127、月と海賊


『おれは桜を咲かせる。おれの研究が完成すればこの国は救われるんだ! おれはいつか医者としてこの国を救ってみせる!』

ルフィから逃げ切って、お城の屋根に腰をおろしているチョッパーの脳裏に浮かぶのは、初めて愛を持って接してくれた恩人であるDr.ヒルルクの姿。

『お前はいつか海に出ろよ、チョッパー。お前の悩みがいかに小せェかわかる!』

生まれて初めて希望と夢をみせてくれたことば…。
ぴゅうぴゅう吹きすさぶ風にさらされながら、恩師との日々を追憶する。
あの日から…おれの夢は──。

「あーっ、トナカイみっけ!!」
「…! うぎゃああーーッ!!」

どこからか背筋をぞわりと這わす声が聞こえてきて、くるりと首を回しているうちにその主、ルフィを見つけびくんと飛び跳ねながら慌ててお城の屋根から飛び降りて、小さな森林をひたすら逃げ回っていく。


「う…ッ、」
「大丈夫? ドルトンさん!」
「ここ、お医者様がいらっしゃるのよね。診ていただかなくちゃ」
「ああ…、大丈夫。ちょっと気が抜けてしまっただけだ…少し休めば治る」

膝をついて渋い声をこぼしたドルトンは、眉を下げて駆け寄ったビビとアリエラに弱々しい笑顔を浮かべて首を振った。その時、魔女のような笑い声があたりに響き渡った。追うようにそこに視線を合わせてみると、

「おい、お前たち!」
「ん?」
「「ど、Dr.くれは!!」」

お城の前にサングラスをかけた彼女が笑みを浮かべて立っていて、一同は瞠目して数歩下がった。彼女の誤解を解いたあとなのだが、これは条件反射のようだ。ゾロは、その“魔女”の姿にあ、と眉をひそめている。

「ハッピーかい? ガキ共! その怪我人を連れて病室へ入りな」
「まあ、あなたがドクトリーヌ様…! 素敵な女医様だわあ、かっこいい… ナミは無事なんでしょうか…?」
「おやおや、可愛いお嬢ちゃんだねぇ。ああ、あたしの薬を飲ませたからね。もう大丈夫無事さ。金髪のガキも含めてぴんぴんしてるよ」
「よかったぁ! 本当にありがとうございます…、」

お医者様のお墨付きならもう問題ないだろう。アリエラは目尻に涙を浮かべて、ビビと手を合わせてきゃあっと喜んでいる。その姿に心配していたウソップもふっと笑みを描いた。ただ、ゾロだけは数時間前を思い出してドクトリーヌに怒りを沸騰させていて。

「てめェー! あん時のクソババア!!」
「…フン、またお前かい。何度言わせる気だい!」
「うぐッ!」
「えッ、Mr.ブシドー!?」
「殴られて当然だわ。こんな素敵なお姉さまにそんな言葉を向けるなんて!」

ごつん、と強烈な拳が脳天に落ちて、ゾロはあまりの痛みにしゃがみ込みうずくまる。
このババア…相当歳食ってんだろ? 腕力ナミと変わらねェぞ、とジンジンぐわりぐわり揺れる脳にビビの優しい声が降り注がれるが、ゾロにとってこの世でもっとも綺麗な音はぷりぷりしていた。


ドクトリーヌが立っている数メートル後ろのお城の囲いの下には、しゃがみ込んだナミとサンジの姿があった。

「ナミさん、やっぱりちゃんと治してもらった方がいいぜ」
「黙って。今抜け出さないとアラバスタの出航が二日も遅れるのよ? あんたこれ以上ビビの苦しむ顔見たいの?」

こそこそ小さな声で囁きあっていたのだが、

「しのごの言ってないであんた達も病室に戻りな!!」
「「ぎゃーーーッ!!!」」

ひと蹴りで囲いのブロックを崩されて、ナミとサンジは驚きと恐怖に重なった絶叫を暗くなってきた空の下に響かせた。そのまま流されるように二人は病室に飛んでいき、ドルトンも言われるまま村人たちに支えられて、お城の中へと入っていく。

「おお、こりゃ上質な雪だな。アリエラ、雪だるま作ろうぜ。すげェ雪だるま作ってくれよ」

コロコロ雪を転がしている、うきっとしたウソップの声が背中に届いて、アリエラははっとする。ナミの無事に心底安心したのだろう。肩の力はすっと抜けていて、くるりと振り向いた表情は幸せそうだった。

