149、炎熱に棲む魔物


チョッパーを連れて岩場へと走ったルフィは、目の当たりにした光景にぎょっと目を見開かせた。

「あッ!」
「えええッ!」

ふたりの重なった絶叫に近くまできていたクルーたちは、すぐさま岩場へと足を早める。

「どうしたのっ、ルフィくん!」
「荷物が全部消えてんぞ!」
「やられた……」

ルフィが運んだはずの全員分の荷物が一式なくなっていることにゾロが気が付くと、ビビは顔を蒼く塗って、額に手を当て心底こぼした。
呆然とあたりを見つめていたルフィは、仲間の声を聞いてすぐにあちこち顔を覗かせて見て回るが、荷物もさっき倒れていたトリもきれいに消えていて、さあっと顔から血の気が引いていく。
「オイ、ルフィ…」低いサンジの声がしんとした中響いて、ルフィはくるりとこちらに振り返った。

「ほ、本当にさっきトリがいたんだ!」
「…ごめんなさい。話しておくべきだったわ…。“ワルサギ”は旅人を騙して荷物を盗む砂漠の盗賊よ」
「なにぃっ! じゃあ、あいつらほんとは怪我してなかったのか!? フリをしてたのか!」
「ええ…」
「そりゃサギじゃねェか!」
「そうなの、サギなの!」

ウソップのツッコミを返してからペタリと座り込んだビビは、心底申し訳なさそうに顔を俯かせる。きっと、教えていなかった自分に責任がある。と背負いこんでしまっているのだろう。そんな姿を見て、ナミとアリエラは眉を下げてお互いの顔を見つめ合った。

「大丈夫よ、ビビ。心配しないで。何とかなるわ」
「そうよ、ビビちゃんのせいじゃないわ。ぜんぶ、ルフィくんのせい!」
「なははっ、騙されたのかァおれ!」
「おいルフィ、“騙された”じゃすまねェだろ!! あれは三日分の旅荷なんだぞ!? それを鳥なんかに盗まれやがって!」

泰然として笑っているルフィにむかっときたサンジは、船長の胸ぐらを掴みごんっと額を強くぶつけて続ける。

「この砂漠のど真ん中に…よりによって全員分の荷物を…! 水も食料もなくてどうやって砂漠を渡んだよ!」
「だってしょーがねェじゃん。騙されたんだから」
「……てめェの頭は鳥以下か」
「なにをォオ!?」

ビビが背負い、張本人のルフィが開き直っているところにまた怒りを感じたサンジがボソっとこぼしたことばに、ルフィもカチンと怒りを見せてお互い殴り蹴り合いの喧嘩がはじまる。
砂埃が舞い、ナミとアリエラはそそくさと傍へと逃げていく。やいやい言いながらヒートアップしていく喧嘩に、痺れを切らしたゾロがやれやれと彼らに一歩踏み出した。

「おい、止めろお前ら!」
「止めても無駄さ」
「あ?」
「こういう時はとことんやり合わねェと気は済まねェよ。そうだろ?」
「…あァ、そうだな」

じっと一連のやり取りを見つめていたエースにぽん、と肩に手を置かれたゾロは、その答えに同じ価値を見出してそっと目を瞑り、対抗している彼らに背を向けた。付近の岩にどかっと腰を下ろして、頭巾を外し、それで汗を拭う。

「とりあえず頭冷やそう。かっかするのは暑さのせいだ」
「ああ、そうだなあ。こう暑くちゃもう何も考えられねェ」
「おれも…。大変なことになったけど…でも、医者としては患者がいなくてよかったよ」
「そうね、トニーくん。そう考えるとこの状況も素敵に捉えられるわね」

ほっと安堵しているチョッパーに感動し、アリエラは膝を折って彼の隣にしゃがみこむ。
ポケットから取り出したハンカチでチョッパーの顔を拭いてあげると、彼はへにょっと可愛らしい笑みを浮かべるから、アリエラの胸はきゅるりとうわずった。

