THE LAST BALLAD | ナノ
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#18 寂しさの宙から

 ミカサとアルミンが不安そうに朝食を向かい合って口にしていたが、2人が同時に思うのはエレンの事ばかりだった。あの日、窮地に立たされた3人の元に舞い降りたリヴァイがウミを連れて行ってしまったあと、エレンもそのまま彼を保護した調査兵団から引き離されるように憲兵団に連れていかれてしまい、今現在の彼の身柄は憲兵団預かりになっている。

「ウミも、エレンも、居なくなってしまった」
「ウミはきっとリヴァイ兵長が連れていったから大丈夫だと思うけど、」
「けど?」
「エレンの今後について……審議をするみたいなんだ」
「エレンが審議? 何の?」
「よくわからないけど、エレンをどうするかってことだと思う」
「どうするかって?」
「多分……生かすか、殺すか」

 アルミンの口から放たれた極端な選択肢。エレンの身を誰よりも案じていたミカサはハッと息を呑み思いきり立ち上がった。その顔面は蒼白している。すると、突然段上の扉が開かれ、厳しい顔つきをした憲兵団達が入ってくるとその手にはなにか書類を抱えており、それはミカサとアルミンの所属する班の名簿だろうか。

「ミカサ・アッカーマン、アルミン・アルレルト! 居るか!?」
「はい」
「午後からの審議に証人として出廷しろとの命令だ!」

 憲兵団に呼ばれて二人は当事者でありエレンの重要参考人として午後からエレンの今後の身の振り方について審議への招集命令が下されたのだった。巨人化した彼の姿を目の当たりにしたもの全てを証人として出廷させよとの指令だった。そのためにミカサは報告書にエレンの事を守るべくエレンを庇護するように必死に彼を弁護したのだ。何としてもエレンを助けたい。その一心で。

「ウミにも会いたい。数日なのにもうずっと会えてない気がする…家とか仕事とかトロスト区は未だ完全に人が住める状態ではないから」
「大丈夫だよミカサ、ウミなら僕達より何倍もいろんな経験してきてるし、きっと元気だよ。僕達と同じくウミも証人で呼ばれてる筈だよ。その時にきっとウミにも会える」
「アルミン……うん、」
「ウミもきっと何とかしようと思ってるから大丈夫だよ。だから、3人でエレンを助けよう!」

 ミカサを励ますようにアルミンが何度も声をかければ安心したようにミカサは少しだけ張り詰めていた表情を緩めた。いつも守るべき対象の彼がこうして自分を強く励ましてくれる姿を見てミカサは安心したように確証はないのに本当に大丈夫だと思えるから不思議だ。
 ミカサは人類最強と呼ばれるリヴァイと初めて対面した時の事を思い返していた。人類最強と呼ばれる割には以外に小柄で、自分よりもだいぶ小柄で目つきも悪く口を開けば粗暴な言動が目立ちとてもウミの想い人とは思えなかった。しかしやはりその小柄ながらも屈強な肉体をしており1人で同時に巨人を2体も仕留めたのは確かに彼が人類最強として君臨していると言うのが理解出来た。
 自分達はウォール・マリア陥落時に両親を亡くしてから親代わりにウミに今まで面倒を見てもらったことを伝えるとリヴァイは何かを思ったようにウミを連れ救護班に殴り掛かりそうな勢いで必死にウミを助けようとしてくれた。表情筋が死んでるかと思うくらい幾多の戦いを経た事でどこまでも冷静な男だと思ったがウミを助けようと必死になっていたのはよく伝わった。

「リヴァイ兵長、ウミと知り合いにしては随分心配してた」
「元々調査兵団に居た時からの仲間だから心配してたと思うんだけど」
「ううん。きっとあの人」
「え?」
「ウミの……今も忘れられない人、」

