131、海の冒険


「すっげェなァ〜! やっぱり海ってでっけェなァ〜ッ!」
「そうだ。そのでっかい海を冒険するのが海賊だ!」
「そっか…海賊ってやっぱすげェや」

チョッパーが仲間になった翌日、夏の煌びやかな日差しが海面に反射している海域に踏み入れたメリー号はぽかぽか気候に包まれ航行中。

夜間のうちに夏島に入ったようで、蒸し暑さに目を覚ました。コートやマフラーをしまって、スーツ姿のサンジ以外は半袖で過ごしている。午前中のうちに昨日の宴で汚れてしまった甲板掃除と洗濯を済ませて、今はみんな自由に過ごしていた。

ゾロとサンジとウソップは船尾甲板でトランプ中、ビビはマストに寄りかかって本を読んでいて、ナミとアリエラはアイスティーを飲みながら海図と航海日誌をパラソルの下で綴っている。みんな好きに過ごしてるんだな…。と感心していたチョッパーは、ルフィに誘われてメイン甲板の右舷欄干で大海原を眺めていた。

夏の日差しがこんなにも降り注ぐことも、海がこんなにも輝くことも、海賊がこんなにも自由なことも、冬島から出たことなかったチョッパーは知らなかった。
目にうつる全てが新鮮で赤子のように世界に興味を示していた。その小さな後ろ姿を見てナミと顔を見合わせにっこり微笑む。あんなにも無垢な男の子が、実は医者なんてあまりのギャップだ。
今朝もナミの診療をしてお薬を飲ませていた。おかげでぶり返すこともなくナミはすっかり元気を取り戻していた。今日一日安静にしていたら完治する見込みだという。

「うふふ、かわいいわね」
「そうね」

さらさら羽ペンを動かすアリエラにナミも頷いて海図に視線を戻す。
それから前に広げられているノートを見て感心をこぼした。丁寧にイラストを添えられてよりわかりやすくなったそれはルフィでも分かりそうなもので、それをこぼすとアリエラは楽しそうに笑い声をあげた。

その時、ふっと太陽が影ってメリー号は陰影に包まれる。ばさっと風を切る音がチョッパーの耳に届き見上げてみると巨大な白鳥が気持ちよさそうに空を飛んでいて、わ、と声をこぼす。

「なんだあれ〜!」
「あれはカモメだ!」
「あんな大きなカモメはいないわよ」
「わあ、かわいい鳥さんね」

楽しげにつぶやいたルフィにナミは呆れ目を流して肘ついて手を顎に乗せた。アリエラは羽ペンを置いて鳥に夢中だ。かわいいってあんた…そんな暢気な大きさじゃないでしょ。と言いたげに瞳を目前の彼女に向ける。

「お〜いっ!」

好奇心旺盛、楽しいこと珍しいこと大好きなルフィは欄干から降りて大空に声を投げると人の声を察知した鳥は首を動かし、つぶらな目を麦わら帽子に流す。

「あー! やっぱカモメだ! ほら見ろよアリエラ!」
「きゃあっルフィくん! 見ている場合じゃないわ!」
「あんたが呼ぶから来ちゃったじゃない!」
「すっげェ〜ッ!!」

低空飛行をはじめた鳥にアリエラとナミはあわあわしているのに対比するように、ルフィとチョッパーは目を輝かせて真横まで降りてきた鳥を見つめている。ルフィをまじまじと見つめた鳥は彼を嘴に挟んでまた上空していく。

「あっルフィが!」
「ルフィく〜ん!」
「ちょっと食べられてんじゃないわよ!!」
「やっふ〜い!!」

チョッパーの上擦った声でルフィが連れて行かれたことに気づいたアリエラとナミはあんぐりと大きく口を開けて、ほっぺたを両手で包み込んでいる。それ以上に慌てたチョッパーはルフィを助けねェと!と船尾甲板まで走っていき、トランプで白熱戦を繰り広げているゾロたちに「大変だ!」と声を投げる。

「ルフィが食われちまったんだ! 大変だ!」

円になるように座っている三人の周りをくるくる回って、ぎゃーっと叫びながら助けを求めるが「へえ」と三つ低くこぼされただけで視線も意識も依然己の手札に注がれている。

「そんなことしてる場合じゃないだろ! ルフィが大変なんだ!」
「助けてくれっつったか?」
「いってない」
「なら問題ない。ほっとけよ」
「ええ…、」

そんな薄情な。と動きを止めてゾロに目を向けると、彼とそしてサンジがふいと顔を持ち上げた。今まで周りで騒いでも一ミリもカードから目を逸らすことはなかった二人が注目しているのは、ふわりと水色のスカートを靡かせたアリエラだ。
誘われるようにチョッパーもまんまるを彼女に向けると、にっこり華やぐ笑顔を浮かべた。

