13.NO THANK YOU

 千空、千空。今日も彼の名があちらこちらから上がってくる。
 千空、手順は合っているか。千空、材料が尽きそうだがどこかから分けてもらえないか。千空、この失敗分はどの辺りからやり直しがきくか。本来なら監督補佐、から千空専属の補佐へと移行しつつあるミカゲでも対応出来る質問が、どうしてもすり抜け彼まで届いてしまう。
 四十名を超える人員はようやく工作という行為に慣れようとしているところであり、増える疑問は進歩、自立に向けた第一歩と言える。千空はそれをよく知り、そもそもどう足掻こうと人手不足は解消出来ないことも把握しているため、嫌な顔一つせず答えてやった。
 ミカゲが彼を安易に頼らないよう説得して回っていることも耳に入っている。各人も懸命に励んでいる。だから、負荷の割合がいびつな今の状態も時間が解決するだろう。そういった見通しがはっきりしているため、現状に不満はない。
 ただ一つ。目の前の女子二人が口にした話題を除いては。

「あ゙ー?気になる奴だぁ?」
「そう!あなたも長になってしばらく経つでしょ?」
「村の皆とも関わってきたしィ、そういう子、出来たのかなーって」
(出、た、よ)

 声をかけられたきっかけは作業内容の確認だった。だから千空は応え、彼女らも礼を言った。そして続けて質問されたのだ。

「んなもん1mmも……いやまず男ならマグマだな」
「えっ!?」
「あんだけのパワーがありゃ人力じゃどうしようもねえ部分でも希望が出てくる。あとはジャスパー辺りか?覚えも早ぇしコツを他の奴に説明出来んのは死ぬ程おありがてえ」
「そうじゃなくて、女の子の話!」
「あ゙ーそれならコハク、ミカゲ、スイカの三人がぶっちぎりだわな。あいつらがいなけりゃとっくに詰みだ詰み」
「違うってば〜」

 煙に巻く、或いは相手を呆れさせる魂胆で真実を並べ立てた千空だったが、向こうも引き下がる気はないらしい。

「恋愛対象とか、結婚候補に入れてもいいって思える女の子のこと!」

 完璧な具体例を出され、いよいよ苦虫を噛み潰した表情になった。

「いねえよ」
「ホントォ?でもいずれは妻を迎えるんだし、外から来たあなたなら誰でも問題ないわ。今のうちに何人か目星をつけて、相性を探ってもいいと私は思うけど」
「そうそう。後からやっぱりあの人がいい〜ってなってもどうしようもないもん」
「だ、か、ら、非合理の極みの恋愛なんぞ1mmも興味ねえし唆らねえっつの!結婚?んなもん目的の一致以外に基準なんてあるか?あ゙?」
「でもでも…」
「しつけえしつけえ!これ以上無駄な時間取らせんな!仕事に戻れ!」
「もーっ、ちょっと聞いただけなのに〜」
「巫女様の時みたいに投げやりにされるのは困るんだからねェ」

 最終的に悪態をつき盛大に手で追い払う仕草まで行って、ようやく女子たちは退いていった。
 大きなため息。再三示しているはずなのに、何故女というものは他人を自分の理想に巻き込み誘導しようとするのか。そんな風に考えてしまう。
 貴重な時間を無為に使われたこと、抑えが効かず辛辣な態度を取ってしまったこと。その他にも様々な名もなき要因がごちゃごちゃと混ざり合って千空の神経を逆撫でる。彼はそれらを口から吐き出そうとして、大きな舌打ちの後遠慮なく唸った。
 一区切りついたところで顔を上げる。すると、いつの間にか現れ佇んでいたミカゲと目が合った。

「っ!?」
「……話しかけてもいい?」
「あ、ああ…どうした?」
「今後のことで、早めにあなたの許可が欲しくて。じきに冬備えが始まるから、人手をそっちに割きたいの。まずコクヨウ様に指揮を執っていただいて、出来れば…半分以上いつでも動けるようにしたいんだけど」
「全員冬備え優先で構わねえよ」
「分かったわ、ありがとう。子どもたちとご隠居は引き続き電線作りに専念してもらうから」
「ん」

 落ち着いた声を耳に入れながら、今この場を訪れたのが彼女でよかったと感じていた。荒らされていた精神の波があっという間に凪いだことを自覚し、彼女の存在の大きさを痛感する。

「テメーもそっちに行くのか?」
「え?ああ…特に決まってないわ。皆いつものことだから取りまとめなんていらないし。そうね……」
「だったら俺んとこ来い。スイカが電線チームに入ったからな、補助の手が欲しいんだわ」
「任せて。何だか久しぶりねえ。……ねえ千空、最後に一ついい?」

 そう続けて、今の今まで笑っていたミカゲが唐突に表情を消した。一呼吸。

「さっきの態度…あれちょっとひどかったわよ」

 凪いだはずの水面が一瞬にしてさざめく。
 その風を起こしたのが、やませた本人の彼女であることが異様に不愉快で。

「……盗み聞きたぁイイ趣味してんじゃねえか」

 千空の声色はこの上なく低くなった。

「あんな音量をどう遮断しろっていうの。はぁ…あのね、千空。あなたはこの石神村の長なのよ?いやなこと聞かれて腹が立つ気持ちは分かるけど、もう少し大きく構えてちょうだい。皆、あなたを見ているんだから…」

