148、朝焼けの抗い


夕食を摂った後、片付けを済ませると体力温存のためにすぐに就寝を取った。
男女で分かれたテントで一夜を過ごし、うっすらと陽の昇る頃。好奇心旺盛なルフィたち三人組はぱちっと目を覚まし、外へ出た。
夜ほどではないが、まだんやりとした空気に包まれていて、砂漠は静寂を保っている。

「あっち行こうぜ」とわくわく顔を輝かせたルフィにウソップとチョッパーもついていく。テントの一直線先、この一帯を囲っている岩場の方まで足を運び砂漠を一望する。
うっすらと霧がかった砂漠は、幻想的で美しいが同時に畏怖してしまう。先に見えるのは延々とした砂の地で、なんだかこの世界の全てが隠されてしまったような錯覚を抱いてしまう。そう考えてチョッパーはぶるりと身震いをした。

「うおおーっ! エビはっけんっ!」

静謐の中ルフィの弾んだ声が鼓膜をゆさぶり、ウソップとチョッパーはふとしゃがみこんでいる彼に視線を下げる。
丸めた瞳を輝かせて、ほら!とふたりの目の前にぶらさげたのはハサミを二つ顔の前で動かしている手のひらサイズの生き物。

「おおっ! それがエビなのかあっ!」
「砂漠にエビなんか…ん? ああ、本当だ」
「な? エビだろ!」

生きたエビを見たことなかったチョッパーは、そっか、これがそうなんだ。とルフィ以上に好奇を見せて、小さな蹄でちょいちょいと身体を突いているが、それでもルフィに尻尾を掴まれているから“エビ”は大人しくしている。

「ふわああ…」
「よおー! アリエラ!! なあ、来てみろよ!」

その時、女子用テントの中からアリエラが大あくびをしながら出てきて、真っ先に気がついたルフィがすっと“エビ”を持ち上げて空いた片手でぶんぶん手を振る。
あくびをしきって、アリエラはボンヤリとした目を擦りながら彼らに近づいていく。

「まだ4時半前なのに早いわねえ、ルフィくんたち…」
「なあなあ、見ろよ! アリエラの好きなエビだぞ」
「あらあ、美味しそう
「やっぱこれ食えんのかな!? 半分アリエラにやるな」
「ありがとうルフィくん。でも、サンジくんに聞いてからじゃないとちょっと不安だわ」

アリエラはまだ醒めきっていない脳でルフィが手にしているそれを美味しそうと見つめているが、彼女の隣でウソップは不可解そうに眉を寄せている。

「なあ、アリエラ。砂漠にエビっていると思うか? おれらに着いてきちまったってんなら分かるんだがよ…」
「このあたりにオアシスがあるんじゃないの? ……でも、確かに色が変ね。砂漠に染まったエビなのかしら…」
「だろ? おれもなぁんか引っかかるんだよな…」
「これエビじゃないのか?」
「エビだろ。だってハサミがあるもん」

アリエラとウソップがまんまるな目でじいっと見つめていると、後ろの方から悲鳴が聞こえてはっと振り返る。この声は、ビビのものだ。

「あ、ビビちゃん!」
「ルフィさん! 危ないわ、今すぐにそれを捨てて!」

ビビの切迫した声がテント前から聞こえてきて、アリエラたちの背中をぞわりと撫でた。アラバスタ出身のビビはこれが何かを知っていて、そして危険だと認知してそれほどまでに焦っているのだろう。アリエラがさっとウソップの後ろに隠れると、「オイ!おれを盾にすんな!」と怒りがあがる。

「ルフィさん、早く!」
「イヤだ! もったいない!」
「それはサソリよ!? 小さいけれど、猛毒があるの! 刺されたら死ぬわ!」
「サソリ…!? おれはじめて見たぞ…!」
「きゃあーっ!」
「おいちょっ、アリエラおれを押すな!」
「なぁんだ食えねェのか。残念だったなアリエラ」

えびにしては色が毒々しいそれは猛毒を持つと云われているサソリで…。その正体にルフィはつまらなさそうに唇と尖らせると、ずいっとウソップの前にそれをぶら下げる。
「やる」とすっかり興味を無くしたルフィに「おれにくれんなッ!」とウソップが声を弾けさせる。

一方、サソリに一気に怖くなったアリエラは、逃げるようにテントまで戻ってきた。朝からとんだハプニングに心臓をバクバクさせていると、男子用テントの中からふっとゾロが姿を見せた。

