118、名もなき国


「ビビちゃん…っ!」
「…っ、お前らあ!!」

 ばたりと倒れ込んでしまったビビの姿に一味は驚愕し、目を見張った。腕から血は流れていないが、伏せたビビの眉は辛そうに歪んでいる。サンジを狙ったはずの男性達もまさか少女に当たるなんて想定外の出来事に狼狽えはじめた。相手が海賊船のクルーであっても、女の子を撃ち抜いたことには石ころほどの罪悪感を抱くのだろう。出来事を理解したルフィが食うように村人達をねめつけると、隣のアリエラが彼の腕を掴み動きを制した。

「離せ、アリエラ! あいつらビビを撃ったんだぞ!!」
「冷静になってルフィくん!  彼らはわたし達の敵じゃないわ!  堅気に手を出しちゃダメ!」
「…っ、アリエラさんの言う通りよ、」

 足元からふわりと浮かんだ儚い声にルフィは黒い虹彩を王女に向けた。

「戦えば済む問題じゃないわ。傷なら平気…。腕を掠っただけよ」
「ビビちゃん、」

 ゆるりと起き上がったビビの身体を支えようと手を伸ばすと、ビビは大丈夫と柔らかく微笑んで、綺麗に膝を追って座ると村人達に向けて深く頭を下げた。水色のポニーテールは甲板にこぼれて、彼女の綺麗なおでこは床にぴたりとつけられている。アリエラもルフィもゾロ達も彼女の…王女の土下座に息を呑んだ。

「だったら上陸しないから医者を呼んでください。仲間が重症で苦しんでいます。助けて下さい、お願いします!」
「…ビビ」
「あなたは船長失格よ“ルフィ”。無茶すれば全てが片付くとは思わない。この喧嘩を買ったらナミさんはどうなるの?」

 半分放心状態だったルフィはビビの腕から次第に溢れ出てきた血と、誠意を見てこくりと唾を飲み込んだ。胸にまっすぐ撃ち込まれたビビの言葉は何よりも正しいもので、ルフィは一度深く瞬きをすると彼もまた真っ直ぐな瞳でビビを見つめて小さな口を開いた。

「ああ、ごめん。おれ間違ってた」

 誰よりも上に立つ者が反撃や弁解をしないで過ちを認め呑み込み謝罪する姿にビビもアリエラ達も密かに感銘を抱く。海賊船の船長が一国の王女に“船長としての在り方”を正されるなんて前代未聞だろう。ビビと同じように隣で頭を下げたルフィに見習い、アリエラも同じく彼らに心からの冀求を乞うた。エトワールとしてこの世の宝として威厳を保ってきたアリエラは例え天に立つ存在でも一度とて頭を下げたことはない。だけど、今はエトワールを脱いでいるし、きっとそれをかぶっていてもドレスを汚して尚彼らに頭を下げたはずだ。だって、大切な仲間の命がかかっているのだ。

「医者を呼んでください。仲間を助けて下さい」
「どうかお願い致します。お代ならいくらでも支払います」

 血を流しながらも、大切な帽子を甲板に落としたままでも、綺麗に整えたものが雪で濡れはじめた甲板についても、お構いなしにずっと頭を下げ続ける王女、船長、エトワールの三人の姿にゾロ達はもちろん村人達も次第に動揺を抱きはじめて、お互いに顔を見合わせて眉を下げている。こちらが何か言わない限り、いや医者を呼ばない限り引き下がらないだろう。彼らの長である巨体の男性は、一歩前に出てじっと三人の姿を見つめた。

 これまで出会ってきた海賊は皆横暴で自分勝手な輩ばかりだった。そのため、村人達を引き連れて包囲に来たのだが…。目の前の三人は深く頭を下げたまま顔をあげようとしない。自分のプライドや恥を捨てて、仲間のために土下座をできる人は一体世にどれほどいるだろう。彼はふう…と息を吐いた。