「わたし、ナミのところ行ってくる」
「……おう、行って来い」
「よかったなァ、アリエラ」
「私も行くわ、アリエラさん」
「うん、一緒にいきましょう」

初めて対等に接してくれた女の子であるナミが心の底から大好きなアリエラは、ナミナミといつも彼女と一緒だから、無事なのが本当に嬉しいのだ。ゾロとウソップに背中を押されて、ビビとともに浮き立った足取りで大きなお城の中へと入っていった。


   ◇ ◇ ◇


「うえぇぇん、ナミぃぃいいっ!!」

病室にたどり着いて、ベッドの上に座っているナミを認めると、アリエラはぼろぼろ涙を流しながら彼女の少し痩せた体に抱きついた。ふわりと香るみかんの匂いが、どこか懐かしくさえ感じてしまう。抱きつく彼女にナミは笑いながら、「心配かけたわね」と背中をさすっている。

「ナミさん、熱はどう?」
「おかげさまで」
「ほんとうによかったわぁ、ナミっ」
「あんたは大袈裟ねぇ。でも嬉しい、ありがと」
「えへへ、お礼はルフィくんとサンジくんに…あれ、そういえばサンジくんも無事って何かあったの?」
「私も分からないんだけど、サンジくん背中やっちゃったみたい…」
「ええっ!?」

あそこにいるわよ。とナミが指をさしたのは、ベッドの先にある扉の向こう。
アリエラとビビの声が響いているのに一向に声をあげないのは、ドクトリーヌの手術を終えたばかりで気を失っているからだ。

行く前に約束してくれたサンジにお礼が言いたく、そしてやっぱり心配が強くてそっと扉を開けてみると上半身裸のまま、四肢を拘束されうつ伏せに寝かされているサンジの姿が手術台にあった。

「さ、サンジくん大丈夫…?」
「ん……、女神がおれを、よんでいる…?」

鼓膜を揺さぶった麗しき声はまどろみのサンジを恍惚とさせる。

ああ、この声は確かに女神だ…愛おしい女神アリエラ様だ──。え、アリエラ、アリエラちゃんの声!?

うっとりしていたが、唯一本気の愛をしている相手にこんなみっともねェ姿!とまどろみを掻き消して、体を持ち上げようとしたが、背骨はまだ癒えておらずにグキッとひどい音を鳴らして呻きをあげた。

「きゃあっ、サンジくん大丈夫!?」
「あ…、ああ…っ、う、すまねェアリエラちゃん…。こんなみっともねェ姿を見せちまって…、」
「そんなことないわ。サンジくん、ナミとルフィくんを守ってくれたのね…」

手術台に近づいて、眉を下げるアリエラにサンジは目を逸らしたくなった。
そんな顔をさせたかったわけじゃない。ほんとうならば、笑顔で「アリエラちゃん、ナミさんを無事にお医者さんに診せることができたぜ」って言うつもりだったのに、なんて情けねェ姿晒してんだ、とぎゅっと拳を握りしめる。

「サンジくん約束を守ってくれて本当にありがとう。サンジくんにとってもナミは大切な人だから当たり前のことでしょうけど、それでも本当にありがとう」
「……こんなつもりじゃなかったんだ」
「え?」
「ナミさんが無事なのはこの上なく嬉しいし安心したが、おれ途中から意識がねェんだよ。雪崩がきて、それから記憶を失って気づいたらこのベッドの上に寝てたんだ。隣にはルフィがいてね。目が覚めた時に思ったよ。ああ、ナミさんの騎士にはなれなかったなって。…アリエラちゃんとの約束守れなかったなって」

ぽつぽつこぼされる心地の良い低音は覇気がない。本当に落ち込んでいるサンジの姿にアリエラの胸は痛む。さらりと流れてる前髪のせいで表情がよく見えないけれど、気に病んでいるのは確かなようで、ゆっくりとしゃがみこむとサンジは少し身じろいだ。

「そんなこと思わないの、サンジくん」
「だがよ、」
「サンジくん、気を失う前に何をしたのか覚えてる?」
「雪崩に巻き込まれねェよう…ルフィを誘導して高台に登ったんだが、高さが足りねェで流されちまって…ナミさん背負ってるからルフィに傷をつけるのはアウトだったから、おれが折れた木の根元にぶつかって…、それからの記憶がねェんだ。まだ登る前だぜ? だせェだろ。もっと鍛えてりゃ違ったのかもなって──!」
「サンジくん…あなたは全然ださくなんてないわ」
「ん、ん?」

