今はもう互いに別の道となり、1人は人類の希望となり自由の翼をその背に、もう1人は自由の翼を捨て壁の隅でささやかな安寧を取り戻したはずだった。もう二度と二人は交わることのない道へ、もうこの愛が通うことは無いのだろう、そう思っていたその日々は突如として「超大型巨人」の襲来と共に破壊され、そして二人は再び巨人によってめぐり逢い再会を果たしたのだった。
5年という赤子が歩き言葉を話せるようになるくらいの年月が過ぎ、青く若さだけが全てだった二人。
今はお互いにいい意味で歳を重ねた。しかし、今更何を話せばいいのか。2人は終始無言で気まずい空気のまま馬車は揺れ、そして見えてきたのは荘厳な建物だった。法を司りし女神が天秤を持ち、この壁の世界の罪人を法的に裁くための役割を担う審議所。
「エレンはこの地下に居る……面会は無理だが、まぁ強行突破しなくても直に会える」
「そ、そんなこと、しないったら……!」
「冗談だ」
「もぅ……」
彼女ももういい年をした女性だ。しおらしくしているかと思えば昔のように真っ赤な顔でムキになるウミの相変わらずな反応にリヴァイは微かに誰にも向けないその表情を柔らかいものに変えた。
離れ離れだった、自分からこの関係を終わらせたリヴァイへの気まずさもあったが、変わらず接してくれる彼の優しさに態度にウミは安堵しながらもこの歳月で歳を重ねた相変わらず眠れていないのかリヴァイの疲れ切ったような目の周りに年齢を感じていた。
そうだ、お互いが離れてもう5年の月日が経ったのだ。お互いにいい意味で歳を重ねて落ち着いた気がする。少しは彼と出会ったばかりの頃に漠然と憧れていた大人の女性に近付けて居るのだろうか。
「どいつもこいつもお前を心配していやがる。特にハンジなんか余計にだ。早く会ってやれ、」
「うん……」
どうして彼は5年間も行方をくらませていた自分を決して責めることなく優しいのだろうか。誰にも言わずに突然調査兵団を辞めたというのに。
しかし、これから待つのはかつての同僚で今は幹部達にウミは不安でたまらないと言った表情を浮かべている。調査兵団に入った時からの付き合いでもある親友のハンジや、父とも深い親交があり、父亡き後はいつも見守ってくれたミケ。そして――……当時は分隊長だったそもそもリヴァイと自分を引き合わせた因果。リヴァイを変革の一翼として調査兵団に引き入れたエルヴィン。そんな彼の元で刃を振るってきた自分。馬車は停車し、扉が開かれいよいよ審議所に足を踏み入れる。
「きゃっ!!」
馬車から地面までは段差がある。先に降りろと促され恐る恐る足場に踏み出すとしばらく座りっぱなしだったその足は小鹿のように震え、そのまま足を踏み外してウミは前のめりにつんのめってしまった。
「相変わらずのドジだな、気をつけろ」
「ご、ごめんなさい……っ、」
すかさずリヴァイの屈強な腕がウミをがっちり掴むとそのままバランスを崩した5年過ぎても成長がとっくに終わって変わり映えしない小さな身体を支えてくれた。
気まずさと今の立場からしたらかつては自分の部下だった男。今は調査兵団を束ねる階級的にも戦力的にもNO.2の実力者である。もう自分なんかよりもずっと上の立場である彼にこうして助けてもらうなど。と、ウミは申し訳なく思った。しかし、リヴァイはウミを支えたまま手を伸ばしてくる。このままリヴァイの手に捕まって降りろという事か。戸惑ったが、拒否することも失礼だと彼のさり気ないエスコートを受け入れそっと馬車から地面に足を降ろした。
「あの男に何もされてねぇよな?」
「うん、大丈夫。未遂だから、気にしないで」
「ならいい」