「…村へ案内しよう。ついて来たまえ」
「あ…っ!」
「わあ…っ!」
「ね?  分かってくれたでしょ?」
「あァ…。お前すげェな」
「うふ」
「でも、ビビちゃんいいの?  王女がそんな頭を下げるだなんて」
「いいのよ。そんなこと言ってられる状況じゃないもの。それに、その言葉はエトワールにだって」
「ふふ、わたしも同じく」

 ほっぺたを甲板につけたままお互いの顔を見ながら話し合う三人に後ろの三人は汗を浮かべたが、彼らの気高き行為によって医者にかかることどころか、村に踏み入れることを受諾してくれた。ビビの凄さにルフィやアリエラだけでなく、ゾロ達も改めて実感して、厚着をさせたナミを連れてゾロとナミを見張っていたカルーを見張りに残し、ルフィたちは島へと上陸を果たした。


 足首上まで埋まっているふかふかの雪を踏みしめながら、ルフィ達は村へと続く道を案内されるままに歩いていた。ナミはサンジがおぶっているが、この振動さえも響くようで苦しそうに呼吸を繰り返している。

「ナミ、あともう少しよ。よく頑張っているわね」
「辛そうだな、ナミさん…。ああ、一刻も早く医者に診せねェと!」

 すぐ後ろを歩いている二人の会話を耳に入れて、長は前を見ながら続ける。

「一つ忠告しておくが、我々の国の医者は魔女が一人いるだけだ」
「「ん??」」
「魔女?」

 医者の魔女だなんて聞いたことがない。みんなが首を捻り、ウソップは噛み締めるように反芻するがやはりピンとこない名だ。ルフィは「なんだそれ、変な国だな」なんて失礼なことを言っている。

「この国の名は?」
「この国に名はない」
「名のない国? そんなことってあるんですか?」

 国を表すのに名は大切なものだ。ギョッとしてビビは長を見上げると、彼は何かを思ったのか僅かに瞳を見開かせてビビを見つめたが、すぐに前を向いて足を踏み続ける。前からのそのそ歩いてきている巨大な白くまを見つけて、彼は後ろを歩く海賊達にクマの性質を告げようとしたところ。

「うわァーッ!  クマだあァ!!」
「お、白くま!」
「きゃあ、可愛い

 あまりの巨体さを持つクマに恐れをなしたウソップがぎゃーと両腕をあげて、そのまま雪の上にパタリと倒れ込んだ。

「死んだふり、死んだふりしろお前ら!」
「彼はハイキングベアだ。危険はない。登山マナーの一礼を忘れるな」

 トレッキングポールを器用につきながら歩いている大きなハイキングベアは、村人やルフィ達の一礼に静かに頭を下げて何事もなく穏やかに横を通り過ぎていく。全身雪に濡れたウソップは空笑いを漏らして立ち上がり、ルフィ達の元へと走っていった。



 その頃、船番を任されたゾロは寒空の下で自身の足を縫い付けていた。最初アリエラの能力で止血をしてもらったが、治療はできないためにアリエラに「ゾロくんもお医者様に診てもらいましょう!」と腕を引っ張られたのだが、「このくらい自分で治せる」とキッパリ断り船に残ったのだ。この寒さだから針を通してもそんなに痛みを感じない。完全につなげた足首に笑顔を浮かべて、「治った!」とカルーに足首を見せつけるとカルーは引きながら「ぐえ」と鳴いた。

「これでやっとまともな特訓ができそうだ。加減した筋トレにはもう飽き飽きしてたところだ。ただ船番ってのも退屈だし…心頭滅却、寒中水泳でもやろうかね」
「くえええ…」

 何を言っているんだ、この男は。といった鳴き声をあげたが彼には伝わっていなく、コートも服も脱ぎ捨てて上半身裸になって手を合わせ息を吐いた。この島はマイナス10度を超えているのにこの氷の浮く海に入ろうとしているのか。カルーはゾロの上着を羽織ってぶるぶる震えている。