 追い打ちで、しばらく聞いていなかった正論という名の説教を突き付けられ、かちんと頭に血が上ってしまった。

「あ゙ーうるっせえな!なりたくてなった訳じゃねえだろうがよ!」
「…!!」
「何でこっちが我慢しなきゃなんねえんだ。俺だって流したくねえ怒りポイントの一つや二つあるわ。テメーの理想の長とやらを押し付けんな、気分悪ぃ」
「……」
「………んだよ」
「……ごめんなさい」
「あ?おい…!?」

 うつむいたままのミカゲがひるがえり、駆けていた。一人残された千空の両目は呆然と、すでに見えなくなった背中をなおも追う。
 悪ぶって、次にもっときつい雷が落ちてきて、そこで反省してみせて、綺麗に終えられるつもりだった。しかし彼女は会話を打ち切って去った。
 見限られた?

(バカが、何甘えてんだ…!!)

 一瞬でもそう感じてしまったことが、ひどく腹立たしい。

(こんな…あいつが思う"ガキ"のままじゃねえか、クソ…!)

 ごつ、と握った拳を額に打ちつける。逃す術のない痛み。同時にせり上がる嫌悪感。
 素直に非を認めなかった。これまで怒りという負担を彼女に強いらせ続けていた。後悔するような言葉を選んでしまった。

「…ミカゲ…!」

 このまま有耶無耶にしてしまえば、きっと塞ぐことが出来ない穴になってしまう。
 彼は走った。

*

(…いた!)

 群がる人々を火急だ後にしろと蹴散らし、彼女の行き先を聞いて回り、千空はついに居場所を突き止めた。
 そこはいつか砂鉄集めに精を出した川だった。流れを見つめるよう、直立したミカゲが深くうつむいている。
 出来る限り近づいてから声をかけるつもりだったが、走り続けたせいで完全に息が上がっており、すぐに気づかれてしまった。驚いた様子の彼女が歩んでくる。

「ご、ごめんなさい、抜けてしまって…すぐ戻るわ…」
「待て、っは……話…」
「…大丈夫?とりあえずお水飲んで一息ついて…」

 添われて川べりにしゃがみ込み、すくった水をひと飲み。喉から胃が順に冷え、茹で上がっていた脳も多少落ち着いた。立ったまま見守っていた彼女に視線を寄越し、隣に座らせた。

「………ちーと話させろ」
「……私も…言いたいことがあるの」
「ん…。その、アレだ…さっきは勢い余って、色々言っちまった。………悪かった」

 彼女が目を丸くした後首を振る。

「あなたは何も間違ってないわ。長になりたくてなった訳じゃないっていうのもその通りだし、それなのに私…ずっと頼りっぱなしで…」
「あ゙ー待て待て、そこも勢い余ってんだよ」
「え…?」
「そりゃ勝ち上がったのは誤算だし、器じゃねえとも思ってる。けどな、受けた以上は放り出すつもりもねえ。そういうこった」
「辛くない?無理してない?」
「別に。メリットの方が大きいから手放せねえよ」
「私たち、あなたの重荷になってない?」
「いや言わせんな、そこまで」
「……聞かせて。今だけでいいから…」

 ずっと空を眺めていた千空がミカゲに向く。膝を抱え、そこに頬を乗せ、唇は弧を描いていたが、普段とは似ても似つかない虚ろな眼差しだった。
 がしがしと頭をかく。立てた片膝を肘置きにして、手の平で顎を支えて。

「テメーらがいなけりゃ何一つ成せてねえだろうが」

 にこりと一度細め、再び開いた彼女の瞳。光が一筋差し込んでいた。

「ありがとう、嬉しい。……聞いてくれる?私の話も。ひとまず、最後まで」
「あ゙ぁ」
「あなたの言葉で…頭が真っ白になったわ。皆であなたを担ぎ上げて、逃げ場のないあなたに望んでいないことを背負わせていたんだって。でもそれは…それはきっと事実なんでしょうけど…何て言うのかしら…取り返しのつかないことじゃなくて、あなたはしっかり受け止めてくれていた。そこが分かって…よかった」

 千空がうなずく。

「もう一つね、ちゃんと謝りたいの。私…いつの間にかあなたを"長"としてしか見てなかった」
「!」
「あなたは科学が大好きな石神千空。そんな大切なことを忘れていたの…ごめんなさい」
(……あぁ…そうか)

 彼はすぐには具体的な言葉が思い浮かばないまま、それでも彼女の謝罪を胸の内へ、すとんと落としていた。
 風を起こす黒い雲が晴れ、全て解決出来たのだろう。

「…ククク、意味不明すぎて笑えるわ」
「もう…真面目なのよ、こっちは…ふふ」

 頬を撫でる本物の風は心地良かった。

「さあ、私も元気出していつもの通りに戻らなきゃ。…ああそう、あなたに話しかけた子たちはもちろん注意しておくけど、あなたももう少しだけ言葉を選んであげてね」
「早ぇよ」
「立ち止まってる暇なんてないんでしょう?次は何を作るの?」
「電球、真空管、その他諸々…ククク、この先テメーも地獄を見るぞ」
「お、脅かさないで…」

 どちらがどちらの歩幅に合わせたか。それは誰かの知るところではない。
 ただ事実として、村へと帰っていく二人の歩みは間違いなく揃っていた。



  

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