152、砂族“バルバル団”


「どこ行ったんだろうな」
「うん。こんなにも視界良好な砂漠で影を見つけられないんだから、遠くに行ってしまったのかしら」
「時折吹く強風のせいで足跡すら残ってねェな。ナミさん達が無事ならいいんだが」

ルフィサボテン事件から数分後。

麻酔により意識を失くしたルフィは、ゾロに足首を掴まれズリズリと引っ張られて移動している。さっきまでずうっと先の方でラクダに乗るナミとビビの姿がうっすら確認できていたのだが、今や完全に距離を離され、残されていた足跡すらまっさらに消えてしまっていた。

あっちを見てもこっちを見ても目に映るものは砂の海。このあたりで目印になるものはサボテンくらいしかなく、それを頼りに方角を確認して歩き進めていた。幸いにも、常識人であり頭の切れるサンジがいるからアリエラもそこまで不安に襲われていない。
これがゾロと二人っきりだったら。アリエラも方向感覚が冴えている方ではないので、ぞっと身震いしてしまう。こんなこと考えているのがバレたら、ゾロに鋭い眼差しを向けられてしまいそうだから、ぷいっと知らんぷりを決め込む。

「おい、また来るぞ」
「えっ、」

その途端、ゾロの尖った声が聞こえたからびくっと身体を震わせた。もしかして見透かされてしまったのでは、と心臓がヒヤリとしたがどうやら違うらしい。彼はそっと前方を睨みつけている。

「アリエラちゃん、おれがお守りしますよ」
「あ、サンジくん…」
「てめェのヒョロっちい身体であの風を支えられるかよ。アリエラ、おれに任せろ」
「おめェなあ。そりゃあお前みてェな無駄な筋肉つけてねェだけで、おれもしっかり筋肉はあるんだよ。だから、おれにお任せを
「ああああっ、おれも守ってもらお…」
「お、おれも!」
「ふふ、大きなお兄様方がいるから安心ね」

ふたりがやいやい言い合いしている中、砂嵐は勢いをまして接近してきた。お互いに意識を集中させているからウソップとチョッパーも紛れて彼らの後ろに身を隠す。男を匿う趣味はねェ!とサンジに言われそうだが、その不安はすぐに砂嵐が拭い取ってくれた。
ばちばち顔に当たる砂が痛い。まるで鞭で叩かれているような錯覚を覚えてしまう。衣服を着込んでいなかったら全身真っ赤になっているだろう。そんなことを考えているうちに、砂嵐はするりとゾロたちを抜け、遠くの方へ逃げ消えた。

「大丈夫かい、アリエラちゃん」
「おい、平気か? アリエラ」
「うふふっ、おかげさまで」

同時に声を重ねるものだから、アリエラもクスクス笑ってしまう。その意気投合みたいなところが気に食わなくって、ゾロもサンジも眉間に皺を寄せ互いをねめつける。
「おれがアリエラちゃんをお守りしたんだ」「いいや、おれだ。お前はウソップとチョッパーを守ってたよ」なんてまた言い合いがはじまるけれど、ここには止めてくれるナミがいないのでやりたい放題。

アリエラももう毎度のことだから特に気にも留めず、砂に塗れた自分の衣類を払っている。ウソップとチョッパーの「ありがとな、ゾロサンジ!」という声で二人はようやくハッとして、「お前らを守ったのはこいつだよな?」と、同意を求めようとまたもや声を揃えてしまった。
「え、おれは…」ふたりの背中に、と言いかけた無垢なチョッパーの口をウソップが慌てて塞ぎ、「お前この場を乱すな!」とひっそり耳元で囁く。
止めてくれるナミがいないまま事態を進めるのは、命に関わることだ。ちらりと二人を盗み見ると、またもや言い合いをはじめていて「勘弁してくれよ…」ぼそっと、重たいため息を砂の上に落とす。