ウミの両手を持ちそのまま審議所の正面を向かせるリヴァイ。暴かれることは防げたと、もう自分は彼と出会ったばかりの震えながら泣いてばかり居た弱い自分ではないからと。小さく頷くウミにリヴァイは安堵したように彼女を引き連れて調査兵団に宛がわれた控室に待つ幹部達の元へ向かった。
重厚な扉を開ければそこにいたのは松葉杖姿のクライスとエルヴィン、ハンジやミケと見知った懐かしい顔ぶれが並んでいた。
「ウミを連れてきたぞ」
リヴァイに連れられ、5年間の沈黙の末に皆の前に姿を見せたウミはかなり気まずそうにただ、静かに俯きながら頭を下げようとした時だった。
「ウミ!! よかった、本当に……ウミ、」
「元気そうでよかった、災難だったな、ウミ」
久方ぶりに幻ではなく意識のある彼女の姿に今にも泣きそうな表情で駆け寄ってきたハンジに抱きとめられウミは驚いたようにしかし、何も言わず姿を消したことに対して誰もウミを責めたりはしなかった。本当にウミなのか、スンスンと鼻をひくつかせてウミの柔らかな髪の匂いを嗅ぐミケ、松葉杖の為に皆より遅れて駆け寄るかつての腹心の部下だったクライスが小さな頭にポンと手を置く。そして静かに微笑むエルヴィン。今も生き残り最前線で活躍するかつての仲間たちのその優しさに触れ、ウミは瞳をうるませながら、しかし泣かないように頭を下げるしかなかった。
「ごめんね、ハンジ、ミケさん、クライス、エルヴィン……」
「お帰り、ウミ」
「何も言わなくていい。とにかく、もうこれ以上無茶はしないでくれ」
「本当に元気に今まで暮らせていたのならそれでもう十分だよ! ねぇ、エルヴィン!」
そして、ウミの目線は自分よりはるかに大きいエルヴィンに向けて注がれることになった。幹部のメンバーは皆背が高いので小柄なウミはあっという間に埋もれてしまう。
「よく戻ってきてくれた。ウミ。連れ戻せてよかった」
「エルヴィン……団長、ありがとう、ございます。呼び戻していただいたおかげで留置所から出ることが出来ました」
「そんなよそよそしい呼び方はよしてくれウミ。もう心配しなくていい、協力してエレンを取り戻す。そのために君の力をぜひ貸してくれないか……?」
もう二度と、決して戻らないと。
しかし、エルヴィンは1度手放したはずのウミへ再度また手を差し伸べる。
「はい、」
向かう先は地獄か楽園かそれとも辺獄か。自分はこれからどこへ向かうのだろう。奪われた故郷、最愛の家族、そして囚われてしまった大切な幼馴染。もう戻れない道へ。差し伸べられた手を取り、ウミはぎこちなく微笑んだ。もう二度とここには戻るつもる勇気も無く。もう2度と、決して戻れないと思っていた。しかし、自分がこの5年間大切に守ってきたエレンを失うかの瀬戸際、彼を守ると自分が守れなかったカルラに誓った。これが今の自分に残された導なのだ。
穏やかな笑みを浮かべる父の姿が脳裏に浮かぶ。この輪の中心にきっと父が居たのなら、天国の父も、自分が探し求めて彷徨っていた生きる理由、未来への道はここにあると示してくれているのだろうか。
――……イザベル、ファーラン、かつて地下街で共に過ごし駆け抜けたた大切な二人が居た。そんな二人の約束を破ってまでも、自分は同じ悲しみを抱えた彼を守ることが出来なかった。だけど、どれだけの年数を重ねてもいつかウミがまたここに戻ってくるようにと、2人が大切だったリヴァイのそばにこれからも居てくれとまるで導かれるように再会を果たした。
「時間だ、行くぞ」
懐かしい思い出話もそこそこに幹部組のハンジとミケがエレンを審判台まで護送するようだ。いよいよエレンの今後の進退、そして人類の希望となりし彼の未来を決める戦いが始まろうとしていた。
「ウミ!」
