その頃、偽反乱軍の4人組──リーダーはカミュという20代の男だ──は、砂族と対峙するのを避けるべく、どうにかしてイドの村からとんずらする方法を考えていた。
砂族がやってくる、と聞いたとき村長は大変嬉しそうな顔をして「ご活躍楽しみにしてますよ」と手を擦っていた。きっと生の戦闘を見るのが初めてだからだろう。
この村にきた盗賊達はみんな“反乱軍”という名に震えて尻尾を巻いたため、戦闘にまで発展することはなかった。けれど、確実に追い出しを成功させていたためにこの村の人々はすっかりカミュ達の信者になっていた。
「カミュ様達がやっつけてくれるぞー!」
こっちの気も知らないでイキイキと村人達に告げ回った村長のおかげで、今や村の門の前に村人がほぼ全員集まっている。歓声や熱気ががらんとしたイドの村側に伝わってきて、カミュは隠れていた壺の中から姿を見せ、武器を取った。
リーダーの様子に、残りの三人もひょこっとツボから抜き出る。体長はあるけれど、カミュ以外みんなふくよかだから何かで身を隠して逃げる算段は端から捨てていた。
「カミュさん?」
「…あーやっぱダメだ! こんないい食い扶持逃すのは惜しいが、命あっての物種だ!」
「違いねェ、」
そうして、ひとつしかない村の門へと意を決して足を運んだのだが、冷たい門扉を開けた瞬間、外側から熱気が押し寄せてきて四人は動きを止めてしまった。反乱軍の姿に村人達は黄色い声をあげている。
「カミュ様、頼りにしてますぞ」
「ん……、」
「全くもって今御呼びに伺おうとしたのですが、さすがカミュ様。もう海賊が来たことをご存知でしたか」
「えッ、海賊…──ッ!!??」
信じられない名に、四人は息を飲んだ。心臓がヒヤリと冷たくなって、全身に冷や汗が流れていく。衝撃に鼻を垂らした仲間の一人が「砂族じゃなくて?」と恐る恐る聞くと、村長は数度瞬きして首肯した。
「ええ、海賊です。砂族よりも遥かに凶暴で凶悪な奴らです。しかも今回はスペシャルエディション! “3000万ベリー”の懸賞金付き!」
懐から手配書を取り出し、掲げて見せる。カミュ達の目に飛び込んできたのは、先日新聞で見かけたルーキーの手配書だった。人懐っこそうな笑顔を向ける麦わら帽子の少年。その笑みに反して、懸賞金は東の海ナンバーワンだという。
ブルリと全身に痙攣が走って、立ちくらみのするようだ。カミュ達の心を知らずに、「それをカミュ様達がえいっとやっつけてくださるなんて、感謝感激! よろしくお願いしますよ」とたくさんの笑顔が咲いていく。
「頑張ってね、お兄ちゃん!」
「負けないでね!」
「おーえんしてるよ!」
大人達だけでなく、中には子どもも複数いた。キラリとした目を向けていて、それに当てられたくないカミュはぐっと下唇を噛み、この村の出口であり砂漠に続く坂道を登っていく。
後ろにはぞろぞろ村人達が着いて来ていて、とても逃げられる状況ではない。カミュが小声で「外に出たら海賊のいる方向と反対側へと逃げ出すぞ。息が続く限りとにかく逃げるんだ」ともうひとつであり唯一の方法に絞り、残る三人も額に汗を浮かべてこっくり頷いた。その会話を、少し離れた影でエースが聞いていた。
そうしているうちに、命の正門へと近づいていく。村の門扉よりもずっと重たい門に手をかけて、深く呼吸をする。胸は張り裂けてしまうほどに苦しくって、手のひらはびっしょりだ。けれど、立ち止まっていられるわけもなく、ぐっと勇気を振り絞り、重たい鉄を押すと目を貫くような日光に当てられ、ぎゅっと目をつむる。けれど、がむしゃらに足を動かすと──。
「ひッ、!」
目の前に麦わら帽子を被った男が腕を組んで立っていて、変な声を揃って出してしまった。