「もう、ゾロくんサンジくん! ふたりがいたからわたし達は助かったのよ。どっちかじゃないの、だから言い合いなんてしないで。…ありがとう」

衣類のお直しを終えたアリエラが、まだ喧嘩をやめていないゾロとサンジに困ったように柳眉を下げてずいっと顔を近づけると、ふたりはぴたりと喧嘩をやめて、うっと頬を赤らめて口を一文字にきつく閉じた。

「い、いやあ…アリエラちゃん、あ、怪我はねェ? 大丈夫?」
「うん。サンジくんのおかげで無傷よ、ありがとう」
「お前が無事でまあ何よりだ」
「うん、ゾロくんのおかげで平気だったの。ありがとう」

ふたりの顔をしっかりと見つめてお礼を言うと、サンジとゾロはしゅんと大人しくなって、むずがゆそうに、嬉しそうに頬を弛ませている。その姿を見てウソップはほっと安堵し、チョッパーは不思議そうにふたりを交互に見つめた。

「さあ、改めてしゅっぱつ!」

リュックをゆらっと揺らして、ご機嫌な足取りで歩きはじめたアリエラに「かわいい…」と、またもや同じ言葉を心のなかでこぼしたゾロとサンジも軽やかな足取りでついていく。その後ろをチョッパーがちょこちょこ追って、ウソップもやっと進めるぜ。とやれやれ進むと、ふとアリエラが足を止めた。

「ん? どうしたの、アリエラちゃん」
「何だ?」
「どうしよう…。目印がなくなってしまったわ」
「なにィッ!? そりゃマズいだろッ!」

ぱちぱちと瞬きしながら振り返ったアリエラに、ウソップは泡を食って先頭に並んだ。スナイパーゴーグルで辺りを見回してみる。けれど、遠くに見えていたナミたちの足跡すらも完全に消えていて、おまけに砂嵐の余韻にあちこち砂の靄が浮遊していて、さっきよりも追跡が困難になってしまっていた。

「うわッ完全に消えちまってるじゃねェか!」
「どうしましょ…」
「ったくあのクソ砂嵐…。よりによって何でこっちの方向にきやがったんだ」
「あ…それで消えたのかあ」

サンジの怒気を含んだ声色に、のほほんとした返事が風に乗ってみんなの鼓膜に届いた。
ずっと一緒にいたけれど、久しぶりに感じるその声。それが耳に届いた途端、全員は怒りを背負い、くるりと彼──船長に目を向けた。

「エースもいねェじゃねェか! なあにやってんだ」
「てめェのせいで逸れたんだよッ!!」
「あれぇ???」

変なサボテンを食べて、暴れて、辺りをめちゃくちゃにして。まず最初にナミ達を見失った原因でもあるルフィにむっすち怒られるなんて。船長の毎度ながらのお気軽さにまたかちんと頭に血がのぼり、男子達はぐわっと噛み付いた。心当たりのないルフィは、不思議そうに眉を下げて首を傾げている。
サボテンを食べる前の記憶で止まっているのだろう。アリエラもむっすり頬を膨らませてルフィを見つめていたが、ふと遠くの方で巨大ななにかが動く音が聞こえて、そちらに意識を向ける。

ウソップも何やら同じタイミングで音に気づいたみたいで、「ん、何だ?」と不思議をこぼすと、サンジが「どうしたウソップ」と船長から狙撃手に意識を変える。

「なんか、変な音しねェか?」
「うん…おれも聞こえるよ」
「ウソップとトニーくんも? わたしもなの」

そっと耳を澄ましてみると、確かに遠くの方でゴロゴロドシャドシャ、砂漠特有の砂をかき分けるような音が地を這って聞こえてきた。音源を頼りにウソップとアリエラが駆け出したため、ルフィたちもふたりの背中を追って走り続けると。

「……ああっ!」
「ええっ!?」
「何だい、アリエラちゃん!」

ふたりの息を飲むようなか細い悲鳴が聞こえてきて、サンジたちはより足を速めて追いつくと、眼に飛び込んできた光景に、後部をガツンと殴られたような錯覚に見舞われた。
ここは砂丘のてっぺんだ。おかしな音を立てているのは坂をくだった先の方。近づくとお腹を抉るような振動を感じて、しっかり立っていないとふわふわする。バランスだけはしっかり保ちながら、ルフィ達は目の前を通る巨大な塊を見つめていた。

