THE LAST BALLAD | ナノ
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#20 自由の翼、二度

「ミカサ! アルミン!」

 審議は終わり、エレンとリヴァイのパフォーマンスは功を成し、痛みの甲斐あって無事に調査兵団は憲兵団からエレンを取り戻すことに成功し、エレンはその身柄を調査兵団に預ける事となったのだった。上の者や傍聴席にいた者たちが次々と審議室を後にする中でウミはすれ違う人波の中ミカサとアルミンとようやく言葉を交わすことが出来た。

「ウミ!! 本当に、無事でよかった。あれからどうなったのかわからなくてみんな心配してたんだよ?家も壊されたし、その上、仕事も無くなったって」
「そう、だよね…。ごめんね。今は事の通り調査兵団の方で保護してもらってたんだ。104期生のみんなも無事?」
「うん、みんな元気だし訓練漬けの毎日だけど充実しているよ」

 ただ……そう、言いかけた言葉をアルミンが止めた。今回の作戦でウミも知っている104期生のほとんどが巨人の手によって死んでしまったことをウミが知ればきっと彼女は悲しむだろう。今はエレンが無事に助かり安堵している大切な幼馴染の彼女の表情を悲しみに染めたくはない。とアルミンは思った。

「そう、でも、そのマントは……?」
「……うん。仕事も家も無くして行き場もなくて、それにエレンも調査兵団預かりになって、調査兵団に戻ることにしたんだぁ…エレンが憲兵団に拘束されたら力づくでもエレンを取り戻そうと思ったんだけど、無事に調査兵団預かりになったでしょう?エレンを壁外調査に連れていくなら、何が何でもエレンを死なせてはいけないと、私が調査兵団に居た方がエレンを見守っていけるでしょう?」
「そうなの……ウミは、平気?」
「うん、私は大丈夫」

 ウミはもう自由の翼を捨てたんじゃないのか?とでも言いたげな二人に対してウミはエレンがこうなってしまった以上はエレンを守るためにも調査兵団に舞い戻ることを決めたことを告げた。
 もう二度と戻らないと誓ったウミがまた調査兵団に戻る事は、精神面で大丈夫かと危惧した。が、どちらにしろあの時正当防衛を主張しても聞き入れてもらえず、さらに元調査兵団だと知れば元兵士が一般人に暴行を働いたという扱いになりそのまま逮捕された自分はその身元を調査兵団に引き取られて監督されることになったのでもうこれ以外に残された道が無いのも事実だ。

「ねぇ、ウミ、あのチビはウミにとってどんな人なの?」
「チビ?」
「ミ、ミカサ……?」

 チビ”と当の本人が聞いたらどう思うだろうか。NGワードを何のためらいもなく自然に言い放ったミカサの表情は普段と違い末恐ろしいものがある。美人を怒らせると怖いというがミカサの恐ろしさは規格外だ。
 ウミはその比喩した相手がだれか理解したくはなかったが自分よりは大きいが幹部の中でもひときわ小柄で人類最強という割には平均男性の身長に遥かに満たない彼の事だと知り震えあがった。無理もない、誰よりも大切な彼女にとっては自分のすべてのエレンが人類最強の男と呼ばれるリヴァイによって完膚なきまでにボッコボコにされたのだ。

「そ、それは…あのね、ミカサ「もし、あの男がウミの大切な人なら私はウミの男の趣味を疑うだろう」
「ちっ、違うよ!? 私とリヴァイはただ、の、……そう、ただの調査へ団時代の馴染み、むしろ私が先に入団したから私が先輩。だよ……。何にも心配しなくていいの。一応調査兵団に入るならあの人は副団長は居ないけど今の調査兵団のNO.2だという事を、覚えておいてね。兵士たるもの上官の悪口はだめよ……。それに、あの人は本当は誰よりも優しい人なの。ああでもしなきゃエレンは調査兵団側に身柄を預かれなかっただろうし、今はムカついてしょうがないかもしれないけどエレンを助けてくれたのはリヴァイなの。……お願い、リヴァイの事をね、憎いのは分かるけど、彼のとやりすぎな演技がエレンを助けたのも事実だから、そんなこと言わないで欲しいなぁ」
「ウミ、でも、私は……!」
「大丈夫。エレンなら何が起きても私が守る、リヴァイにも手出しはさせない。心配しないで、私を信じて」