しゅんと深いまぶたを閉じるサンジに、アリエラはもうこれ以上言わせないように彼の口に小さな手を押し付けた。突然触れた小さくて柔らかな手のひらに、サンジの胸はどきりとふるえる。

「誰かのために痛みや苦痛を耐えることって誰でもできることじゃないわ。飛び込んでいけたサンジくんがいたから、ルフィくんとナミはここに無事に着いたのね……本当にありがとう、サンジくん! やっぱりあなたは誰よりも優しくて強いわ。あなたがついてくれていて本当によかった」
「…アリエラちゃんには…そんな…できた男に見えるのかな…、」
「ええ、そうにしか見えないわ。サンジくん、優しすぎて心配になるけれど…そんなサンジくんだからわたし安心して待っていられたの。きっとナミもそうよ」
「…はは、そうだったら嬉しいな、」
「うん、絶対そうよ」

一瞬、ちらりと覗いたアリエラの瞳はキラッキラに輝いていて、その目を向けているのが自分なんだと思うと、どうしてかもう一生思い出す事のなかった兄や弟のことばが頭の中で反響した。別にもう気にしていなかったし、思い出すこともなかったのだけれど。その優しいひかりが過去の自分を抱きしめてくれているようで、その愛のことばを向けられたのはあの日以来初めてで、じわりと涙が目尻に浮かぶ。最近、彼女に泣かされてばかりだな。とほとほと自分に呆れてしまうし、彼女にだけはこんな姿を見せたくはない。

「サンジくん寒そうね。毛布持ってこなくちゃ」
「大丈夫だよ、ありがとう。アリエラちゃん、おれよりもナミさんのそばにいてあげてくれ」
「そう…? うん、ナミほんとに治ってよかったわっ!」

はあ、と息を吐けば白い靄が確認できるほどに気温が下がっている部屋だけれど、今のサンジにはこの寒さが心地よかった。普通にいつも通りの声をこぼせたから、アリエラは不審に思わずにお部屋を出ていったが、サンジは危ねェ。と胸の内で吐いて手術台の枕を濡らした。


「ナミ、温かいお茶はいらない?」
「ええ、大丈夫」
「アリエラさん、ナミさんの熱が37度に戻ったの」
「わあっ、嬉しい!」

約三日間の間、39度以上を記録していたためにビビときゃあっと手を合わせて喜んでいると、ドルトンの治療を終わらせたドクトリーヌが棚から取ったお酒をぐびぐび飲みながら、包帯を巻き終えたばかりの彼に視線を流した。

「さて、ドルトン。この城の武器庫の鍵ってどこにあるんだい?」
「ん…武器庫? 何故あなたがそんなものを?」
「どうしようとあたしの勝手さ」
「…あれはワポルが携帯していたのでもしかするとワポルと共に空へ…」
「なに? それは困ったね」

眉を下げて腰に手を当てるドクトリーヌの声に引かれ、ナミは潜っていた体を起こして、彼女に視線を投げた。

「ドクトリーヌ。うちのクルーの治療代なんだけど、全部タダにしてくれない? それと、私を今すぐに退院させてほしいんだけど」
「それは無理な頼みだと分かって言ってみただけかい? 治療代はお前達の船の積み荷と有り金全部だ。お前はあと二日はここで安静にしててもらうよ」
「ナミさんそうよ、ちゃんと診てもらわなきゃ!」
「ナミ、病気は厄介なのよ? またぶり返しちゃうかもしれないし…」
「平気よ。だって死ぬ気しないもん」
「それは根拠にならないわよ…」
「ナミ、最近ルフィくんに似てきたとこあるわよね」
「そう? 私はあんな単純バカじゃないわよ」

けらりと笑うナミの肌色は、確かに随分と健康的に戻っているけれど、アリエラの言う通りに薬で抑えているのだろう。二人は心配そうに眉を下げているが、反対にドクトリーヌは釣り上げている。そんな彼女にナミは商談を持ちかけた。細い指に引っ掛けたキーリングをくるくる回して、ニヤリと小悪魔のような笑みを浮かべる。