 ミーナやハンナや思春期で多感な年頃の女子達の間で自分たちよりも大人でそれなりの恋愛経験もあるウミの恋の話をよく聞いたりしていた。
 その時に耳にした内容は今は特定の恋人はいない事、かなり年上の男性への実らない初恋もしたが、本当に心から愛した人はたった一人だけ、だと。
 頬を赤く染めて話す普段しっかりしている彼女がその時はとても可愛らしくミカサには見えた。一生懸命告白をして、最初は相手にされなくて、それでも、好きで好きでたまらなくて、追いかけていた。そして、自分の思いにやっと振り向いてくれた彼と結ばれ付き合ったのは20歳を超えてから。
 その時にキス以上の体験があったこと、その人と結婚したいと思ったが、別れてしまったこと。今も忘れられないか?と、聞けば悲しそうに微笑んだ。周りの女子みんなで自分たちがこれから経験することを疑似体験したように興奮していたのを覚えている。
 リヴァイの表情を見て彼が今もウミを想っているのは一目瞭然だった。お互いに今も思い合っているのは同じはずなのに。なぜ二人は別れるという選択肢に至ったのか。ミカサはウミが肌身離さず、湯汲みにまで持ち込むほど大切している指輪の持ち主も、彼女が前に寝言で確かに呟いた名前を反芻してきた。
 ウミは今でもきっと、

「おい! リヴァイ!!」
「何だ、うるせぇな」
「どこだ!?」
「てめぇ……わざとか? そのなまくらなてめぇの下半身にぶら下がってるブツ……使い物にならなくさせてやろうか?」
「おいぃ!! 本気で止めろよ!?」

 上背のあるクライスと小柄なリヴァイではだいぶ身長差があるが、貴族出身の栄養満点の環境で育ったクライスとは対照的に地下街出身の彼は成長期の大事な時期に栄養バランスもろくに取れない日射しの閉ざされていた環境で育ったので成長に差が出るのは仕方ない。自分の目線に映らない胸下くらいの身長のリヴァイをわざと馬鹿にしながら探すフリをしたクライス。リヴァイのちょうど蹴りやすい位置にある股間を狙われガードするように抑えるとクライスは周囲の様子を窺うように見渡し、誰もいないのを確認するとこっそり耳打ちした。

「ウミの話。エルヴィンから聞いたか?」
「何の事だ、さっさと言え」
「(エルヴィンの野郎、やっぱり言わねぇつもりだったな)ウミ……2日前に憲兵に捕まったらしいぞ」
「何だ、……れは、」
「留置所に今も囚われてるんだと、そんで連れ戻せとのお達しだ」

 歳を重ね昔のように感情的に取り乱すことも無くなったリヴァイはその瞳を驚愕に見開く。ずっと気にしていたウミの行方、いなくなってしまった彼女を探しに追いかけて街に行こうにも兵士長としてエレンの審議の準備や今回のエレンの件で極秘に始動する作戦の為になかなか動けずにいる間にまさかそんなことになっていたとは思いもしなかった。
 留置所には彼女のような女ばかりではない、留置所から牢に放り込まれた女がどんな目に遭うか。リヴァイは聞いていないと言わんばかりに自分ではなくクライスにそのことを伝え迎えを依頼していたエルヴィンへの憤りを露わにしていた。骨折して松葉づえで歩くクライスが回転する勢いで彼の居る執務室へ向かった。

――……「複数の男に襲われて返り討ちにしたらしい、そりゃあもうお前仕込みの寝技テクでボッコボッコに。襲われたのに元調査兵団だし過剰防衛だと一緒に捕まったみてぇでよ。今回のエレンの審議に証人としてあいつも招集がかかってるらしく調査兵団がその身元を預かるって条件でナイルと交渉してやっと釈放が決まった。戦力が欲しいし、エルヴィンはトロスト区での活躍を見てあいつをまた調査兵団に呼び戻すつもりだ」

「オイ、エルヴィンよ」
「何だ、リヴァイ」
「……ウミが憲兵に捕まっちまったってのは本当か?」

 努めていつもの冷静な口調と態度で振舞ってはいるが、ウミが絡めば忽ちこの男は普段強靭な精神力で抑え込んでいる激情家な面を覗かせリヴァイのその目はかつて地下街でエルヴィンと対面した時の怒りを露わにした顔つきに立ち戻っている。兵士長という立場で一人の女のために与えられた職務を放棄することは許されないのは分かっている。まして今からエレンの今後、調査兵団の未来を担う彼を何としても調査兵団に引き込むために審議所に行かなければならないのに。エルヴィンはこのことは幹部の誰にも言うなと釘を刺してもリヴァイが今も一途に消えてしまったウミを思い続けていることを理解しているクライスがリヴァイに黙ってウミを迎えに行くはずがなかった。