 まだ15歳のミカサの聞き捨てならない発言に驚きながらウミは口が裂けてもリヴァイとかつては恋仲で、今も忘れられない大切な人だとは言えないと思った。ミカサは信じられないかもしれないが普段の彼は誰よりも仲間思いでかつて地下街では人望の厚い頼れるリーダーであり、自分もまたその彼に命を救われているのだ。ミカサにとってのエレンのように。ウミにとっても彼は自分の絶対的存在なのだと。

「ミカサ、大丈夫だよ。この通りエレンにはウミが着いてるし、調査兵団もきっとエレンをひどい目に合わせたり悪いようにはしないよ」
「うん、でも……私、その、エレンを失う事は、それは出来ない」
「知ってる。ミカサとエレンの過去は、れっきとした正当防衛でしょ? エレンは暴漢たちからミカサを守って、そして私のようになることを未然に防いだミカサの命の恩人でしょう?」

 ミカサは知られてしまったエレンとの出会い、過去の全容を知ってしまった姉のような彼女に軽蔑されたらどうしようと戸惑っていた。しかし、ウミはそんなことはないと首を振り安心させる。そんなことを言ったらミカサと違い
 誰からも助けてもらえず誘拐され地下街に売り飛ばされた自分がどんな目に遭っていたのかなど、口が裂けてもとても言えないと思った。
 ミカサはリヴァイが本当はどんな人間か諭されても簡単に聞き入れられないくらい今はエレンを傷つけた彼をどうしても許せなかった。そしてそんな彼を庇い建てした彼女の瞳が今も彼を愛しているのだと訴えてくるのがよく理解出来、しかし、幾らエレンを守るためだとは言え完膚なきまでに痛めつけるような男が本当にウミを一途に今も愛しているのか、もしかしてウミは彼にエレンと同じように暴力を受け篭絡、無理やり従わされてるのではないか。ウミの言う優しい人間には見えないと、疑惑の眼差しをより鋭いものにしていた。
 エレンは私に任せてと微笑めば、彼女の微笑みにミカサもアルミンも安心したように自分達も調査兵団に入るつもりだ。新兵勧誘式でまた会おうと約束し、兵舎へと戻っていくのだった。



「エレン……!」
「よせ、ウミ、そいつは」
「ナイル、エレンに触らないでちょうだい!」

 ウミは審議が無事に終わると一目散にリヴァイに蹴られまくって顔面ぼろぼろに崩れ落ちたエレンの元へ駆け寄ると倒れこんできた自分より大きなエレンを小さな身体に抱き留めたのだった。顔面ぼろぼろだが息はしている。枷を外された彼にいきなり近寄るなんて危ない、すかさずナイルが止めようと声をかけるがウミはナイルを睨みつけると普段の温厚な姿は鳴りを潜め、澄んだ声が響いた。

「調査兵団がエレンを預かるって決まったんだから憲兵団は関係ないでしょ?乱暴した犯罪者より乱暴されそうになった女を捕まえるような憲兵団はさっさと安全な内地にでも帰ればいい、」
「おい!」
「行きましょうっ、エレン!」

 ナイルのおかげで釈放されたのだが、エレンを抹消しようという判断をしたナイルを、ミカサとエレンの過去を暴いた憲兵団を激しく嫌悪していた。ウミはリヴァイが蹴ったことによって抜けてしまったエレンの忘れず歯を拾い上げ自分より上背のあるエレンを支えながらナイルの横をすり抜けて歩き出した。

「ごめんね、エレン。痛いよね……幾らなんでもこれは……。戻ったらちゃんとクライスに頼んで怪我したところみんな治すからね」

 こんなに喧嘩でもボコボコになったことがないエレンが完膚なきまでにしこたまリヴァイに蹴られふらふらになりながら覚束無い足取りで非力なウミの腕にもたれ掛かり顔面のあらゆる所から血を流している痛々しいその姿に眉を寄せる。
 リヴァイ本人がやりたくてやったわけではないことは理解している。そう、必要だから行ったこと。エレンの力なしに調査兵団はウォール・マリアを奪還することは出来ないのだと理解して何としてもエレンを調査兵団で預かるためにリヴァイは自ら悪役を買って出たのだ。そんな彼の気持ちも尊重したいが今は目の前のエレンの痛々しい姿の方が見てられない。切れた口の端を優しく触るとエレンは驚いたように肩を跳ね上げた。