正面がダメなら、と右に目を向けると、たばこを吸った男とスナイパーゴーグルを身につけた鼻の長い男、そして鞭を手にしている女がいた。それじゃあ、と今度は左に目を向けると、刀を肩にかけた男とけむくじゃらの大柄の男が立っていて、一瞬のうちに淡い希望が絶望に塗りつぶされてしまった。
「(や、やばい…)」
目の前に見えるのは、こちらに伸びて手招きしている死だ。本当に彼らはあの“麦わら”が率いる海賊達なのだろう。イーストブルーは最弱の海と呼ばれてはいるが、他の海域に強者が蔓延っているだけで、彼の前に君臨していたアーロンも相当な強者だったと聞く。
勝ち目なんて一縷もない。見えるのは真っ暗闇だ。そんなカミュ達の気も知らずに「やれやれ! 反乱軍っ!」なんて叫ぶものだから涙を流しながら「大概にしろよ、てめェら」とこぼす。
「なんだ、お前…反乱軍だと…?」
「ひッ!」
どこか隙はないか。瞳を忙しく動かしていると、前方から鋭い視線を感じて顔を持ち上げると、腕を組んでこちらをねめつけているルフィとばっちり目があって喉の奥が高く鳴った。厳しい直射日光も作用してか、強い殺気を感じる。
「い、いや…滅相もない…ッおれ達はただの、通りすがりの…ッ、」
「やいッ海賊ども! 今からここにいる反乱軍様がギッタギタのズッタズタにしてやるから、覚悟しとけよ!」
「うっ、…。いーからてめェは黙ってろッ!」
「あは、いやいや。これは失礼しました。頑張ってください、カミュ様」
またもや村長が後ろから挑発を投げるから、カミュは涙目を浮かべて怒りを向けた。その様子を、待機組のナミとビビが遠くの岩陰からひっそり見つめている。カミュ達の声はもちろん、姿表情もバッチリ見えているからナミは困ったように眉を下げていた。
「なぁんか如何にも腰抜けって感じね。全然あてにならなさそうだけど」
「ええ…」
「いいの? 早くやっつけた方が村のためかもよ」
じっとりとした目を向けているナミと同じように、ビビも何だか不安を抱きはじめてきたけれど、まだ逃げ出すような素振りを見せていないからすこし、かけてみることにした。
「もう少し…、もう少しだけ様子を見てみましょう」
「そう? あんたがそう言うなら」
ポケットから合図の手鏡を出そうとしたナミはビビにうなずき、再び彼らに意識を向けた。
村人達の声援がこのあたりを賑やかに包み込んでいく。「反乱軍様!」「頑張ってッ!」その声に、だらだら冷や汗をかいてカミュ達は立ち竦んでいる。
けれど、この状況を何とか脱出しなければならないために少しの隙を見つけようとまた視線を動かした先にアリエラを発見して、おっと希望を見出した。彼女は鞭を持ってはいるが、小柄寄りの女の子だ。
押しのけたら何とか突破できそうだと光を見つけ、ゴクリ、と唾を飲み込んだけれど、彼女に四人の視線が集まった瞬間、四方から鬼の気迫を感じてゾクリと背筋に嫌な震えが走った。
「…オイ…」
「はっ、ハイ!!」
「お前、反乱軍じゃねェのか?」
「い、いやあ、これは、そのぉ…」
「どうする? 兄貴……」
「逃げられねェよ、兄貴…」
再びルフィの低く尖った声に鼓膜を揺さぶられて、震えていた背中をピンと伸ばし裏返った声を上げた。ぎろりとした視線を感じて、怖気をふるっていると背後から「おい、お前たち」と、聞き覚えのある声が聞こえて、ふっと緊張の糸がすこし緩み安堵を浮かべた。
「エースさん!」
「え、エース様、お助けを…っ!」
振り返った先にいたのはやっぱりエースで、カミュ達はホッと笑顔を浮かべる。砂族との戦いに加勢すると言ってくれたために食糧を分けたという取引もあるし、何より只者ならぬの気配を感じる。この数ならエースさんがいれば。と四人ともふっと口元を緩めたが、エースはこちらに向かってくる気配はない。腕を組んで壁にもたれかかっているままだ。
