159、チームワーク


「うわァァァ!? お前がクロコダイルだったのか!?」
「何聞いてたんだてめェ!!」

これまでにあったことを話終えると、ルフィはぎょっと目を見開かせて信じられないものを見る目でゾロに視線を向けて足を止めた。それにカチンときたゾロは大きなこぶしを作り、船長の頭に思い切り振り落とす。

「いてて…、ん…。それで逸れちまったのか」
「ったくこのアホが」
「何ではやく追わなかったんだよ!」
「てめェのせいだっつってんだろうが!!」
「あいでッ!!」

やっぱり話しても理解してくれなかったルフィの後頭部を思い切りなぐり、ゾロは溜まった怒りを全てぶつけた。ゴムだからルフィの首はパンチを受けた衝撃でブルブル震えている。
そんな二人を先頭のチョッパーの隣で見つめていたアリエラは、安堵のようなため息をこぼした。

「よかったわ。もしトニーくんとわたしがいなかったら二人ともナミたちに追いつけなかったかも」
「うん……」
「ゾロくんってね、すっごく方向音痴なのよ」
「え、ゾロが?」
「オイコラ。聞こえてんぞ、アリエラ」

背伸びして高いところにあるチョッパーの耳にひそひそ話しかけていたが、地獄耳のゾロにはばっちり届いていたらしく、ピャっと口を継んだ。
彼女の言葉を受けて、チョッパーはへえ、方向音痴。と意外な一面に感心に似たため息をこぼしている。その大きな後ろ姿をじっと見つめていたルフィは、思い出したように声を投げた。

「なあチョッパー。お前の鼻、よく聞くだろ?」
「ああ、もうやってる。けど全然匂いがしねェんだ」
「今風はどっちから吹いてる?」
「方向は分からないけど、多分左側から流れてるよ」
「うん」
「左ね。少なくともあっちの方角じゃねェわけだ」
「そんな適当な…」
「うっせェな。嫌ならここに残ってろ! 行くぞ、アリエラ、チョッパー」

ゾロが極度の方向音痴であることを知ってるルフィは、彼の提案にじっとり疑いの色を向けてみるとむっとした声が返された。キン、と刀を鳴らし、ゾロは先頭切って右の方向へと歩き進めていく。
アリエラも少し不安を抱いているけど、さっき歩いていた時は追い風の方角ではなかったし砂嵐発生後である今も風向きは変わっていないことだけはわかるため、ゾロの示した方角へと黙ってついていくと「あーっ! 待てよ、置いていくなよッ!」と、ルフィも慌てて走り追いかけてきた。




「はああああちィィィィッ、」

それから数十分後。しばらく無言で歩き続けていると、ルフィが痺れを切らしたようにヘロリと舌をだし、うーうーとうめきはじめた。
横並びに歩いている三人の数メートルうしろでゾンビのように両手を前に垂らして必死について来ているルフィをチョッパーはちらりと見やり、心配の汗を浮かべる。けれど、ゾロとアリエラはそこまでルフィに対しての心配を見せていないようで、大丈夫かな…。と心の中でひっそりと呟いた。

「大丈夫よ、トニーくん。ルフィくんはああ見えても何だかんだしっかりしてるから」
「う、うん…」

なんで考えてることがわかったんだろ…。そう言いたげな表情を浮かべたチョッパーにアリエラはくすりと笑い、リュックからお水を出して数口含んだ。

「…なあ、」
「何だ?」

こくりと喉に水を通す様子をちらりと見つめていたゾロは、チョッパーの控えめな呼びかけに意識を戻す。
今は自分よりも背の高い人型に変化している彼は、一味で最も高身長のゾロでも見上げなくてはならないくらい、頭は高いところにある。

「海賊ってのはいつもこうなのか?」
「なにが」
「雪山登ったり砂漠を渡ったり…」
「本当だな」
「うふふ、そういえばグランドラインに入ってから海賊らしかぬことばかりしてるわね」
「まあ、うちが特別なだけだろ。船長からしてああだしな」

仲間になったばかりのチョッパーも、最初から疑問を抱いていた。
まさか海賊が素手であのドラムロッキーを登ってくるなんて思いもしなかったから。そして仲間になった今も、海での航海よりも砂漠横断の方が多い日数を過ごしている。
こぼした言葉にゾロとアリエラは楽しそうに笑っていて、チョッパーは困ったように眉根を寄せた。