「イテテ!」
「まったくひどいね、ホントに。痛いだろ?」
「はい、少し」
「で、どんなふうに痛い?」
「えっ、と」
「せっかくのエレンのかっこいいお顔がボロボロだよ」
「なっ!! いきなり触んなよっ」

 夕方になり、ようやく審議所の調査兵団控室に戻ってきた。ミケは一人窓の外をぼんやり眺め、リヴァイは壁の方にもたれてみんなに囲まれるエレンを見ていた。その隣に腰かけ心配そうにエレンを見つめるウミの瞳。見事に腫れあがった頬、口、鼻に消毒を施しながらエレンは間近にあるクライスの顔を見ながらウミが宛がってくれた冷たいタオルでしこたま蹴られた痛みを抑えていた。

「ああ〜全くだ! いくら何でもひっでぇことするよなどこかのチビオヤジ」
「てめぇ……」
「やるかコラ」
「二人とも、仲がいいのはわかるが痴話喧嘩はよそでしてくれ」
「してねぇ! 俺はこいつがむかつくんだよ」
「そうか、俺も同意見だ」

 控室にエレンを連れてそっとソファに座らせてやると医療の知識があるクライスがどこからが借りてきた薬箱を使い丁寧にリヴァイによってぼこぼこにされたエレンの痛々しい顔面に嫌味を吐きながら消毒を施してやる。

「すまなかった……しかしお陰で我々に君を託してもらうことが出来た」
「はい」
「効果的なタイミングで用意したカードを切れたのも、その痛みの甲斐あってのものだ。君に敬意を。エレン、これからもよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」

 しゃがみこんだエルヴィン。エレンに目線を合わせ、穏やかな微笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。子供の頃から憧れてきた調査兵団・現団長のエルヴィンと握手を交わし、エレンは念願叶って調査兵団への道を踏み出したのだった。

「なぁエレン」
「は……はいっ!」

 全員にやりすぎだと怒られたリヴァイは小さなため息を漏らしながら先ほどまで自分をボッコボコにしていたエレンにいきなり歩み寄ってきた。突如どすんとその隣に腰掛け、エレンは先程のことを思い出し思わず竦みあがり、三人掛けのソファの隣に腰かけるウミの方に思わず寄った。
 見開かれたエレンの大きな瞳は見るからに怯えている。可哀想に。無理もないだろう、突然人類最強と呼ばれる男にいくらエレンを助けるための演出だとしてもボコボコにされたのだから。いきなり隣に座られ若干怯えは彼にリヴァイは相変わらずの無表情で問いかける。

「俺を憎んでいるか?」
「い……いえ、必要な演出として、理解してます」
「ならよかった」
「しかし限度があるでしょ……歯が折れちゃったんだよ?ほら」
「拾うな、気持ち悪い」
「これだって大事なサンプルだし」

 そう言ってハンジがウミから預かった歯をリヴァイに見せ付ける。ただ隣に座ったのもリヴァイなりにエレンへ気をつかっているのだろう。そこに彼の優しさを感じた。

「エレン、こういう奴らに解剖されたりするよりはマシだろ?」
「一緒にしないでほしいなぁ。私はエレンを殺したりはしない。ねぇエレン、ちょっと口の中見せてみてよ」

 解剖されるよりは確かにマシだが限度というものがある。ハンジに促されエレンがパコッと口の中を開いてみせるとエレンの体では人知を超えた驚くべき出来事が起きていた。

「……なっ! ……もう……歯が生えてる」

 なんという事か。先程までリヴァイに蹴っ飛ばされて飛んで行った1度抜けたらもう二度と生えてこない永久歯が生えているのがハンジの眼にはっきりと見えた。永久歯が生えるなんて今までの医学的に聞いたことはない。驚く一同にクライスは止血していた鼻血のティッシュをいきなり引っこ抜いた。すると先程まで太い血管が切れ止まらなかった鼻血も完全に止まっており、目立っていた青アザも忽ち消えてゆくではないか。

「すげぇ……マジかよ」

 これが巨人化能力保有者の恩恵なのか。一同は目の当たりにしたエレンの明らかに不自然すぎる治癒力の早さに驚いていた。

「そうだ、エルヴィン。さっきのは悪い冗談だよな?俺がこんなドチビの補佐だなんて……俺はもう誰の下にも付かねぇぞ」
「ウミを調査兵団に迎え入れる事はもう決まったが、だが彼女は」
「だったらまたウミを分隊長として迎え入れようぜ?そしたら俺はまたウミの元でやっていくさ。5年ぶりにウミ班復活だ、な?」
「ええっ!?」