「大丈夫よ、トニーくん。心配しないで」
「でも…、でも連れて行かれたらどうするんだ?」
「大丈夫よ、ほら」

空高くに向けた白魚のような指を追ってみるけれど、やはりルフィは鳥に食べられたまま。だけど、恐怖は一切浮かべていなく、逆に楽しそうな笑い声が聞こえてくる。え、と首をかしげるチョッパーにふふ、と笑みを浮かべると影が少し晴れてくる。
流石に遠くに行かれたらまずいと思ったルフィは、ここで鳥に攻撃を仕掛けた。
「ゴムゴムのプロペラ!」と大空で弾けた次の瞬間、ルフィは巨大な鳥と共に船尾甲板に着地し事なきを得た。が、

「きゃあっ!」
「わわっ!」

高い場所から100キロを超える重量が落ちてきたメリー号は左右に激しく揺れて水飛沫をあげ、アリエラとチョッパーは尻餅をついて、座ってたゾロたちも身体を伸ばしてうつ伏せに倒れてしまった。

「お〜い、サンジ! 肉獲ってきたぞ! …なんだ、寝てんのか?」
「「お前のせいだよ!!」」

呆れたようなルフィの声に見事三つの低音が重なって彼を突き刺した。あれー?と首を傾げているルフィにアリエラも「もう、濡れちゃったじゃない」とむっすり頬を膨らませている。

「おいルフィ! おれいい手だったんだぞ、ったく〜」

散らばったトランプを手で集めながら唇を尖らせているウソップだが、不調だったサンジは「運が悪かったな」とにやっと笑い、煙草に火をつける。

「おお、こりゃすげェな。アリエラちゃんの大好きな唐揚げにしようか」
「…この鳥さん美味しいのかしら?」
「おれの手にかかれば問題ないさ。アリエラちゃん、あのクソゴムのせいで全身濡れちまったな。着替えておいで」
「あ、サンジくんありがとう大丈夫よ」

わざわざジャケットを脱いで肩にかけようとしてくれたサンジにお礼を言って、首を振った。女子部屋まですぐそこなのに彼はなんて気を遣える男性なのかしら、と感心してしまう。その様子をゾロはじっと見つめて、それから立ち上がる。

「アリエラ、タオル取ってきてやるよ。おれも濡れちまったしな」
「それなら倉庫まで一緒にいきましょう。ふふ、ほんとゾロくんちょこってした前髪から雫が垂れているわ」
「ああ、鬱陶しいんだ」

アリエラと会話をしながらサンジの隣を通り抜けると、すうっと優越感に包まれて口角を持ち上げる。紳士に振る舞ってないで、こう強引に連れて行かねェとこいつは頷かねェだろ。
その言葉が心のうちから伝わったのか、サンジはすっと目を細めて紫煙を燻らす。

「ほらちょっとあんた達! この船はもうすぐアラバスタに着くのよ? 遊んでいる暇はないわよ」

けれど、入れ替わりに上ってきたナミにもやっとした気持ちは少し晴れてサンジは笑顔を浮かべてご機嫌に「はあ〜い!」といい返事を向けるけれど、ナミには勘付かれていて。困ったように眉を下げてサンジを見上げるから、胸がズギュンと搾り取られるようなときめきを抱いた。

「えッナミさんどうしたの!? まさかおれにき、気があるんじゃ…っ」
「一ミリもないわよ」
「きっぱりなナミさんも素敵だァぁア!」
「口出すなんて自分でもどうかしてるって思うけど、サンジ君。紳士すぎるのはよくないと思うわ」
「…うん、ゾロの奴にも言われたよ。おれもそう思ってるから…これから彼女に色々アピールしていこうと思うんだ。ありがとう、ナミさんは天使のように優しいなぁ。おれの心配してくれたなんて」
「そりゃああんな傷ついた顔されちゃ誰でも気づくわよ。ねえ、ウソップ」
「ひッ! し、知りません、おれはな〜んにも知りません!」

サンジの後ろにいたウソップはびくっと肩を震わせて、ルフィの背中を押してメイン甲板に降りていく。ウソップに気づかれているという事実に少し顔を赤くしているサンジのその様子にナミは「うわあ、口説くのに慣れてるサンジくんもそんな顔するのね」と意外さに、それほどアリエラに惚れているのだと汲めてナミはふふふ、と笑みを浮かべながらウソップたちの後を追う。

