126、国の心


「こんな所からロープが引かれてるとは思わなかった」
「村の青年が偶然見つけたのだ」

ドルトンの意志を汲み、ギャスタの外れまで赴いた村人はこれまで知らなかった場所に一本太い線が張られていることにたいそう驚いていた。一人の男性がそばにある空の一軒家を不思議そうに見つめて、はっと目を見開き言った。

「ここは昔、Dr.くれはの家だった場所じゃないか」
「なるほどな。やっぱりこれは彼女が張ったのか…」
「おれ達がいつでも診療できるように…配慮したってことか?」
「…ああ、そうなるな」

この国に残ったたった一人の医者Dr.くれはは、変わり者で関わったらとんでもないことになる、と恐れていた人々だったが、それも見当違いだったようで、ずきりと良心が痛んだ。ワポルに抵抗し、意地でもここに残っているということは、彼女もまた国を守っていた者の一人だったのだ。


新たに芽生えた思いを抱きながら、海賊とともに村人たちもロープウェイに乗り込んでいく。

「まあ、かわいい

キノコの傘がついた剥き出しのそれにアリエラはごきげんだ。
ゾロがドルトンをその床に置きと、彼は心のそこからゾロとウソップに感謝を向けた。途中で断念したウソップは数メートルも運べていないがな。というと、その気持ちが嬉しかったのだ。と笑みを浮かべられてむず痒い気持ちになったのか「えへへん!」と胸を張りつつそっぽを向いた。

このロープウェイは人力で動くらしい。前後に自転車のようなペダル付きの椅子が四つあって、それを漕いで上や下を目指す仕組みだ。シンプルな仕組みであるが、10人乗りのそれに倍の人数がいればそれは一気に容易いものではなくなってくる。

「おお、こりゃいい眺めだな。アリエラ、見てみろよ」
「あら、ほんと〜。雪国は景色が澄んでいてとっても美しいわね」
「またこの絵を描いてくれよ。見てェ」
「えへへ、うん。任せてゾロくん」

芸術に興味のないゾロだけれど、アリエラの描く絵は大好きなようでよく、見せてくれ。とスケッチブックを借りては眺めている。それは恋の作用というのもあるが、それよりも芸術家として見て感心しているのだろう。アリエラもそれはとっても嬉しいみたいで、素直に受け入れて返している。そんな恋の約束をしている二人の笑顔から、かけ離れた顰めた表情をウソップは浮かべていた。

「こりゃ流石に乗りすぎじゃねェか?」
「傷を負ったドルトンさんを放っておけるか!」
「おれ達も共に戦う!!」
「そりゃ分かったけどこれじゃ進まねェだろ!」

ウソップの言う通り、男四人で漕ぎすすめてもこの重さじゃ当然速度は大幅に落ちてしまっている。「もっと力強く漕げよ!」アリエラに言われたのが嬉しかったのか、ウソップはキャプテンとして彼らに声援を送り続けている。

「はあ…っ、はあ…」
「無理しないで、ドルトンさん!」
「…っ、何が王だ…ッ!!」

ビビが心配そうに駆け寄ったが、ドルトンは座ったままひどく形相を変えて拳を握りしめた。思い出すのは昔のこと。この国を救おうとしていた医者を弔った後、バカにつける薬はない。とワポルに反論を申すと、激憤しドルトンは血まみれになるほどに痛めつけられ、一週間独房で過ごすことになった。その時のワポルの表情も言葉も未だに鮮明に脳裏に残っている。

『あのイカれ医者に唆されて少し夢を見ただけだ! 地位を捨て国を滅ぼし、てめェに何のメリットがある!! ごめんなさいと一言言えば許してやるぞ、ドルトン君。まーっはっはっは!!』

頭をズキズキ刺激する悪どい笑い声。ぎゅうっと限界まで拳を握りしめてドルトンは顔を持ち上げた。

「何が地位だ…、何が王だ…!!」
「「ドルトンさんっ、」」
「う…、はあ…大丈夫だ」

激しい憤りに声を荒げたため、ドルトンは血を吐いて痛みにうずくまる。ビビとアリエラの声が重なって、二人は眉を下げながら国を守ろうと必死に体を張っている彼の大きな背中をさすり続ける。ビビは今、彼と同じように国を救おうと体を張って動いているし、アリエラもかつてエトワールの時はそうだった。彼のような王がいれば、どれだけの人が救われていただろうか。