 次に驚いた声を発したのはエレンだった。一度調査兵団を辞めたウミがまた調査兵団へ戻るなど聞いていない。と、そう、言わんばかりに隣の彼女を見た。みんな投げ出して辞めてシガンシナ区に帰ってきたのに。自分たちが調査兵団に行くと言っても一般人として見守ると言っていたウミが何故?
 まさか自分がこうなったから?驚愕の表情を浮かべるエレンにウミは申し訳なさそうにエレンに困ったように微笑むだけ。クライスはウミが戻ってくるのを一人ずっと待っていた。実力はあるのに破天荒な性格と名家の跡取りとして誰の元にも付かずに単独で救護班として駆けずり回っていたが、

「だめだよ。クライス、それは出来ないよ。私が調査兵団を辞めてもう5年も経ってるのよ? その間私より生き残ってるベテランの人達が居るでしょ?そんな人たちを差し置いて上の立場になるなんて私が呑気に暮らしていた間に今まで必死で戦って生き残って来た人たちへ失礼だよ。元調査兵団って言っても5年のブランクはそう簡単に埋まらないし……だからエルヴィン、どうか私を特別扱いしないで。 ね。一般兵と同じいや、新兵と同じ扱いでお願い」

 ずっとウミの元で辛い任務を共に乗り越えてきたクライスは色んな班に所属したがどうもしっくりこないのかウミじゃなければ嫌だと駄々をこねたが残念ながらその要望は無理だ。ウミも幾ら元分隊長で実力者だとしても謙虚な姿勢を崩さない。

「エレンはこれからはリヴァイの元で行動してもらうことになる。まずはリヴァイが万が一君が巨人化して暴れた時に君を拘束出来る調査兵団の中でも精鋭のメンバーで編成した班と合流してくれ。クライス、道中エレンの護衛は頼んだぞ」
「わかっったよ、ハイハイ、死ぬ気で守ればいいんだろ?」

 エレンの巨人化能力の解析と評価試験の任務のためにリヴァイを中心に巨人討伐に秀でたメンバーを選出し、編成した班で壁外調査と、エレンを管理することになる。リヴァイは既にメンバーを決め、メンバーは待機しているとの事。いざとなればエレンに問題が生じればそのメンバーがエレンを殺すということか……。ウミは不安そうにリヴァイの選んだ人選がどうかエレンを守ってくれるように祈るのだった。

「では、早急に取り掛かろう。ウミは……今までの壁外調査とは目的が大きく変わっている。それも覚えてほしいがもし入団する予定のある新兵が来るまではハンジの班と行動を共にしてくれ。ハンジ、頼んだぞ」
「まっかせてよエルヴィン! ウミに早く紹介したい子たちもいるんだぁ〜」
「紹介?」
「ソニーとビーンっていうんだけどきっとウミも仲良くなれるから大丈夫だよ!」
「そ、そう? 私、そんな急にいろんな人と、仲良くなれるかなぁ」
「二人ともかわいい女の子に目がないから大丈夫!」

 名前を聞いても知らないメンバーが多いのは無理もない。あれから5年が過ぎて生き残っているのはほとんど上官でそれぞれが分隊長として若手を引っ張っているのだ。自分を知る者はもうほとんど残っていないだろう。
 当たり前だがエレンを守る特別作戦班にその実を置きたかったのが本音だが、シャーディス団長からエルヴィンに代わってからの調査兵団の体制はきっと自分が身を置いていた時と全く違うだろう。そんな中でいきなり分隊長とは、やはり周りへの事を考慮したら自分はでしゃばるべきではない。しかし、ソニーとビーン、どんな人なのだろうか。ウミは一度やめた分際でまた調査兵団に戻る事、受け入れられるのか不安で一杯だった。

「(あの2匹かよ……誰かウミに本当のこと教えてやれよ)」
「(てめぇが教えてやればいいだろうが)」
「まさか! お前、食われてもいいのかよ?」
「どうしたの二人とも?」
「いや〜何でもねぇ、ほれほれ行くぞエレン」
「あっ! はい」