「…これはお前達の戦いだ。お前達だけで切り抜けてみろ」
「えッ…、そ、そいつは無理っすよ…! おれ達は…ニセモノ、なんですから」
「男なら腹括れ。いつまでこんなしみったれたこと続けるつもりだ?」
「え…っ、」
“しみったれたこと”
そのことばに、カミュの頭はガツンと揺さぶられた。衝撃を受けた脳裏に流れるのはイドの村に鳴り響く鐘の音と子ども達の笑う声。平和の象徴のそれらにカミュはグッと下唇を噛み締めた。
「どうするべ? 兄貴…」
「…ど、どうするって…、」
弟分の震えにはっとして意識をこちらに戻し、カミュは戸惑いを浮かべる。顔にはぐっしょり汗をかいていて、背中はびしょびしょだ。でも、エースに火をつけられたみたいに心は意地に燃えてきていた。強くこぶしを作り、ルフィに目を向ける。
「…こうなりゃ、ニセモノはニセモノなりのやり方で誤魔化すしかねェ!」
「…ニセモノなりの?」
ぽかーん、と目を丸める弟分たちにこっくり頷いて、カミュは大きく足を開き体をドンと構えた。
「やい、てめェら聞いて驚くな! 反乱軍はおれ達だけじゃねェ! この村の中にはその数…“一億人”の仲間がいるんだ!!」
広い砂漠のなか、カミュの啖呵がぐんぐん響き渡り音の波紋を描き終えると、一同はしーーんと静まり返ってしまった。さっきまでキラキラした面持ちでカミュを見つめていた村長達もじとっと物言いたげな白い目を向けている。だってそれはアラバスタの国民を超える数だからとんでもハッタリである。
「…おいおい。ガキ以下の嘘だな全く」
「お前が言うな」
「ウソップの口からはじめて聞いたセリフと同じだわ…」
「うっ、」
一味もあまりの子どもじみたものにしーんとなっていたが、痺れを切らしたウソップがぼそっとこぼすとサンジとアリエラから穏やかなツッコミが返されて口を噤む。けれど──。
「ええェェエエェ!!?? い、一億ぅぅ!?」
何でもすぐに信じちゃう心の綺麗なルフィは、険しかった表情を一気に緩めてほえーと驚いた顔を浮かべるからウソップとサンジはがっくしと肩を落として、「普通信じるか! そんなお前!!」と激しく声を重ねた。ゾロは呆れ返っていて、アリエラはクスクス笑っている。
「ハッタリに決まってんだろ、あんなん!」
「なにィ!? ウソなのか!?」
「あったりまえだ!!」
「な、何だ…嘘か」
「…おい、」
おなじような嘘をついてきたウソップがそう言うのだから、ルフィはすぐに嘘だということを飲み込んで驚いた顔をしまった。その後ろで、チョッパーもふう…と汗を拭ったから耐えきれずにゾロが白い目を向けている。
「お前ら…よくも騙したなッ!!」
「うっ、嘘がバレた…!」
「本気で騙せると思ったのか!?」
そしてカミュも。バレたことに驚いて顔を蒼くしているから、仲間たちから総ツッコミを受けている。だから、行動に出るのが遅かった。はっとした時にはもうルフィが拳に力を込めていて、「ゴムゴムのピストル」と劈いた後、視界が空に変わり、顔中にひどい痛みが走った。そこでようやくカミュは自分が殴り飛ばされたことを知る。
痛みと顔を襲った衝撃に頭がぐわんぐわん揺れて視界も霞む。腕で顔を拭うと血がベットリついた。遠くからおばけでも見た時のような悲鳴が聞こえてくる。ふいっと目を向けると麦わら帽子の男の腕が長く伸びているのが見えて、「なんだ…悪魔の実の能力者かよ…。敵いっこねェ」と諦念をこぼした。
「ルフィのバカッ、のしちゃったらおしまいじゃない…このあとどうすんのよ!」