リヴァイは調査兵団のエルヴィンと共に代表として傍聴席側に向かい、そしてウミはエレンの巨人の力を知る当事者としてミカサとアルミンと居るリコの待つ証人席側に向かった。ミカサとアルミンが嬉しそうに無事だった彼女に安心したように駆け寄り、今までのいきさつや経緯などつもりに積もった話がたくさんあるのだが、今は審議中なので私語は厳禁だからとリコにうるさいと叱られ慌てて並びながらお互い顔を見合わせ無事を確かめあった。
ウミは周囲をぐるっと見渡した。大事な局面で椅子にどっかり腰掛け連日の今日のための作戦会議で知恵を振り絞り寝不足なのか眠たそうに欠伸をするクライス。先程までひどい仕打ちをしてきた相変わらず内地で呑気に暮らす腐った憲兵団の代表のナイル率いる散弾銃を携えた憲兵団、ピクシス率いる駐屯兵団の中にハンネスの姿はなかったがピクシスと目が合いウミは小さく頭を下げるとピクシスも優しく微笑んでいた。
そしてなぜか3つの壁の女神を模した首飾りにローブを纏い、5年前までは何の権力もなかったウォール教の司祭までいる。そして傍聴席側にはトロスト区の扉が破壊されたときに避難民を差し置いて道を物資でふさぎ足止めしたあの商会のメンバーまでいるではないか。彼らはウミとミカサを見るなり青ざめた顔でヒソヒソ耳打ちしながらこちらを見ている。そうそうたる顔ぶれがこの場に集結したという事か、一体エルヴィンはこの集団たちの前でエレンを取り戻すべくどう動くのだろうか。ナイルがこちらを見ていることに気づきもせずウミは開かれた扉を見つめた。エレンを調査兵団に生きて引き入れるための盤上の戦いが始まった。
「勝手だけど我々は……君を盲信するしかないんだ。健闘を祈る」
全てを任せる、そして開かれた扉から現れたエレンにミカサの顔つきが変わった。後ろ手に手錠で自由を奪われトロスト区の門を塞いだ英雄は憲兵団に連れられその姿を現した。枷をつけられたエレンの姿にウミは眉をひそめた。エレンもそうそうたる顔ぶれが集まっていることに驚きを隠しきれずそのエメラルドグリーンの瞳を不安そうに泳がせていた。
「前に進め」
銃を突き付けられたままエレンはこの数日でやつれたように感じて悲痛に顔を歪める。無理もない、最近まで皆と肩を並べて外の世界にあこがれ母の仇を打つために調査兵団を目指して頑張ってきたエレンがこの数日で状況が二転も三転もして、今は壁の世界の危険人物とみなされ手錠で自由を奪われているのだ。
「そこにひざまずけ」
「(何もそんな風にしなくてもいいじゃない!)」
ガチャンと重厚な音を立てて後ろ手に枷に柱を差し込まれて完全に固定されたエレンの姿にウミはたまらず声を張り上げそうになった。隣りにいたミカサも同感なのか思いつめたような顔をするので思わず安心させるようにエレンを誰よりも思う彼女の手を握ってあげた。
顔色が悪い。大丈夫だろうか。エレンも周囲を見渡しながらこちらを見ている眼差しと目が合い、ウミは小さくエレンに笑みを返してあげたのだった。大丈夫だから心配しないで、と。何としても調査兵団があなたを勝ち取るから、と。
「では……始めようか」
そして3つの兵団のトップ。ダリス・ザックレー総統が暑苦しいジャケットをテーブルの片隅に置いて腕まくりしたワイシャツで。相変わらず総統という立場でありながらもどこかひょうひょうとした態度だ。
「エレン・イェーガー君だね?君は公のために命を捧げると誓った兵士である…違わないかい?」
「はい……」
「異例の事態だ。この審議は通常の法が適用されない兵法会議とする。決定権はすべて私に委ねられている。君の生死も……今一度改めさせてもらう。異論はあるかね?」
やっぱりそうだったか!アルミンが息を呑んだ。今回の兵法会議はアルミンがミカサに言った通りのエレンの今後の処遇だった。このままではエレンが殺されてしまう。
「ありません」