 だがエレンを守り保護する班の中にクライスが居るからまだ安心だろう。すっかり回復したエレンはしっかりした足取りで立ち上がるとクライスにケツを叩かれながら先に本部へ戻ることになった。

「クライス、エレンをよろしくね、」
「ああ、大丈夫だ」

 やはり今の自分は調査兵団の精鋭たちと肩を並べるには至らない実力。一般兵よりも新兵と同じ扱いを受けるべきだろう。
 リヴァイとエルヴィンはエレンの身柄を預かることになりその為の条件等交え総統と面談を行うらしく、ウミはひとまずリヴァイのマントの下はぼろぼろの服装なので着替えなどもしたいしハンジの班のメンバーとも顔合わせをしたいところだ。

「モブリットは覚えてるよね? 私の班は彼も一緒だよ!」
「ほんと!? モブリットも!?」

 ほとんど引きずるような勢いで審議所から本部へ移動する馬車の中、久方ぶりの親友との再会に二人の話題は尽きない。ウミはあまり自分から話したりするのは苦手だが、おしゃべりなハンジとの会話は話していて楽しいから好きだし安心する。変わらぬ態度で接してくれるハンジがウミにはありがたかった。

「ねぇ、ウミ、その……」
「なぁに?」
「いや、なんでもないよ!それよりソニーとビーンがね、」

 ハンジはふと何か思いつめたようにウミに向き直る。きょとんと首をかしげる彼女にハンジは言い出したいことがあるが言い出せないまま別の話題に切り替えてしまった。
 ウミの知り合いはもうほとんど生き残っていないのではないかという不安を払拭するようにハンジはすぐにウミを馬車に押し込み今回トロスト区襲撃にて捕獲した巨人、ソニーとビーンの待つ元へ向かったのだった。広場にはモブリットが待機しておりハンジの帰りを今か今かと待ち焦がれていた。

「モブリット!」
「ウミ……じゃないか!? 良かった! 帰ってきてくれて! 寝てる姿しか見てなかったからな。見ない間にすっかり大人っぽくなったんじゃないか?」
「そ、そうかな? モブリットは……なんか老けたね。苦労してるん、だね」
「それは言うなよ! 本当にそうなんだから」
「何となく察するよ……」

 久しぶりの再会に手を取り合って喜ぶ二人にハンジも嬉しそうに微笑む。

「さぁて、今からまた実験の続きだよ!ウミにも紹介するね、ソニーとビーンだよ!!」

 そして、状況を何も知らないウミが見たのはハンジの部下ではなく、確かに人は人だがソニーとビーンと名乗る者の正体。それは2体の巨人の姿だった。まさか捕獲した巨人に名前を付けて可愛がっていたとは。ウミはただただ真ん丸の瞳をまた更に丸くするばかりだった。

「それで、私の班のメンバーはニファ。ケイジとアーベルは覚えてるでしょう? あ、それでニファによく話してたと思うけどこの子が前に調査兵団で分隊長を務めていたウミだよ、よろしくね。小さいし、外見も年寄りも幼く見えるけど実年齢は何と私よりも上だし怒らせるとすごいから気を付けてね!!」
「もぅ、ハンジ! そっ、それは言わなくていいの……!! あの、ウミです。私の事は新兵だと思って接してください。よろしくお願いします」
「ウミさん、よろしくお願いします」

 懐かしい面々と話しながらこの5年間で入団したアルミンと同じ切りそろえられたショートカットを揺らし、大きな聡明そうな瞳を輝かせてはきはきと話す自分とは違いしっかり者の少女の姿にウミはニファと同じ赤い髪を2つにいつも結んでいた利発的な少女の面影を思い出していた。

――……「ウミの姉貴!早く俺の髪も結んでくれよ!!」
「もう、ダメでしょイザベル、イザベルはかわいい女の子なんだから“俺”なんてもったいない」
「別にいいじゃねぇか!俺はウミの姉貴やリヴァイの兄貴みたいに強くなりたいんだ!」

「(あの子が今も生きていたら、きっと…)」
「あの……どうかしましたか……? 私の顔に何かついてますか?」
「う、ううん、何でもないの。知っている二人によく似てるなぁって。懐かしくなっちゃった。よろしくね、ニファ、私の事は年下だと思ってこき使っていいから」
「二人……も、ですか? なんだか気になりますね。そんなに私に似ている人がいるとは。トロスト区で大活躍した英雄にそんな扱いできません。私の班はハンジさんが色々暴走したり大変ですがすごくやりがいのある班なのでぜひよろしくお願いします」

