150、砂漠とラクダ


「うはっ見ろよ! 天然のフライパンだぜ、ここらの岩は」

じゅうじゅう、おにくの焼けるいい匂いが岩場一帯を泳いでいる。
お昼すぎ。太陽がいちばん高い場所でキラリと輝いているから、気温もむっと上昇し、今は50度を超えようとしている。そのため、むき出しに晒されている岩場は炎に匹敵する熱を持っていた。

ブロック状に捌いたトカゲ肉を木の棒に突き刺して、岩で焼いていくサンジは嬉々としている。
流石に太陽の熱で料理をするのははじめてだぜ。と口角をもちあげて、器用にお肉をひっくり返していく。
そばで見つめていたルフィに焼き立てのものを手渡すと、彼は「んまほ!」と涎を垂らし、早速かぶりついた。飛び散る肉汁からとってもジューシーなのだと如何えるが──。

「うんっめぇえっ! なかなかいけるなァ、サンジ! トカゲ肉も」
「ああ。見かけによらず上品で癖のねェ味だろ? カエルやワニもそうなんだが、鶏肉食ってるみてェな感覚だよな。こいつはちょっと脂があるが、鳥のもも肉と大差ねェだろ」
「ああ、なあんか食ったことある味だと思ったら鳥か!」
「うんっ、うめェよサンジ!」
「まだまだあるから落ち着いて食えよ、チョッパー」
「うんっ!」

がっついて食べているチョッパーにやさしく諭して、スパイスをたっぷり振っていく。
さっきから近くでじいいっと感じる視線にどきどきしながら。けれど、それに気付かないフリをして。
これから彼女と一体どれだけの長い時間を過ごすことになるだろう?長い長い時間は海に揉まれると永遠に引き伸ばされていくように感じる。だから、すこしずつ、慣れていけばいい。そう思うと、極度の緊張もライバルの剣士の存在も、すとん、と軽やかに胸のそこに落ちる。

そうだ。構えないで、もっと気楽に息をしよう。もっと楽しく恋をしよう。
海とおなじくらいに広大な砂漠をこの足で歩き、すこし自分の胸も大きくなった気がして、ずっと悩んでいた“恋”もあいたスペースにぽん、と置けた。ような気がする。
それでもドキドキしてしまうのは、もう恋をしている以上飼い慣らすことしかできないのだろう。

「アリエラちゃん、焼けたぜ」

だから、気付かないフリを続行しつつ、くるりと彼女に顔を向けた。
突然自分に意識を持ってこられても、アリエラはひとつも動揺を見せない。
──ああ、なあんだ。別におれを見てたわけじゃねェのかあ。
別に察しはついていたけれど、それでも一ミリの動揺も目の泳ぎも見せないのはショックだなァ。とくるりと巻いた眉を垂らした。

「…ん、」

こんがり焼けたお肉を彼女に見せると、アリエラはむむむっと唇を一文字に伸ばして、そしてしょんぼりと目尻を垂らした。

「わたし、きっとサンジくんを怒らせちゃう…」
「えっ、どうしてだい? おれ、レディに怒りを感じることはねェよ?」
「でも、サンジくん…。食べ物に対するポリシーにはレディも何も関係ないでしょう?」
「……あ、」

顔に薄い霧の膜を張ったアリエラは、申し訳なさそうにぎゅっと眉間にしわを寄せる。
そこで、彼女の言いたいことを察したサンジはもう、そのいじらしさにこのまま抱きしめたくなった。

「わたし、えと…その、ご遠慮してもいい?」
「う……ッ、」
「ひっ…」

悩み、必死に紡いだことばを聞いたサンジは、遠慮気味に告げるあまりのいたいけにぐっと拳に力を込めて木の枝を折ってしまった。ぼとっとお肉が岩の上におちる。その様子にアリエラは喉の奥から小さな悲鳴をあげた。

「わ、わかっているの…! こんな広大な自然の中で、好き嫌いなんて……」
「がわい゛……ああっ…かわい…ッ、死にそう、可愛い…っっ」
「あ…、あの、サンジくん…?」
「…ハッ!!」

目にじわじわ膜を張って、譫言のようにつぶやいていたサンジの異様な光景にアリエラは口を噤み、おそるおそる名を呼ぶとサンジはこっちの世界に帰ってきたようで大きく体を震わせた。
後ろの方から「アホコックが…」ぼそり、聞こえてくる。