「「か、海賊船…!!??」」

木製のそれには立派なマストが二本立っていて、そのてっぺんで風を受けひらひらと黒旗がそよいでいる。船首には開いたパラソルが付いていて、それを帆の代わりにして動かしているようにも見える。
砂漠の海賊船だなんて聞いたことがない。みんな驚きに目を丸くして、見つからないように数歩後ずさる。もちろん、ルフィは興味津々に前のめりになって砂の上を滑る船を見つめている。

「ウソップ、見てみて」
「おう! …人は……んッ!?」
「おい、何だウソップ」
「なっ、あれ、! ナミとビビが捕まってるぜ! あ、あとラクダ!」
「なにっ!?」

ウソップのこぼす様子にゾロとサンジは汗を浮かべて声を重ねた。
アリエラも顔を青くして「ナミ、ビビちゃん…ラクダちゃん」と不安そうに表情を歪めている。まさか、探していたナミたちとこんな出会い方をするなんて。背中にたらりと汗が流れたが、海賊船が目の前に現れたタイミングがちょうど今でよかったと、そこは強く思う。そうでなくちゃ、この広大な砂漠の海。このままナミとビビと永遠に再会できなかっただろうから。

「ちと厄介だな…。まず得体の知れねェ敵だし、おれ達は今正体をバラすわけにもいかねェんだ。とりあえず、一旦考えよう」

目を眇めながらゾロが低くこぼす。レディーが囚われていると知ったらすぐに動きそうなサンジもビビの作戦を思い、焦りを紛らわせるためにたばこに火をつけた。
チョッパーも不安そうにきょろきょろしていて、ウソップとアリエラはお互い身を寄せて海賊船の行き先を観察している。

「あっ!」

短く上がった声に一同は過剰にからだを震わせた。当然、大人しくしてくれるはずがなかった。すこしの間、じっとしていた船長だが何やら閃いたようで、ぴこーん!とした後にゾロのことばを振り払い、海賊船目掛けて坂を走り降りていく。

「うおおぉぉぉおお!!!」
「ええええーッ、待って待ってルフィくんッ!」
「おおおい、ルフィ!!」
「あのバカッ! クソ、おれたちも行くぞ!」
「アリエラちゃん、坂道走れるかい?」
「うん、大丈夫!」

一度動いてしまった船長を止めることは到底不可能だ。それよりも敵と乱闘した方がずいぶんと見やすい。そのため、ゾロたちも戦闘準備に意識を傾けて、坂道を駆け降りていく。
ふかふかな砂は足を取られてしまいそう。いつか絡まってしまいそうで、アリエラははらはらと心臓を高鳴らせている。その様子にサンジは気づいていて、目があったけれど申し訳ないのでぶんぶん首をふり、抱っこを拒否した。

「んんんーーッ! “ゴムゴムのぉぉぉお”!!」

猛烈に風を切りながら、ぐんと腕を後ろに伸ばして釣りの要領でその腕を高く伸びるミズンマストにくくりつけた。このまま突っ込み混戦か。誰もがそう思い、戦いへの意識を高めたが。

「水くれぇぇぇえ!!」
「水かいッ!!」

海賊船に乗り込みながらルフィの絞り出した言葉に、ゾロ達は一気に拍子抜けしてしまい5人は一斉に顔から転けてしまった。もふっと受け止めるのが砂だからそこまでの痛みを感じないけれど、長い鼻を強打したウソップは「痛ェ!」と叫んでいる。

「うああぁあ…力が、でねェえっ、」

腕に巻きつけたマストを頼りに盛大な力を込めて船に上がったルフィの反動により、ミズンマストは根本から豪快に折れてしまった。轟音を立てながらマストは砂の上に倒れ、砂埃を巻き上げる。