「朝っぱらからうるせェな。なにやってたんだよ」
「あ、ゾロくんおはよう。ルフィくんがサソリを捕まえていたの。エビと間違えて」
「ごめんなさい。言っておくべきだったわ、サソリがいることを」
「ううん、気づかなかったわたし達がいけないの。教えてくれて助かったわ、ありがとうビビちゃん」

はあ、と心臓の前に手をあててドキドキを落ち着かせているアリエラにビビはふっと笑みを描いて、「私、焚き火を組んでくるわ」と手慣れた様子で砂漠での朝の準備に取り掛かっていく。

「サンジくん、まだ寝てるの?」
「あ? ……おめェ最近コックコックだな…」
「え、そう? わたし最近よくお腹が空くからかしら? でも、サンジくんをこき使っているわけじゃなくって、あっ…こき使ってることになるのかしら?」
「…そういう意味じゃねェよ。だがまあ、おめェにそんな気がねェならいい」

自分の行動を思い返しぞぞっと青くした顔を小さな手のひらで包み込むアリエラを見つめて、ゾロはどこか安堵し、ふっと笑う。思えば、最近の彼女は仲間になった頃以上に食べるようになってきている。16歳、成長期真っ只中だからか、よくお腹が空くのだろう。

「ゾロくん、どこいくの?」
「小便。お前も来るか?」
「行きません」

ストレートに口にすると、眉を寄せたアリエラが見えてくくくっと声をこぼす。
コロコロ変わる表情がおかしくて、見てて飽きない。足を動かしたその時、ぶわっと勢いの強い風が吹いてゾロはすぐに動きを止めた。

「きゃっ、なに…?」

こちらに戻ってきていたルフィ達も、不思議そうな表情で砂漠の方にくるりと向き直る。ぴくぴくとチョッパーの小さな耳が動いて、何かを感じ取った。ざわざわとした鋭い音は一体なんだろう?

「なんかくるぞ」
「何かってなんだ?」
「はっ…、あ……っ、みんな! 岩陰に避難して!!」

薪を集めていたビビも肌を突き刺すような風にすぐに状況を察知して、せっかく集めたそれをぽんっと地に投げ捨てて岩場へと逃げ込んでいく。ゾロとアリエラが各テントの中に呼びかけ、みんなが外に出た頃、その突風はより勢力を強めて憩いの場を曝した。

前方には巨大な渦巻きが見える。突如と生まれた砂嵐に、それぞれ近くにいた仲間と身を庇い合いながら必死に暴風から耐え抜くこと数分。直撃することはなんとか免れたが、強風とともに大量に運び込まれた砂に体が半分以上埋まってしまっていた。圧迫感を感じるが、それだけで怪我もなく終わりほっとする。

ゾロがアリエラを、サンジがナミを、エースがビビをそれぞれ庇っていて自分が先に起き上がり、彼女達を救出しようと手を差し伸ばす。そっとナミが手を取ると、サンジは目をハートにして大歓喜で、それを合図にさっきの空気が戻ってきた。

「大丈夫か、アリエラ」
「うん、大丈夫…。はあ、ありがとうゾロくん助かったわ」
「ったく厄介な砂嵐だったな」
「朝っぱらからこんな風が吹くのかよ、砂漠って」
「ごめんなさい、言っておくのを忘れていたわ。砂嵐は砂漠の危険の一つよ。時間を問わず発生するから…」
「先に言っとけ!!」

ちょこちょこ抜けているビビに、ウソップはびしっと綺麗なツッコミを入れる。けれど、ビビにとって“危険なこと”はもう幼少期から叩き込まれている日常的なもので、常識として彼女の中に眠っているから口にすることを忘れてしまうのだろう。
「ビビちゃんを責めるな」とサンジはお咎めを入れて、衣類を払っているアリエラの前で足を止めた。

「おはよう、アリエラちゃん」
「あ、おはようサンジくん。朝から災難だったわね」
「ああ。アリエラちゃんは大丈夫かい?」
「うん、平気。ゾロくんが守ってくれたの」
「そっか、きみの身に何もなくてよかったよ。今から朝飯にするな。…あ、ちょっと待って」
「ん?」

わざわざ安否を確かめにきてくれるなんて、サンジくんは優しいわ。と思っていたら、彼のたれ目がくるりと丸められてこっちもぱちぱち瞬きを繰り返していると、頭の上にふわっと大きな手が置かれた。