「す、すまねェアリエラちゃん…っ! もう、もう、アリエラちゃんがあまりにも可愛くってどうにかしちまってた。」
「か、可愛かった…?」
「もうっ、死ぬほど……。いやあ、すまねェ。醜態晒しちまった。ごめんな、アリエラちゃん。そうだよな、苦手って言ってたもんな。言わせちゃって本当にごめんね、いつ言おうって気掛かりだったよね」
「ううん、こちらこそごめんなさい。せっかく美味しそうに焼いてくれているのに…」
「いいんだよ、アリエラちゃん。食えねェものや苦手なものははっきり言ってくれて。誰にだって好き嫌いはあるもんだし、おれは食に関しては無理強いはしたくねェ。この船にはこの巨食がいるし、この凄腕コックもいるから、好きなものを選んで食べてくれていいんだぜ。アリエラちゃんのためならおれはいつでもなんでもお作りしますよ」
「うう……サンジくぅん…っ」
「あう…っ!」

子犬のようにまんまるな瞳をうるうるさせるから、サンジの胸がぎゅるんと高鳴った。
それでも目をハートにしないのは本気ゆえ、だからだろう。

「ありがとうっ! ほんとうにやさしいね。サンジくんは」
「い、いやあ…。そりゃあアリエラちゃんは…、…大切なレディなので」
「ふふ。ありがとう」
「……」

口から心臓が飛び出てしまいそうだったのを必死で耐えて、きちんと口にしたサンジは大きく前進した。けれど、顔は真っ赤になっているはずだし、チクショー彼女の顔が見えねェ。ぐぐっと下唇を噛み締める。
そんなサンジの心情には気が付かず、微笑みを浮かべたアリエラはお弁当を広げはじめたから、遠くでなんとなく見ていたナミがやれやれと深いため息をこぼした。

あちこち自分の好きなところに腰を下ろしていたクルーも、次々にお弁当を広げはじめている。
ルフィも前菜と名のブロック肉を完食して、今は海賊弁当を愉しんでいる。そんなとき、咀嚼していたゾロがちらりと横目で見慣れない影を追う。
ぶるっ、と鼻を鳴らし数度蹄で砂を蹴ると、この音に釣られて他のクルーもふいと視線を流した。

「ラクダだな!」
「…何なんだよ、このラクダ」

お肉を噛みちぎったルフィが当然のようにその名を口にしたから、ゾロもおでこに汗を浮かべて反応を見せる。ロープをつけられていて、背中には人を乗せるための鞍が備え付けられているのを見て、「野生のラクダじゃなさそうね」とナミが不思議そうにつぶやいた。

ならなぜ、人里の離れたこの砂漠にひとりでいたのだろうか。
引き連れてきた船長は「ラクダ」とこぼしただけで、もう意識はお弁当に集中してしまっている。
サンジの後ろでだらんと伸びていたチョッパーが、仲間の小さなざわめきにふと思うことがあって、むくりと身体を持ち上げると、目に飛び込んできた光景に勢いよく走り出した。

「ああっ!おまえっ、!」
「ブルッ!」
「やっぱりだあ!」
「なんだ、知り合いか?」
「うんっ! カトレアから逃げ出す時に乗っけてもらったラクダだよ」

ルフィの訊ねにチョッパーは大きく首肯する。
サンジとの買い出しの最中、熱中症緩和のためにお邪魔した荷馬車から逃してくれた、あのラクダだ。この広い国で奇跡的に再会をして、チョッパーはまんまるなおめめに煌めきを散りばめている。

「はあこいつ乗れんのかァ。そりゃいいなぁ、そいつに乗っときゃラクだ! なァんつって!」
「ふっ、あっははは!」
「…ああ…、クソしょうもねェギャグで大笑いしてるアリエラちゃん…可愛いなあ…」

サンジの後ろに座ってたアリエラが、ギャグを放ったウソップをばしんと叩きつつげらげら大笑いしてるから、その笑いに釣られてルフィも「アヒャヒャ」と笑いはじめた。
背中に感じる彼女の振動にサンジはうっとりしている。偏見になるが、彼女はお淑やかに見えてひょうきんだ。笑う時は大きく口を開けてガハハと笑う、海賊チックなところがある。

けらけらしているアリエラを見つめ、穏やかな表情になったゾロが、ラクダに視線を戻してこぼす。

「砂漠にラクダはつきものだよな」
「ああ。着いてきてくれたら助かるぜ、二人は乗れるな」
「そんじゃあ、まずおれからー!」

次々完食していくクルーからお弁当箱を回収しつつ、サンジが同調すると、何でもしたい好奇心旺盛なルフィが挙手した。
けれど。すっくと立ち上がり、少し高い位置にある背中へと脚をかけると、ガブっと頭を噛まれてしまった。

「いてててっ、なんだよ!」
「“おれは自由を愛するハードボイルドなやさラクダ。危ないところを助けてくれてありがとう。乗せてやってもいいが、おれは男は乗せねェ派だ”」

ふんふん、とうなずいたチョッパーの翻訳を聞いて、ルフィとウソップとサンジはかっちーん、と頭に血を上らせた。腕まくりをして、ラクダまで近寄ると「生意気だぞ!!」とげしげし体を踏んでいく。よろけたからだを倒しても三人が蹴りを止める気配はない。