「何故クライスをあいつの身元引受人にさせた? 何故俺じゃねぇ? てめぇは俺があいつの何か分かって言っているのか」
「ああ、理解している。しかし、それはもう5年前の話だろう」
「審議はあいつもエレンのれっきとした証人だ。どうせ留置所から保釈して連れて行くのは調査兵団預かりなら俺でもいいだろうが」
「リヴァイ。私情でここを離れることはあまり褒められた事ではない」
「うるせぇ、あの女……さんざん俺から逃げ回りやがって、今度こそ逃がしはしねぇ。女じゃなければぶん殴って文句の一つでも言ってやりたいところだ。やっと牢屋にブチ込まれて身動きできなくなってこれでどこにも逃げやしねぇ、審議の時間まで戻ってくりゃあ文句はねぇだろ、」
「リヴァイ、待て」
「特別作戦班の編成は俺が班員を決めていいとのことだったよな?」
「リヴァイ、覚悟はいいのか、彼女は」

 彼女がその小さな身体に受けた痛みすべてを背負う覚悟はあるのか。見透かしたようなエルヴィンの言葉にリヴァイは反発するかのようにドアに向かいながら吐き捨てた。

「覚悟? ウミの戦力を現役時代に戻せば文句はねぇだろう」
「全く、……刃を振るう対象を間違われては適わないな」

 あらゆる醜悪を詰め込んだ地下街から這い上がってきた男の振るう刃。今は自分に向けられているような威圧感を覚えた。
 彼が戦う理由は巨人からウミを守るためではなく巨人から人類を守るために振るうものだ。巨人を倒さねばそもそもの2人の未来さえも無いのだと。クラバットを揺らし去りゆく自由の翼を眺めてエルヴィンは静かに今後の作戦の計画を練っていた。「特別作戦班」通称リヴァイ班、エレンの命運はすべてこの男に託された。



「あの……すみません」
「ああ?」
「今、何時ですか?」

 まさか迎えが来ることも知らず未だ囚われの身のままのウミは留置所で1人手錠で繋がれた両手を抱え座り込んでひたすら俯いていた。幸いなことに元調査兵団ということで他の犯罪者の居る牢屋は危険だと判断され、一人独房に放り込まれておりまだ欲に餓えた犯罪者に襲われひどい目には合っていなかった。見回りに来た憲兵団の若い兵士に慌てて鉄格子から呼びかけ、一体ここに連れてこられてから何日が過ぎたのか、今頃エレンはどうなっているのだろう。アルミンやミカサ、104期生のみんな。ここに一人でいると気になることがどんどん積み重なり気が気でいられなくなる。時計もなく時間の感覚さえも奪われてしまい逸る気持ちが抑えられなくなりそうだ。

「呑気に時間ばかり気にしてなんだ? 男と約束でもしてんのか?」
「いえ、違いますけど……」
「お前な、元調査兵団で女だからって理由で特別個室にしてやってるのを忘れてるわけじゃねぇよな?」
「おっとなしそうな顔してやがるがそれとも俺たちの相手でもしてもらうか?」
「っ……」
「ぎゃはははは! お前のことレイプしようとしてた男の牢屋に二人きりにしてやってもいいんだぞ?」
「(相変わらず腐ってるな……クソ憲兵共)」

 下品な笑い声に相変わらず巨人と戦ったことも無い憲兵団は腐っているな、と。ウミは内心毒づき、苛立ちを隠せず鉄格子を強く握りしめた。

「身元引受人が迎えに来ねえ限りここから出られねぇからな」
「住所不定、仕事なし、家族なし、ま、ここにいれば食いっぱぐれることもねぇからなぁ?まぁ身の保障は出来ねぇがな」

 そう。身元引受人が見つからない限りウミはここから釈放されないのだ。しかし、家族も家も仕事も、何もかも無くした自分に今更誰が責任を以て身元を引きとってくれる人なんかいる?
 今回の件はウミの首筋に宛てがわれたナイフの切り傷と、引き裂かれた衣服で露わになった胸元で正当防衛が認められたがこのままここから出られる気配さなさそうだ。あまり気は長くはない。悪態付いてこの目の前でふざけたことを抜かす憲兵団の男を殴り飛ばしてもいいがそんなことをすればますます罪が重くなるだけ。
 開かれた胸元を隠しながらウミはため息をつくとまた座り込むしかなかった。そう、いつまでもここにいられない。今後の自分を監督する意味での身元引受人が居ないのなら自分は一生ここでの生活を余儀なくされ後々刑務所に送られるだろう。そこで待ち受けるのがどんな屈辱か。地下街で嫌って程人間のクズ共を見てきたじゃないか。
 絶えず悲鳴が聞こえ、知識や力のない弱者は売られ、犯され、薬で狂わされ、そうやって破壊の限りを尽くされそのうち地面に横たわり惨めに死んでゆく。