「まあ、死ぬほどのことじゃねェだろ。このことはもう忘れよう」
「考えてるとノド渇くしなァ」
「うんうん」

その間でも、ルフィとサンジは喧嘩を続けているからこの暑い中…、思わず感心さえ向けていると、彼らの向こう側で鳥の鳴き声が響いた。
くえー、ぐえー、独特な鳴き声に一同ははっと息を呑んでそちらに視線を向ける。飛び込んだ姿はやはり、白い鳥。首から下げたルフィの水筒を見せつけてから、ちゅーっと冷たい水をすすって幸福の笑みを浮かべる。

「ああぁあぁあーーッ!!」

目の前で見たその含みのある光景に、ルフィとサンジの声が重なって震撼させた。
ぞろぞろと岩陰から出てきたワルサギは、背中に大きなリュックを背負っていて、卑しい笑みをにへらっと浮かべている。

「おれたちの荷物!! 返せェぇええ!!」
「ルフィさんッ! 待って、ダメよ! 勝手に砂漠に飛び出しちゃ…っ」
「…アホだ」

騙された怒り、渇きと空腹の怒り、喧嘩の怒り。その全てを頭に上らせたルフィは考えなしでワルサギを追って砂漠へと飛び出していくからビビが慌てて腕を伸ばすが、当然彼の耳には届かない。目の前の喧嘩相手がいなくなったサンジも呆れを浮かべてぽつんとこぼし、剥き出しのままポケットに入れていたたばこを取り出し、唇に引っ掛ける。
「待てコラァァァアア!!」遠くなっていく姿に反して、ルフィの咆哮は鮮明に聞こえてくる。

「ルフィ!戻ってきなさいッ! コラーーッ!!」
「おーーい、戻ってこーーいルフィ!」

ナミとウソップの声はルフィの巻き上げる砂塵にかき消され、彼の姿は砂の煙に巻かれてしまった。


それから10分ほど経ったころ。暑さを誤魔化そうと、絵の具のようにくっきりとした白い雲を見つめていたアリエラが無言の空気のなか、「ルフィくん、遅いわね」とぽつりとこぼした。
アリエラの声にそれぞれが微かに反応を見せたのは、みんな同じことを思っていたからだろう。

「やっぱり迷ってるのかな」

アリエラのとなりで細い枝で砂を掘っていたチョッパーも顔を持ち上げて、青い鼻をぴくぴく動かす。けれど、船長のにおいは辺りには感じられなかった。

「ったく、方向音痴の癖に飛び出すんだから…」
「まだルフィさんの知らない恐怖が砂漠にはたくさんあるのに……」
「…あいつ、メシ食えてねェから腹空かしてるだろうな」

さっきまでカッとなっていたサンジが、たばこを燻らせながらひっそりとつぶやく。
そこには彼の優しさが詰まっていて、ちらりと彼を盗み見たアリエラの胸をあたたかくさせた。そんな彼女をまたゾロが見つめていて、ふう…と大きなため息をこぼすと、刀を手にしながら腰を持ち上げる。

「しょうがねェな」
「…まったくだ」
「すまねェな。世話の焼ける弟で」

ゾロの動作を合図に、サンジも肯定しながらたばこを砂の上に踏み潰すと、エースが困ったようにボヤくから二人はそっと笑みだけを返した。ルフィと仲間になってゾロはもう半年ほど経つのだ。こんなのもう慣れっこだと、逞しい背中が語っている。

「よろしくなぁ!」
「ふたりともお気をつけて!」
「あァ」
「大丈夫、アリエラちゃん。すぐに見つけてくるさ」

ウソップとアリエラに返事を流し、岩場を抜けたとき。
ゴゴゴゴ…──
砂の奥深くから低い唸りが這っている音が聞こえて、ゾロとサンジは足を止めた。一体何の音だろうか。じっと耳をすましているうちに、それはより勢力を増していく。