転がるように甲板に身を投げ出されたルフィは、ナミとビビが磔にされているメインマストの前にぴたりと止まり、丸い目をだらんと垂れさせて左右を回視する。突然の衝撃に男達は茫然としていたが、轟音と砂埃が落ち着いてくると状況を把握したのか、ルフィを目掛けてじりじり踏みよってくる。彼らの手には湾曲した短剣が握られている。

「いやあ、悪ィ悪ィ。喉がカラッカラでよ。目測誤っちまった」

みんなマストを折ったことに怒りを向けているのだろう。そう踏んだルフィは舌を伸ばして軽く謝罪を入れた。だが、反省しているようには見えずに男達は目の上をより黒く塗る。

「なあ、水ねェかな? 水」
「…ルフィ。あんた、私たちを助けにきてくれたんじゃないの?」
「おれは水もらいにきた」
「あんたね…」
「ルフィさん、助けて? マツゲが食べられちゃいそうなの」
「ええー、あんな奴食えんのか? 骨と皮しかなさそうだけどなあ」

磔にされてはいるけれど、ナミとビビはあまり緊張感のないように見えて、ルフィも同じトーンでのほほんと返している。促されるように、ラクダを探すと、マツゲはビビの隣で四肢を括り付けられ宙吊りになっていた。
美味そうには見えねェなあ。と間延び気にこぼすと、すっと巨大な影がルフィの頭上に伸びて光がふいっと消えた。
ざら、と甲板を擦るサンダルの音が聞こえ、そこにつられて顔を持ち上げると船首甲板からルフィの数倍の体積はあるだろう大柄な男が現れて、数度まばたきを繰り返す。

「…我ら砂族“バルバル団”には格言がある!」
「格言?」
「“砂漠で動くものは仲間以外食えねェもんはねェ”!」

首を仰け反らないと男の顔が見えないくらいに背が高い。ふっくらした顔には無精髭が生えていて目つきもぎらりと鋭い。大きな顎に反して頭部は卵型になっていて、全剃りしている頭のてっぺんにはこぶりの傘がぽんっと開いている。
変な頭だなあ。と素直にルフィは呟き、でも格言には意見する部分があるため、意識はすぐにそちらに向いた。

「おれは落ちてるもんでも何でも食うぞ!」
「え、腹壊すぞ?」
「そっか。じゃあ気をつける」

ルフィの斬新な返事に目を丸くした大男は心配になったのか、きょとりとしたまま返した。それを受け取り、ルフィは真面目な顔して素直にこくりと頷く。その返答が気に入ったのか、大男はあんぐりと開いていた口をより大きく開けて、喉を震わせながら高笑いを響かせた。

「おっかしな小僧だ! ハハハハハハッ!!」
「あはは、おまえもおかしいぞ! んじゃあ、あいつ食うか?」
「何でよッ!!」

意気投合したらしいふたりはしきりに笑い合い、徐々に勢いを緩ませると、ルフィはマツゲを指差して目を輝かせた。人の言葉がわかるマツゲはどっと奔流の涙をこぼし、ぶんぶん首を振るからルフィの真後ろにいたナミが彼の頭をヒールで蹴り上げた。
ぐい、ぐい、前に倒されていくルフィの頭をみて大男はまた楽し気に笑い声を砂漠いっぱいに響かせる。


大男がどかりと腰を下ろし、部下たちに指示を送り、ナミたちを無事に解放した時。ゾロたちもこの船に乗り上げ、仲間と変わった形の合流を果たした。サンジとアリエラが心配そうに二人に駆け寄ったが、特に変わった様子もなくほっと胸を撫で下ろすと、大男が大きな笑い声を船いっぱいに響かせた。

「おれはこの砂族“バルバル団”の船長、バルバロッサだ。ルフィとか言ったな。お前の仲間に手荒な真似をしてすまなかった」
「あははッ、気にすんな! 別に構わねェよ」
「あんたが言うなッ」
「いでっ、」