 究極の食物連鎖のような世界。瞳を閉じてウミはただ待つしかなかった。こんな自分を引き取ってくれる酔狂な人物が現れる奇跡を。

「あん? 何だ、お前?」
「おい、ここにいるんだよな」
「あ? 調査兵団の分際でこんなところに何の用だ?」
「ここに俺の連れが捕まってると聞いたが…俺が身元引受人だ。時間がねぇ、釈放しろ」
「お前みたいなチビッ子が?」
「おい、馬鹿野郎! しらねぇのか!? そいつは……!」

 小柄ながら胸ぐらを掴んできた態度の悪い憲兵団の手を骨が折れない程度に握り返して、男は犯罪者の蔓延る留置所の中を進んだ。奥の方だろうか、それとも、開かれた扉の向こうを見据えたその時だった。

「よお、久しぶりだな」
「てめぇ……」

 鉄格子がちょうど開かれて後ろ手に組んだ手錠で自由を塞がれ、にやにやと憲兵団に連れられて牢屋へ連行されてゆく見慣れた男の姿があった。地下街で幾度も自分たちと対峙した窃盗犯のリーダー。何故こんなところに。向こうもリヴァイだと気が付いたのか男はにやにやと挑発的な笑みを浮かべて自分より小柄な彼に詰め寄る。

「お前か……お前がウミに」
「ああ、ウミのお迎えか? 地下街の歌姫によろしく伝えといてくれよ、また脱獄して会いに行くから逃げずに待ってろって、よ……」
「てめぇ……」

 ニタァ…と不気味に笑う忘れもしない因縁の相手の姿にリヴァイの怒りは一気に沸点に達した。大声を一気に昔の自分に立ち戻り怒りが頂点に立ち上る。しかし、もうあの時の自分ではない、感情を律する事ならば調査兵団での幾多もの犠牲の上に成り立つ現実に積み重ねられた強靭な精神力で抑え込んで来た。激情に駆られて相手をねじ伏せるのは支配された若者のする事だ。ここで暴力を振るえば自分の立場はどうなるだろうか、しかし、ウミの不安を拭う為に一発くらいなら……。

「(あの時殺しておけばよかった)」

 すっかりウミに絆されてしまっていた為に殺すことを躊躇した自分の甘さが今も彼女を苦しませているなら。足の骨くらいならばへし折ってもいいだろうか。

「なぁ、死ぬなよ?」
「……やめて! リヴァイ! あなたは調査兵団の兵士長でしょう!? 落ち着いて!! 一時の感情に何をそんなに!!」

 地の底よりも低い声が響く、感情を殺したリヴァイの瞳に睨まれ思わずその殺気に縮みあがった男に向けてリヴァイが足を振り上げ拳を振りかざそうとした瞬間だった。はじけ飛んだように何度も耳にした彼女の声、それはやけに近くで聞こえた。

「出ろ! 釈放だ!!」
「もう二度と来るんじゃねぇぞ!!」
「ちょっと、押すんじゃないわよ!!」

 憲兵団に突き飛ばされるようによろよろと独房から釈放されたウミがリヴァイの視界に飛び込んで来た。柔らかな髪を受け止め触れた彼女は相変わらず眩暈がしそうな程、優しい匂いがした。

「よぅ、ウミ……待ってろよ、脱獄してまた会いに行くから逃げようなんて考えんじゃねぇぞ」
「っ!」

 彼女に触れようとした男からウミを守るように立ちはだかるリヴァイ。これ以上ウミに余計な言葉が聞こえないように彼女の耳を塞ぎ目を閉ざし、男に向けて言い放った。

「悪いが、その次は無いと思え、もしこいつに触れて見ろ。今度は確実にてめぇの息の根を止めてやる」

 男の胸ぐらを掴んでいた手を引っ込めてリヴァイは視界に収まった自分の筋肉にしがみついて殴るのを制止しようとする彼女の瞳に見つめられようやく冷静さを取り戻し背中を向けてウミの手を引き歩き出した。

