10.百物語其之百

「この村の名は石神村…そして、あなたの名は、石神千空…!」
「…あ゙ーー、おかげでやっと話が繋がったわ」

 長の間に集められた科学王国の面々、そしてルリ。彼女が放った言葉にある者は驚き、ある者は納得し、ある者は身を固くしていた。
 千空は記憶を手繰り寄せる。石化光線が地球を覆ったあの瞬間自身がどこにいたか。そして、彼の"家族"がどこにいたかを。
 憶測が飛び交う中、彼は結論を口にした。

「この石神村を創った初代の男は石神百夜。俺の父親だ」
「!!」
「百物語を作ったのも百夜だろうな。なるほど、それで桃太郎か…」
「はい。それでは、今から皆さんにお話しします。百物語其之百…題名は、『石神千空』」

*

 千空の父、石神百夜は石化を免れた六人のうちの一人だった。
 宇宙飛行士である彼は、同業の四人に加え、一般枠として船に乗った歌姫と共に、石化光線が地球に広がる様を宇宙空間から目の当たりにした。
 彼らは困難を乗り越え地球への帰還を果たす。そして日本列島付近と思わしき孤島で小さな小さな生活を始めた。
 時が過ぎ、彼らはそれぞれ子を成したが、一人、また一人と命を落としていった。百夜は遺された子らをまとめながら、自身の知恵と想いを託すため、百篇の物語を紡ぎ出す。
 言葉。生き抜く術。人が人であるための喜び、楽しみ。喪われた人類の軌跡をいつか思い出すための欠片たち。それら全てに彼の願いを共に込めて。
 そうして百物語は継がれていく。親から子へ、親から子へ、3700年間途切れず脈々と。
 そして今日、物語は村と同じ名を冠する少年の元に辿り着いた。ここに、百夜の願いは果たされた。

*

「……ふしぎなお話すぎて、スイカにはどういうことかわからないんだよ…?」

 語り終えたルリの次に口を開いたのはスイカだった。他の者も、情報を整理しようとぽつりぽつりと会話を交わす。
 静まった部屋に、外の宴の賑わいが流れ込んでくる。自然と皆、出口へ顔を向けていた。男衆が視線に気づいたのか、大声で主役である新たな長、千空を呼び立てた。

「行きましょうか、宴に。皆で」

 各々が歩み出す中、千空は隅で佇んだままのミカゲを見やる。彼女は目が合うと薄く笑い返してきた。

「やっぱり、あなたが"石神千空"だったのね」
「あ?まさかテメー、全部分かってたのか?」
「いいえ、そうじゃないの。私が聞いていたのは題名だけ。だからあの最初の日、コハクの口から"センクウ"の音が出て驚いたわ、本当に…」
「……」
「もしも私がその名前を知らなかったら、きっとコハクを叱り飛ばしてよそ者の妖術使いに一切協力しなかったと思う…。これが運命ってやつなのかしら?」
「ククク、さあな。生憎こちとら科学使いなんだ。テメーが信じるっつった結論しか唆らねえわ」
「ふふ、そう。さあ、今度こそ行きましょう。これ以上長を独り占めしたら怒られちゃうわ」
「ん?」
「潰れないよう頑張ってね。たまにはお水とすり替えるのがコツよ」
「あ゙?何の話…」

 長の間から伸びた坂を下りるや否や、千空は男たちに担がれ人々の中心に放り投げられてしまった。それを笑って見送り、ミカゲはゆっくりと歩みながら皆と挨拶を交わし、余った食べ物や飲み物を集めていく。
 さりげなく一団を通り抜け、向かう先は村の入り口。そこには見張りを務める金狼と銀狼に加え、ゲンが二人のすぐそばで何やら手元を探っていた。

「もう一回やって、もう一回!」
「いいよ〜ちょーっと待ってね………はいっ、手に乗ったこの石が〜〜〜…」
「わあぁ、やっぱり消えちゃったよぅ!そっちは!?」
「両手ともご覧の通り〜」
「何で何でぇ!?」
「お疲れ様。なぁに?ずいぶん盛り上がってるわね」
「あっミカゲちゃん!すごいんだよぅ、ゲンのまじっく!」
「いや〜〜こんだけ喜んでもらえるとマジシャン冥利に尽きるね〜。はーい、ではミカゲちゃんのお皿に注目!」
「…あっ、さっきの石!」
「えっ?」
「ジャジャーン!瞬間移動大成功〜」