 しばらく歩くこと数分で雪の降る村に着いたルフィたち。家々の屋根は雪が降り積もらないように三角型になっていて、窓も分厚くデザインとして見ても防寒面で見てもばっちりだ。村の真ん中にはトナカイやオオツノヒツジなんかが歩いている。

「なんか変な動物が歩いてんなあ!」
「まあ、可愛い動物さんだわ」
「さっすが雪国だぜ!」

 普段お目にかかれない動物にわっと驚き笑顔を浮かべる同い年三人組。分厚いコートを着込んだ人々もあちこち行き交っていて、気温は寒いが温かな村だということが伺える。

「ナミさん、人がいる村に着いたぜ」

 背中の航海士に告げるが、彼女は意識がなくただ荒い呼吸を繰り返すだけ。コート越しにも彼女の高熱が伝わってきて、サンジは悲痛そうに可愛い眉を下げた。

「じゃあ、ご苦労さん。見張り人以外は仕事に戻ってくれ」
「しかし、一人で平気か?  ドルトンさん。相手は海賊だ」
「彼らに恐らく害はない。長年の勘だ。信じてくれていい」
「ん、ドルトンさんが言うなら…」
「じゃ、あとは頼んだよ。くれぐれも気をつけて」

 ドルトンと呼ばれた長の大柄男性を残して、海岸で包囲を作っていた村人たちはみんなそれぞれ自分の仕事場に戻っていった。彼への声を聞き、ビビは目を丸くして高いところにある顔を見上げる。

「ん?」
「国の守備兵ではなかったんですね」
「民間人だ。ひとまず家に行こう」

 ビビを一瞥し、ドルトンはサンジの後ろでぐったりしているナミを見つめる。本当に只事ではない病気を患っているのが素人目でもわかり、胸が痛くなった。一刻も早くベッドに寝かせてあげたいがドルトンはこの国では人気な男性だ。

「うあっ!  ハイキングベアだ!」
「またか!?」
「礼をしねェと殺されるかもしれねェ!  何やってんだアリエラ、お前も一礼しろ!」
「あなた達ってさいて…」

 ウソップに急かされるが、アリエラは両腕を腰に当ててぷっくり頬を膨らませている。
「一礼」とハイキングベア…ではなく、大柄な主婦に頭を下げる様子にドルトンも汗を浮かべながら見知りの彼女に人に対する一礼を向けた。

「あらあら、ドルトンさん!  海賊が来たって聞いたけど…大丈夫なの?」
「ええ、異常はありません。ご心配なく」
「そう、ドルトンさんがそう言うなら安心ね」

 にっこり愛嬌のある笑みを浮かべて過ぎ去っていく主婦に、まだ勘違いしているルフィとウソップは顔を持ち上げて「ふう、行ったか…」と汗を拭った。

「おい、なんで頭下げねェんだアリエラ!」
「マナーだって言われただろ!  いいか?  登山ってのはマナーが何より大事なんだ」
「ふん」
「え、なんで怒ってんだアリエラ」
「てめェらが悪ィよ」

 ふいっとそっぽ向いたアリエラにルフィとウソップは互いに顔を見合わせて腕を組んでみると、そばにいたサンジが呆れながら一声投げた。

「やあ、ドルトン君。二日後の選挙が楽しみだ。みんなキミに投票するって言ってるよ」
「と、とんでもない! 私になど…。私は罪深い男です」
「……?」

 人柄の良さそうなおじいさんに話しかけられ、ドルトンは慌てて笑みを浮かべながら訂正を入れた。選挙…罪深い男?  深まる国の疑問にビビは首を傾げて、大きな彼の背中をじっと見つめた。ニコニコと話しかけられる彼はきっととてもいい人なのだろう。その後も数人相手にすると、ドルトンはようやくルフィたちを家に招くことができた。

