12.適所

 住まいこそほとんど焼けてしまったが、死者を一人も出さず、結果は石神村の完全勝利だった。
 家屋の再建中に開かれた話し合いの場で、雪解けと共に決戦に臨む展望を固め、千空は携帯電話の制作に取り掛かることを宣言した。
 遠く離れた相手と会話する装置。道のりはサルファ剤同様途方もないが、その万能薬を完成させルリを治療した実績、村全体の士気の高さから、千空に異を唱える者はなく意思は一つに束なった。
 ミカゲはいわゆる第一線から外れ、コクヨウの補佐として人材の配置や各作業の進捗把握を手伝う日々を送っていた。各場所を回り、様子をうかがい耳を傾ける。改善点がないか探り、あれば経験を元にした打開策を添えコクヨウに報告する。彼が判断出来ないことが生まれれば、千空へ取次ぎ指示を受けた。加えて、折を見て身につけた調理技術を女たちに伝えていった。
 問題が起こらない限り仕事そのものの時間は少なく、指南以上の半端な手出しをする訳にもいかず、彼女は物足りなさを感じていた。それは今まで四六時中働いていたせいで根付いた感覚が原因だったが、また別枠で科学王国の初期勢と物理的な距離が生まれた寂しさも強くなっていた。
 "メンタリスト"を名乗るあさぎりゲンが、そんな彼女の変化を見逃すことはなかった。

「おっ疲〜ミカゲちゃん」
「ゲン…どうしたの?何かあった?」
「んーそうね、カウンセリングをばね」
「え?何って?」
「久しぶりにミカゲちゃんとゆっくりお話ししたくなったの。ね、あっち行こ?」
「ええ…?まあ、構わないけど…一声かけてくるから先に行ってて」
「りょうか〜い」

 コクヨウに断りを入れたミカゲが追いつく。木陰に並んで腰かけ、ゲンは袖の中から巾着袋を取り出し、小さな欠片を手の平に落とした。

「それは?」
「わたあめ作りの時にちょいと頂いた糖の塊ってやつ♪」
「…えっと」
「原料じゃなくて残りカスの方だから見逃してよ〜。ほらあーん」
「自分で食べれるわよ、もう」

 一粒受け取り、大事に口の中に入れた。唾液が甘く染まり、思わず顔が綻ぶ。

「わたあめ機、まだ上手くいかないんですって?」
「あーそれね、原因が分かって改良版を形にしてるとこ。出来上がったら見においでよ」
「タイミングが合えばね…」
(あらら、ちょっぴりふてくされ気味?)

 彼女の気落ちの方向が予想と違っていたことを知り、ゲンが一人驚く。気を取り直し、話題を変えた。

「そうだ、腕の調子はどう?」
「おかげさまで痕も残らなさそうよ」
「ああよかったー!ジーマーで気がかりだったんだよね、俺も千空ちゃんも」
「そうよ、二人とも大げさなんだから。体を動かす仕事も止められて、何だかお荷物扱いされている気分だわ…」

 はぁ、と頬に手を当てミカゲがため息をついた。ゲンの眼差しがわずかに細くなる。
 そのことに気づかれる前に元の表情へ、そして笑顔へ。

「違う違う!そんなこと誰も思ってないし、逆だよミカゲちゃん」
「え…?」
「ミカゲちゃんが千空ちゃんと村の皆との間に入ってくれてるから意思疎通がスムーズに出来てんの。他の初期メンはミカゲちゃん程上手く言葉を選べないし、俺はまだまだ皆のこと分かってないからね〜」
「……」
「千空ちゃんはミカゲちゃんのこと信頼してるよ、ジーマーで。だから自分の判断が必要な仕事を任せてるって訳」

 丸く開かれた瞳をじっと見つめながら、もう一度笑いかける。彼女は黙ったままぱちくりとまばたき。その度に鱗が零れ落ちていて、思わず心の中でくすくすと笑っていた。
 賢い彼女にはしっかりと伝わった。もう大丈夫だろう。

