117、雪の降る海


チクタク…、チクタク。
シーンと静まった部屋の中に響く時計の音でナミはふと目を覚ました。全身が熱くて、気怠さが絡みついている。割れそうなほどにズキズキ痛む頭に手を当てながらゆっくりと体を持ち上げるとおでこに乗せていたタオルがパタリと布団の上に落ちる。

冬布団に冬のパジャマ…?ああ、そういえば空気が澄んでいる。肌で気候を感じ取って、目を覚ました原因の壁掛け時計を見上げると時刻は午前の2時を指していた。鼓膜を揺らすのは複数人のいびきに熱気。アリエラもビビもいびきをかかないのに?と大合唱の方に目を向けてみると、立ち入ることを禁止している男子組のルフィとウソップとゾロがいて、はっとオレンジの虹彩を大きくする。

ルフィは入り口で、ウソップはナミのベッドの頭側にある本棚にもたれかかって、ゾロは中央で羽を広げているカルーの身体に頭を預けて眠っている。アリエラはいつも絶対右か仰向けで寝ているのに、ナミの方に顔を向けてベッドで眠っているし、ビビも座ったままナミのベッドに伏せるようにして寝息を立てていた。意識は朦朧だが、所々覚えている箇所がある。痛む頭で記憶の糸を辿ってみると、みんな必死に看病してくれていてじんわりと胸が温かく解れていく。

「そうか! そんなにおれ様のサインがほしいか!」
「ひッ…!」
「んん…なみぃ…も、だいじょ…ぶ。しまが…ん、」
「……ふふ、」

静寂の中、突然ウソップが大きな声で寝言を上げて、それにつられたアリエラがふんわりと笑みを浮かべて自分を呼んで、ナミの胸にまたひだまりが灯される。きっとルフィたちは心配だからこうしてここで寝てくれているんだ。彼らの優しさにぎゅうっと胸が締め付けられて、優しくしてくれているのが照れ臭くってナミはゆるっと口角を上げながら布団を頭までかぶって再び眠りについた。


「ううっ、寒ィ…っ今夜は冷えるなァ…」

女子部屋に姿がないサンジは今日はナミの代わりの不寝番をしていた。スーツの上にコートを着込み、毛布にくるまって膝を抱えているが一向に寒さは消えてくれない。一緒に持ってきた紅茶もすっかり冷めてしまっている。

「もうすぐ満月だな、こりゃ…」

じんわりと温かな金色を放っている月を見上げてつぶやいた。満月の夜はお母さんのことを思い出してしまう。いつもその日は体調を崩して寝込んでいた。月を背負ったような、美しい名前と髪色の母。臥る姿が脳裏に浮かぶ。ナミのことが気がかりだ。また熱が上がっていなければいいが…。月から滲んでいる光をみると、アリエラのことを思い出してしまう。優しくって真っ暗闇を照らしてくれるあたたかいひかり。彼女を馳せると、寒くて震えていた身体が少しあたたまった気がして堪能するためにゆっくりと目を閉じた。

とん、とん、とんと規則正しく鳴り響くに目を開ける。つい先程まで真っ暗だったあたりは霧がかかって綺麗な海霧に包まれていた。ゆっくりと色を重ねていく空は薔薇色を広げていて、冬特有の柔らかな朝日が一筋の線を描いている。

「ん…ああ、いけね…寝ちまってた」

一瞬目を閉じたあのあとですぐに眠ってしまっていたらしい。腕時計を見てみると約1時間程だろうか? その間にも、規則正しく音が鳴っていて見張り台の囲いからひょこっと顔を覗かせた。昨日、ワポルに食べられてしまった欄干の修理をウソップがしている。さっきから鳴っていたのはトンカチの音だったようだ。

「おう。早ェな、ウソップ!」
「こんな状況でじっとしてられるかっての!」
「あァ、そうだな」

一刻も早くナミを医者に診せて、ビビをアラバスタに送らなければならない。一昨日のビビの様子を見てウソップも色んな想いを感じ取ったのだろう。もう5時前となれば、朝食の準備をしなければならない。サンジはグーンと伸びをして腰をあげ、ラウンジへと降りて行った。