「はあ。おれ、大変な船に乗っちゃったのかな…」
「奇遇だな。おれもさっき同じこと思ったよ」
「わあ、二人とも気が合うのね。わたしはこのドタバタ好きよ」
「お前もなかなか変わったお嬢だからな」
「あ、またお嬢って言った

揶揄うような口ぶりにわざと頬を膨らませてみると、ゾロは愉快そうにハハっと笑い声をあげて、アリエラもつられて笑う。何だかこの感じがすごく懐かしく感じるのは、最近はサンジとよく一緒にいたからだろうか。
三つ上の同い年のお兄様。二人とも正反対の性格をしているけれど、確たる部分はよく似ていて、誰よりも真っ直ぐに生きている。ゾロとサンジも案外気が合う仲なんだろうなあ。とアリエラはひっそりと思っている。

「なあ、ゾロはさ。このなかでいちばんの古株何だろ?」
「ああ。って言っても、アリエラやナミともすぐ出会ったからおれだけが長ェってわけじゃねェけどな」
「…ゾロとアリエラはさ、どうして仲間になったんだ?」
「何故それを聞く?」
「どうしたの? トニーくん」

リュックの青い紐をぎゅっと握りしめて、視線を前方にしっかり向けたまま尋ねるチョッパーの横顔をゾロとアリエラは不思議そうに見遣った。視線にはっとして、うん、と彼は薄笑いを浮かべ、続ける。

「この一味に入って思ったけど、みんななんか…一匹狼なとこあるじゃんか。特に、ゾロは…」
「ま、確かにな。おれはことの成り行きっつーか、そんなとこだ」
「ゾロくんね、迷子になって自分のおうちに帰られなくなったんですって」
「えっ、迷子?」
「おいコラ変なこと吹き込むんじゃねェ!」
「うふふ

そうルフィから聞いたことを今でもよく覚えているアリエラに対して、ゾロはカッと赤くなり牙を向けたが「怖くないもん」と言いたげな笑顔を向けられた。
そのほっぺたつねってやろうか、と手を伸ばしたが、汗ににじむ顔は今触れたら溶けて散ってしまいそうで、やり場のない羞恥を舌打ちに包み、持ち上げかけた手をそっと下ろした。

「わたしもね、ゾロくんと同じでそんなところよ。でも、この船に乗ってよかったって心から思っているわ」
「うん、おれもそう思う。でも、なんか乗ってみたら海賊っていうイメージがちょっと違ってさ。なんか気になって」
「…他の連中もそうだが、目的はあいつとは別のところにある。自分のやりてェことをやろうとしてる。全くだ。前に誰かが言ってたが、側から見ればチームワークってのがなってねェよな」
「あ、そうね。わたし達はそれを感じたことがないけど、第三者からみたらきっと変に映るのね」


海賊という未曾有の組織にまだ入ったばかりのチョッパーにとってその“チームワーク”という例えはピンとくるものがあって、ちらりとふたりに目を向ける。なっていない、とは思わないけれど、鳥にルフィが連れさられた時も、アラバスタに着いて最初に逸れてしまった時も、みんなルフィへ怒りは向けていても心配はしていなかった。それにチョッパーは疑問を抱いていたのだ。
どうしてみんなルフィの心配をしないのだろう、と。

「ま、船長からして“ああ”だしな。困ったもんだ」
「うん…入ったばかりだけど、おれもそう思う」
「…だがよ、チームワークってのはホントは何なんだ?」
「え?」
「助け合って庇いあったらそれでいいのか? そういう奴もいるけどな。おれには誤魔化してるとしか思えねェ。みんな自分でできることを死ぬ気でやって、『次はお前の番だ。できなきゃぶっ殺す』ってくらいの気合があって初めて“チームワーク”が成立するんじゃねェのか?」
「ん…」
「だからよ、仲間ってのは別に一匹狼でもいいんじゃねェのか? おれはそう思う」

汗の滴る彼の横顔はぎらりと鋭く光ってみえた。
その厳しい言い分は、これまで仲間のいなかったチョッパーには深く胸に刺さり、新たな価値観として鎮座した。これまで頼れる人はたったの二人しかいなかったチョッパーにとって、
チームというものがよく分からずに空想での産物からこんな感じだろう、という憶測で海賊をイメージしていたから、それとは当然合わぬところがたくさん出てきて困惑していたのだ。
はあ、と感心の息をこぼすと、隣のアリエラが小さな笑い声と一緒に肯定を向けた。