岩陰から眺めていたナミはやっぱり唐突な行為を起こしたルフィにジリジリとした想いを抱いて、心に焦りを浮かべたが、ルフィはナミの心情をも知らずにニヒッと笑みを浮かべて、伸びているカミュの元へとゆっくり歩き進める。
けれど、倒れているカミュの元には行かせまい。と弟分三人が横一列に並び、通せんぼをした。ルフィよりも縦にも横にも大きい彼らは、けれど自分よりも小さな敵に足をガクガク震わせている。「どけよ」と声を低くしても、三人は首を振るからルフィがぐっと腕を構えて振るおうとしたところ。
「…はあ、は、…、」
「あっ兄貴ッ!!」
血に濡れた顔をそのままに、ルフィの腕を臆することなく掴み制したカミュに三人は涙声を重ねた。目を眇めながら、血に滲む視界でルフィを見る。黒い瞳の奥に宿るのは烈火のような意志だ。こんな瞳を持つ相手に、何も持たねェおれが敵うはずがねェ。ぐっと奥歯を噛み締めて、ルフィの腕を掴んでいる手により力を込める。
「…確かにおれ達はニセ反乱軍だ。本当は…本当は…、ガキの頃に見たアラバスタの英雄のように強くなりたかったとしても、今はただのチンピラだ。でもな、おれの夢は叶わなかったとしても…っ、子ども達の夢は奪えねェ!」
カミュのことばを聞いて、ルフィはすっと瞳を細める。後ろでは子ども達の声援が熱気をあげていた。がんばれーがんばれー! 無垢でかわいい声が、カミュ達に希望と夢を託し、見据えている。
「おれがお前に敵わなくとも、いつかあの子ども達がお前達を倒せるようにおれは戦う! 子ども達の記憶にただのチンピラとして残るくらいなら、今ここで英雄となって死ぬ!!」
「にしっ、」
さっきまでの怖気も弱さも、カミュの中からすっかり消え去っている。燃えている瞳の奥から、腕を掴まれている手のひらの内側から、強い意志が伝わってくる。その答えを聞いて満足したルフィはつばの下に笑みを描き、抵抗もしないでカミュに顔を殴らせた。
力を宿した男の拳はガツンと脳を揺らし、ばたりと仰向けになって倒れ込む。
「わっ、ルフィ!」
「チッ…あんにゃろ!」
「サンジくん、待って」
「はいっ」
愕然としているチョッパーに続き、サンジは舌打ちを鳴らして反撃に出ようとしたがアリエラに止められてすぐに機嫌を取り戻した。フッと変わった空気にヒヤリとしたナミだったが、アリエラが着いていってくれて助かったわ。と胸を撫で下ろす。
そんなサンジの前にぬっと影と気配が伸びて、付近のウソップとアリエラもすっと顔を持ち上げた。サンジの目の前には甚平を着た大男が立っていて、こちらをぎろりと見下ろしている。
「なんだお前」
煙と共に吐き出されたサンジの言葉に、男はぐっと足を広げて踏ん張った。
「おいも戦う!兄貴の夢はおいの夢さ! そりゃあガキの頃からせこい真似はしてきたども、兄貴はいつでも弱い者の味方だったんじゃ!」
チェスト!と掛け声とともに木の幹のように太い腕が地面に叩きつけられた。サンジは瞬時に避けたから助かったものの、この強靭な腕の下敷きになっていたらまた肋をやってたかもしれない。
「てめェ……お、?」
「だから、おいはいつでも兄貴についていきもうす!!」
反撃に出ようとしたサンジだったが、ぼろぼろ涙を流す大男の姿に驚愕して足の動きを止めた。一方、ゾロとチョッパーの元にも弟分が姿を見せて、その身を構えていた。ゴーグルをつけた男はぼろぼろ涙しながらボクシンググローブを前に突き出し、白いコートを着た男は腰から剣を抜き取った。
「たとえ無理でも、おれだって意地を見せてやる!」
「んだ! どの道、今更逃げられねェべさ!」
剣を持つ手も、グローブをはめている両手もブルブル震えていてゾロは手を出すにも出せない状況に汗を浮かべている。そんな弟分達の姿にカミュは瞳をうるうるさせて、「お前ら…、」と絞り出すように声をあげた。