生まれた時の地位をものにして、何も考えずに権威を奮っている王は不遜以外の何者でもない。そうした王や貴族に限って、名声も地位も完璧な美貌も持っているエトワールをものにしようと必死だった。彼らが欲しいのは国民の安泰ではなく、国民と言う名の奴隷だ。

「ハアッ、ハア…、この国を…終わらせてやる…っ! 歴史がなんだ、国の統制がなんだ…ッ、! 」

『よかった…! 病人はいねェのか…』
人々を見て、涙を浮かべて喜んだ気高き医者。
『うわあああんっ痛かったよおーっ』
『ご立派でした、ビビ様』
国のために痛みも恥も我慢して国民を守った幼き王女。
『わたくしが正しきと思ったことをしたまででござりんす。そのお金は苦しむ人々のためにお使いくださいまし』
地位を持つ者を欺き巻き上げた金を使い裏で人々を救い続けたエトワールの数々の新聞記事。

脳裏に浮かぶ、彼らの記憶。ドルトンの背中を押して、王のあり方を教えてくれた者たち。

「…国に心を望んで何が悪い!!」
「……ッ!!」
「…ビビちゃん…?」
「あ…、」
「ん…?」

ドルトンのその言葉にビビは口元を押さえて体を震わせた。
彼女の異変にそばにいたアリエラも、後ろにいたウソップも、離れていたゾロも気がつき瞳を向ける。

今まさにドルトンと同じ状況にいる彼女。その言葉は尊敬している父がよく口にしていたものであり、ビビの胸を突き刺し揺さぶるもの。彼女もまた彼に王の在り方を今、示唆されたのだ。彼女の痛みも想いも感じ取っている三人は、一人で背負っている小さな背中をみていられずにそっと眉根を寄せて、ふいっと王女から視線を逸らした。

だが、逸らされた視線はまた元に戻されることとなる…。
着込んでいたジャケットに手をつけたドルトンは、そっとそれを開いてみんなに内側の布生地を見せつけた。そこにびっしりと並べつけられていたのは──。

「きゃっ、ドルトンさん!」
「いいか、みんな。私が城に入ったら伏せていろ」

アリエラの小さな悲鳴に導かれ釘付けになったのはダイナマイトだった。
女の子二人の小さな悲鳴と、男性たちの息を呑みこむ音がやけに大きく響き渡る。これがドルトンの覚悟であり国民に示す誠意であったのだ。彼はずっと、ワポルが帰ってきたら奴諸共と死を持って国民に全てを償うつもりで生きてきたのだった。

それは言外に伝わってきて、誰もそのことに触れることはなかった。だけれど、ドルトンを失うということはドラムが終わったのちの国に大きな影響を及ぼすということは、それぞれ感じていて、男性たちはどうにもできない気持ちを押し込めるようにぎゅうっと拳を握ったり下唇を噛み締めていた。

 ──ドルトンさん曰く、ワポルはわたしに陶酔していたはず…。なら、彼よりも先に走り出て彼を翻弄すれば……あ、でもエトワールのお化粧もドレスも着ていないから効果はないかしら…。

その覚悟はとても悲しくって、アリエラは死なせたくない男性のために自分ができることを必死で考えていたのだが、ワポルの目を引かせるという案は結果が浮遊しているために心して移せるわけではない。

 ──ルフィくん、サンジくん…ごめんね、たくさん頑張って辿り着いた中こんなお願いして。どうかどうか…。

目を瞑り祈っている彼女の姿を、ドルトンもゾロたちもじっと見つめていた。

“傾国”“夾竹桃”“美貌で誘惑し、金を巻き上げてから男を捨てる悪女”

そう呼ばれることもあったエトワール。そんなの、とんでもない。とドルトンは改めて思う。彼女にもし会えていたら、ワポルは全財産費やしていたかもしれない。国民からお金を吸い上げていて、それを彼女に献上していたかもしれない。なんせ、彼女を身請けするには、小さな国をひとつ買えるほど、という目の眩む金額が必要だから。だから、そうなっていた場合悲惨な目に遭いつつもこの国は早い段階で滅びれていたかもしれない。そう思ったところで、心優しきドルトンの胸はずきりと痛みを覚えた。