「ね、トニーくん。ゾロくんって厳しい人でしょ?」
「うん。でもハッとさせられるよ」
「そう思えるトニーくんはやっぱり素敵な人よ。わたしもゾロくんと同じ意見だわ。助け合い、庇い合いはもちろん必要だけど、そこに重きを傾けたらただの傷の舐め合いになっちゃうの。真意から目を逸らしてるっていうのかしら? チームワークってつまりは信頼なのよ。その信頼を得るにはまず、自分にできることを死ぬ気でしなくちゃいけない。そうして初めて信頼というものが生まれるから、やっぱり彼の言ってることはわたしも正しいと思うな」
「うん、そうだな」
「そしてね、うちのクルーはみんなそれを自然にできているの。すごいことだわ。だから、ルフィくんへの心配を誰もしていないのよ。みんな知っているの、彼はどれだけ困らせようとも絶対に揺らいだり道を外したりしないって。それをわたしたちはこの目で見てきたわ。でも、トニーくんはまだそうじゃないから焦っちゃう気持ちもよくわかる。でもきっと、すぐに慣れてくるわ」
「え、何でおれがそう思ってるってわかったんだ?」
「うーん、何となく?」
「ええっ」
「うふふ、うそ。顔に書いてあったわ」

美しい音で発せられる言葉をよく飲み込み、ゾロは低い位置にある顔を確認するように視線を流した。驚いているチョッパーに今は瞳を垂らして愛でているが、さっき口にしていた時の青い瞳は真剣そのものだった。
何となく意見を“合わせている”わけではなく、本当に自分の意見として持ち合わせている強い瞳を見た。

ゾロは女や子ども相手には無意識にこうした精神的ハードルをぐっと下げてしまうところがある。だって、相手は弱い者なのだから。だから、特に清濁併せ呑むようなアリエラがこうした意見を持っていることに対して意外だと感じた部分もあったが…そうだ、彼女はゾロが生まれて初めて魂に惹かれ恋をした女だ。そして、あの船長に気に入られた女だ。
そうだ、回顧してみれば最初から彼女はそうだったのだ。一瞬、意外だと思ってしまった自分にハッと笑ってしまう。

「どうしたの?」
「あ? …ああ、いや。さすがおれが惚れた女だと感心しただけだ」
「ええ? …もう。そうやって真っ直ぐ口にされると…困るわ」

我ながら女を見る目あるな。とうなってしまう。
こういう女でもないとそもそも惹かれはしないのだが、改めてそこに感心を抱いてしまった。思わず口角がゆるりと持ち上がり、その表情にアリエラはきょとりと大きな目を丸めて見つめている。この芯の通っている、強さを感じる青い目が好きなのだ。
好きがまた募り、頭でも撫でてやろうかと手を伸ばそうとしたとき、「あ!」と何やら考え事をしていたチョッパーがうわずった声を上げた。

「そっか! ウソップが言ってた『自分が出来ることをやればいい』っていうのはそういうことなのか!」
「アイツが言うとくせェけどな」
「でも、ウソップもいざとなればやる男よ。とってもかっこいいの」
「ああ」

素直に頷き、同調するゾロにアリエラもにこにこ笑みを浮かべる。
「何だよ」とじろりと尖らせると「嫉妬しないの?」と揶揄わられ、むっと眉を釣り上げると「うふ冗談よ」とまたいつもの調子で返された。
そんな二人の和気藹々とした様子を眺めながら、チョッパーは胸の内で絡まっていたものを解いていく。そっか…仲間ってそういうものなんだ。

「でもね、トニーくん。みんなの大きな目的はそれぞれの場所にあるけど──…でもね、わたしたちの目的ってそれだけじゃないのよ」
「え?」
「ああ、そうだな。何で仲間で居続けるのか…ずっと一緒にいるとな、別の目的も生まれてくるんだ」
「別の目的…?」
「そりゃうまく言葉にできねェ、悪ィな」
「なんだかこう言うお話、はじめてしたわね」

どこかスッキリとした面持ちのアリエラの声により、このお話は一旦終了となった。けれど、チョッパーの胸の中にはまだふしぎが残る。
自分なりに解釈してみると、意識したり話したりするまでもなく、クルー全員がその価値観を抱き、同じ認識で船に乗っているのだろう。それは奇跡みたいなものだと思って、だからこそ少数精鋭でもやっていけているのかと感心する。
はたから見れば、チームワークがなってないように見えるだろうが、けれど絆や信頼は誰よりも強く繋ぎ持っている海賊団。そんな一味に自分もいることに改めて感謝する。そして、自分のために、みんなのために。強くなりたいと胸に誓った。


TO BE CONTINUED 102話



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