 家の中は生活感の漂う空間だが、決してごちゃごちゃしている訳ではなく全てが綺麗に整頓されていた。さすが雪国。当たり前のように暖炉が設備されている。その暖炉の向かいに置いている木製のベッドにナミを寝かせて、たっぷりとした布団をかけると彼女は幾分か眉間の皺を除かせた。

「申し遅れたが私はドルトン。この国の護衛隊長だ。我々の手荒な歓迎を許してくれ」
「とんでもないです。わたくしはアリエラと申します」
「ほお、大層綺麗なお嬢さんだ」
「おいてめェ、うちの大切なアリエラ様に手ェ出しやがったら許さねェぞ!」
「ちょっとサンジくん」

 ムッとして突っかかるサンジにアリエラは苦笑いで彼のコートの裾を引っ張って制御する。
 それが嬉しくて可愛くて、にまっと笑みを浮かべて威嚇をやめた。ドルトンは気にしていないみたいで、それよりもビビが気になるのだろう。彼女をじっと見つめて考える素振りを見せ、稍あって口を開いた。

「…一つ聞いても?」
「え?」
「どうも私はキミをどこかで見た気がしてならないのだが…」
「きっ、気のせいです! 」

 ぎくりと心臓が飛び跳ねて、ビビは引き攣った笑みをドルトンに向けた。それを受けて、そうか…と腕を組むが彼は納得してはいない。ビビはこれまでにあらゆる場所に顔を出してきたから違う国でも気付かれてしまう可能性がある。なんとか誤魔化せたことにホッとため息をついて、ドルトンがもう考えられないように、あの、と続ける。

「それよりも魔女について教えてください! さっき計ったらナミさんの体温が42度もあって…」
「42度!?」
「ええ。これでも下がった方ですわ。昨夜は今よりも身体が熱くて…体温計は42度までしか計れないから正確な数値はわからないけれど熱は上がるばかりなんです」
「42度…。これ以上上がったら死んでしまうぞ…!」
「ええ。だけど、病気の原因も対処法も私たちには分からなくて…」

 人間は通常40度を超えたら意識障害を起こし、42度を超えると細胞が死滅していくと言われている。45度まで上がるとすぐに命を落としてしまう。それほどの状況だとは思わず、ドルトンは見知らぬ少女だが焦燥を抱かずにはいられなかった。どうにかして彼女の命を救わねば。

「何でもいいから医者がいるんだ!」
「そのお医者さまはどこにいらっしゃいますか?  訪問看護もしてくださるのでしょうか?」
「魔女か。彼女は窓の外に山が見えるだろう」
「あァ。あのやけに高ェ…」

 煙草を吹かしながら後ろの窓を振り返って見てみると…、飛び込んできたのは外の景色ではなく大きな雪だるまの顔だった。

「へい! 雪だるさんだ!」
「雪の怪獣“シロラー”だ!」
「てめェらぶっ飛ばすぞ!!」

 巨大雪だるまの両サイドに足を乗っけてイエーイとハイタッチをするルフィとウソップにサンジの怒りが頂点に達した。姿が家の中にないと思ったら外で遊んでいたなんて。ナミが苦しんでいるのに緊迫ない二人にアリエラはぷっくり頬を膨らませて、もうっと腰に腕を当てた。

「二人ともお遊びはやめて入ってきて!」
「えーっ、まだ雪で遊びてェ!」
「アリエラ様の言うこと聞け!!」
「「はあい…」」

 サンジの猛烈な踵落としがぶーぶー言ったルフィの頭部に直撃した。これ以上逆らったら大変なことになる。ゾッとしたウソップと痛みを飼い慣らしたルフィは逃げるようにドルトンの家の中に飛び込んできた。優しく迎え入れたドルトンが、冷えるだろう。とお茶をみんなに淹れてくれる。海賊にこんなにも優しくしてくれるなんて。彼の人柄にビビは微笑み、マグカップを受け取った。