「サンジくん…?」
「髪の毛に砂がついてる。ちょっとごめんな」
「わ、ありがとうサンジくん。気づかなかったわ」
「…よし、これでいいかな。うん、ますます綺麗になったよ」
「ふふ、ありがとう」
「ったく、アリエラ様の美しい髪の毛に巻きつきやがってクソ砂が…。じゃあ、おれ朝飯の準備してくるからアリエラちゃんはゆっくり休んどきな」
「うん、朝ごはん楽しみっ」

少し迷って、綺麗な髪の毛をもう一度さらりと撫でたサンジは笑みを浮かべてから彼女に背を向けた。幸いにもそれぞれにいるクルーは砂を払ったり、崩れたテントを直したりしていてこちらの様子に気づいてはいない。
背を向けた途端、張り詰めていた気を一気に緩めたサンジは、赤らめた顔を手で覆う。
「朝っぱらからこれはくる…、」はあ、と恋の溜息をこぼすと気持ちもリセットされて、「あ!サンジ朝飯!」とねだる船長に「へいへい」といつも通りの調子で相槌を打った。




朝食を摂り、テントを片付けると、一行は砂漠の旅を続行する。
徐々に昇ってきた太陽にくらりとしながらも、午前は比較的に暑さも柔らかく(それでも40度は超えているが)スルスル歩き続けてきたが、正午を過ぎてから太陽は刃を秘めたかのように突然ギラつき、晒している顔や手をジリジリと焼き付ける。

「なあ…サンジぃ、弁当にしようぜ、弁当!」
「まだダメだ! ビビちゃんの許可が下りてねェ」
「なあビビ、弁当食おうぜ。もうおれ力出ねェ」

早速バテてきたルフィはさっきからサンジとビビに交互におねだりをしているが、まだお許しが出ていない。朝食を摂ってからもう7時間近くも経つから、息をしているだけで人の数倍カロリー消費するらしいルフィにとってはもう限界でへとへとなのだろう。
彼の様子にナミは呆れたように眉間に皺を寄せている。

「よくお腹が空くわね、この猛暑の中」
「わたしもぉ…。普段なら絶対にお腹空いてる時間なのに、あんまり欲しくないわ」
「同感

彼女に続き、アリエラとウソップが同調するがルフィにはそんな“胃腸のバテ”は一生関係ない話だろう。ルフィの強いおねだりを数回受けたビビは、うん…と可愛い声をこぼして後ろにピタっとついているルフィに目を向ける。

「だけど、ルフィさん。ユバまでまだ十分の一しか進んでないのよ?」
「げっ、まだそのくらいしか進んでねェのか!? マジかよォッ」
「バカだなお前。こういうことわざがあるだろ! “腹が減ったら食おう”」
「ウソつけッ!作ったな、お前!」
「ったく…こいつがこうなりゃもう食わせねェと無理だぜ、ビビちゃん」
「…分かったわ。じゃあ、次に岩場を見つけたら休憩っていうのはどう?」
「よし! 岩場!!」

ようやく下りた許可にルフィは嬉々として先頭を突っ走っていく。さっきまでの調子とは正反対の元気ぶりに、どれだけ食事がルフィを動かしているのかが計り知れる。

「よおしみんなァ! 次の岩場で休憩だー! じゃんけんで勝ったやつがみんなの荷物を運ぶんだ!」
「勝手に決めんな!」

ぐりんっと振り返ったルフィは突然そんな案をみんなに示し、意思を問わずにグーの手を空に掲げるからウソップがかっとツッコミを入れる。その隣でサンジが「普通負けたもんが運ぶんだろ」とキョトンとしている。

「おしっ、じゃんけん!」
「わわっ、」
「ちょっと待ちなさいよッ!」
「お前今後出ししただろ、ルフィ!」

ぼうっと見ていたアリエラとナミとゾロも急に取られた音頭に慌ててそれぞれジャンケンの形を作り、強制参加させられる。
ギラギラな太陽に照り付けられた砂漠のど真ん中、突如繰り広げられたジャンケン大会の残りの三名はルフィとウソップとアリエラだ。

「もやだ! わたしいつもじゃんけん負けるのにどうしてこういう時だけ…、」
「負けたら勝ちだ、アリエラ。おれはルフィの運を信じる。あいつは絶対勝つ!」
「はっ、そうね! 勝った人が持つんだもの」