「察しが良くて助かる。単刀直入に言おう、やはり君の存在を隠すことは不可能だった。君の存在をいずれかの形で公表せねば巨人とは別の脅威が発生しかねない。今回決めるのは君の動向をどちらの兵団に委ねるかだ。憲兵団か…調査兵団か…では、憲兵団より案を聞かせてくれ」
そして先ほどウミを酷い目に合わせようとした憲兵団、今そのトップのナイルが先陣を切って歩み出る。さっきの憲兵団の態度を思い出しウミは思いきり憲兵団側の連中を睨みつけた。
「はい、憲兵団師団長ナイル・ドークより提案させていただきます。我々はー…エレンの人体を徹底的に調べ上げた後、速やかに処分すべきだと考えております。彼の巨人の力が今回の襲撃を退けたのは事実です。しかし、その存在は今内乱をめぐる波紋を呼んでもいる。なので、せめてできる限りの情報を残してもらった後に我々人類の英霊となっていただきます」
速やかに処分するとはなんだ。まだ15歳の少年だぞ、ウミは思った通り内地の人間の為に保身に走る憲兵団の姿をうんざりしたかのように睨み、怯えたように大きな瞳を揺らすエレンの方へ目線を向ける。驚愕の表情を浮かべているエレンの表情、思わず握ったままのミカサの手にさらに骨が軋むほど力を込めてしまっていた。英霊、それはつまりエレンを処刑するという事か。しかし、その会話を遮るようにウォール教のニック司祭がその言葉に待ったをかけた。
「そんな必要は無い! ヤツは神の英知である壁を欺き侵入した害虫だ! 今すぐに殺すべきだ」
「ニック司祭殿、静粛に願います。では次に調査兵団の案を伺おう」
いよいよ調査兵団の番だ。馬車の中でリヴァイから聞いた作戦の概要を信じウミは今エレンを救う唯一の存在であるエルヴィン壁体の眼差しを向けた。
「はい。調査兵団13代団長、エルヴィン・スミスより提案させていただきます。我々調査兵団はエレンを正式な団員として迎え入れ、巨人の力を利用してウォール・マリアを奪還します。以上です」
「ん?もういいのか?」
「はい、彼の力を借りればウォール・マリアは奪還できます。何を優先するべきかは明白だと思われますが」
「そうか。ちなみにその作戦遂行はどこから出発するつもりだ?ピクシス。トロスト区の壁は完全に封鎖してしまったのだろう?」
「あぁ…もう二度と開閉できんじゃろう」
「東のカラネス区からの出発を希望します。そこからシガンシナ区へ。一からルートを模索して、接近します」
そう、すべては人類が再び三重の壁を取り戻すこと。それだけ。そして、エレンの首からぶら下がる鍵の穴があるシガンシナ区のエレンの家の地下室。そこに隠されたこの壁の恐るべき秘密を暴くためにはなんとしてもウォール・マリアを奪還しなければならないのだ。しかし、今度は傍聴席側の商会のメンバーが声を張り上げる番だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!今度こそすべての扉を封鎖すべきじゃないのか?「超大型巨人」が破壊できるのは扉の部分だけだ!そこさえ頑丈にすればこれ以上攻められることは無い」
「黙れ! 商会の犬共め!! 巨人の力を使えば俺たちはまたウォール・マリアに戻れる!」
「これ以上お前らの英雄ごっこに付き合ってられないんだよ!!」
ついにその矛先は調査兵団にまで、何故調査兵団がとばっちりを食らわなければならないのか。今は部外者のウミが怒りを露わにしたその時、そのやり取りを見ていたリヴァイがうんざりしたかのように口を開くと嫌悪感を露わに低い声で威圧感たっぷりに盛大に皮肉った。
「……よく喋るな豚野郎……扉を埋め固めてる間に巨人が待ってくれる保証がどこにある?てめぇらの言う我々ってのは……てめぇらが肥えるために守ってる友達の話だろ?土地が足りずに食うに困ってる人間はてめぇら豚共の視界に入らねぇと?」