 髪型はアルミンに似ているしその色はイザベルによく似ている。まだ若いのにしっかりした発言の彼女と握手を交わしウミはひとまずハンジ班のメンバーに加わり分隊長の命知らずな実験につき合うハメになるのだった。
 その一方、審議所に残ったリヴァイはようやく終えた会談にため息をつきただでさえ睡眠不足のクマで縁どられた瞳を歪めて隣に並ぶ自分より何倍も上背があるエルヴィンを見た。
 本部へ戻ったら明日からの自分を主とし結成したリヴァイ班発足に向けまた眠れない日々が始まる。馬車を待ちながら自分が選んだ班員のリストに確かに指名した彼女の名前がないことに対して上官であり大事な仲間であるエルヴィンに問いかけていた。何か考えがあって彼女を外したのは分かるが、リヴァイは何も言わずに勝手に彼女をハンジ班へ回し、さらにやたらと自分に突っかかってくるクライスがメンバーに居ることにエルヴィンに不満たっぷりに不満を漏らした。

「なぁ……エルヴィンよ、俺の見間違いか? ウミはいつから煙野郎の病気持ちデカノッポになった?」
「リヴァイ……彼女は確かに5年前から生き残っているメンバーではあるし身元も確かなのはわかる。だが、ウォール・マリアの扉が「超大型巨人」と「鎧の巨人」によって破壊された当時、彼女は調査兵団から姿を消している。君の判断に任せたいと思っているが、まだウミは何かを隠している。疑惑が晴れるまで彼女はまだエレンと接触させるのは危険だ」
「あ……?? いきなり何を言いやがる? あいつとはお前よりも長い付き合いだ、お前が知らないあいつの一面も……頑固で意地っ張りのあいつが本当は誰よりも弱い人間だということは俺が誰よりも理解している。それに……あいつは俺の最も信頼に足る女だ。五年前まではな。あいつが敵なわけ、ねぇだろ」
「五年間、だからこそだ。信頼できるかどうか、また彼女を迎え入れるからにはしっかり疑いを無くしておきたい。壁外調査に慣れている彼女が加われば大きな戦力になる。それに、今も彼女の実力は不思議なほど変わらないし、現役のまま。だからこそ信じたい。これは一種の賭けでもある。敵が果たして今どこにいるのか…見えざる敵を内側から調べる必要がある」
「そうか、ウミを俺の班から外してクライスを入れたと?」
「そうだ、」
「分かった。それがお前の命令ならその判断を信じよう。ただ……もし、エルヴィンの読み通りウミがそうだとお前が言うのなら……あいつを殺すのは俺だ。ウミが俺の前以外で死ぬことは許さん」

 その晩、ウミはハンジの部屋でハンジと同じベッドに眠りについた。五年前に着用していた服はもう着れなくなっていた為、急所支給してもらった新しい制服に袖を通し再び自由の翼をその背に背負った。今はひとまず軽装の白いワンピース一枚で寝ているが、新しい服も何着かほしいなと思った。懐かしさだけが残る調査兵団本部の薄暗い天井をぼんやり見つめて考えることが止めどなくあふれて眠れない。
 昨日から今日だけで目まぐるしくいろんなことが起こりすぎた。自分を取り巻く状況が二転も三転もしてそして大切な弟のような年の離れた子供のようなエレンがまさか巨人化の能力を持っていた。
 5年間一緒に居たのに全く知らなかった。そして彼はまだその能力を完全に使いこなせないまま暴走すればいつリヴァイに殺されるかわからない緊迫した中で外野から見守るだけではもう不可能なことわかっていた。祈るような気持ちで瞳を閉じる。大切に守ってきた存在が愛する人に命を奪われる瞬間は、見たくない。いざとなればクライスが居るがやはり彼ばかりに頼りたくはなかった。