当時16歳の守るべき側の少女に、その美貌と磨いた教養に芸と愛嬌で己の国を滅亡の追い込んでくれなどそんな辛いものを背負わせるなんて…とてもできない。心苦しい…。

それぞれがあらゆる想いを抱き、固い表情を浮かべているうちにゆったりと動いていたロープウェイは頂上にたどり着いた。

「よーし、おれ様が見てくる!」
「素敵〜、かっこいいわ キャプテンウソップ!」
「ふふん。みんなは後からついてくるといい!」

アリエラの声にふんと胸を張り、真っ先にロープウェイから降り立って、お城の方へと歩きはじめたウソップだが。そのかっこいいが気に食わなかったゾロがむっすりと表情を顰めながら、すたすた先を歩いていく。

「あ、ゾロくん…」
「あーッ! てめェまたゾロ…!」

またいいところと取られそう、とウソップは悔しそうに眉根を寄せて「パワー発動!」と小走りで彼の横を抜けていく。乗り場から30メートルほど進むと、そこはもう開けた雪地帯になっていて凡そ100メートル先に聳え立つ雪の城と細やかな森林のみが存在している平静な場所だった。
その静けさが胸の内に潜んでいる恐怖を浮き彫りにさせてくる。先導したがっていたウソップは次第に歩くペースを落として、最後にはゾロのズボンにぎゅうっとしがみついた。

「おいッ、引っ張るな!」
「よし、おれは援護する…!」
「てめェビビってんなら後から来りゃいいだろうが!」

脱げるだろ、とウソップの頭を押し返すが彼は細身に見えて意外にも筋力はあるため、中々しがみついて離してくれない。その姿にくすくす笑いながらアリエラも後ろを続いている。ドルトンは村人に支えられながら歩いているため、ワポルに接触する猶予はあるはずだ。

 ──そのタイミングを何とか図ることができたらいいんだけど。

後ろのドルトンをちらりと見やると、彼は信じられないような瞳を空に向けてあんぐりと口を開けて瞬きを繰り返していた。どうしたのかしら…?同じように空を見ると、一瞬、白いまんまるのものが猛スピードで空を駆けているのが映ったが、それが何なのかアリエラには判断できなかった。

ゾロとウソップを先頭に、一行はぞろりと城の前まで歩いていく一行をお城の高いところから見つめている影が一つ。
いつもは敵の気配を瞬時に察知するゾロだが、今回はその気配を一切感じ取れなかったために空からロケットのように飛んでくる攻撃に気が付けなかった。

ぐらりと視界が揺れて、ウソップとともに尻餅をつくゾロはうっ、とうめきつつも後ろにいるアリエラとビビ、そして負傷者のドルトンを確認した。彼らが無事なことにとりあえずホッとして、戦慄き、よりしがみついてくるウソップにコートの袖をぎゅうっと引っ張られながら、突っ込んできた人物を目視する。瞳に映った麦わら帽子にゾロもウソップもくるりと目を丸めた。

「「ルフィ…っ!?」」
「ルフィくん…!」
「おおーっみんなぁ!」
「何してくれてんだてめェ!!」
「あははっなんだお前たちだったのか〜! ゾロの服に見覚えがあるからまたあいつらの仲間だと思ってさ!」

悪ィ悪ィと謝るルフィにゾロもウソップも怒りを飛ばしてかわりに呆れてしまう。
雪を払いながらじっとりとした目を向けるが、気に留めず…いや気づいていないのか楽しそうに笑っている。

「みんな来たんだな〜!」
「ルフィくん無事に登っていたのね、よかった〜っ!」
「あはははっ。ナミもサンジも無事だぞ」
「わあっ、ありがとう! 本当にありがとう、ルフィくんっ!」
「…おい、アリエラ、」

三人とも雪崩に見舞いながらもこの山を登って尚、無事だなんて。アリエラは嬉しくて嬉しくって、船長に感謝と喜びを込めてぎゅうっと抱きついた。ルフィも良かったな!と純粋に嬉しそうに笑っているからやましいことはないのだが、それでも異性なのは確かでゾロは焦燥を抱き、控えめながらも彼女の名を呼んで制そうとしている。