「…クソ、あの野郎気づいてたのかよ」

恥ずかしさに金色の髪の毛をぐしゃっとかいて、短くなった煙草を携帯灰皿に押し付ける。いつから気付きやがった…と想像してみるけれどアリエラは唯一本気なレディなためにそれを知られるのが何だか恥かしくて仕方がなく、変な気持ちになってしまう。クソ、あの野郎…とぎゅうっと拳を作るけれどバレてしまったものはしょうがない。落ち着かせるためにまた煙草に火をつけて肺にたっぷりとした紫煙を送った。

サンジがメイン甲板に集まったところで、アリエラも女子部屋から着替えて戻ってきた。今度は白いフリルのワンピースだ。

「(ふわふわした雲みてェ…)」
「(うわぁ、新しいお洋服もクソ可愛いな…まるで女神であり天使だ、ほんっと可愛いぜ)」

じっと見惚れてしまったゾロとサンジの視線に気がついてアリエラは、えへへと可愛らしい花のような笑みを浮かべるから二人の思考は愛に固まってしまう。ナミはそんな甘い雰囲気から現状に取り戻すために咳払いをすると、二人なんでもないような顔をしてギンガムチェックのキャミソールを着ているビビに視線を向けた。チョッパーも仲間になったことだし、これから一連の整理をするのだ。



「アラバスタって?」
「ビビのお父さんが治める国よ」
「今、クロコダイルっていう奴が乗っ取ろうとしてるんだ」

先日、仲間になったチョッパーは国の名もどういった経緯でそこを目指しているのかも全く分からずにこてりと首を傾げている。ナミとウソップに顔をあげて、へえ…とこぼしちょこんと甲板にお尻をつける。大まかなことは把握できたが、気になるとことはまだまだたくさんある。

「クロコダイルって七武海の一人なんだよな」
「七武海?」
「奴らは世界政府公認の海賊なんだ」
「世界政府!?」
「ええ。この大海賊時代、あちこち海賊が蔓延っているでしょう? だから、抑止力として強〜い海賊を立てているの。ほら、強くて知名度のある海賊を政府につけると海賊は下手に悪さできなくなるでしょう?」
「なるほどなぁ〜」

アリエラの説明を受け、だから奴らは圧倒的に強ェんだ!と腕を組むウソップにチョッパーはそんな強ェ海賊がいるんだなぁ〜と感心を向けている。やっぱり海って広くて知らないことばかりだ。とこれから訪れる幾千の冒険にときめきが止まらないようだ。その隣でルフィもきらりと目を光らせた。

「クロコダイルか〜! 早く会ってみてェなあ〜」
「クロコダイルはアラバスタの英雄なの。町を襲う海賊を潰してくれるから…。でも、それは表の顔に過ぎない。奴は陰で糸を引いてアラバスタに内乱を起こしているの。アラバスタを乗っ取るために…そのことに誰も気づいていないのよ」
「よし、とにかくクロコダイルを倒せばいいんだな!」
「ええ。まずは内乱を止めて国からバロックワークスを追い詰めなきゃ」

ぎゅうっとこぶしを握りしめて俯くビビにナミとアリエラは柳眉を下げた。
アラバスタに無事に送り届けただけではビビの悩みの種が癒えることはない。
アラバスタに立ったとき、彼女の戦いの火蓋が落とされるのだ。もう何日も一緒にいる彼女の強い想いは知っている、苦しいほどに伝わってくるからその苦しみをどうか取り除きたいと誰もがひっそりと思っていて、アラバスタについてからの行動は誰も口にしていないがそれぞれ同じことを頭の中で考えていた。
そうして、ゾロが顔を持ち上げてサンジがふう…と紫煙をゆったり吐く。

「バロックワークス社員の最後の大仕事がアラバスタの乗っ取りならば…」
「そのオフィサーエージェントとやらはアラバスタにずらりと集結する…」
「ええ」

真剣な面持ちでこっくりと頷く彼女にチョッパーとルフィ以外は全員同じ想いを向けている。
じゃあ、そのオフィサーエージェントをおれたちがどうにか──。
言外に伝わってくる仲間の想い。それをチョッパーも空気で感じ取っていると、ルフィがのほほんと笑みを浮かべた。

「じゃあ、クロコダイルってやつをどうにか──」
「もういい。てめェは黙ってろ」

やっぱりボスを倒すこと以外は何一つ理解していなかったルフィにサンジははあ、と重たいため息と一緒にこぼしてストップをかけた。


TO BE CONTINUED 原作154話-91話



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