日も上り、朝になるとクルーは眠たい目を擦って朝食を摂りにラウンジへとやってくる。たくさんの種類のサンドウィッチとたっぷり野菜のミネストローネ、スクランブルエッグにベーコン、数種類のチーズ、シーフードサラダや温野菜、ジャム付きのヨーグルトチーズなど今朝も豪華な朝食が並んでみんなで仲良く朝から賑やかに囲った後、みんなナミの看病をしたり見張りをしたりと赴くままに午前を楽しんでいる。

「んっ、なあナミ! 見てみろよほら!」
「ふふ、ナミが眠れないじゃない、ルフィくん」

顔にあらゆる落書きをしてびろーんと顔を左右前後に伸ばして子をあやすようにナミを笑わせようとしているが、ナミは荒い呼吸を繰り返しながら深い眠りについていて起きる気配はない。ルフィの行為にアリエラが笑いながら、ふわふわな髪の毛をとかしてお化粧を乗せて行ってる。

「ナミの様子はどうだ」
「あら、ゾロくん」

そんな中、階段を降りながらゾロが二人に声を投げた。百合の香りのルームフレグランスに化粧品や香水の匂いが混じった女子独特の匂いに違和感を抱きながら部屋のふかふか絨毯に足を踏み入れた。ドレッサーの鏡の中で化粧中のアリエラが微笑み、不意にどきりとする。

「…お前は今日も化粧してんのか」
「うん。だって気持ちがシャキッとするもの」
「そんなもん乗せねェでも綺麗だがな、お前は」
「まあ…、」

平然と告げられたゾロのことばにアリエラはリップを塗りながらあんぐりと口を開けた。あの女の子に全く興味のないゾロが“綺麗”だと言ったのが何だかおかしくて、次いでくすりと笑うと「なんだよ」と睨まれる。

「ううん…ゾロくんにそう言ってもらえるなんて、とっても嬉しいわ」
「…どういう意味だよ、そりゃあ…」

にこりと笑みと言葉を向けると、ゾロは瞳を少し見開かせた。だが、すぐにぷいっとそっぽを向いてがしがしと困ったように首の裏を掻いている。それが何だか可愛くて微笑むとぎろりとした目を向けられてぴゃっと表情を変えてお化粧に集中する。と言っても、あとはチークを載せるだけで、今日のメイクに合う色を選んでブラシに色を取る。その間も、ルフィはナミに向かって変な顔をし続けていた。ゾロは不思議に思い、椅子に腰を下ろしているルフィの後ろ姿に忍び寄る。

「うんナミぃ、笑ってくれよナミ!」
「おい、ルフィ。どうした?」
「ん?」
「うおあぁああ!?」

振り返ったルフィの顔があまりにもすごいことになっていて、予想だにしていなかったゾロは腰を抜かしてしまった。彼の全体重が落ちたために振動が渡って、その驚きようにアリエラもくすくす笑っている。

「やめろ、気味悪ィ!!」
「ありがとーん!」
「うふふっ。よかったわね、ゾロくんに笑ってもらえて」
「笑ってねェ!」

身支度を終わらせたアリエラはクローゼットからコートとマフラーを取り出して羽織り、結ぶとむすっとしたまま腰を上げたゾロに満面の笑顔を浮かべ、白いブーツを履いて女子部屋を後にした。惚れた女の前で大声上げて、腰を抜かした姿を晒したなんて…。

「あいてっ! 何すんだ、ゾロ!」
「…病人の前で変な顔してんじゃねェ!」

船長の頭に愛ある拳をぶつけて、惚れた女にみせた失態への情けなさと怒りを成仏させるゾロの思惑が分からずにルフィはぶーっと下唇を捲れさせている。


しっかり着込んで倉庫から甲板に顔を出したのだが、わきを抜ける氷のような風にぶるりと全身が震えてひゃっと声を漏らしてしまった。

「さむいっ、なあにこの風!」
「アリエラさん、今日はより冷えるわね」
「ああっ、おしゃれしたアリエラちゃんも美しいなァ 今日の格好もかわいいね」
「えへへ、ありがとう。サンジくん!」

