147、砂漠の国の冒険


「あああ…あああッ、」

エルマルを出発して正午を過ぎた頃。
ギラギラと肌を刺す強い陽光を感じながら、一味一行は灼熱地獄の砂漠を横断していた。
最初は怒り任せに飛ばしていたルフィだったが、徐々に歩くペースを緩めて今は支え棒を杖のように駆使して最後尾を歩いている。へろんと大きく出された舌は完全に渇き切っていて、でも耐えずうめき続けるから、そばを歩いていたナミがむっと眉を持ち上げて痺れを切らした。

「ちょっとルフィ。さっきからそのあ言うのやめてよね。余計だれちゃうじゃない」
「あああっ」
「…聞いてないってか」

目も虚に、ただ足だけを必死に動かしているルフィはナミの怒りの声を耳に入れることもできないようだ。
その少し前を歩くアリエラは、困ったように後ろを振り返り船長を見つめると、再び先頭を歩くビビに視線を戻す。

「アリエラちゃん、疲れてねェ? 大丈夫?」
「うん、わたしはまだまだ平気! サンジくんは?」
「おれも平気さ。おれの心配してくれて…アリエラちゃんは天使のように優しいなあ いや、ようにじゃなくアリエラちゃんは天使そのものだ。大天使アリエラさまだ
「うふふ」
「オイ、コック。余計暑く感じるからそれやめろ」
「あァ? あなんだ嫉妬か? ゾロ」
「お前相手に嫉妬なんざするわけェだろ」
「てめェこの…っ、」

二番手を歩くサンジとアリエラの後ろに並ぶゾロがこぼした言葉に、サンジはカッチーンっといかりのマークを頭に浮かべたが、ナミの瞳が鋭く光ったのを察知して「はい」とすぐさま大人しく態度を変えた。
ゾロも背中に感じるナミのオーラに口を噤んでいて、アリエラはふふっと笑みを浮かべる。彼にバレたら、何笑ってんだ。と頬を引っ張られてしまいそうだから背中にはそれを見せないように努める。
そこで、ハッとする。
背中。後ろにゾロくん。あれ…わたし、もしかしてすごくみられてる…?
甚だしい自惚れだけれど、でも最近のゾロくんの態度はすごく積極的で、あの態度をたびたびに思い出しては彼を意識してしまう。もしかしてこの意識が目的なんじゃないかしら、と思ってまんまとハマっている自分にぽっと顔を赤くしてしまう。

「…アリエラちゃん、大丈夫?」
「へっ…うん!」
「そう? 少し顔が赤ェよ。お水飲むかい」
「ううん…大丈夫よ、サンジくんありがとう」
「そっか。大丈夫ならよかった」

彼女の顔がほんのり赤くなった理由に察しがついて、サンジは考える前に口を出してしまった。

ゾロみたく彼女をこうして意識をさせることができないのに、ゾロを意識しないでくれ。と気づかないふりをして思考を中断させるなんて。おれの方が嫉妬してんじゃねェか。
ハア、と深いため息をこぼしたくなる。
早く伝えてェ、意識してほしいって思いはすんげェ膨らんでんのに。面と向かって話すだけでドキドキし過ぎておかしくなりそうな今のおれにそんな、告白なんてできるわけねェだろ。と自分自身の前向きな思案に逆ギレさえしてしまう。その思考をぶち割りたくって、たばこに火をつけると、もやもやした霧がすこし晴れていくような気がした。


「ハア、ハア……おれだめだァ、暑いのは苦手だ…寒いのは平気なのに、」

しばらく歩き続けていても、ルフィのうなりは病むことはない。
それに触発されてチョッパーはだらんとからだを板の上に預けたまま、か細くつぶやいた。もこもこな毛に包まれ、先日まで冬島にいたチョッパーにとってこの暑さはこの上ない地獄だろう。育った環境もあり仕方のないことだし、筋トレにもなるだろう。と踏んだゾロが引っ張ってやる。と申し出、チョッパーを木の板に寝かせ、そこにくくりつけたロープをリードのようにして彼を引っ張っている。
そんな小さな彼をチラリと見やり、ウソップは口を開いた。

「おめェがモコモコしてっからだ。その上着脱げば?」
「何をォ!? このォ、トナカイをバカにするんじゃねェ!!」
「ぎゃああーーッ! バケモノーーッ!」
「……チョッパー、デカくなるな。引っ張ってやんねェぞ」

チョッパーはむっとしてその姿を大きくさせると、悪態をついたウソップはぎゃーっと悲鳴をあげて両腕をクロスしてガードする。その間、ゾロはぐいぐいとロープを引っ張ってみたのだが、巨大化したチョッパーを運ぶにはこの砂漠ではひどく体力を消耗する。そのため、少し叱ってみるが、彼の耳に声は届いていないようだ。