「なんだっ!?」
「なななっ何だよこの地鳴りは!」
「きゃあっ、」

岩場まで足を伸ばし、次いで震撼させるから、岩場に腰を下ろしていたみんなはぱっと立ち上がる。
きょろりとあたりを見回してみても、それが何なのか、視覚では確認できない。砂嵐か!?と張り詰めた空気にウソップが悲鳴をあげたが、ビビが否定をしたからその不安は拭えたけれど…。
それじゃあこの揺れは一体何なのだろうか。
おさまらない地響きの原因をどうにか知りたいウソップが、がま口バッグから望遠鏡を取り出して、ゾロとサンジの立つ先を眺める。

レンズ越しでクリアに見える視界は、けれど巨大な砂埃に隠されてしまう。
まるでエルマルや今朝に遭遇した砂嵐のようにしか見えない。少しでも気を緩めたら吹き飛ばされてしまいそうなあの風に、膝が震えだしたが──。おや? 巨大な砂埃の中からちらりと麦わら帽子が見えた気がして、んんっ?と息を吐く。

「なに、何が見えるのウソップ」
「砂嵐なの?」
「いや…違う…、ありゃあ、ルフィだ!!」
「えッ、ルフィさん…!? それじゃあ、まさか…!」

はっと驚きをこぼしたウソップの言葉が気になって、ナミも望遠鏡で確認してみるとやはり砂の煙の中から我らが船長の姿が窺えたが、それよりも気になる点がひとつある。

「なんであいつ、ラクダに乗ってんのよ!?」
「ええっ、ルフィくんラクダに乗ってるの??」
「それで?追ってきてるのは何だ?」
「よく見えねェ。ってよりは、砂の中に何かいるんじゃねェのか?」

少し焦りを浮かべたサンジの問いに、目を凝らしてみたゾロが答えたが、全体が砂に覆われているためこの地響きの主は結局確認できぬままだ。
けれど、ルフィが焦りを浮かべてラクダにしがみついているところを見るに、相当厄介な生き物なのだろう。

「うわあぁッ!!」

ルフィの悲鳴が響く中、ゴクリと息を呑んで見守っていたクルーたちはついに砂の中から姿を見せた生き物に小さな悲鳴をあげた。砂をかき分けて空気に晒した顔は紫色で、蛙を思わせる形をしている。目の前を走っている獲物にあーんと大きな口を開けて、ぽたりとよだれを垂らした。

「うぎゃーッ!でけェーー!」
「きゃああーーッ!! やだかえるッ!?」
「ああっ…! アリエラちゃんがおれに、おれに…ッ、助けを…っ、」
「いででっ、オイ落ち着けアリエラ!」

その姿にカエルが大の苦手なアリエラは、目の前に立っていたサンジとゾロにぎゅうっとしがみつくのだが、ゾロに対しては皮膚ごとつねってしまっているから彼からの怒りがふってきた。
一瞬ぽーっとしかけたサンジも、この事態にデレてなんていられずに「大丈夫。おれたちで何とかするから、目をつむってな」と優しく声だけかけて、彼女を落ち着かせる。

「おいビビビ、ビビっ! ありゃ何なんだ!?」
「あれは…っ、サンドラ王トカゲ!」
「サンドラオオトカゲ…?」
「砂漠に住むトカゲの中では最大の爬虫類で、砂の中で獲物を待っているの。鋭い鉤爪と牙を持っているけれど、それが使われることはあまりないわ! 彼は大きすぎて獲物をひとのみにしてしまうことが多いから…っ!」
「は、はあ…っ、トカゲ…ううっでも気持ち悪いわ…!」

お兄様方から離れたアリエラは、ぶるりと身体を震わせてみんなの後ろに後ずさる。
ビビの説明までを動揺しないで座ったまま聞いていたエースは、やれやれとため息を吐き、困り笑みを浮かべた。