見張り台の上からハートを飛ばすサンジににっこり笑って手を振ると、彼はぴたりと固まった後に困ったように照れたようにぶんぶん振り返してくれた。また木枯らしがびゅうっと船を横切り、わきを上げていたサンジもアリエラ同様ぶるっと震えて自分の身を抱きしめる。

「ほんと寒ィな…っ。なあ、この頃安定して寒くねェか?」
「そうだなあ。突然妙に安定するよな。そういこともまた気まぐれなんだろうな、グランドラインの海ってのは」

早朝に引き続き船の修繕を行なっているウソップに投げると、彼はトンカチをぶつけながらサンジにやんわりと頷き、板をもう一枚持ち上げた。ウソップの行為を見つめながらビビは「そうでもないわよ」と凛とした音色を甲板に響かせた。偉大なる航路出身の彼女の返事に三人は、ん?と耳を傾ける。

「多分、島が近い証拠よ。サンジさん! 注意して水平線を見ていて!」
「ビビちゃん…」
「ビビちゃん、島があるのが分かるの?」
「ええ。こう冷え込んでいるからこの近くに冬島があるのよ、きっと」
「「冬島??」」

聞いたことのない名に三人はきょとんと瞳を丸めて首を傾げた。驚いてウソップは自分の指を打ってしまい「いてっ!」と涙を浮かべるとカルーが心配そうに目尻を下げた。
東の海は四季があったから季節が少なかったり、固定している島は存在しなかった。そのため、冬島と固定された季節の名を持つ島に驚いてしまったのだ。偉大なる航路で育ったビビにとっては当たり前のことで、三人の形相にくすりと微笑む。

「地理学で学んだことはあるけれど…本当にそんな島があるのね
「気象学的にね、グランドラインの島々は四種類に分類されているの。夏秋春冬。そして、それぞれの島には四季がある。つまり、グランドラインを航海するには夏島の夏から冬島の冬まで16段階の季節を攻略していかなければならないの。もちろん、当てはまらない島も、未知の気候の島々もたくさんあるわ」
「なるほどなァ」
「グランドラインはそういう島が折り重なってるからそれに挟まれた海はまともな気候じゃいられねェってわけか」
「お互いぶつかり合ってこんなデタラメな気候が交互に訪れているのね。島から出る磁気の影響も作用して空気のバランスが取れていないから崩れやすいんだわ、きっと」
「そうなの。だから気候が安定するということは島が近いということを意味するのよ」
「…確かに、」

ビビの言葉を受けて、サンジは双眼鏡を覗きながらごくりと息を飲んだ。水平線上に伸びているのはこの二日間、ずっと求めていた真っ白な島かげ。

「見えた…ッ!」
「「えっ!?」」
「クエ?」
「島があったぞッ!!」
「うわあ、本当!? サンジくん!」
「あァ! 霧がかって全貌は見えねェが、ありゃ確かに島だ!」

高らかに告げるサンジの嬉しそうな表情。それを受けて、アリエラは大喜びで隣のビビに抱きついた。柔らかな身体といい匂いを受けてふんわりと微笑む。美しい女の子二人の接近にサンジは見張りの上で「うおおおーっ! 美し!!」と大声をあげていて、ウソップは笑みを浮かべながらカルーと肩を組んで喜びを表した。


仲間の賑やかな声は、もちろん甲板下の女子部屋にも届いていて。ナミのベッドの前の椅子に座っているルフィは耳で受け止めると、途端に目を大きく見開かせて貧乏ゆすりをはじめた。

「島だって、島ーっ! そうか、島かあ! 島があったのかっ! おい、ナミ! 島だってよ、病気治るぞ! 島だ、島ーーッ!!」

しーま、しーま、しーま!と足を揺すりながら連呼するルフィに、クローゼットの前で腕を組んで立っていたゾロは呆れを浮かべながら「いいから見てこいよ。ここはいいから」と言うと、ルフィは秒で草履を履いて外へと出ていった。本当好きだな、と船長を見送ったゾロは腕を解き、ナミの様子を眺める。呼吸も荒く顔も真っ赤で辛そうだ。この状態の彼女をどう運ぼうか。まずはそれを考えなければならない。