「そうだ! 自分たちの事ばかり考えるな!」
リヴァイの発言はもっともだ。珍しく同意したクライスが便乗してエルヴィンに隠れながらそう言い放つ。今の状態、エルヴィンは二匹の凶暴な肉食獣を手懐け手綱を握っているということになる。あくまで商会たちは自分たちの利益の事しか考えていないのかと。
「わ……我々は扉さえ封鎖されれば助かると話しているだけだ……!」
「よさぬか! この不届き者め!」
「え…?」
「神より授かりしローゼの壁に……人間風情が手を加えるというのか!! 貴様らはあの壁を……人知の及ばぬ神の偉業を見てもまだわからないのか!!」
「彼らのせいで壁上を武装することさえ時間がかかったんだ」
「支持と権力だけは持ってるからな……タチが悪い」
「ウォール教だなんて……5年前は何の権力もなかったのに」
調査兵団の意見には耳を貸さずに権力ばかりがモノを言ウォール教の司祭が頑なに壁に対して手を出すことを拒絶する姿にウミは眉を寄せた。こそこそとアルミンとリコが口々に不平を口にし、こいつらのせいで今までウォール・マリア陥落後の壁上を武装することさえ時間が掛かったのだ。
壁に手を付けることに対してはとことん反発するのかこのローブの親父はとクライスも小さくあくびをかみ殺した。
そしてこんな状況でも自分の利益が一番心配だという商会。これがこの壁の世界の現実だった。思う以上に調査兵団の置かれた立場は5年前と何にも変わってはいなかった、この現実に絶望してそれでもウォール・マリア奪還に向けて突き進むしかないというのに。誰も調査兵団に味方してくれない。
「司祭様は黙ってもらおう!」
「何!?」
「静粛に、個人の主義主張は別の場所で訴えていただこう。イェーガー君、確認したい。君はこれまで通り兵士として人類に貢献し「巨人の力」を行使できるのか?」
「……は……はい! できます!」
「ほう……! だが、トロスト区防衛戦の報告書にはこう書いてある。巨人化の直後……ミカサ・アッカーマンめがけて拳を振り抜いたと」
迷わずそう言い放った真っすぐすぎるエレンの瞳に反応したのは精鋭班で唯一の生き残りとなったリコの記録した報告書で確認していたザックレーだった。そんなことがあったなんて知らないとエレンは青ざめた顔でミカサの方を見た。するとミカサは慌てて頬に深々と刻まれたエレンの振り上げた拳によって負傷した傷を黒髪を引っ張り隠した。ミカサの儚げに整えられた綺麗な顔に似つかわしくない頬の傷、ざわめく周囲の反応に取り残された当事者のエレンだけが戸惑っていた。
「(やっぱり……制御できなかった時のことは覚えてないんだ!!)」
あの時、自分たちを認識できないままエレンは自分の顔面を殴って気絶していた。ミカサは提出した報告書の記録者であるリコに何でエレンの評価を下げるようなことを掻くのだと舌打ちをして恐ろしい顔つきで睨みつけた。これでもしエレンが死ぬことになったらどう責任を取ってくれるんだと。
「(報告書にウソを書けっていうのか?この事実を隠すことは人類の為にならないんだよ)」
「ミカサ・アッカーマンは?」
「はい……私です」
「君か……巨人化したイェーガーが襲いかかったのは事実か?」
「ごまかさずに答えないとエレンの為にならないぞ、」
そう、ここで嘘をついたり偽った発言をしたら虚偽の発言をしたとミカサまで罰せられることになるのだ。ひそひそ声でリコに促されミカサは戸惑うも正直に言うしかなかった。
「……はい。事実です……」
「おお…何ということだ……」
「やっぱり、巨人は巨人じゃないか」
「(オレが……ミカサを殺そうとした? オレがか……?)」