「武器庫の鍵。必要なんでしょ?」
「…! キミがどうして武器庫の鍵を!?」
「本当なのかい? どういうこったい?」
「スッたの

えへ、と舌を出すナミはとびきり可愛いけれど、ドクトリーヌはそれでは揺らぎはしない。コツコツブーツを鳴らしながらベッドのもとへ足を向ける。

「このあたしに条件を突きつけるたァいい度胸だ。本当に呆れた小娘だよ!」
「ふふふ」
「いいだろう。治療費はいらない。ただ“それだけ”だ。もう一方の条件は飲めないね、医者として」

鍵を奪い取ったドクトリーヌは背を向けてドアの方に向かうから、ナミはむっと瞳を尖らせた。

「ちょっと待って! それじゃ鍵は渡せないわよ、返して!」
「いいかい? 小娘!」

ジャケットを羽織りながら、ナミの糾弾を耳に留めていたドクトリーヌは勢いよく振り返って、強い口調をナミに向けた。腹の奥から搾り出された声は、威圧感が強くてナミはびくりと肩を震わせる。

「あたしはこれから用事があって部屋を開けるよ。奥の部屋にあたしのコートが入ってるタンスがあるし、別に見張りを立ててる訳でもない。それに背骨の小僧の治療も終わってんだ。いいね、決して逃げるんじゃないよ!」

指をさしてきっぱりと言い放った言葉に、ナミだけでなくアリエラとビビもドルトンも村人達も、呆然と彼女を見つめていた。ばたりとドアが閉められると同時に全員ほう…と息を吐く。

「お前達ちょっと来な、力仕事だ」

数秒後、戻ってきたドクトリーヌはドルトンの周りに腰を下ろしていた村人達を呼んで、ナミからもらった鍵をくるくる回しながら武器庫を目指し、階段を降りていった。どんどん遠くなるヒール音にナミは困ったように眉を下げて、アリエラとビビの顔を交互見る。

「コート着てサンジ君連れて今のうちに逃げだせって」
「私にもそう聞こえた…」
「ええ…。素敵な方ね」

ナミのことが心配だけれど、医者のオッケーが出たからもう危機はすっかり乗り越えたのだろう。ベッドから抜け出したナミが奥の部屋にコートを取りに行ってる間、アリエラがサンジに声をかけた。アリエラの声に涙を呑み込み、歓喜して体を起こそうとしたとき、術後の激痛が背中に走ってうめきを響かせて、そのまま気を失ってしまった。

「きゃあっサンジくん!」
「サンジさん大丈夫!?」
「無茶するからよ」

黒いモコモココートを着込んだナミは、サンジの気絶した痛そうな顔見てやれやれと呆れ混じりのため息を吐いた。
アリエラとビビで彼の拘束ベルトを外し、立てないだろうからこのまま寝た状態で運ぶ案を選んだのだけれど…。

「んんーっ、サンジくん細身な方だと思ってたのに…重たいわ」
「そりゃそうよ、男なんだから。あんただけの力じゃ無理よ」
「私も手伝うわ、アリエラさん。ナミさんは病み上がりだから安静にしてなくちゃ」
「そ? ありがと」

二人がかりでなんとかサンジを手術台から下ろして、ビビがわき、アリエラが脚を持って浮かせてみるが片方に30キロ以上の負荷がかかっているため、女の子がとても運べる距離ではない。この美少女三人が囲っている姿を見たらサンジはまたメロリンに暴れ出しそうだから、今は起きないことをただ願う。
やはりこのまま運ぶには重たいから、右足首をアリエラ、左足首をビビが持ち、サンジを引きずる形でルフィ達の待つ外を目指していく。


その頃にはもうすっかり月がのぼっていて、鮮明な明かりが雪の上を照らしていた。
雪国は空気が澄んでいる分、満天の星々に月がキラキラしていて、いつもの海の上と比べて夜がずいぶん明るく思えた。

「まだ追いかけっこしてんのか? ルフィの奴…もう諦めろよなあ、ゾロ。って寝てるし」

雪の上にあぐらかいて腕組んで眠っているけれど、冷たくはないのだろうか。
じっとりとしているウソップ達からは見えない場所に位置する屋根の上で、チョッパーはゆっくりと腰を下ろした。

「はあ、はあ…。随分逃げ回ったな。いつの間にか夜だ」

あれからずっと1時間以上追いかけっこしていたから流石に疲れたチョッパーだったが、そのままうまく影に隠れることができて、そのまま器用に屋根までのぼったのだ。吹き付ける風がチョッパーの毛並みを攫っていく。ちょこんとした耳をぴくぴくさせて、音を聞き取るが何にも掴めなくてほっとした。