「きゃっ、ルフィくん!」
「おいコラルフィ! なにアリエラ様に体当たりしてんだ!」
「あ、悪ィ、アリエラ!」

倉庫の扉を突き破る勢いで甲板に出たから、マスト前にいたアリエラはルフィと体を掠めてしまってよろけたが、そばにいたサンジに支えてもらって冷たい甲板に体をぶつけずに済んだ。

「大丈夫かい? アリエラちゃん」
「ええ、大丈夫。ありがとう、サンジくん」
「いやあ  いや、無事でよかったよ」
「…?」

一瞬、でれりと相好をハートに崩しかけたがグッと堪えて爽やかな笑みを浮かべてゆっくりとアリエラから腕を離した。その変化にアリエラはきょとんと瞳を丸めている。サンジの脳裏に昨夜のゾロの言葉がよぎったのだ。
本当、このままゆったりと距離を縮めていたら奴に惚れてしまうかもしれない。けれど、急かすのもおかしな話だし、とにかく彼女には極限紳士に振るおうと心に誓ったのだ。その振る舞いにアリエラにはエトワールだったから気にしているのかと映ったのだが…。

「そんなに気にしないで、サンジくん」
「え、?」
「ふふ、船首甲板にいきましょう」
「う、うん…」

わ、アリエラちゃんに腕を引かれてる…!このまま死んでもいい…。いや、まだまだアリエラちゃんの麗しい姿を拝みてェから死にたくねェ!
彼女の発言にはてなマークを頭に浮かべたが、コートの上から掴まれている彼女の小さな百合のような手に視線も胸も思考も絡め取られてしまって、そこについてもう何も考えられなかった。

船首甲板に着くと、もうルフィはいつもの特等席に座っていてそばにウソップとビビとカルーが島を待ち望むように前方を眺めていた。

「わあ、ルフィくん寒そうだわ」
「なんて格好してんだルフィ…」

改めてルフィの姿を見てみると、あり得ない格好をしていてアリエラとサンジは眉根を寄せて互いに顔を見せ合う。いつもの赤いベストに膝丈のジーンズなのだが、この吹雪が舞うほどの気温の中で着る服ではない。けれど、ルフィは目を輝かせて身を乗り出してうっすら全貌が見えてくる島に興味を注いでいた。

「白い、白いなあ! あれ雪だろ? 雪島か!」
「おい、ルフィ! 言っとくが今回は冒険してる暇はないんだぞ! 医者を探してナミさんを診てもらったらすぐ出るんだ!」
「そうよ、ルフィくん! すぐにアラバスタに向かわなくちゃ!」
「雪はいよなぁ! 白いしなァ!」
「聞いちゃいねェな」
「もうっ!」
「あああっ、雪島ってことは雪のバケモンとかいるんじゃねェのかァア!?  そもそも人がいるかも分からねェし…まずい! 持病の島に入ってはいけない病が…ッ!」
「雪かあ。雪は白くて好きだ!」

キラキラ瞳を輝かせながらルフィは左右に揺れて島の内部を今か今かと心待ちにしている。一方、ウソップは相反して真っ青な顔で身を震わせている。極端な二人にアリエラはくすりと笑って、ポケットに潜めていた黒いファー付きの細身の手袋をはめた。

「アリエラちゃん、寒い?」
「うん、かなり冷えてきちゃった」
「ね、寒ィよな。風邪引かないようにね」
「ありがとう
「ビビちゃんも気をつけて」
「ええ、ありがとう。サンジさん」
「サンジ君、おれの持病は…?」

手袋をはめる動作も美しくて見惚れてしまっていた。華奢なレディ二人に柔らかく声を投げると、煙草に火をつけて島の距離を目で測る。肉眼で捉えられる距離には近づいているため、もうそろそろ気を引き締めた方がいい。