「しかし……! それ以前に私は二度、巨人化したエレンに命を救われました、一度目はまさに私が巨人の手に落ちる寸前に巨人に立ちはだかり私を守ってくれました。二度目は私とアルミンとウミを榴弾から守ってくれました。これらの事実も考慮していただきたいと思います」
ミカサの痛切な声にウミも便乗して自分も救われた命が今現在ここにあることを示した。
「私も巨人化したエレンによって救われていますし、また今回避難誘導完了後ガス切れにより撤退できなかった新兵達も巨人化したエレンによって救われています。彼は人類の敵ではありません、真の敵は「超大型巨人」「鎧の巨人」です、彼を責めるのは筋違いかと思われますが……」
「お待ちください!今の証言達にはかなり個人的感情が含まれていると思われます。ミカサ・アッカーマンは幼い頃に両親を亡くしイェーガーの家に引き取られたという事情があります。さらに我々の調べではその時の経緯について驚くべき事実も見つかっております。エレン・イェーガーとミカサ・アッカーマンは当時9歳にして強盗誘拐犯である3人の男を刺殺している」
ナイルがミカサの私情を挟んだ発言に異を唱えて突如二人の知られざる過去の話を始めたのだ。6年前、自分はまだ調査兵団に居たから知らなかった。まさか二人にそんなことがあったなんて。
ウミはミカサとエレンのそもそもの出会いは知っていたが二人でその犯人を殺害したことは知らなかったからショックを受けた。無理もない、事情が事情でもまさか無邪気に遊んでいるような年代で二人はその手をもう赤く染めていたのだ…。その話を聞いた傍聴席側の人間たちが一気にざわめきだした。
「いかに正当防衛とはいえ、根本的な人間性に疑問を感じざるを得ません。まして、ウミは元調査兵団でありながら訓練兵の中に混じり、エレン・イェーガーの巨人化の能力を目の当たりにしておきながら今まで知らぬふりをしていたことも怪しいと思われます。果たして彼に人類の命運・人材・資金を託すべきなのかどうか」
「そうだ……あいつは子供の姿でこっちに紛れこんだ巨人に違いない!」
エレンとミカサの過去を暴露したナイルにウミはこのタイミングを狙ったかのように火種を投げ入れてきた彼を非難するように睨みつけ内心悪態づく。これでは憲兵団の思うつぼではないか。危険人物だと判断されエレンは一気に周囲からの非難を浴びることとなった。
「あいつらもだ……! 人間かどうか疑わしいぞ!」
「そうだ!」
「念の為に解剖でもした方が……」
すると、トロスト区が「超大型巨人」に襲来されたときに出口を荷物でふさぎミカサとウミにこってり絞られた商会の男がミカサとウミを指さした。ついにその非難の矛先はミカサとウミにまで飛び火した。何故ウミまでが…クライスが黙っていられないと怒り立ち上がろうとしたとき、はじけ飛んだようにエレンの声が響いた。
「待ってください!! オレは化け物かもしれませんが、ウミとミカサは関係ありません、無関係です!!」
「信用できるか!!」
「事実です!」
「庇うってことはやっぱり仲間だ!!」
「違う!!!!!!」
ガシャン!と後ろ手につなげられた枷を揺らしエレンは声を張り上げた。人間ではないと蔑まれ、ショックを受けたミカサといつもの笑みは消え怒りを今にも爆発しかねない彼女をエレンは必死に大声を張り上げ庇ったが、突然のエレンの大声に一同はエレンがまた巨人化するのではないかと怯えたように押し黙った。
「いや、違います。しかし、そちらも自分達に都合の良い憶測ばかりで話を進めようとしている」
「何だと」
「大体……あなた方は……巨人を見たことも無いクセに何がそんなに怖いんですか?(ま……まずいか……? これ以上は黙った方が……イヤ……言ってやる……思ってること全部)力を持ってる人が戦わなくてどうするんですか? 生きる為に戦うのが怖いって言うなら、力を貸して下さいよ……この……腰抜け共め」