「(リヴァイ……お願い、どうか、エレンを傷つけさせないで。殺さないで……)」

 その翌朝。早速リヴァイによって編成された最高のチームを伴いウォール・ローゼから離れた場所に位置する旧調査兵団本部へ続く林道を馬で進む特別作戦班、通称――リヴァイ班。リヴァイの判断と過去の討伐歴のデータより選出されたメンバー。
 黒髪の坊主頭のグンタ・シュルツと金髪の長い髪を高等部で結んでいる顎髭を生やしたエルド・ジン、その後に続く周囲に正体が露見しているために気が付かれないようにフードを深くかぶり姿を隠したエレン。
 その隣をイルゼ・ラングナーの件でリヴァイに命を救われて以来リヴァイを崇め猛烈に尊敬しており、彼の格好を完コピしているが全く似ても似つかないオルオが進んでいる。最後列にはリヴァイとそしてこのメンバーの紅一点のぺトラ、さらにその後にたくさんの荷物を積んだ馬車に乗ったクライスが続き、特別作戦班が過ごす居城へ向かっていた。

「旧調査兵団本部。古城を改装した施設ってだけあって……趣とやらだけは一人前だが……こんなに壁と川から離れた所にある本部なんてなぁ。調査兵団には無用の長物だった。まだ志だけは高かった結成当初の話だ……。しかし……。このでかいお飾りがお前を囲っておくには最適な物件になるとはな」

 馬をゆっくり歩かせながら向かう道の途中何気なく背後に目をやるエレン、すると背後ではリヴァイがは別に怒っているわけではないのだが、末恐ろしい顔と目が合いエレンは昨日の事を思い出し慌ててその灰色の瞳から目を反らした。

「調子に乗るなよ新兵……」

 リヴァイを崇拝するオルオはあこがれの人と目が合ったエレンにズイッと顔を近づけた。

「はい!?」
「巨人だか何だか知らんがお前のような小便臭いガキにリヴァイ兵長が付きっきりになるなど――ぐふぅ」

 その瞬間、自分の馬が道端の石を踏みその振動がオルオに伝わった瞬間、ガリッと嫌な音がした。喋っている途中で思いきり舌を噛み、その口から血を噴き出したのだった。
 場所は変わり旧調査兵団の古城に到着した面々。厩舎の前で馬の手綱をつないでいるエレンは井戸端にいるクライスに渡されたガーゼで舌の止血をする相変わらずリヴァイの口調を似せながらしゃべるオルオとあきれたようなぺトラの話し声に耳を傾けていた。

「乗馬中にぺらぺら喋ってれば舌も噛むよ」
「……最初が肝心だ……あの新兵、ビビっていやがったぜ」
「オルオがあんまりマヌケだからびっくりしたんだと思うよ」
「……何にせよ、俺の思惑通りだな」
「……ねぇ、昔はそんな喋り方じゃなかったよね? もし……それが、仮にもし……リヴァイ兵長のマネしてるつもりなら……本当に……やめてくれない? イヤ……まったく共通点とかは感じられないけど」
「フッ……俺を束縛するつもりかぺトラ? 俺の女房を気取るにはまだ必要な手順をこなしてないぜ?」
「舌を噛み切って死ねばよかったのに……巨人の討伐数とかもぺらぺら自慢して」
「安心しろ、お前らの自慢もついでにしといてやったからな……」
「(あの人たちが調査兵団特別作戦班。通称「リヴァイ班」」

 エレンは先ほどオルオから聞いたこのメンバーの討伐数を改めて数えていた。

「まったくみっともない!」

――ペトラ・ラル
 巨人討伐数10体、巨人討伐補佐数48体。

――オルオ・ボザド
 巨人討伐数39体、巨人討伐補佐数9体。

「(紛れもない精鋭だ)」

――エルド・ジン
 巨人討伐数14体、巨人討伐補佐数32体。

――グンタ・シュルツ
 巨人討伐数7体、巨人討伐補佐数40体。

「(みんなリヴァイ兵長に指名された調査兵団きっての精鋭、そして…オレが暴走した時は……この人達に殺されることになる)」
「どうした?エレン」
「いえ……何でもないです」
「(でも、クライス教官が居るから大丈夫だ、怖いけどリヴァイ兵長よりはまだ……話しやすそう)」

 旧調査兵団本部の建物の前に立つリヴァイ、エルド、グンタ。長い間使われていないだけあって建物の周りには草が生い茂り、木樽や木箱の残骸が散乱しているでないかそれを眺めてため息をついた。