「ドルトンさん、あの高い山は何ですの?」
「あの山はドラムロッキー。頂上の城が見えるか?」
「城?」

 ごくりとおいしいお茶を飲んで、ウソップは雪だるまを避けた窓の向こうを眺める。スナイパーゴーグルを装着して眺めてみると寒さに霞んだ霧の中にうっすらと大きな建物がぼやけて見えた。

「ああ、ほんとだ。確かに城だな、ありゃ」
「わあ、雪国のお城なんて神秘的で素敵ね
「…今や王のいない城だ」
「あの城がなにか?」

 王のいない? と気になったがその質問を呑み込み、ビビは本題を問うとドルトンはゆっくりと頷いた。

「魔女と呼ばれるこの国唯一の医者ドクターくれはがあの城にいるのだ」
「何ッ!?」
「そこに!?  遠すぎるわ!  ナミがあんなところに行ける体力が残っているとはとても思えない…」
「アリエラちゃんの言う通りだ!  今すぐ呼んでくれ、急患なんだ!」
「無線通信がないのだ、あの城には」
「あァ!?  それでそうやって急患見てんだよ、それでも医者かよ!」
「ナミをどうやって運べばいいの?  どうしても診にきて下さらないの!?」
「一体どんな奴なんだ?」

 ナミのことが心配でたまらないサンジとアリエラはつい焦燥を含めた色合いをこぼしてしまう。正座してお茶を飲んでいるウソップは信じられない医者の姿にぱちぱち何度か瞬きさせた。

「医者としての腕は確かなんだが…一見変わり者のばあさんだ。もう140近い高齢でな」
「ええっ!?」
「まあ、さすがお医者さま、長生きねっ」
「長生きなんてレベルじゃねェぞ、そっちが大丈夫か!?」
「あとそうだな…梅干しが好きだ」

 ぎょっとするビビとアリエラとサンジの表情をじっと見つめて、ドルトンはお茶を一口含んでから好物まで教えてくれた。

「この国人々は医者が必要になったらどうするの?」
「気まぐれで山から降りて患者を探し、報酬にその家で欲しいものをありったけ持って帰るのが彼女のやり方だ」
「そりゃタチの悪ィババアだな」
「もう海賊だな」

 うんうん、と頷き合うウソップとルフィはおかわりに手を伸ばしている。

「でも、どうやっておばあさんが山から降りてきているの…?」
「そうだわ。ロッキーって呼ばれるくらいだから岩の多い山なのでしょう?  140のおばあさまが山を下れるとは思えないわ」
「うむ…妙な噂なんだが満月の晩に彼女がソリに乗って空を駆け降りてくるのを数人が目撃している。それが“魔女”と呼ばれる由来だ。それに見たこともない生き物と一緒だったという」
「ソリに見たこともない生き物…?」
「ぐあーッ! やっぱりか! 出た、ほらみろ! 雪男だ、雪山だもんなーッ! いると思ったんだ、魔女に雪男! ああ、出会しませんように!」
「確かに唯一の医者ではあるが関わりたくないばあさんなため人脈もない。次に降りてくるのを待つしか…」
「そんな…っ、」
「待っていたらナミは死んじゃうわ! どうしましょう、サンジくん」
「……!」

 うるっとブルーの瞳を潤わせたアリエラに胸がドキッと高鳴った。その表情があまりにも可愛かったと言うのももちろんあるが、頼りにされているのがたまらなく嬉しくて頬が緩んでしまう。ああ、頼りのある男としておれを見てくれているんだって、じんわりと満たされる思いだ。
 いかんいかん。そんな恋に意識を絡め取られている暇はない。ナミさんのことを考えなくては、とサンジはちらりと窓の外を見やり、煙草をすう…と肺いっぱいに送ると、薪の弾ける音に続いてペチペチと肌を叩く音が鼓膜を突いた。同時にルフィの「なあなあ」と呼ぶ声が空気を揺らし、嫌な予感が外を見つめていたサンジとアリエラの背中を襲った。