エレンは先ほどから自分達の過去をつついたり私利私欲に自分たちが助かりたいだけの意見を述べる憲兵団をはじめとする商人たちやエレンという危険因子を消してしまおうと躍起になる面子に苛立ちを覚え始めた。その時の状況も知らないで好き勝手にヤジを飛ばしてきて何なんだと。次第に論点がすり替わりエレンを排除しようと声高になる中、調査兵団は余計なことは一切口にしないと決めているのかクライス以外は誰も微動だにしない。これもエルヴィンの作戦だろうか。クライスだけが文句の一つでも言いたげに口をもごもご動かしていた。リヴァイはその様子を眺めながらエレンが次第に謙虚だった姿勢からその大きな瞳に微かに灯り始めた炎を見つめていた。
「何」
「いいから黙って、全部オレに投資しろおおお!!!!!」
「ひっ……」
とうとうエレンは後ろ手に縛られたままの枷を揺らし引きちぎる勢いで怒りを爆発させた。しまったと気付いた時にはもう遅い。
「構えろ!!」
「ハッ!」
ようやく本性を見せたかと、危険だと判断したナイルの指示により銃をエレンに向けた憲兵団。しかし、そこでエレンの思考は途切れることになる。ウミは確かに見た、かつて愛した人。自分がこの5年間必死で守り続けてきたカルラより託された大切な弟のような存在がリヴァイが綺麗に振りかざした足で思いきり蹴っ飛ばされたのを。
カランと固いものが地面に落ちる音がすればそれはエレンの奥歯だった。ウミは目を見開き思わず口元を手で覆う。驚くエレンと同じく状況を整理出来ないままの彼女を残しリヴァイは感情のない冷たい瞳のまま再度エレンの腹に膝蹴りをお見舞いしたのだ。
「(リヴァイ――……)」
ドコッ、バキッ、鈍い音が審議所に響き渡る。潔癖症のリヴァイは手を汚すのを嫌うので足を使って再びエレンに何度も、何度も容赦なく蹴り続け暴行を加えこれ以上喋らせないようにと力づくで黙らせた。
栗色の髪の毛を掴みあげて自分が蹴りやすい位置まで持って行き、エレンは顔面に思いきり鉄より重く刃より鋭い蹴りを食らい、鼻からは鼻血が噴出し、口の端が切れ、床に血が点々と垂れた。
それでも繰り返される容赦のない暴行。今すぐ駆け寄って止めさせたい。しかし、リヴァイが望んでこうしているわけではないと理解しているからぐっとこらえるしかないもどかしさ。
そして何ひとる顔色を変えない人類最強の男の迫力に先ほどまで騒がしかった外野は顔色を青ざめその怯えた様子で理不尽なまでに暴行を受けるエレンを黙って見ている。
「ッ!!!」
「ミカサ!! 待って!!」
ミカサの目の前ではリヴァイにサンドバッグのように滅茶苦茶に蹴られているエレン。あまりにもむごい光景に唖然としたミカサが顔つきを恐ろしいものに変えて、蹴り続けるリヴァイを今すぐにでも止めさせようと、駆け寄ろうとするのを、エレンを処分させない為に自らの足を汚し汚れ役を買って出たリヴァイの為にウミは必死に止めた。
ミカサはなぜウミに彼の暴行を止めさせないのかと言いたげに見てくるもウミは我慢してと目で必死に訴え彼女の腰をものすごい力で押さえつける。ここでミカサが手を出せば調査兵団の考えたシナリオが無駄になる。
「(いくら何でもあのミカサの前で……お前とんでもない人間を敵に回しちまったな)俺も取り押さえに行くか?」
「いや、大丈夫だ」
クライスが今にも飛び掛かりそうなミカサを止めようとしているアルミンとウミで抑えきれるのミカサ一人抑えるくらいなら自分も助けようか迷うがエルヴィンは大丈夫だからとクライスを制した。実力のほとんどを発揮しないまま、また無茶をして骨折でもされたらかなわないからだ。
「これは持論だが」