 わあ、と再び銀狼がはしゃぐ。ミカゲも両の瞳を丸くし、石を回収して片目を閉じたゲンにこそりと耳打ちした。

「置いたの?揺れなかったと思うけど…」
「なーいしょ。でもね、理屈はちゃーんとあんのよ。それがマジック…ミカゲちゃんたちの考えでいくと、科学と似たようなものかもね」
「へえ…。ああそうだ、これ少ないけど差し入れよ。金狼!銀狼!あなたたちも今のうちに腹拵えして万全の状態になってちょうだい」

 門番たちにも声をかけ、ゲンと共に腰を下ろした。兄弟は立ったまま肉をかじっている。

「ありがとー。ミカゲちゃんはジーマーで気が利くねえ、いいお嫁さんになれるよ。俺お婿さんに立候補しよっかな〜」
「……ペラペラ男の意味がやっと分かったわ。コハクたちにはそう接してたの」
「ドイヒー!少なくとも途中までは本心よ!?」
「はいはい。今はお茶しかないけど、お酒も持ってきましょうか?」
「ほらー、こうやってあしらわれるの分かってるから真面目にしてたのよ、俺。んで、お酒は大丈夫。俺はコーラ専門なの」
「ああ…まだあるのかしら」
「あれっ、分かるの?コーラ」
「そうね。ちょっとだけ飲ませてもらったのよ」

 しばらく二人はとりとめのない会話を続けていたが、そこに金狼の制止を振り切った赤ら顔の村人たちが現れた。彼らは有無を言わさずゲンの腕を引き、村の中へと連れていってしまう。ミカゲは驚きながらも金狼をなだめ、後を追いかけた。
 それからいくらも経たないうちに別の人物が橋を渡ってくる。ルリと千空。男女二人、それもつい先日ひと騒動を起こした彼らだと気づき、銀狼が鼻息荒く迫ろうとしたが、その前にルリは静かに告げた。

「お参りに、行ってきます」

 兄弟は意味を正しく理解し、黙って道を開けていた。
 調子に乗って掲げた腕を下ろし損ねた銀狼が兄を見やる。彼は前を見据え続けている。銀狼は一度かくりと首を傾けてから、その場にしゃがみ込み、兄と同じように暗がりを眺め二人の帰りを待つ姿勢となった。

「………ねぇ、金狼」
「…何だ」
「……んー……んーん、別に何もないや」
「そうか…」

 先に戻ってきたのはルリであり、少し間を置いてもう一人もすたすたと兄弟の間を通り抜けていった。
 意識が引き戻され、とたんに宴の歓声が大きく耳に入ってくる。銀狼は吊り橋へ数歩進み、灯りがちらつく会場をしばらく見つめ、それから過剰に深いため息をついた。

「いいなぁ宴会。ルールはルールだしか言わない頭の固い人さえいなきゃ僕も行くのになぁああ」
「警備は我々の仕事だろう!ゲンはすでに村に立ち入ったことがあるからまだ認められるが、他を一歩も通す訳にはいかん」
「他ぁ?そんなのいるの?」
「もし輩が村を襲うなら宴の今こそ……」

 金狼の息が数拍止まっていた。

「…銀狼、戻って知らせるんだ、皆に」
「へ?何を…」

 ざ、と腰を深く落とし、槍と盾を構える。
 暗闇に光る目玉。二、四、六…それ以上。草陰から姿を見せた屈強な男たち。全員が武器を所持しており、それを認めた銀狼の全身ががたがたと震え出す。

「子どもたちのいる居住区に入られたら終わりだ。銀狼…もしも俺が殺られたら、俺ごと橋を斬り落とせ!」
「っ!」

 ひるがえる銀狼。大きく飛びかかった刺客の一人。それを迎え撃つ金狼。三者が同時に動く。
 完全に背を向けた銀狼に激しい打撃音が届く。彼は振り返りそうになりながらも、歯を食いしばりさらに走る速度を上げた。



  

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