「もう声もしないし行ってしまったみたいだな、あいつ。…これでよかったんだ。ここを出ていくなんて、おれには……」

まんまるなお月様を見上げてみる。この曇りのない月は雪国の名物でもあった。いつも通りの月、いつも通りの静かな夜。もう行ってしまったみたいだし、部屋に戻らなきゃ。そう、腰をあげた時。

「おい、トーナーカーイー!!」
「えっ!?」
「一緒に海賊しようよっ!」
「うそ…! あいつ、まだおれのこと探してるのか!?」

かけっこがはじまってからもう何時間も経過しているのに、また夜空に響いたルフィの声にチョッパーは瞠目して息を飲んだ。屋根からそっと飛び降りて、のぞいて見るとルフィは困ったように辺りをキョロキョロ見渡している。

「おい、ルフィ。もう諦めろよこんだけ探しても出てこねェんだ」
「海賊なんてなりたくねェんだよ、あいつは」
「それは違うぞ! おれはあいつを連れて行きたいんだ!」
「だからそれはお前の都合だろうが!!」

むっすりした顔をゾロに向けるから、彼はぐわっとツッコミを入れるがルフィは聞く耳持たずだ。また駆け出してしまいそうな彼と彼らの言葉に、チョッパーの胸は揺れ動く。

──おれだって行きたくないわけじゃ…、

「おいっ、トナカイ!!」
──行けない…行けないんだ! おれはあいつらと違う…っ!

だから、別れを言いに行かなくちゃ。
ドキドキした胸のままそっと姿を見せると同時に、サンジを引きずったアリエラ達もお城から出てきた。チョッパーを見つけた途端に「ああっ」とアリエラはキュルンとした声をあげる。

「チョッパー…」

彼の過去と気持ちを知っているナミは、眉を下げてぼそりと名をつぶやく。
きっと今、必死で別れを告げに来たのだろう。と思うと胸が痛くて瞳を細めてしまう。

「なあ、お前もこいよ!」
「…無理だよ、」
「無理じゃないさ! 楽しいのに
「だって…、だって、おれはトナカイなんだ! 蹄だってあるし、ツノも生えてるし、青っ鼻だし…。そりゃ海賊にはなりたいけど…おれは人間の仲間じゃないんだぞ…! バケモノだし…! おれはお前たちの仲間にはなれねェよ」

彼らを見てしまったら、もう戻れなくなる気がして。チョッパーは駆け出してしまいそうな足を抑えて首を下げ、もう一度小さな口を開いた。

「だから…だから…、お礼を言いにきたんだ。お前たちには感謝してるさ。誘ってくれてありがとう…。おれはここに残るけど、いつかまたさ…! 気が向いたらここへ遊びに──」
「うるせェ! 行こう!!」

ずっと耳を傾けていたルフィは彼の言葉を遮って、もう一度最後の勧誘を小さな船医に投げた。行けない理由を語った上での、それを聞いた上での、腕を引っ張るような力強い勧誘。
ルフィのことを、「バケモノさ!」と笑ったサンジのことばが蘇る。
そして次に浮かぶのは“仲間”ということば。
ずっとずっとチョッパーが願っていたそれは、思いもよらぬ形で半ば強引に叶ってしまった。

恐る恐る顔を持ち上げて見ると、両腕を天に突き上げてキラキラの笑みを浮かべてるルフィ、「うるせェって勧誘があるかよ」と呆れてるゾロ、困ったように眉を下げているウソップ、優しい笑みを浮かべている女性三人が目に映る。
誰もが全員、怖がっている様子も見せずに嫌な顔すらしていなく、腕を広げてくれていて、チョッパーはうう…、とうなりをこぼす。

「うっ…、うう…っ、うおおおおッ!!」

こんなにも暖かな心を持つ人たちは、ドクターとドクトリーヌ以来初めての出会いだった。
生まれた時から鼻が青い。ただそれだけの理由で除け者にされ、バケモノと云われ、銃を突きつけられ、生まれた時からドクターに会うまで拒絶しか知らなかったチョッパーはこんなにも大勢の者に笑顔を向けられ、腕を広げてもらったのは生まれて初めてのことだった。

ずっとずっと憧れ追い続けた夢がいよいよはじまるんだ…。大きな泣き声を寒空の下に響かせながら、チョッパーは麦わらの一味の輪の中にそっと、足を踏み入れた。


TO BE CONTINUED 原作152話-90話





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