18.SCIENCE BOY

 真空管、プラスチック、金の電線、そしてマンガン電池にマイク。科学王国民は役割を分担し、ケータイを構成する全ての部品をとうとう完成させた。実は対が揃って初めて無線通話が可能になるのだが、皆のやる気を保つためか、一機目が組み上がるその時まで千空によって真実を伏せられるというおまけ付きで。
 動作テストの中で話題に上がった百物語其之十四。千空とゲンは、この物語が他と異なる意図を持つことを見抜き、創始者の墓石に眠っていた"レコード"を得た。それは3700年前に生きた百夜、そして彼の仲間たちからの贈り物だった。
 レコードには百夜の肉声に加え、稀代の歌姫リリアンの音楽が刻まれていた。リリアンの歌声を聴いた村人たちは一様に涙を流す。言葉にならない美しさ。3700前の世界には、これ程の極上の娯楽が当たり前に存在していたのかと。
 司帝国との戦いに勝つ。今まではその一点だけが目的だった。しかし、村人たちの意識には共通してもう一つの望みが生まれていた。村の歴史と共に在った無数の石像たちを目覚めさせ、かつての文明をもっと知りたい。そう願うようになった。
 二機目のケータイも無事仕上がり、科学王国は先手を打った。作戦の第一弾は帝国領への潜入。敵陣に身を置く仲間にケータイを届けるため、クロム、マグマ、ゲンの三人が選出され出発した。
 村に残る千空たちは、帝国から遣わされた監視者のほむらを捕らえることに成功する。これでこちらの情報が漏れることはない。作戦は全て順調だと、そう考えていた。
 しかし誤算があった。帝国の三強に数えられる羽京という名の戦士。彼は常人離れした聴力を誇り、侵入者に唯一気づいて逃げ道を奪う。ケータイを敵地に届けた代償は大きく、クロムが敵の手に落ちてしまった。
 人質として安全を保障されていることを信じ、千空と帰還したゲンは次の作戦を遂行する。しかしその内容は一切明かされず、片割れのケータイを設置した天文台は立ち入ることはおろか、不用意に近づくことも禁止された。

*

「……ええと……いち、にい、さん、し、ご、ろく…六個。なめした皮は……三巻きと…半分…」

 ミカゲが倉庫内を歩き回り、素材の棚卸しを行っている。科学倉庫だけでは手狭になり、増設された複数のうちの一つである。

「んー…この辺の容器は使い勝手がいいからどんどん減っていくわね…また焼いてもらわないと」

 これまではクロムが率先して行っていた仕事だったが、彼は囚われの身となってしまった。ミカゲは倉庫内の物に触れる度に彼を案じ、小さく息をつく。

「クロム…もう会えないなんてこと、ないわよね……あぁ……」

 暗い妄想に襲われ、必死に何度も首を振って否定した。
 と。ばたばたと駆け足の音が聞こえてくる。速度を緩めないまま現れたのは千空だった。

「ミカゲ!溜めてた蜂の巣全部出すぞ!」
「あっ、は、はい!」

 勢いにつられ、ミカゲも反射的に返事する。その後彼の指示を頭の中で反芻し、内容をやっと理解して目当ての場所へ案内した。

「かなりの量よ?」
「そりゃおありがてえ」
「次はどんなものを作るの?」
「車」
「くるま…うーん、いつものことだけど想像もつかないわね…」

 奥にしまい込んでいた収納箱を一つずつ運び、入り口付近に並べ直していく。

「自動車っつってな…"自分で動く"陸の乗りもんだよ」
「乗り物ねえ………あっ、もしかして水車のあの輪が付いた船みたいなものかしら?"じどうしゃ"と"すいしゃ"って響きも似ているし」
「ククク、やるじゃねえか!概要としちゃあ大正解だ!」
「ふふふ、ここまで色んなものを見てきたおかげね。……さあ、これで全部よ。持っていくなら他の人も呼んでこなくちゃ」
「…こんだけありゃボディ以外は使い回さずにいけるか…?いや試作でお陀仏にする分も上乗せしねえとな…」
(もう…聞いちゃいないんだから)

 ミカゲが両腕を組み、慈しみに満ちた困り顔を浮かべていた。
 今日の彼はこの上なく上機嫌だ。クロム幽閉という憂い事がきれいさっぱり頭から抜け落ちているようにすら見える。一体どれだけ彼にとって唆るものなのだろう、その自動車とやらは。

(やっぱりこの人は…こんな風に瞳を輝かせてもの作りに打ち込んでいる時が一番幸せそう)

 そしてそんな彼を見守ることが、彼女の幸せ。
 鼓動が弾み、余韻が全身へ広がっていく。彼女は眉間に皺を一つ増やし、心臓の真上をひと撫でしてゆるく首を振った。

(この人が幸せだと思える時間を守りたい。それが…私の欲しいもの)
「……ほら千空!ここでぶつぶつ言ってたって箱は歩いてくれないわよ。皆にも手伝ってもらって運び出さないと」
「分ーってるよ!ああそうだ、設計図に使うからそこの皮も持ってくぞ」
「ええ?全部?」
「全部」
「しょうがないわね……はいどうぞ」
「どーも」
「!」

 無遠慮に指先に触れられたことも理由の一つだろうが。彼女は彼が礼に近い返事を口にしたことに驚き動きを止めた。

「どうした?」
「今…あなた"どうも"って…」
「それが何だよ?」
「……成長したのね!」
「あ゙?」
「お礼をちゃんと言えるようになったなんて…えらいわ千空!」
「テッメミカゲ、この期に及んでまだガキ扱いか!?礼なら前にも言っただろが!」
「それはそうだけど、でも今のは前と状況が違うじゃない。やだ、泣きそう…」
「やめろ話をでかくすんな!あ゙ークッソ、覚えてろよ…!」
「もちろん忘れないわ」
「違ぇ!あ゙ー…マジで調子狂う…」
「ふふ…ごめんなさい、ちょっとからかっちゃった」

 まさか本当に目尻に涙を浮かべていたのか、ミカゲが指でそこをさらう。ふっとひと息。

「こんな流れじゃ信じてもらえないでしょうけど…もうずうっと前にやめてるわ、そんな扱い」
「……」
「あなたにとっての私は口うるさい姉貴分で変わらないんでしょうけど」
「……」
「なぁに?年増だったら流石に傷つくわよ?」
「年齢は関係ねえだろ」
「っ」
「口うるせえのは全肯定だがな」
「もう。…でも、ありがとう」
「クロムの台詞の引用だっつの」
「ふうん?いいこと言ったのね、あの子」
(こうやって本音を覆うところは変わらなさそうね…)
(歳を意識すんのをやめるつもりはねえらしいな…)

 同時にもやりと抱いたこの感情は一体何に分類されるのだろうか。
 水面に音もなく浮かんだ疑問に彼らが気づくことはない。そんなものを探し回れる程暇ではないのだ。
 けれどいつか。いつか見つけてもらう時を待って、そのひと欠片は静かに漂い続けていた。



  

novel top


- ナノ -