17.総力の在り処

 フィラメント。それはケータイの心臓である真空管…のさらに核たる部品の名称である。
 真空管は名の通り、専用の装置で中の空気を完璧に抜く。すると電流の通り道であるフィラメントは電球のそれとは比べものにならない高温となる。つまり電球で使用している竹製を流用することは不可能であり、新たな素材が必要となった。
 千空たちが見出した素材はタングステン、先日クロム発掘隊が持ち帰った鉱石である。この鉱石をまずコハクやマグマが細かく砕き、千空とゲンが加工し、その間にクロムが指揮官となって仕上げ用の加熱装置を組み立てた。
 手当たり次第に持ち帰った石の山からタングステンを取ったスイカ。探索を経て自ら手を貸すようになったマグマ。あらゆる力仕事を迅速かつ正確にこなすコハク。連携作業を得意とする金狼、銀狼。復活者ならではの知識と語彙力を駆使するゲン。ほぼ全ての器材の作成に携わるカセキ。柔軟な発想とそれを実現させる行動力を以て加熱装置を完成させたクロム。そして、唯一無二の存在であり、それぞれの仲間たちから力を受け取った千空。ここに全ての要素が出揃った。

「おぅいくぜ!ピンポイント加熱装置起動!!」

 燃え盛る炎、熱を一ヶ所に集める巨大レンズ、水と電流から生み出された水素。これまでのありとあらゆる技術をつぎ込みわずか数cmの物体をフィラメントへ変貌させる最後の過程。炎へ空気を送り込んだコハク、マグマ、金狼、銀狼が、レンズを支えたカセキが、号令を上げたクロムが、一連の装置を見守ったゲン、スイカが。緊張感の中装置の中身を取り出す千空を見つめ続ける。
 にい、と唇の端を吊り上げて、彼は完成品を大きく掲げた。

「タングステンフィラメントの完成だーーっ!!」

 空気が一変、場は歓声に包まれた。

「やったんだよ〜!」
「まさしく石神村一致団結の証だな!」
「おぅよ!俺たち全員でやり遂げたんだ!」
(…全員?)

 ぴたりと千空が動きを止めた。はしゃぐ周りの者たちも、一人また一人と彼の雰囲気がこれまでから変わったことに気づいていく。

「どした、千空?」
「……足んねえだろうが、一人」

 そう、彼女がいない。彼の頭の中が疑問符で一気に覆われる。

「…ああ、ミカゲのことか?確かに今ここにはいねえけどよ、あいつだって備品とか燃料が尽きねえようずっと裏で動き回ってくれてたぜ。それも立派な"力"の一つだろ?」
「ハ!クロムもたまにはいいことを言うではないか!」
「たまにじゃ…」
「たりめえだろ、んなこと」
「お、おぅ?」
(何でだ?何かが完成しそうな時、あいつはいつも察知して様子を見に来てた。今だってこんだけ騒いでんだ、気づかねえはずは…)

 千空の体から淀みが漏れ出ようとしたその刹那。ゲンが前へ歩み出し、全員の注目をさらっていった。

「まーまー。千空ちゃんが言いたいのは、せっかくならおめでたい瞬間は皆で立ち会おうってこと!今回は残念だったけど、次からはミカゲちゃんにも声かけてあげようね」
「うん、その時はスイカがつれてくるんだよ!」
「頼もし〜!それじゃあスイカちゃんをミカゲちゃん探索隊長に任命しよう」
「はいなんだよ!」
「んじゃ、千空ちゃんはフィラメントの品質チェックね。他の人はその間休憩かな。はい、かいさーん!」

 どやどや。再び口を開いたクロムを筆頭に、皆が移動していった。

(こういうのもいつもミカゲちゃんが仕切ってくれてたんだけどな〜…)
「だいじょぶ?千空ちゃん。バイヤーにドス利いてたよ」
「……あ゙ぁ゙」
「ほら〜」
「あ゙?喋んなってか?」
「メンゴメンゴ。いや分かるよ、ルーティンとモチベ維持。俺も伊達に不特定多数相手に商売やってなかったからね」
「…じゃあそれが崩れた時どうしてやがった」
「んー、もう開き直って妥協かな〜。上手くいかない日があったって、お仕事は変わらず続いてくからねえ。その日でイヤ〜な流れを断てるよう、そっちに全力を尽くすかな」
「……」

 ふ、とため息をついた千空の隣にゲンが並んだ。

「それでねえ千空ちゃん。ちょおっと言いにくいことなんだけど…」
「なら言うな。こっちもルーティンに生きた人間組み込んでたことに気づいて自嘲中だ。モチベ維持の方はともかくとしてな」
「話早くて助かる〜。そうだね、自分の都合のためだけに動いてくれる訳じゃないもんね、他人ってのは」
「言ってんじゃねえかオイ」
「いや〜〜〜千空ちゃんに苦言を呈すなんて滅多にない機会だからさ〜テンション上がっちゃって♪」
「あ゙ークソ、このペラペラメンタリストがよ」

 けたけたと揺れるゲンに、千空も毒を抜かれたようだ。口では彼を罵りながら、その表情は相棒に向ける格好つけた笑みに変わっていた。

(そうだ…この先それぞれに作業を任せていくんだ。あいつだけ縛るなんてどうかしてる)
「それで?肝心の出来栄えは?」
「ククク、総力注いだんだ、100億満点に決まってんだろ」
「ゲン!千空!」
「あれえ、スイカちゃんにミカゲちゃんじゃない。どしたの?」
「ミカゲおねえちゃんにもフィラメントを見せてあげてほしいんだよ!」
「ゴイスー!早速隊長の務めを果たしたんだね〜」
「隊長…?」

 スイカに手を引かれ現れたミカゲが首をかしげていた。反対の腋には薪が数本。それなりに強引に連れてこられたのだろう。
 四人で作った輪の中心に千空がフィラメントを差し出す。ミカゲが声を上げた。

「ついに完成したのね!皆本当にお疲れ様、頑張ったわね…。ええと、見た目は今までのとあまり変わらないようだけど、強度が全然違うのよね?」
「ああ、こいつなら真空管の熱にも耐えられる」
「すごいわ!吹いたら飛んでいっちゃいそうなのにねえ…」
「ホントなんだよ、なくしたら大変なんだよ」
「容れもんを作んのはこれからだしな。ミカゲ、細けえパーツをしまってる箱があんだろ。空きそうか?」
「そうね…それを入れるぐらいの場所はあるでしょう。行きましょうか」
「ん」

 ミカゲが微笑んでから踵を返す。千空が、これまでとうって変わって十分満足した得意げな表情を浮かべ、後に続いていった。

「やっぱりみんないっしょがいいんだよ!」
「だね〜」
「千空、とってもうれしそうだったんだよ。スイカもね、ミカゲおねえちゃんにほめてもらうの大好きなんだよ」
「ねー、俺も好き〜」
(ハァ〜いいもん見ーちゃった。千空ちゃんってば、すーっかりミカゲちゃんなしじゃダメな体になっちゃってまぁ〜。……んー流石にこの表現はドイヒーか、んじゃま、すっかり心開いちゃってってことで)

 上機嫌に、そして彼と同じく達成感を味わって、ゲンとスイカは鼻歌を奏でながらクロムたちに合流した。



  

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