「あの……リヴァイ、さん、私……その、ごめんなさい」

 五年越しに重い口を開いて言葉にしたのは償いようのないあまりにも拙い謝罪の言葉達。迎えに来させたことへの謝罪か、今まで何も言わずに彼の目の前から姿を消したことに対する謝罪か。その言葉では彼へ償えるとは思ってはいない。しかし、すべてを理解する男はウミの謝罪には何も答えなかった。いざ、目の前にしてしまえば今はどんな言葉も意味をなさないのだと。

「エレンの審議に重要参考人として招集がかかっている、行くぞ」
「はい」

 あくまで今は彼女の保証人として。まさか釈放する条件として自分が再度このような事態を起こさないようにと身元を保護し、監督する役割を担ったのが迎えに来たのが五年前さよならも言わず別れた彼で。ウミは意識のある状態で彼との突然の二人きりにされ、戸惑ったように今まで独房でずっと声を使用していなかったのもあり、絞り出すように出した声はあまりにも頼りなく震えていた。

「着てろ、その格好で審議所のジジイ共にサービスなんかしなくていい。何も着ねぇよりはマシだろ」
「あ、りがとう」
「安心しろ、調査兵団はエレンもお前も、悪いようにはしねぇ」
「……うん、」

 不安そうに行き先のない自分はもうどこにも行けやしないのだと、釈放された自分の身の保障は彼に委ねられた。自分はどこへ行こうとも調査兵団へと舞い戻るようにできているらしい。再度この身を預けることになるのかと、ウミは理解しながら再び戦う覚悟を決め、自由の翼をその背に受けた。
 馬車に乗り込み、互いに向かい合い、リヴァイはじっと五年ぶりに再会した彼女を頭の先からつま先まで見つめた。そしてなぞる様に引き裂かれ顕になったその胸元にはあの時と変わらずに輝くシルバーリング。それは確かにあの日自分が彼女に贈った物だった。心臓に近い場所で輝くそれを眺めてリヴァイは調査兵団の緑色のマントを彼女にかけてやり、戸惑うウミを自分の元に招き入れた。掴まれた大きな手はやけに暖かく感じられてその懐かしさと、過去の影に追われ、孤独と行き先のない彼女の手を引いてくれたのは間違いなく彼だった事をまたウミに思い起こさせた。
 何から話せばいいのか――……沈黙を保ったまま、馬は審議所に向けて走り出す。車内は沈黙が支配し、こうしてお互いの瞳と瞳が交わるのは五年以上ぶり、だろうか。お互いに余計なことをべらべら喋るタイプでもないし、まして五年間の長い長い沈黙を経てまさかこんな形で再会するとは、思ってもみなかった…。
 早くこの気まずい空気から抜けたいと、ウミは何から口にすればいいのか、足を組み頬杖をついて遠くを見つめるリヴァイの姿を見つめていた。

「俺の顔に何かついてんのか」
「えっ! あ、あの……っ、べ、ベつに」

 重い沈黙をどうにかしようと、空回りしたウミはリヴァイに突然そう言われると、どう返事をしたらいいのか言葉に迷い、たどたどしく目を泳がせながら俯いて黙り込んでしまった。リヴァイからすればずっと探していたウミをようやく目の前に置き二人きりで見つめ合えるのに、もともと表情筋が死んでいるしハンジのように言葉数も多くはない自分はウミへ気のきいたセリフも思い浮かばない。せっかくの再会もウミはリヴァイに黙って姿を消した申し訳なさと久しぶりに会う彼にどんな態度を取ればいいのかわからずに戸惑っているようだった。

「無事でよかった、ウミ」
「……は、い」

 ただ交わした言葉はその単語全てに今の思いを込めた。リヴァイはウミに向き直るとその頬にそっと触れてサラリとその髪に触れてそのままゆっくりと離れていった。確かに目の前にいるのはウミなのだと、ひしひしと噛み締めるように。

 お互いに感じていた距離は少しずつまた昔のように縮まるのだろうか。今は先のことは誰にもわからない。時間薬、今はまだぎこちない2人は言葉無く馬車の揺れに身を任せるのだった。 

To be continue…

2019.07.22
2021.01.17加筆修正
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