「何がバケモノだァ!長っ鼻このォ!」
「ヒイイ!何をぉッ、やんのか!?」
「いいから戻れ!」
「うあ!」

じゃれあいが始まりそうなので、ゾロが無理矢理チョッパーの頭を押さえつけて元の姿に戻らせた。

「ビビちゃんはあんま堪えてねェみたいだな」
「私はこの国で生まれ育ったから多少は平気」
「すごいわ、ビビちゃん。アラバスタの人々はみんなこの砂漠と生きる術を身につけているのね…」
「ええ。私たちは過酷な環境の下に生まれたけれど、先人の知恵を借りて安泰と暮らしていたの。砂漠を渡るための乗り物とかもあるのよ」
「わあ、乗り物? いいなあ、見てみたいわ」
「ユバに行けばあるかもしれないわ。ソリなんだけど、砂漠の気候は荒いから私も乗れるまでにずいぶんとかかったわ」
「へえ、そんなに難しいのね。器用そうなビビちゃんがそんなにかかったんだもの、きっとわたしたちが乗ったら大変なことになっちゃうわね」
「あァ、特にあのアホが何かやらかしちまいそうだね」
「ふふふ、わたしも思った」

ふ、と眉を下げて笑い合うサンジとアリエラにビビも振り返って朗らかな笑みを浮かべた。この話は後ろの方には聞こえていないみたいで、“あのアホ”ことルフィが何も反応しなくてほっとする。

「いやあ、それにしても坂が多いなこの砂漠。おれは砂漠ってのはもっと平坦な道だと思ってたからびっくりだ」
「ここは歴史の古い砂漠だから。大きいものでは300メートルを超える砂丘もあるのよ」
「さ、さんびゃくッ!?」
「えええすごい!」

あちこちに見える坂道や砂丘は、本でみた砂漠とは大きくイメージが異なっていて疑問をこぼしたウソップと耳を傾けていたアリエラが目を点にして、ひえっと仰天した。
「山じゃねェか!」と次いでウソップのキレのいいツッコミが入る。随分とでけェ砂丘が見えると思ったら、とサンジも感心して、三人好奇の目で砂漠を眺めていると、後尾で今まで以上に大きな唸り声が上がってふっと足を止める。

「ど、どうしたの? ルフィくん」
「ああもう苦しいあぢぃ水ぅ!」
「ルフィ、一口よ一口。口に含む程度にね」
「ん、」

幼児に言い聞かせるようにナミは口にしたのだが、熱にぼうっとした頭のルフィにはその意味までもは届いていなくって、彼は本能のまま、横腹に下げていた樽から伸びるホースストローを口に含み、ほっぺたぱんぱん分の水を含んだ。びよんと皮膚が伸び、中でちゃぽんと水が踊っている。

「含みすぎだッ!」
「おれにもよこせ!今の13口分くらいあったぞ!」

忠告したナミと我慢していたウソップが反射的にルフィの後頭部を殴りつけたため、その反動で口に含んでいた水分をブーっと砂の上に吐き出した。それを見て、「オイコラ待てェ! ルフィお前ついさっき飲んでただろ! アリエラちゃんはな、健気に我慢してんだぞ!!」とやや遅れたサンジの怒りが飛び、男の子三人の喧嘩がはじまってしまった。

「もこの暑い中よくやるわよ」
「見てるだけで暑いわ、わたし…」
「喧嘩しないで! 余計に体力使っちゃうでしょ!?」
「えだってこいつらがよー!」
「あんたが悪いの!」
「そうだ! 元はといやァこいつがおれを殴るから!」
「ナミさんのせいにすんじゃねェ!」

ビビが止めたにも関わらず、三人は相変わらずぎゃいぎゃいしている。止まりそうにない喧嘩にゾロとアリエラは呆れをつき、エースはじっとルフィたちを見つめていた。



それから幾度も傾斜な砂丘を登り、熱波を浴びながら歩き続けているうちに日も暮れてきたため、付近の岩場で今日は休むことにした。
砂丘の下に眠っていく夕陽はとても綺麗で、テントを張りながらそれぞれ見惚れたほどだったけれど、夜の帳が下りはじめると共に冷気が地を這い昼間の熱をぐんっと奪った。

マイナスを記録する寒さに女の子三人は焚き火の前を陣取り、毛布にくるまりながら身を寄せて固まっている。

「さ、さむい…っノースの冬より、寒いわ…っ、」
「昼間はあんなに暑かったのに、何よこの温度差は…っ、」
「熱を遮るもののない砂漠は昼間は焼けつき、夜は氷点下まで下がるの。砂漠は危険がいっぱいなのよ」
「さあ、レディーたち。ジンジャーティーを淹れたから冷えないうちに召し上がれ」

吐く息も真っ白でがちがち歯を鳴らしていると、すっと目の前にトレーが現れた。三つ分のカップがちょこんと乗っていて、白濁の湯気がふわふわ揺れ、スパイシーな香りが鼻腔をくすぐった。
わあっと笑みを浮かべて手を伸ばし、美味しそうに啜る彼女たちを見てサンジは幸せそうにメロリンっと相好を崩した。