ルフィはゾロの気持ちに気づいていないため、彼の言葉なき思いに気づくことが出来ずにアリエラを受け止めながらそっとウソップに視線を流した。

「そういやウソップ。お前山登れねェとか言ってなかったか?」
「バカ言え! おれは山があれば登る男だぜ! しかしこの絶壁は少しキツかったなァ〜」
「ロープウェイで登ってきたの、ルフィさん」
「ズリッ、…、」

えっへん、と胸を張るウソップだったがビビがすかさず本物の経緯を彼に教えたため、ウソップは肩を下げて苦笑いを浮かべた。
その後ろでゾロはむっすりと険しい表情で、ルフィに抱きついたままのアリエラをペリっと剥がし、そのまま腕をぎゅっと掴んだ。

「きゃ、ゾロくん」
「引っ付きすぎだ」
「ルフィくんとってもあったかいんですもの、カイロみたいよ〜」
「…だが、ルフィは男だぞ。分かってんのか?」
「もちろんよ。でも、ルフィくんは船長だからわたしそういう意味では…」
「そう言う意味がなくてもおれァ気にくわねェんだ」
「…ふふ、ゾロくんったらわたしの彼みたいね」
「あァ。未来のな」
「……」

むっすりしたと思ったら、次はフンと強気の笑みを浮かべるからどくりと鼓動が高鳴った。
わたしはいつか彼に恋をして、彼の恋人になるのかしら。ふわりと想像してみるけれど、野望に直向きで強い意志を持っている彼の隣に立つ想像は、この極寒地で生足剥き出しな格好でいる今のルフィのように浮いていた。

「…想像できないわ」
「……今はできねェでも、いずれはできるようになるだろ。おれはお前しか考えられねェんだ」
「うう…、照れくさいわゾロくん…」
「ほお…? ならもっと顔赤くしてやろうか」
「やめてえ、もうお腹いっぱいです!」

耳を塞いでプイとゾロから視線を逸らし、背を向ける。
その姿がいじらしくってゾロはけらりと笑って、それからは何でもなかったかのように平然とした態度でお城を見上げてはすげェなあ、とこぼしている。

「ルフィさん、ナミさんは無事?」
「あァ、元気になったぞ!」
「うわあ、良かった!」
「ナミもう元気になったの〜っ!? ねえねえ、サンジくんはどこ?」
「サンジも城ん中にいるよ」
「わあ〜っ安心だわあ」
「…で、お前は城のてっぺんで何してたんだ?」
「王様をぶっ飛ばしてたんだ」
「え、王様ってワポルを倒したの? ルフィくん」
「あァ、ジャマ口ぶっ飛ばしたところだ!」

サンジの話にピクリと耳を傾けたゾロだが、アリエラの喜びようが何だかムッとして眉間を寄せた。
あの野郎も心底アリエラに惚れてんだ…。この調子じゃいつか自身が怒りで満ちてしまいそうで、思考を切り替えるためにルフィに持ちかけると、船長はにこやかに平然とぶっとばしたなんて言い放った。
聞いていたドルトンは、はっと息を飲みやはり…としみじみとつぶやいた。

「じゃあ、やっぱりさっき空の彼方へと飛んで行ったのはワポルだったのか…他に幹部の二人もいただろう?」
「あァ、そいつはトナカイがぶっ飛ばした!」
「あの…トナカイが?」

思い当たる“トナカイ”は一人しかいなくて、ドルトンは半分感心半分驚愕の瞳をルフィとそして、空で靡いている海賊旗を遠望した。あの時、もうこの国の犠牲になるな。と城から押し帰した時のチョッパーの表情は今も強く頭に焼き付いている。そうか、彼が…。ぐっと固めていたもの全てがするりと全身から抜けていく。まさか、海賊に襲われたこの国が海賊に救われることになったなんて…ドラム王国がこんな終焉を迎えるなんて想像もしていなかった。
フッと柔らかな笑みを描くと、彼の安堵にアリエラとビビも心の底から彼に微笑みを向けた。