「よし、上陸準備をするか」
「ええ、そうね!」
「無視かよおっ」

笑顔で頷き合うサンジとアリエラにウソップは泣き声をあげてツッコミを入れると、四つの青い瞳がこちらに向けられた。そういや、こいつら髪も目も色同じなんだよな、とふと感じているとサンジのタレ目は呆れに促されて下がっていってアリエラの綺麗な瞳も少し垂らされた。

「いつまでウジウジ言ってんだ。さっさと自分の仕事をしやがれ」
「ウソップ、そんなに怖いのならわたしが雪男さんをやっつけてあげるから準備しましょ」
「おお、た、頼もしい…アリエラ様!」
「てめェなにアリエラ様に守っていただこうとしてんだ! 絶世の美女様だぞ、てめェが守って差し上げろ!」
「ひいいっ、そんなおっかねェ顔向けんなよお!さ、サンジ君仕事、仕事」
「サンジくん、お仕事がんばりましょう」
「はあい、アリエラちゃん!」

アリエラの一言にウソップへの怒りをぴたりと止めて、帆の調整に向かっていった。桃色の声にすっかりご機嫌なサンジはるんたるんたしている。

「サンジくんの怒ったお顔可愛かったわね」
「かわいかねェよ! おれ死ぬかと思った」
「うふふっ、わたしゾロくんを呼んでくるわ」

にこやかにうふふっといい匂いを放って横を通り抜けていったアリエラはまるで春のようだった。誰もが夢中になるエトワールはその着飾った姿ではなく、ありのままの17歳の姿であの海賊狩りと超一流コックを落としたなんて、同い年の男として末恐ろしい。いや、アリエラは同い年の気の合う女友達って感じだから惚れる未来は想像つかないが、彼女に惚れたら待っているのは剣士とコックによるおっそろしい牽制だろう。

「こんなに雪がっ、幸せだおれ! なあ、アリエラこっち来て見てみろよ!」
「アリエラさんならMr.ブシドーを呼びに行ったわ」
「ありゃ、そうなのか」
「……」

きょとんと目を丸めたルフィはすぐに気を取り直して粉雪のようにふわふわ降り積もっている雪の山を眺めて恍惚と目を輝かせた。そういえば、船長も何かあればアリエラを呼んでいる気がする…。いや、まさかな。何か頭によぎったが、ゾロとサンジに作用されて恋愛脳になっているだけだとぶんぶん首を振って思考を飛ばした。


銀世界にうっとりしているルフィの代わりに上陸準備を整えてきたサンジとアリエラに呼ばれたゾロも仕事を終わらせ、三人再び揃って船首甲板に姿を見せた。

「へえ。雪島か」
「こりゃすげェな。何だ、あのクソ高ェ山は」
「全身真っ白な島ね可愛いわ!」
「ところでルフィ…お前寒くねェのか?」
「現在の気温はマイナス10で熊も冬眠をはじめる気温よ?」
「そうよ、ルフィくん! 凍傷しちゃうかもしれないわ!」

ウソップの訊ねとビビとアリエラの心配の声にルフィは恍惚から徐々に溶けてきた頭で反芻してみる。たっぷりと晒している肌には氷のように冷たい風が滑り、薄い生地の服をすり抜けていく。

「ん……うあっ寒ッ!?」
「「いや遅ェよ!!」」

さっきから、いや何なら昨夜からずっとこの気候だったのに今ようやく気がついたのか。ウソップとサンジは盛大な呆れと共に激しいツッコミを船長に送る。その間、見兼ねたアリエラが男部屋からルフィ用のコートを持って出てきて、ルフィに手渡した。

「ありがとーアリエラ!」
「風邪ひいちゃうわよ、ルフィくん」
「おれは風邪は引かねェ!」
「ふふ、それならいいけど」

黄色と白のクロス模様のコートを着込むと幾分か身体も温まり、風や冷気も遮断されぽかぽかだ。笑顔のままルフィは再び船長席へと腰を下ろした。

「あ、雪解け水の滝だわ」
「あら、本当。あそこに船を止められそうね」

ビビの見つけた前眼の滝はちょうどいい隠れ家になりそうだ。ウソップがラウンジで舵を取り、島に続く支流に入り、滝の前に船を持っていくと後はイカリをおろすだけ。走って戻ってくると、これからの予定決めが始まった。

