27.この気持ちを誰に伝えよう

 数日後。龍水の読み通り絶好の出立日が訪れ、千空たちを乗せた気球は飛び去っていった。
 その場には微笑んで彼らを見送るミカゲの姿があった。千空は明らかに彼女に向かって手を振っていたが、さてそれに気づいた者は何人いただろうか。
 気球は道中、発達した積乱雲に飲み込まれてしまうが、千空、龍水、クロムの知恵と勇気を束ねて危機を脱し、無事村への凱旋を果たした。三人は気球の修理を翌日に回し、村人や羽京によるもてなしを受けることにした。
 電話先のゲンに到着を報告し、千空が天文台から降りてくる。彼は待たせていた羽京に話しかけた。

「俺はちーと寄るところがある。コハクらにはまだ通話中とでも言っといてくれ」
「えっと、うん、了解。上手く伝えとくよ。それから…僕も使ってもいいかな、電話。個人的な用事なんだけど…」
「ん?ああ、好きにしな。別に確認もいらねえよ」
「ありがとう」

 羽京は会釈し、村へと繋がる橋を渡っていった。千空も逆方向へと歩き出す。

(四段目の右端、だったな)

 途中で目についた白い花を二本手折り、慣れないながらもそっと握り込んだ。
 やがて辿り着いたのは村の墓地。彼は盛られた土を注意深く踏みしめ、目当ての墓石に刻まれた印を確認し、花を捧げた。その後地面へ戻り、改めて全容を視界に収めた。
 彼はミカゲから依頼を受け、この場に眠る彼女の両親を参っていた。最上段の創始者の跡地には見向きもしないのが実に彼らしい。しばらく黙ってざわめく木々の音を聞いていたが、やがてふっと一息つき、目線を花を手向けた墓石に固定し口を開いた。

「まあ、そもそもここに"いる"とは1mmも思っちゃいねえが…ちーと何かに向かって宣言したくなっちまったもんでな。…あー、ミカゲの両親。それからついでに百夜。ククク…テメーは"いた"としても100億%きれいさっぱり分解し終わっているわなあ」

 ひとしきり笑った後、ぐ、と唇を引き締めた。

「嫁さんをもらうことになった。それがあんたらんとこのミカゲだ。言っとくが前のようにはならねえからな?あんたらみてえに仲良くやっていけたらと思ってる。次はあいつの付き添いで一緒に来るだろうから、詳しいことはそん時あいつから聞いてくれや。以上だ」

 そうして実にあっさりと、何の心残りもなく身を反転し、元来た道を歩んでいく。澄み渡った空を仰ぎ、この青で繋がる彼女を想い一度笑んでから、前を見据えて足を速めた。

*

「…あ、ミカゲちゃんいたいたー!」
「あらゲン。今日は本部に籠るんじゃなかったの?」
「目的を果たしたから出てきたの。ちゃーんと到着出来たみたいよ、気球」
「!そう…よかった…」

 各所から返却された食器を整頓するミカゲの元へ、ゲンが走り寄ってくる。自然と手を貸す彼に礼を言い、しかしさりげなく棚から遠ざけて会話を再開した。

「何か言ってた?」
「今夜は宴会だってさ」
「ふふ、いいわね。怪我もなさそうで一安心だわ」
「ね〜」

 雑務用の机に尻を半分乗せ両手をつき、ゲンが唇の弧をさらに深くした。

「寂しい?千空ちゃんと離れて」
「そりゃあまあ、慣れるまではね」
「俺に言ってくれたらいつでも取り次いだげるからね」
「ええ」
(……ん?)
「千空ちゃんにもおんなじこと言っといたから」
「…ゲン、あなた…その、ええと…」
「んふ〜?」

 にまにま。いつの間にか含みしかないにやつきに取って代わっており、ようやくミカゲがその様に気づく。彼女は何度も目を泳がせ、やがて観念した。

「…どこまで知っているの?」
「そうね〜、とりま今ミカゲちゃんが抱いた疑念は全部かな〜」
「!?」
「だって、ある日を境に千空ちゃんの身につけるものが一つ増えて、毎日お仕事抜け出すようになったんだもん。おめでと、ミカゲちゃん」

 彼女の頬に一層の紅が差した。

「いや〜春だねえ〜。きっとこれから他にも花が咲いてくんだろねえ」
「……ゲン、あなたは…」
「はーい?」
「私もあの人も最後までろくに気づけなかったけど…あなたはきっと、私たちのために色々と心を砕いてくれたのでしょう?ありがとう…ごめんなさい」
「どういたしまして。でもね、謝るのはダーメ。俺はただ眺めてただけよ、ジーマーで。ぶっちゃけ千空ちゃんが誰からもお世話されずにここまで来たの、超意外で超驚いたもん」
「そうなの…?」
「そうなの〜。で、答え合わせしたいんだけど、先に告ったのは千空ちゃんだよね?」
「え、ええ」
「ほら!あの千空ちゃんが!ところがどっこい!いやそうじゃないと二人に先はなかったけどさー!頑張ったねえ千空ちゃん。ミカゲちゃんも間に合ってよかったねえ」
「……」

 迫られたミカゲの表情がみるみる曇る。一転、ゲンがうろたえ出す。

「あっ、メ、メンゴ!からかうつもりじゃなくて…!」
「違うの……あの頃の私、本当にばかだったって…」
「…そっか。でも、決別出来たんだね、あの頃の自分と」
「そうだといいのだけど」

 まだ眉を下げたまま目を細める彼女は、自ら絡みつけた重い糸をすでに振りほどいていて。

「今の顔見たら分かるよ。種類で言えば自嘲になるけどさ、もう心配ないなーって思えたから」
「……やっぱり謝らせて。私たちだけの問題じゃなかったこと、今やっと理解したわ…」
「さっき聞いたからいりませ〜ん。過去に目を向けるのはもう終わりよ、ミカゲちゃん。これからは未来に全パワーを注いでかなきゃ、ねっ!」
「…ええ、ええそうね、ありがとう、ゲン…!」
「これからもこの俺が最前列で眺めさせてもらうからさ、二人はずーっと安泰ってもんよ!」

 ささやかではあるけれど、彼女たちの力になれてよかったとゲンは心から思った。きっと彼女たちはこれからも、たくさんの腕に担ぎ上げられ、片や悪態をつき、片や困った笑みを浮かべ、それでちょうど相殺となるような、そういういつまでも見守りたい二人となるのだろう。

(ホーント、他人のことでここまであったかくなれるとはね。俺のハーレム一号二号は間違いなく二人よ、千空ちゃん、ミカゲちゃん…)

 内心でそんなことを考えながら。彼は忍ばせていた布の端切れをするりとしまい込み、代わりに子どもを笑わせる手段と全く同じように手元から花を湧き出させたのだった。

*

「しもしも〜?おっ疲ー羽京ちゃん。どしたの?」
「ゲン!あの、千空とミカゲちゃんって!」
「わっ、何!?……ハハァーン、聞いてたのね、昨日の通話。その通り、千空ちゃんがバッチリシュート決めてたよん」
「ああぁよかったー!僕、完全に部外者だけど、それでもあの件以来ずっと気になってて…」
「……ハァー……」
「…ゲン?」
「あ、メンゴ…ちょっと感極まってた。この気持ちを誰かと共有出来たことに…」
「ああ…うん、うん」
「次会った時にさー、話していい?俺そして二人の頑張り物語を」
「……聞きたい」
「羽京ちゃんも意外とゴシップ好きね〜♪」
「あはは…ピュアなやつ限定なら否定しないよ…」



  

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