ようやく見えてきたカミュたちの本心にルフィは天を仰ぎながら満足そうに笑っている。
「追い詰められてやけになっただけって感じかも。どうするの、ビビ?」
「ええ。だけど、元々心に大切にしているものがなければああは変わらないと思うわ」
やれやれと困ったように眉を寄せているナミに、ビビはにっこりと笑みを浮かべた。それはもう疑いも穿鑿も浮かんでいない、極めて晴れやかなものだった。
「じゃあ、いいのね?」
「ええ、行きましょう。ここはひとまず彼らに託します」
そっと祈るように目を伏せたビビにナミも同意して、スカートのポケットから手鏡を取り出した。太陽光を反射させて、器用に鏡を操りながら生まれた光をウソップの目に当てると、彼は眩しそうに双眸を歪めてこちらを見た。
こくりと頷くと、意思を汲み取ってくれて「おい、撤収だ!」とサンジ達に密やかな声を投げる。
「海賊だろうがなんだろうが、かかってきやがれ!!」
「あはははっそーこなくっちゃなァおい! これで安心してクロコダイルをぶっ飛ばしに行ける
!」
カミュの威勢にむくりと上半身を起こしてあぐらかいたままケラケラ笑うルフィは、思わず安堵から本心をこぼしてしまった。いやあ、よかったよかった。そう言って笑う船長をサンジが抱き抱え、先頭きって走って逃げていく。
「クソ野郎ーッ! さすが反乱軍だぜ!」
「こんな強い奴ら、見たことねェぞおーーッ!」
「きゃあっお助けをっ!」
「おれは…、こういう芝居は苦手だ、」
楽しそうに溌剌と白い旗を反乱軍に振ったサンジに、ウソップとアリエラも走り出してにこにこ続けたが、ゾロは赤い顔してぐっと口を噤みそのまま反乱軍に背を向けた。急な彼らの行動にチョッパーはキョトンとしたが、どんどん遠のいて行く仲間たちの背中にハッとして、「ま、待てよぉお!」と数秒遅れに走り出す。
突然逃げていった海賊にカミュたちも村人たちもしばらく呆然と立ち尽くして、砂の向こうに消えていく背中を見つめていた。
「な、なんだあいつら…?」
ぼそっとカミュがこぼすと、それが合図だったかのように村人たちは歓声をあげた。この町にきらりとした笑みが戻ってくる。ある者は口笛を鳴らし、ある者は勝利に涙し、こどもたちはキラッキラした目をカミュ達に向けて息を呑んでいる。
さすが反乱軍様! ありがとう、カミュ様方! 熱気に歓喜を背中に受けながら、サンジたちはナミたちと合流し、二人も合わせて走り始めた。まるで、水をさすまいとこの熱気から逃げるように。
クルー全員しばらく疾走を続けていると、後ろからエースの声が聞こえてきた。彼も気づかれないようにイドの村を後にしてきたのだろう。
最前列を走っていたルフィの隣に並び、エースは不思議そうに眉を持ち上げた。
「あ、エース!」
「いつまで走ってんだよ。もう芝居は終わりだろ?」
「確かに…命を捨てた奴は怖い!」
エースの言葉に彼の後ろを走っていたゾロが答えると、エースはかすかにまだ見える反乱軍たちを横目見て「ああ、なるほど」と口角を持ち上げた。サンジもウソップも意味深に白い歯を見せていて、兄の隣でルフィは楽しそうに笑っている。
カミュたちの姿、ゾロが紡いだ言葉。ビビの脳裏はそれらに強く揺さぶられて、マツゲの上でじっと過去を追憶してみる。もう長く昔の記憶。砂煙の奥深くに眠る大切な思い出。
──死んでも守れ、砂砂団!
──じゃあな、ビビ。お前は立派な王女になれよ。
大きな男二人に歯向かう少年の背中。こちらに笑顔を浮かべて手を振る少年の姿。
“彼”との明るく輝いていた思い出を回顧して、ビビはそっと瞳の奥の意志を固く尖らせた。