人の良さそうな笑みを浮かべて謝る大男ことバルバロッサにルフィがけらりと返すから、ナミからのゲンコツを喰らってしまった。バルバロッサは短く笑い、続ける。

「なにしろみんな腹すかしててな。許してくれ」
「でもよ、船長。この船にはマストを修繕できるような木材は一本だって置いてねェんだぜ? 一本も…。マストがなきゃ推力が足りねェよ、船長!」
「そうでいそうでい、どうすんでい!」
「このままじゃおれ達、この砂漠のど真ん中でのたれ死にだぜ!」
「わああっおれ達のたれ死にだぁぁぁあ!! のたれ死にのバルバル団だーーッ!」

リーダーであろう男の言葉を受け、大勢の部下達は頭の傘を揺らしながら、わっと声をあげて絶望に暮れはじめた。野太い声が船の中をぐるりととぐろまいている。その姿にチョッパーは、え?え?と慌てふためき、アリエラは「はあ、」とぽかーんと口を開けて見つめている。

「おれ達砂族は砂族船の中で生まれ、砂族船の中で死ぬ! 船を捨てることなんて考えられねェ!」
「「おお! そうだそうだ!! 船の中で死ぬんだ! 船の中でのたれ死にだぁぁあ!!」

船長であり、人里離れて暮らす砂族にとってはきっと神様のような存在のバルバロッサの唱えに、泣き喚いていた男達はするりと元気になって、「砂漠でのたれ死ぬ」ことに名誉すら抱いているであろう明るい顔をして互いを抱きしめあったり、バンザイをしたりしている。

「どーよこれ…」
「ちょっと意味がわからないわねぇ」

どんよりとした暗さから一気にお祭りムードになるものだから、呆れ返ったウソップがぼそっとこぼすと、アリエラも不思議そうにこくこく頷き柳眉を下げた。

「まあ、それも運命これも運命! おれたち砂族は砂の流れに逆らうような真似はしねェ!」
「「そうでいそうでい!!」」
「ただ、メリアスのオアシスに行けば材木は置いてある」
「それどこだ? おれ、一走り取ってくるよ」

折れたマストに触れているバルバロッサの背中にルフィが問うと、彼は大きな眉毛を難しそうに曲げて振り返る。

「ああー、しかしなあ。近頃、砂漠の流れが変わっちまってな。よそ者には危険だ」
「おれの責任だ。おれがやるよ」
「フハハハハ、そうかやるか!!」

ちゃらんぽらんに見えるけれど、真っ直ぐで芯のあるルフィの心にバルバロッサも好意を抱き、大声を砂漠中に響かせた。こういう小僧は好きだ! 一頻り喉を震わせると、双眸を尖らせているルフィの意志を汲み、バルバロッサは部下達に砂漠上陸の指示を送る。

ロープで吊るしていたソリのような乗り物を砂の上におくのをみて、興味を持ったゾロ以外のクルーも一緒に船から降り立った。

「なんだこれ?」
「これは砂ゾリと言ってな。砂族にとって欠かせねェ交通手段のひとつだ」
「ソリっていうより、これはもうカヌーね」
「うん、海の上でも活躍できそうだわ」
「この砂ゾリで材木を運んで来るんだ」
「へえ」

ナミとアリエラが不思議そうに砂ゾリを見つめている、その前にしゃがみこみ、ルフィはソリを叩いたりロープを持ってぐいぐい引っ張ったりしている。このサイズ感なら三人くらいは乗れそうだ。

「メリアスのオアシスにはこの“ザハ”と“ラサ”が案内する」
「ラサ?」

ザバという男性はさっきのリーダー格の人だ。バルバロッサが彼の名とともに隣で見物していたザバをちらりと見たため、察したがもう一人ラサという名の人物はあたりにいなくてルフィはしゃがみこんだまま小首を傾げる。

「ラサはこの船一の砂ゾリ乗りだ」
「ふぅん」
「それは三人乗りだが、お前はどうする?」
「おれは一人で十分だ! 簡単そーだし、動かせる気がするからな」
「お前ね、そんな根拠のないこと言うんじゃないの」