ウソップとこそっと囁き合って、こっくり頷き合う。

「もしアリエラちゃんが勝ったらおれが変わるよ
「へなちょこコックに任せられるか。おれが持つよ。筋トレ代わりにもなるしな」
「まあ、頼りになるお兄様方…
「なんだよそれ、アリエラだけズルじゃねェか! おれが負けても手伝ってくれよお前ら!」
「お前は自分で頑張れよ」
「筋肉つくぞ、ウソップ」

懇願するが、やはり恋には叶わず。サンジもゾロもすっと素に戻って返すものだから、ぐぬぬ…っと唸ってしまう。ここでアリエラが「わたしも手伝うわ!」と言ってくれたら、二人は絶対に手を貸すだろうから負担も軽くなりそうだが…。負けた時のことをうんうん考えているウソップにルフィは痺れを切らしたみたいで、またもや音頭をとりはじめたからもう考えなしで、グーの手を作り、パッと突き出すと。

「おっ、おお…っ、」
「あ…!」
「うよっしゃっ! 勝ったぁぁあ!!」
「バカね、あいつ…」

ウソップの隣に出された小さな白い手もグーを作っていて、目の前に広げられた手のひらにはっと目を丸めてお互い顔を見合わすと、パーで勝ちを取ったルフィが万歳をあげた。
けれど、これは“勝った人”が運ぶことになっているから、みんな笑顔でどしどしルフィの前にリュックを置いていく。目を丸めたルフィは自分が言ったことを思い出して、すぐさま顔色を変え、9人分のリュックを運ぶことになってしまった。

「んああっ、勝ったのになんでおれがァ!」
「お前がじゃんけんで勝ったせいだよ」

ずっしりと体に乗るリュックの重さに押しつぶされてしまいそうなのをふらふら回避しながら、へろりと舌を出しているルフィにサンジはふう、と身軽そうに紫煙を吐く。
自分から切り出し、自分で決めたルールだからルフィも文句は言わずにぐっと口を噤んで歩き続けるけれど、表情は悲痛そうだ。

「落とさないでよールフィ」
「大丈夫? ルフィさん…」
「いいのよ、ほっときなさい。自分で言い出したことなんだし」

軽くなった身体で砂漠を歩くのはなんだか気持ちが良くって、ナミもご機嫌に砂を蹴って歩きだす。ビビは不安そうにちょこちょこルフィを振り返っているが、やると言ったらやり通す性格なのを知っているため、ナミに言われたまま彼に声をかけずに顔を前に戻した。

「んんっ?」
「どうしたの? ウソップ」
「ん、前方で岩場発見!」

先頭を歩いていたウソップが前で揺らぐ影を見つけ、声を上げるとアリエラがふいっと反応を示す。その返しに真っ先に食いついたのが、限界近いルフィで、「本当かッ!? メシぃぃぃぃいいい!!」と一気にテンションを上げ、瞬くスピードで駆け抜けていく。

「速ェな!」と背中でウソップのツッコミを受け取りながら、岩場に辿り着いたルフィはふう…とひたいに流れる汗を拭った。

「日陰だっ!」

太陽を遮るものがあるだけで、一気に汗も引いていくようで心も軽くなる。
リュックを岩のうえに乗せてみんなが来るまで一息ついていようと腰を落とそうとしたとき、目の前の岩の後ろから呻き声が聞こえてきた。

くええ、くええ、苦しそうな声は人間のものではない。ひょっこり顔を覗かせると、ぼろぼろな鷺が数匹倒れていて、ルフィは顔の色を変え駆け寄る。

「オイしっかりしろ! 今医者呼んでくるからな!」

どの子もみんな瀕死状態に見えて、ルフィは呼びかけるとともに来た道を引き返していく。

「大変だァァ!!」
「あ、戻ってきた」
「どうしたのかしら、ルフィくん。あんなに血相変えて…」
「大怪我して動けねェトリがいるんだ! チョッパー、来てくれ!」
「よし、行こう!」

ゾロに引っ張られていたチョッパーは、急患だと聞くとすぐに身体を起こして慣れない砂漠道を走っていく。さすが、お医者さんだわ、と感心しているアリエラの後ろで、ビビは何か考えるように顎に指を引っ掛けた。

「大怪我したトリ……トリ!? そのトリってまさか…ッ!!」

脳裏に浮かんだものにビビは大きく息を呑んで瞳を震わせた。


TO BE CONTINUED 原作162話-97話



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