「つーかお前、チョッパーを背に乗せて運んだんだろ?」
「ああ、そうだ。チョッパーも男だろ」
「“男気だ”」

ふと思った疑問をこぼしたサンジにウソップも頷いて瞳を落とすと、ラクダはきらんと白い歯を見せて、そう言ったらしい。キザな素振りにまたかちんとさせた三人は、勢いを増してげしげし足で身体を突いていく。
全く子どもな態度にナミがやれやれとため息を吐いて腰を持ち上げた。「やめなさいよ、あんた達」と強く制馭し、そっとラクダに近づいて、彼を起こしてあげる。

「優しいナミさん素敵だあっ」

ナミが来たことでサンジは目をハートにしてすっと大人しくなったが、ルフィとウソップはまだまだ表情に不満を残している。

「ごめんねえ、うちの連中ガラが悪くて」

起こされたラクダは、ナミの柔い手ですりすりと撫でられて心地が良さそうだ。
ふと姿に目を向けてみたらそれはもう究極の美少女で、目をハートにして、鼻血まで出してしまった。どうやら美女好きなラクダのようだ。撫でられている首をすっと下げて、自らナミを背に乗せた。
その様子にサンジは「あああああ゛ーーッ!! オイてめェ! ナミさんを軽々しく乗せんじゃねェ!!」と憤慨している。

「あは、ありがとう。いい子じゃない、きみ名前なんて呼んだらいい?」
「アホ!」
「ボケ!」
「タコ!」
「じゃあ、マツゲってことで」
「…お前、それ一番変だぞ」

すっと手をあげて、ルフィとサンジとウソップが思うまま名を挙げたが彼らにはひとつも耳を傾けずに、ナミはラクダのチャームポイントである長いまつ毛をみてにこりと名付けた。
その名に、黙ってやりとりを見つめていたゾロがぼそっと呆れをこぼす。

「アリエラ、ビビ。あんた達も乗りなさいよ。二人用だから…じゃんけんしましょ」

岩に座ってお茶を飲んでいたふたりに声をかけると、反応したラクダがまた目をハートに変えた。「ここには美女しかいねェじゃねェか」チョッパーの淡々とした翻訳に、アリエラはつい笑ってしまう。

「私はいいわ、砂漠は慣れてるしアリエラさんどうぞ」
「ううん、わたしこそ大丈夫よ。こんな機会ってもうないかもしれないからゆっくり砂漠を歩きたいの。ビビちゃんは今からやるべきことがたくさんあるでしょう? 少しでも体を休めておいた方がいいわ」
「でも…」
「わたし、毎日重たいドレスを着て動いていたからこれでも体力にはかなり自信があるのよ。だから大丈夫、ほら乗って乗って」
「あ、ありがとう…。でも、疲れたらすぐに言ってね、アリエラさん」
「うん」

ビビの背中を押して強制的に乗せると、彼女はすこし逡巡したけれど、こっくりとうなずいてナミの細い腰に腕を回した。こういうのは王族が乗るべきものなのに。眉を下げて申し訳なさそうにしているから、王女様だという認識がたまに薄れてしまう。
けれど、だからこそ。ビビはこの雄大なる国の王女でいられるのだろう。人々が助け合い、必死で生き抜いているこの砂漠という国で、人の心を機敏に察知することは何よりも重要だ。人の苦しみ辛さを理解して、自分のことのように怒りや悲しみを感じられるビビだからこそ、闇に暗躍されているこの国はまた太陽を望めるのだろう。

王女様だという認識は薄れていくけれど、でもビビはこれまでに出会ってきた王族の中で誰よりも歴とした王女様で、アリエラはふふっと嬉しくなる。

「それじゃ、アリエラ。疲れたら言ってね」
「ええ、ありがとう」

手綱を手にしたナミが、アリエラに一声かけて「それ」とマツゲに指示を送る。
美女を乗せトコトコ歩き出した彼はさっき以上に締まった顔をして、凛と首を伸ばしている。ナミが二、三度手綱を動かすと、嬉しそうに鳴き声をあげて駆け足で砂漠へと漕ぎ出だす。

「ほら、みんな急いで! はぐれたら生きて砂漠を出られないわよー!」
「ちょっと待てっ!!!」

マツゲはこちらへの意識を全くとっていないから、スタスタ足を進めていく。あっという間に大きな距離ができてしまって、一同はわっと不満の声を響かせた。
「はやく」ナミの凛とした声がモンスーンに運ばれてくる。

「おいナミッ!」
「ふざけんな!」
「そんなナミさんも好きだああ
「追うぞ、急げ!」
「あっエースさんリュック!」
「チョッパー、乗れ!」
「うんっ」

広げていた荷物を素早くリュックに入れて、「「待てぇぇえええ!!」」と声を荒げながら一同は岩場をあとにした。


TO BE CONTINUED 原作話-97話



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