砂ゾリを触りながらバルバロッサに返すルフィのおでこをウソップがピンと指で弾いた。
こう根拠のない自信にこれまで何度苦労してきたことか。サンジも半ば呆れた表情を浮かべつつ、紫煙を燻らせて一歩前に進み出る。

「力仕事にもなりそうだな。おれもついてってやろうか?」
「わたしも乗ってみたい、ルフィくん。いい?」
「んん…アリエラはいいぞ!」
「なんっでだよっ! アリエラさまをこんな危険なモンに乗せんじゃねェ! つーか、え、アリエラちゃん行きてェの?」
「うん、だって楽しそうだもん」
「はあ、お前もうおてんば嬢が染みつきはじめてんぞ」
「おてんばなアリエラちゃんもそりゃ…くそ、かわいいけどよォ、こればかりは危険だよ。こんなアホ方向音痴と一緒に砂漠を漕ぎ出るなんて、おれは反対だなァ」
「ん…」
「うッ……」

危険なのはわかるけど、でも…。と潤んだ懇願の瞳を向けるアリエラにサンジは言葉を詰まらせてしまう。おまけにその可愛さにぐぬぬ、と押されて今にも負けてしましそうだ。もう頬が赤いであろうこの顔を逸らしたくてたまらない。
そんなサンジが気に入らないのだろう、ゾロは船の上から飛び降りて「オイ、へなちょこコック」とサンジに尖った声を投げた。

「あ?」
「なァに一丁前にアリエラの親面してんだ、お前」」
「お、親面じゃねェ! 彼女はなおれの、っ、」
「おれの?」

ふん、と挑発している剣士の顔にサンジも釣られて言い返しそうになったが、ここで「おれの大切なレディだからつい、」とでも言ってしまったら、もう穴を掘って身を隠したくなってしまう。そういえば、まだライバル相手にもきちんと言葉にしたことはなかったな。とぼんやり思う。
まだぷるぷる震える恋したハートは丈夫ではない。でも、ここで口を噤んでしまったらアリエラが変に思うし。何かバレねェような、気の利いた…。思考を巡らせていると。高いところで殺意のような鋭い気配が揺らいだ。サンジはもちろん、挑発していたゾロもハッとして頭上を見上げた、その矢先。船の上からブーメランナイフが円を描き、砂ゾリに触れていたビビ目掛けて飛んでいった。

「きゃあッ!!」

サンジたちと同じタイミングに、自分に向かって飛んでくるナイフに気がついたビビは、目を見開いて細く声をあげながらも身をよじらせて危機を一髪で回避した。
誰もが瞠目し、「ビビ!!」と心配の色を名に塗ったとき、ビビと同じくらいの歳の女の子が船の上から回転ジャンプを披露し、綺麗にすたっと砂の上に着地した。

「おおっ、かっこいーッ!」
「ラサ!」

サンジの感心、バルバロッサの咎めの声がしんとした空気を揺らした。
切りっぱなしの黒髪ボブを揺らしてふいっとこちらを向いたラサは、鋭い双眸をバルバロッサに向けて、それからビビの足元で力を無くしたナイフを手にし、腰のベルトにしまう。

「他のみんなはよそ者らしいけど、あんたはここのモンだろ?」
「へェ、よく分かるな」

ビビの目も見ずに口にしたラサに、ルフィは驚きながらも呑気に返している。この国の人々は、顔を見ただけでそういうことがだとわかるのだろうか。海域の環境によっては持つ色や顔が似てくることがあると聞くが、外の人間からしてみたらビビの顔立ちはナミとアリエラとも似ているから、この国の色をしているのかはよくわからない。

あからさまな敵意を向けられたビビは、双眸をすっと細めてラサの背中を見つめている。

「砂ゾリの操縦も知ってるはずだ。あんた、着いてってやりな」

自分の砂ゾリを整えながら淡々と口にしたラサに、クルーははっと息を飲み込み、不安げな瞳でビビを見つめた。


TO BE CONTINUED 98話



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