“トナカイ”そのワードにルフィはあ、そーだ!とあることを思い出して、一人でずっと武勇伝を語っていたウソップとにこにこなアリエラを手招きして呼ぶ。

「どうしたの? ルフィくん」
「新しい仲間を見つけたんだ」
「……なに?」
「まあ、仲間!?」

ようやく口を閉じたウソップは驚きながら首だけを船長に向け、アリエラもわあっときらきらの青い瞳をさらに輝かせる。

「うちの船医のトナカイだ!」

おもしれェしいい奴だぞ〜!と笑うルフィの20メートル先にある背後、森林にちょこんと茶色い影が揺れてアリエラたちはそこにふと目を向けた。
体長90センチほどのぽてっとした体は茶色い毛で覆われていて、ぴくっと動いた鼻は青く、目はくりっくりで、頭にはちょこんとピンク色の帽子をかぶっていて、そこからは二本のツノが可愛らしく伸びている。
彼は隠れているつもりなのだが、そのポーズは独特なためにこちらに丸見えだった。

「ひい…っ!」
「うわああ〜っ…て、天使がいるわ…
「…青っ鼻…」

 ──そうか、キミは…

見た姿は大きなものしか知らないが、その独特な色の鼻と傷だらけに汚れた毛並みにドルトンはすぐに彼があの時のトナカイなのだと察して、目の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じる。

「この国のために…戦ってくれたんだな…」

そうして、喉に込み上げてきたものをこくりと飲み込んで、ドルトンは溢れんばかりの思いをずっと戦い続けてきてくれたチョッパーと、ワポルをぶっ飛ばしたルフィに向けて頭を地につけた姿勢を取り、男にとってこの上なくひれ伏す格好で感謝の気持ちを二人に大々的に告げた。

「ありがとう…! ドラムはきっと生まれ変わる!!」
「……」
「??」

ドルトンの姿勢にチョッパーは隠れながらも、はっと目を見開かせたが、この国のことを知らないルフィはきょとんと首を傾げている。もう一度深く頭をつけるドルトンの姿の後ろで硬直していた村人たちのざわめきが徐々に溶け始めた。

「な…、何だあの生き物は…っ」
「ト、トナカイ…? 違う!」
「…バ、バ、バババ…化けバケ…!」
「おい、よさないか!!」

こちらをじいっと見つめているチョッパーを見つめたまま、ごくりと喉を鳴らし体を震わせる村人たちにドルトンの怒号が遮って、吐き出されそうになった村人の言葉は止められたが──。

「バケモノだーーーっ!!」
「ひ……!!」

我慢できなかったウソップの絶叫にチョッパーはガーンと影を背負って、それから怖くなってぴゅんと逃げ出してしまった。ガクガク体を震わせるウソップの脳天にルフィの拳が、背中にアリエラのビンタが打ち付けられた。

「バケモノって言うな! お前のせいでショック受けて逃げちまったじゃねェか!」
「あんな可愛い子になんて失礼なこというの、ウソップ!」

船長と芸術家は優しい目元をつん、と釣り上げてウソップにガミガミ怒りを向けている。いつも、うふふふ〜♪と笑っているアリエラに怒られるのは地味にショックだった。
ったく! もう! そんな怒りのため息は雪に落ち、そうしてアリエラはきらりとした目を船長に向ける。

「ねえ、ルフィくん。仲間ってあの子なの?」
「そうだ! おもしれェし変身するしいい奴だし、絶対仲間にするぞ おれは! 待てェえええ!!! おい、バケモノーーッ!!」
「「オイッ!!」」

あれだけウソップに叱っておいて自分がバケモノ呼びで追いかけるのだから、ウソップ含めみんな嘘だろ、と低い声を揃えてツッコミを入れた。アリエラも腰に手を当てて、ルフィくん最低よ!とぷりぷりしてる。

「トナカイーー!!」
「ひいいい!!」
「ヒッヒッヒッヒ」
「おれはおれの仲間だァアア!!」

どこからかドクトリーヌの笑い声がする。走りながら耳がぴくぴくキャッチした。
もし、もし。おれが海に出るって言ったらドクトリーヌはなんて言うかな。
後ろを振り返れば、笑顔で楽しそうにルフィが追いかけてきていて条件反射でチョッパーは悲鳴をあげて逃げ回る。

 ──ドクター。これでいいんだよね? …これで…

「待〜〜てぇ〜!!」

ルフィの浮きだった声とチョッパーのどこか楽しげな悲鳴が響く、王位崩壊したこの名もなき国のお城の上で、ヒルルクの海賊旗が笑うようにゆらゆらと靡いていた。


TO BE CONTINUED 原作152話-89話



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