「はあ生姜とスパイスの力かしら、ちょっとあったまってきたわあ」
「ほんと。いいわね、ジンジャーティー。美味しいし」
「すごいわサンジさん。これ夜の砂漠って名のスパイスなの。それほど体を温める効能が含まれているもので…砂漠を旅するには必需品のようなものなのに私言い忘れてたから、」
「アラバスタって料理もすげェな、見たことねェスパイスだらけでついつい買っちまったものだったんだが…。レディーのお役に立てたみたいでおれ幸せだ

嬉々としているレディーたちを見ていたサンジは、麗しい王女からの賛辞を受けてでろっとまた笑みを崩して喜びをあげた。その間、焚き火の炎で焼かれているお肉をじいっと見つめているルフィがサンジの目を盗み手を伸ばす。が──。

「オイ、ルフィ。おれァ見えてんぞ」
「…んん、」

すぐさまコックが目を光らせ、ヒュンと手を引っ込めた。

「何度言やァ気が済むんだてめェは。ガツガツすんなっつってるだろうが、まだ生なんだよそれは」
「いいじゃん! サンジのケチ!」
「そばに寄るな!」
「へえ、うまそうじゃん」
「そばに寄るな!」

香ばしい匂いとルフィの声につられたウソップも、ひょいと焚き火の前に飛んできてよだれを垂らすが、透かさずサンジに雷を落とされてしまった。


「はあっ、なんて星の数なんだ」
「冬島だって星くらい見れただろ?」
「冬島の空はいつも厚い雪雲に覆われてたから、こんなにいっぱいの星はじめてだ!」
「こっちは寒すぎて星なんか見てる余裕ねェぜ。サンジはおれたちにジンジャーティー淹れてくれねェしよお」
「だから後で淹れてやるって言ってんだろ。ちったァ待つことを覚えろ」

サンジの怒りから逃げるように、少し離れた場所で背中をくっつけて座っていたゾロとチョッパーの元へと駆け寄ったウソップはぎゅっと自分を抱きしめるようにして座り込んだ。
彼の隣で爛々とした丸い瞳に星を集めているチョッパーは一人だけ、この寒さがこたえていないようで背筋もピンと伸ばされている。

「おれ、暑いのはダメだけど寒いのは平気なんだ」
「おめェがあったけェもん着てるからだ」

えへへ、と笑うチョッパーをぎゅうっと抱きしめてみるとふわふわぬくぬくな体温が伝わってきて、たまらずにウソップは頬擦りをする。あああったけェ!と歓喜をあげるが、「コラ!寄るな!」と肘で顔を押されてしまう。

「おめェがもこもこしてっからだ」

無理矢理剥がされたウソップはじっとりとした瞳をチョッパーに向けると、昼間と同じセリフを彼に投げる。すると当然チョッパーも同じ反応を見せ、「トナカイをバカにすんな!」と身体を大きくさせて威嚇を見せると、じっと目をつむっていた後ろのゾロがふっと「チョッパー、デカくなるな。あったかくねェだろ?」とこぼし、「やっほー!あったけェ!」とルフィ。こちらもデジャブなやり取りで彼を元のサイズに戻らせ、男子四人ぎゅうっとくっついて暖をとりはじめた。
その様子を「むさ苦しいことありゃしねェな」とサンジが火を突きながら見つめている。

お肉が焼けるまでの間、寒さにも慣れ暇を持て余したビビが思い立って腰を上げた。
ぎゅっとお互いに密着していたアリエラがふいと顔を持ち上げたが、彼女の向かって行った先にエースを認めてすぐに焚き火に視線を移し、ナミと談笑をはじめた。

「…びっくりされたんじゃないですか?」
「ん…?」
「ルフィさんのこと」

ひとり、遠くで揺れる炎を見つめていたエースの視界の端で水色の髪の毛が揺れて、はっと目線を上げるとすぐに彼女の凛とした声が届いた。
ばっちり目が合うと、彼女は嫋やかな笑みを描き、続ける。

「私も最初はびっくりしたんです。ルフィさん、船長らしくないっていうか…海賊の船長は尊敬されているのが普通だし、昼間のことだってちょっと水飲んだくらいであんなに喧嘩して…。でも、ずっと一緒にいる内にわかってきたんです」
「…あれがルフィのやり方だ」
「え…?」
「ガキの頃からちっとも変わっちゃいねェ。あんな風だけど、ルフィの周りにはいつも人がいた。我が弟ながら魅力のある奴だ」

ぱちぱちと数度瞬きを繰り返して、それからビビはほっと安堵をこぼした。

「なんだ…分かってたんですね」
「あいつとは長い付き合いだからな。だが、ありがとな」
「え?」
「おれが気にしてると思って話しかけてくれたんだろ」
「ええ。でも、取り越し苦労だったみたい」

和らいだビビの笑みにつられて、エースも優しく口角を持ち上げた。そして、胸の内で感心する。正確な歳は分からないが、おそらく彼女は自分よりも年下だろう。国の暴動の心配の中、おれのことまで気にかけてくれるなんざ、ずいぶんとお人好しっつーか…いい王女だな。と、そう思わずにはいられなかった。



TO BE CONTINUED 原作162話-97話




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