「雑草だらけだな」
「ひでぇ荒れ方だ」
「久しく使われてなかったからな……中も埃だらけだろう」
「それは……重大な問題だ……早急に取り掛かるぞ」

 リヴァイの声を合図にそれぞれが準備に取り掛かる中でクライスはさもうんざりしたかのように懐に隠していた貴族しか嗜めない嗜好品の煙草を吸い始め紫煙をくゆらせた。

「あの……リヴァイ兵長は今から何を始めるつもりなんですか?」
「見てろよ、お前らがあこがれの人類最強の本性ってやつをな、あいつの変態性は調査兵団内でも持ちきりだ」

 バターンと勢いよく窓を開け放つリヴァイの表情は相変わらず無表情で口元に当て布をし、頭には三角巾をしているからなおさらその表情は読めない。あれが調査兵団名物お掃除兵長だとクライスが耳打ちするとうんざりした様にあくびしながら付き合いきれないとさっさと森の奥深くにいなくなってしまった。

「上の階の清掃完了しました。オレはこの施設のどこで寝るべきでしょうか?」
「お前の部屋は地下室だ」
「また……地下室ですか?」
「当然だ。お前は自分自身を掌握できてない寝ボケて巨人になったとしてそこが地下ならその場で拘束できる。これはお前の身柄を手にする際に提示された条件の一つ。守るべきルールだ」
「はい」
「部屋を見てくる。エレン、お前はここをやれ」
「はいっ」

 リヴァイ兵長が立ち去り入れ違いにペトラがやってくるとどこか落ち込んだかのようなエレンにやさしく声をかけた。

「失望したって顔だね、エレン」
「はい!?」
「あっ、エレンって呼ばせてもらうよ!リヴァイ兵長にならってね! ここでは兵長がルールだから」
「あっ、はい、それは構いませんが……オレ、今失望って顔してましたか?」
「珍しい反応じゃないよ。世間の言うような完全無欠の英雄には見えないでしょ? 現物のリヴァイ兵長は……思いの外小柄だし、神経質で粗暴で近寄りがたい」
「いえ……オレが意外だと思ったのは……上の取り決めに対する従順な姿勢です」
「強力な実力者だから序列や型にはまらないような人だと思った?」
「はい……誰の指図も意に介さない人だと……」
「私も詳しくは知らないけど……以前はそのイメージに近い人だったのかもね。リヴァイ兵長は調査兵団に入る前、都の地下街で有名なゴロツキだったって」
「そんな人が……何故」
「さぁね。何があったか知らないけどエルヴィン団長の元に下る形で調査兵団に連れてこられたって聞いたわ」
「団長に!?」
「うん、そうみたい」
「知らなかったです。そういえば、リヴァイ兵長って結婚とかって」
「うーん、人類最強って呼び声高いし貴族の人たちからも人気だからより取り見取りな筈なんだけどね。忘れられない人がいるとか……だからどんな女の人に言い寄られても全く無反応で、もしかして男色とかって言われたり」
「忘れられない人、ですか……もしかして、それが、ウミ……とか?」

 突然エレンの口から飛び出したウミの名前。出会ってからまだ間もない彼女の事をよく知らないペトラはエレンにそう尋ねられて掃除をしていた手を止めて考え込んだ。ウミを運び込んでからも席を外すとき必ず身近の男性ではなく女性兵士、そしてあの時はペトラにウミを見ていてくれと、頼んだのだ。普段あまり人に頼ったりとかしない彼が頼むなんてよほど。

「うーん……どうなのかな。でも潔癖症の兵長が何のためらいもなく自分の部屋のベッドに運んでずっと目が覚めるまで見守っていたの。あの人、兵長の特別な女性、なんじゃないかなって、思うよね」
「はい」
「オイ……エレン」

 すっかり話し込んでいた二人の背後にはいつの間にか戻ってきたリヴァイが不機嫌そうな普段の態度をさらに不機嫌にし掃除をサボっている二人を三白眼が睨みつけている。いったいどこまで先ほどの話を聞かれていたのか…思慕の念を抱くリヴァイに自分が彼に抱いている印象をどこまで聞かれたのか。
 兵士にしては華奢な肩をビクッと飛び上げぺトラはごまかすかのようにサッサッサッと床を掃き出しながら少しづつリヴァイから距離を取っていく。

「は……はい!!」
「全然なってない……すべてやり直せ」

 この世の者とは思えない恐ろしい顔つきのリヴァイに睨みつけられエレンはウミの事などすっかり頭から吹っ飛んで慌てて先ほど掃除した部屋へと急いで戻るのだった。

To be continue…

2019.07.26
2021.01.18加筆修正
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