「誰が行く? 医者探し。いや、人探しか?」
「おれ!!」
「おれもだ!」
「わたしも行きたいわ!」
「よおーし、行って来い!」

ルフィとサンジとアリエラが元気よく挙手してくれたことにウソップは心底喜んで、嬉しそうに高らかに声を上げると、高いところから「そこまでだ、海賊共!!」と酷く糾弾する野太い声が降ってきた。よかった、ここは人のいる島なのだ。少なくとも生活に必須な役割である医者はいるだろう。
導かれるように全員がゆっくり顔を持ち上げると、海面から約5メートルほど上部に位置している島の岩壁からざっと50人ほどの男性が銃を構えて円状の雪解け滝の岸に浮いているメリー号を包囲していた。こちらに向かってくる海賊船をマークして瞬時に駆けつけ見張っていた者たちなのだろう。

「おい、人がいたぞ」
「きゃ…みんな銃を持っているわ」
「や…やばそうな雰囲気だ…っ」

流石にこう大量の銃を向けられて恐怖を抱いたのか、アリエラは隣にいるサンジの背中に隠れるように身を潜めた。その姿にサンジは口角を緩めてしまう。恐怖を抱いているか弱い美女がいても向こうからすれば海賊旗を掲げた船員に遠慮も配慮もない。構える手を下げることなく、牛のような大柄の男性がずしんと一歩踏み寄った。どうやら彼がリーダーのようだ。

「海賊共に告ぐ! 速やかにここから立ち去りたまえ! 今すぐにだ!」
「おれ達、医者を探してんだ!」
「病人がいるんです!」
「ど、どうかお助けくださいまし! 大切な仲間がもう2日も高熱に苦しんでいますの…!」
「そんな手には乗らねェぞ! 薄汚い海賊共め!!」
「ここは我々の島だ! 海賊などに上陸させてたまるか!」
「さあ、すぐにイカリをあげてこの島から出ていけ!」
「然もなくばその船ごと吹き飛ばすぞ!」

ツンと目を釣り上げて、しっかりと的を得ている村人たちにサンジは煙草に火をつけ、つま先をこんこんと鳴らしながら紫煙を吐いた。

「おーおー。酷く嫌われてんなァ。初対面だってのに」
「口答えするなァ!!」
「…っ、アリエラちゃん!」
「う、撃ちやがった!」

サンジの言葉が気に入らなかったのか、村人は躊躇うことなく引き金をひいた。パアンと鳴った銃声にサンジははっとして顔を持ち上げる。後ろには愛おしい女の子がいるのだ。アリエラを隠すように背で守りながら避けると弾は足元の甲板を貫いた。脅しではなく確実に命を狙っていたらしい。

「おいコラてめェ! 後ろにはレディがいるんだぞ!!」
「サンジくん、私なら大丈夫よ! 待って冷静になって! 彼らは何にも悪くないわ!」
「サンジさんやめて!」

このまま島の上へ飛んでいきそうな憤りを感じて、アリエラとビビは必死で彼を引き止める。後ろでコートの裾を引っ張るアリエラと、前に立ち塞がってサンジの身体を押さえ込むビビ。女の子に止められたため、彼はすぐに力を失ったのだが初対面のサンジの性格を当然知らない村人は、麻酔銃でも放つような感覚で再び発砲した。

冷たい空気を揺らす熱い弾は凄まじいスピードと勢いを孕み、弧を描いて宙を舞うと少し動きを変えたビビの腕に直撃してしまった。白いレザーコートは少し焦げて、ビビは痛みに大きく目を見開かせて撃たれた勢いのまま甲板に倒れ込んだ。

「「ビビちゃん!!」」

倒れ込んだ彼女の体重に船は少し揺れを大きくし、波紋を産んだ。全員の叫び声が寒空の下に響き、銃が放つ焦げたにおいが風に乗ってトグロを巻いた。


TO BE CONTINUED 原作132話-79話




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