ゴン!!と、振り上げた足でエレンを固い床にたたきつけ、リヴァイは恐ろしいほど無表情を浮かべたままエレンの頭をぐりぐりとブーツで床になすりつけながら低い抑揚のない声で呟いた。あまりにも無慈悲で迫力のある光景は先ほどまで騒がしかった周囲を黙らせた。
「躾に一番効くのは痛みだと思う。今お前に一番必要なのは言葉による「教育」ではなく「教訓」だ。しゃがんでるから丁度蹴りやすいしな」
エレンは容赦なくリヴァイに蹴られまくった。沈黙の中リヴァイがエレンを蹴る音が何度も何度も反響し、それは延々と繰り返される。
「……待て、リヴァイ」
「何だ……?」
「危険だ、恨みを買ってそいつが巨人化したらどうする」
「何言ってる。お前ら、これからこいつを解剖するんだろう?」
さんざん蹴られているエレンが息を荒げリヴァイを睨みつける光景にナイルが青い顔でそれを制止しようとするとリヴァイがエレンの髪を持ち上げ蹴られまくって顔面ぼろぼろのエレンを見せしめのように突き出す。クライスはあまりにも痛々しいエレンの姿に思わず目をそらした。幾ら作戦とは言え、顔面が変形してしまう程蹴るとは。
やりすぎではないのだろうか…相手をいたぶるのが趣味なのかと疑ってしまう。最も彼は人類が巨人に支配される未来を回避するためならばどんなことでもやると決めている。
リヴァイは銃を構えたまま静止している憲兵団の兵士たちを死んだような三白眼で睨みつけ嘲笑するとエレンをもしこのまま憲兵団がその身柄を預かるとして、大丈夫かと逆に問いかける。
「こいつは巨人化した時、力尽きるまでに20体の巨人を殺したらしい。敵だとすれば知恵がある分厄介かもしれん、だとしても俺の敵じゃないがな……。だがお前らはどうする? こいつをいじめた奴らもよく考えた方がいい。本当にこいつを殺せるのか」
その言葉は巨人を一度に何体も仕留め上げる人類最強と誇る強さを持つ彼だからこそ言えるセリフだった。相手は巨人化できる少年、怯えて構えた銃を引っ込める兵士。その言葉に調査兵団に任せた方が安全なのではと思う者が出でくる中でエルヴィンの美声が響き、静かに手を挙げた。周囲が混乱状況にある中でエルヴィンもリヴァイも、調査兵団の精鋭たちは驚くほど冷静だった。
「総統……ご提案があります。エレンの「巨人の力」は不確定な要素を多分に含んでおり、危険は常に潜んでいます。そこでエレンの管理をリヴァイ兵士長に任せ、その補佐に名門アルフォード家の後継者クライス・アルフォードも付けてその上で壁外調査に出ます」
「(はぁ? 俺? 冗談じゃねぇよ)」
「エレンを伴ってか?」
「はい、エレンが巨人の力を制御できるか、人類にとって利がある存在かどうか、その調査の結果で判断して頂きたい」
「エレン・イェーガーの管理か、できるのか、リヴァイ?」
「殺すことに関して言えば間違いなく。問題はむしろその中間が無いことにある」
その時リヴァイはミカサの視線を感じていた。ミカサは怒りを抑えきれないと言わんばかりの表情を浮かべている。
「結論は出た」
そうして審議は幕を下ろす。エレンが流した血によって、リヴァイの暴力的なまでの優しさによって。エレンが本音をさらけ出し口にした言葉は調査兵団に無事に届いたのだった。
しかし、ぼろぼろに傷ついたエレンがあまりにも痛々しくその光景にウミは胸を痛めていた。大切なエレンを救うためだとしても、容赦のない暴行、それを行ったのは自分の最愛の人。先ほど優しく自分の髪を触れすり抜けていった誰よりもあたたかな手で自分に触れてくれた優しいまなざしは消えエレンを静かに見下ろすリヴァイの膝はエレンの血によって赤く染まっていた。
2019.07.24
2021.01.17加筆修正
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