「…あの、えっと」
「俺の話は信用出来ない?ま、そりゃ当然か〜」
「!ゲン、ゲン待って」
「ん?」

 彼女が横並びから対面するように膝ごと動いた。

「ありがとう、あなたと話せてよかった。誤解して腐ったままになるところだったわ。…それから。私も村の皆も、あなたのこと仲間だと思ってる。だから…今みたいにすぐ逃げないで。自覚がないなら、直した方がいい癖だわ」

 ひゅ、とかすかに息を呑んだ音は聞こえないまま、ミカゲは結びの言葉だけ続け、戻っていった。
 残されたゲンが指で頬をかき、誰に聞かせる訳でもなく。

「あっちゃあ。メンタリストとあろう者が気遣われる側に回るとはね。でもありがとね、ミカゲちゃん…」

 解けたわだかまりは二つ。しかし、知るのは片方だけ。それでもそれぞれの内に吹く風の向きが変わったような、そんなひと時だった。

*

 翌日、改良版わたあめ機が完成した報せを受け、ミカゲもその場に集まっていた。
 "ケータイ"に必要な金の極細線。失敗が許されない金の代わりに練習台として挙がったのが糖の糸、すなわちわたあめだった。脳天を直撃する未知の甘味に村人は夢中になり、新たな試作品のおこぼれにあずかろうと群がっている。
 その中、千空は隅で微笑ましげに見守るミカゲを大声で呼んだ。

「ミカゲ!来い!」
「はっ、はい!………お待たせ、何を手伝えばいい?」
「あ?違ぇ…いや違わねえか?」
「?」
「千空ー!出来たぜ!」
「おーし、んじゃ味見な」
「え?私?いいの?」
「ハイハイ食べたい!」
「テメーじゃ意味ねえよ銀狼」
「うえぇ、グルグル回したの僕なのにぃ…」

 やや小ぶりのわたあめを渡され、場の全員から力強い視線を一身に受け。
 彼女はもう一度千空を見やる。いつの間にか、"年相応"から"幼い一面"に置き換わっていた、煌めく赤色。
 それから目を離すことが出来ず、彼と見つめ合ったまま唇を開き、一口を舌の上で溶かした。

「……あっ…前と…舌触りが違うわね。ムラがなくなった…?」
「っしゃあ!大成功だぜ!」
「ククク、やるじゃねえかミカゲ!100億点だ!」
「え、ええ、ありがとう…?」
「ねえ千空僕は!?」
「ああ、テメーも100億点やるよ」
「やったあぁ!」
「オラ、このまま本番いくぞ本番!」
「えー、私たちも食べたーい!ねえ千空くん、作って作って〜」
「俺は準備すんだよ、金を!戻るまでテメーらでお好きにしやがれ」
「ぼっ僕が作ってあげる!なんたって僕は100億点の男だからねぇ!」

 やいのやいの。騒ぎ立てる周りについていけず、呆気に取られていたミカゲを救ったのはルリとコハク姉妹だった。彼女たちは輪から抜け出し、顔を見合わせてから思わず吹き出していた。

「お疲れ様、ミカゲ」
「何が何だか分からないけど…役に立てたのよね、私?」
「ああそうだぞ!改善された点を一発で言い当てるとは…まったく千空の人選はめっぽう的確だな」
「そう…?最初に指摘した人が比べた方が合理的ってやつじゃなかったのかしら?」
「むっ?」
「先入観のない人がよかったんですよ、きっと」
「ふうん、なるほどね。さ、それじゃこれは三人でいただきましょ」

 少々の不作法も水に流し、左右からかじりついたり、指の溶け残りを舐め取ったり。少しの間、幼い頃に立ち戻りながら、彼女たちはいつまでも笑い続けた。

「あぁ楽しい。何でこんなに楽しいのかしら」
「本当に」
「千空のおかげだな!」
「そうよ、こんなに周りを巻き込んで、自分も夢中になって、私たちも夢中にさせて…ほんと、初めてだわ、あんな人!」



  

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