「おい、ナミ。聞け」
「「お前は何をやってんだーッ!!」」
「ちょっとルフィくん!!」

 熱いナミの頬を叩くルフィにアリエラ以外の三人の猛烈なツッコミが入る。慌てて駆け寄ったアリエラがベリッと船長をナミから離すと、彼はなんだよと唇を尖らせた。「なんだよ、じゃないの」ムッと眉間に皺を寄せて咎めを向けたとき、熱のこもった呻きが背中を撫でてアリエラもベッドに目を向けていた船長もふ、と表情を変えて彼女を捉えた。

「ナミ!」
「お、起きた!」

 嬉しそうにぱあっと笑みを浮かべたルフィは力を失ったアリエラの腕をそっと退けて、ナミの寝ているベッドに近づく。霞がかったオレンジの瞳はうつろにルフィを映した。

「あのな。山登らねェと医者いねェんだ。山、登るぞ」
「ん…」
「てめェ!  ナミさんに一体何させる気だ!?」
「いいよ、おぶってくから」
「それでも悪化するに決まってるわ!  ナミさんはありえない高熱を出しているのよ?  体力だってもう…」
「そうよ、わたし達でお医者様を呼びに行って診てもらいましょう!」
「時間かかるだろ、それ。早く診てもらったほうがいいって言ってたじゃん」
「それはそうだけど、でも危険すぎるわ!」

 ぶう、と唇を尖らせるルフィにビビは額に汗を浮かべながらぴしゃりと否定をする。それでも、一度言いはじめたら効かない船長なことはアリエラもウソップもサンジもすっかり了承済みだし、悔しいことにルフィの言葉は一理ある。だけど──

「あの絶壁と高さをみろ、ルフィ!」
「行けるよ」
「てめェは行けてもナミさんはキツいだろ!」
「もし落ちたとしても下は雪だからだいじょーぶ!」
「そんな、もしなんて怖いわルフィくん…」
「それは健康な人でも即死よ!?」
「そうだ、ルフィ。あのな、ナミは平熱よりも7度も高い病人なんだぞ!」

 ベッドの周りで責められている船長をナミはずっと捉えていた。熱に冒され身体はいうことを聞かないし、脳も溶けてしまいそうなほどに思考を阻む。だけれど、医者がいないこと。これからみんなが否定している絶壁の山を登らないことは飲み込めて、考える間もなくナミは覚悟を決めた。

「はやく…」
「ナミ、!」
「早く治さなきゃ……、ビビのためにも…っ、」

 たった一言話すだけなのに息が上がって苦しそうに眉根を寄せている。不安そうに瞳を震わせたアリエラに髪を撫でられて、ナミは大丈夫よ、とぎこちない微笑みを浮かべて、力も出せずに震える腕をそっと毛布から出して足元にいる船長に伸ばした。

「よろしく…キャプテン、」
「おう!  そうこなくっちゃな!」

 熱のある小さな可憐な手にルフィの分厚い手が触れて、パチンと音が静かな部屋に響き渡った。

「…本当に呆れたぜ…。船長が船長なら航海士も航海士だな」
「ナミ…平坦じゃなく険しい道なのよ? 何時間もかかるのよ」
「ナミさん自分の体調分かってんのか?」
「本当に大丈夫?」

 すぐに決心を固めたナミに比べてアリエラたちは不安そうに表情を落としている。それもそのはずだ。ナミは早く自分の病気を治して一刻も早くアラバスタに向かいたい一心で下したものだから、どんな山でもかかってこいと言った調子なのだろうが、あのドラムロッキーはかなり標高の高い山だ。この寒さも合間って、健康人でも厳しい登山になるだろうに42度の高熱を出すか弱い女の子の体力ではとてもついて行けるとは思えない。ルフィは気にしていないみたいで、ドルトンに「おっさん、肉くれ、肉!」と元気にお肉の注文をしていた。ルフィのパワーの源なのだが、それを知らないドルトンは不思議そうに目を丸めて、肉…?とこぼした。


 

TO BE CONTINUED 原作132.133話-80話



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