「あいつはトラブルを呼ぶ天才だな」
「まあ、ラクダはひとまず置いといて……」
「どういう星の下に生まれたらこうトラブルを呼び込めるんだ…」

エースに続き、サンジとゾロも船長の生態にすっかり呆れ返って、そして戦闘準備を整え終えると同時に駆け出した。

「オイ、コラッ!おおーいっ、ラクダ!止まれって!」
「ルフィ! 持て余してんのか!?」
「助っ人するぜ!」
「おお! ゾロサンジ! 肉持ってきたぞ! トカゲ肉!」

ラクダに怒りをぶつけていたルフィは、前方から聞こえてきた仲間の声にぱあっと顔を輝かせた。
助走をつけていたゾロとサンジは獲物の付近まで寄ると、脚に力を込めて高くジャンプした。彼らに合わせてルフィもラクダの上で空を仰ぐ。ぐーんと大きく長く伸ばした脚にぐっと力を込めて、トカゲに狙い撃つ。

「“ゴムゴムの”!!」
「“龍”!」
「“肩肉(エポール)”!」

三人同時にそれぞれの武器に最大限の力を込め、

「“鞭”!」
「“巻き”!」
「“シュート”!」

薙ぎ払い、風を起こし、強烈な蹴りを入れられたサンドラ大トカゲはうめきをあげて白目を剥いて、ややあってから息を引き取った。
その瞬発的な攻撃たちにぼうっと見つめていたクルーは、目を点にしてあんぐりと大きな口をあけて、ああ…、とため息のような吐息を砂の上にこぼした。

「なにも…そこまで」
「…あいつらが相手だと敵に同情しちゃうわ」
「はあ…怖かったあ…、」

無惨な死を遂げたトカゲに同情しながらも、おさまった事態に安堵していると。
今度は背後から地鳴りと揺れが発生して、まさか…。胸を撫で下ろしていたナミたちは汗を浮かべて振り返る。

「「うわあぁああぁッ!!??」」
「なっ、なんでえっ!!??」

ウソップたちの悲鳴とアリエラの泣き声が岩場いっぱいに反響する。
背後に嫌な視線を感じると思ったら。ルフィたちが片付けたサンドラ大トカゲがもう一匹のそりと姿を現していたのだ。にへら、と丸い瞳は不気味に笑みをたたえている。

「い…言い忘れていたけど、サンドラ大トカゲは二人一組で狩りをするの!」
「言っとけよッ!!」

はっと動揺をこぼしながら呟いたビビに、一同はいっせいにツッコミを入れた。
ここからルフィたちが攻撃を仕掛けても、時間差のせいで多少の代償が仲間に降り注ぐだろう。けれど、もうその手しかないと踏み、飛び出そうとしたところ。

「あっ、エース!」
「危ないわっ!」

腰をかけたままだったエースの前にトカゲはのそりと踏み出して、たらりとよだれを分泌させた。気が付いた時にはこの状況で、ナミとビビの声にエースは深く被った帽子の隙間から目を覗かせる。

「ったく、しょうがねェな」

はく、はく、一定のリズムで興奮の息を吐くトカゲにちっと舌打ちをして、帽子を押さえながらエースは立ち上がった。
お望み通り大きく開けた口の中に自らが飛んで入っていき、トカゲがばくっと口を閉じたところでエースは攻撃に出た。全身に炎を滾らせ、口内から烈火に包んでいくと、あっという間に黒焦げになったトカゲは目を回して息を引き取った。

ここまでをわずか瞬時に終わらせたエースにみんなは信じられない目を向けている。
これが、あのルフィが一勝もできなかった兄の力──。
最初は信じがたかったその事実が、今ようやくしっくりみんなの胸に落ちたのだった。


TO BE CONTINUED 原作162話-97話



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