコックはいつまで経っても成長しねェだろうな。そんなことを思い、心がすこし軽くなった。

大口開けて寝ていた姿をそんなに見られていたなんて。と、恥ずかしくて穴に潜ってしまいたくなったアリエラは、縋り付くようにナミの背中に抱きついた。
「あいつらから寝顔料分取ってあげましょうか?」と、けらけら笑うナミの明朗さに恥ずかしい心はちょっぴり癒えていく。ああ、とんだ失態だわ。これならルフィくんの背中で眠っていた方が良かったかも…。あ、でも、それは彼に迷惑がかかるわね。と思考をうんうん回して、そういえば、とさっきまで騒がしかった船長を見やる。

もうすっかり調子も戻った様子で、先頭のビビの後ろをサクサク歩いているルフィだが、その集中
は足元や景色ではなく手元に注がれていた。
じいっと船長に向ける意中の女の子の視線が気になったみたいで、言い合いをしていた二人は釣られるようにフイっと麦わら帽子に目を向けるから、それがおかしくてナミはくすりと可愛い笑い声を立ててしまう。
なんだかんだ仲良しね。と心で呟いて、ナミも船長…ルフィが手にしている小さな紙に集中を向けた。これは、エースからもらった“ビブルカード”と言うものだ。

「ルフィくん、それ結局何か分かったの?」
「いんや、わかんねえ。ただの紙切れみてェだ」
「どれ、見せてみろ」

背後から覗き込み、ルフィの手元から紙切れをそっと奪うと、サンジは茜色の光に透かせて目を細めてみるが何も浮かんでこない。

「ああ、本当に何もねェただの紙切れだなこりゃ」
「何だそれ」
「サンジくん、それちょっと貸してもらってもいい?」
「はあい、アリエラちゃん

訝しげに紙を見つめているウソップの目前でそれを彼女に手渡すと、アリエラは迷うことなくそれを自身の鼻に近づけたから、ルフィはぎょっと目を見開かせた。

「あ! 何すんだアリエラ! 鼻かむ気か!? そりゃちり紙じゃねェぞ!」
「ンなこたァ分かってら!! 彼女がそんなこするわけねェだろ!!」

アリエラのボディーガードみたいだな。とウソップはフラフラな足を必死に前へと動かしながらそんなことを考えている。彼らのやりとりにアリエラはくすりと笑い、すんすんと鼻を動かしてみるが、紙のにおいが鼻につくだけだ。

「炙り出しなら独特な匂いがするはずなんだけど、本当にただの紙みたいね。ありがとう、ルフィくん」
「ん、」

腕を伸ばし、船長に返そうとしたところ、ぴゅうっと突如風が吹きアリエラとルフィの指から紙切れが飛ばされてしまった。前へと浮遊したそれは、マツゲの目前で飛び交っている。ちろりと視線で追った彼は否応無しにそれをぱくっと口の中に入れたから、頭部にルフィからのゲンコツを食らってしまった。その反動にゲホっと紙を吐き出し、無事に手元にエースとの絆が戻ってきた。

「ったく危ねェな!」
「ほらルフィ。それと帽子貸して」
「ん? 帽子?」
「そんな大事な物なら帽子のリボンに縫い付けてあげる。それじゃ無くさないでしょ?」
「おう! しっかり頼むな」
「はいはい」

ナミの申し出にきらりと表情を輝かせたルフィは、仲間以外には決して触れさせることのない大切な麦わら帽子を彼女に渡し、次いで紙を手渡すと、ナミはリュックから取り出していたソーイングセットを開き、器用にリボンにそれを結びつけていく。

「わあ、すごい。ナミ、この長い針はなあに? お裁縫用じゃないみたいだけど」
「これはピッキング用の針よ。ほら、もしも何かあった時これがないと話になんないでしょ? アリエラも一応持っておいたら? 私達は海賊、便利よ
「あははっさっすがナミさんだわ。ナミのそういうところもわたし大好き
「ふふ、何よそれ」

縫い物の邪魔をしないようにぴとりと寄り添うと、ナミはおかしげに笑い声を上げた。そんな二人の様子にサンジは「はあ美少女ふたりの密着… 癒されるぅ」と間の抜けた声をこぼし、幸せそうだ。

「はい ルフィ。できたわよ」
「おありがとうナミ! これなら安心だ」
「何も書いてねェのになくさねェ意味あんのか?」
「エースが持ってろって言うんだから持ってるんだ、おれは!」
「お前の自信は根拠がねェんだよ」
「いーじゃん、よく当たるし」

新たにエースとの絆も加わった麦わら帽子をかぶっているルフィにゾロが不思議そうに声を投げたが、その答えに今度はサンジが呆れつつもこぼすとまたルフィはむっすりと眉を尖らせ胸を張ったからみんな立ち止まって、船長にブーイングを投げはじめた。
。うそ。などと笑いの含まれた声の中に、ゾロおんぶして、としれっと甘えた声を出すウソップにアリエラはクスクス笑う。

船長に対してのこの言動は通常の海賊団であるならば処罰の対象にもなるだろうに、この一味は…ルフィは。みんなお互いの立場を気にしないでただ仲間として接しあっている。
昼間に交わした会話がチョッパーの脳裏に蘇る。
この仲間の形。信頼。絆。それは、戦闘や冒険の中に止まらず、こういった些細なやりとりからも生まれるものなのだろう。入ったばかりのチョッパーにはゾロとサンジとルフィのやりとりがまだピンとこなかったけれど、いつか分かる日が必ず訪れるのだろう。そう思うと、口元がゆるりと弛んでいく。

「…みんな、もうユバの近くまで来ているわ。夕陽に向かって進んでいきましょう」
「おおッ!!」

笑みを描いていたビビがやわらかく場を切り替えさせると、ルフィに合わせチョッパーも金と紅が入り混じっている天に向かって拳を突き立てた。
ご機嫌なふたりは先頭をいくビビの隣にぴとりと並び、その後ろをナミとアリエラを乗せたマツゲが歩く。後ろに疎らに距離をとり、足を進めているゾロとサンジをウソップは交互に見つめ、レディー命なサンジへの望みは儚く薄いために、震える足を剣士に近づけていく。

「なあ、ゾロ抱っこして。それかおんぶ」
「ああ? 甘えんな」
「ええーいなァ! おれもおんぶしてくれゾロ!」
「……じゃんけんだ」

ウソップの声を聞きつけたルフィは足を緩めて、絡み付くようにゾロにおねだりをする。なんだかんだ人には甘いゾロは少し迷ったのちに頷き、ふたりにじゃんけんをさせると、勝者ウソップを肩に担ぎ再び歩き出す。

「おーおー、こんな時にまで筋トレか? ゾロ。ご苦労なこった」
「うっせェコック」

ぷかぷかとタバコを口端で弄ばせていたサンジは、追いついてきたゾロに声を投げ、ふわりと笑みを描く。クンフージュゴンと別れた海岸からここまで。数日間の長い砂漠の旅だったけれど、それももう暴動の色を濃くする町に到着するとともに終わってしまう。
状況は最悪下の中だが、良い体験したな。とサンジは砂を踏みしめながら、眼前で連なって山を作っている砂丘をみつめた。



TO BE CONTINUED 原作162話-103話



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