THE LAST BALLAD | ナノ
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テーマ「推しとの恋」
- ナノ -

#151 悔いなき選択

 そうだ。痛みに支配されるな、冷静になれ。諦めている場合ではない、今はまだ、自分の死ぬ時ではない。
 アヴェリアにも、子供達にも、必要なウミを取り返しそして家族に戻ってまた一から自分達の夢を、ただ二人手を取り合い歳を重ねていきたい、それだけ。戦いを終え、これからは穏やかな余生を。その夢を叶えるまでは。

 彼女の家系は始祖ユミル・フリッツ復活を目的とした種族、その一族の呪いをウミは独り抱えたまま、一人島を去ったのだ。
 そんな最愛の苦しみも分からないまま自分はどれだけの苦痛をこれまで彼女に与え続けていたのだろう。
 一族の悲願となり生まれた女児、初代ジオラルド家の再来として。ウミを捕食し、力を得たエレンの肉体から取り戻したい。
 ジオラルド家の遺恨など知らない、ウミは、ウミだ。自分と結婚した、子供を産んでくれた最愛の存在、彼女はウミ・アッカーマンである。

 今度こそ、迎えに行かなければならない。ウミの存在はこれからもこの先も自分にも子供達にも必要だ。そして、何よりもきっとあの子は泣いているだろうから。

 ――「誰か……助けて……ここから私を連れ出して……っ」
 一人、膝を抱えて震えていた。訳の分からない場所で、裸体に布を巻いた泥まみれの薄汚れた少女。地下街で初めて出会ったあの時のように。
 あの日から今も変わらない思いがある、自分はあの子に救われたように、自分も彼女を救っていたことを知る、自分の存在が誰かの支えになる事を、必要とされている実感を与えてくれたのは紛れもなくウミだった。
 彼女に出会わなければ、自分は今こうして調査兵団の兵士長として存在していない。

 ファルコが変貌を遂げた「顎の巨人」の姿は「獣の巨人」でもあるジークの脊髄液入りワインを口にした影響から先代の「顎の巨人」ポルコ・ガリア―ドを捕食した「顎の巨人」の後継者でもありながら「獣の巨人」の形態も引き継いでいると言う滅多に見ない稀な進化を辿っていた。

 エレンが何時間かけても会得出来なかった硬質化をエレンが地下礼拝堂で「ヨロイブラウン」を摂取したその時と同じ現象がファルコにも起きた。
 それは奇跡を結び、形となり、彼はその「名前」の通りに、大空を自由に飛んだのだ。アズマビト家の船を沈没させながらも、そしてどうにかここまで飛んできたのだ。

 確かに彼が初めて巨人化した時は。手先が猛禽類のそれを連想させるような形状な気がしたが、つまり、その時点の時から彼が今こうして進化した巨人にはそのような現象が起きていた、巨人科学者の人間はここには居ないが、危機的状況で舞い降りた彼はそう言う事なのだろうか。

「イヤ、私もまさか本当に巨人が飛ぶとは思ってなかったんだけど、本当に飛ぶからもう行くしか無かった。でも、……来てよかった」

 見るからに皆が混戦状態になり絶体絶命だったのがアニからも分かった。もう、戦えないと涙を流したアニははじめは拒んだが、そんな自分を励まし勇気づけ導いてくれた若い三人、ファルコの巨人に広げた縄を手綱代わりにここまで飛んできたんアニはかつて調査兵団を壊滅的な被害を被るまで追い込み、ストヘス区の街を地獄の惨状に変えた少女はひたむきに父親を想っていた。
 そして、今はそんな彼女が皆の窮地に舞い降りるような奇跡を引き連れ危機的状況下の自分達を助けに来てくれたのだった。

 ▼

 アニは、ファルコに乗り、悠々とした大地を、ここまで飛んできたのだが、ここに来るまでのいきさつを皆へ聞かせた。
 自分の故郷でもあり、約束を交わした父の待つレベリオがエレンの「地鳴らし」に飲み込まれ平らな大地に変わったことにより、これまで戦い続けていた医師は消えた。全てはマーレへ残して来た父ともう一度再会するそのためだった。
 だが、しかしその望みもついぞ消え、アニは完全に戦う気力を無くしてしまっていた。
 アニはもう誰とも争いたくない気持ちを示し、完全な拒絶の意を示していた。精神的に疲弊し、ミカサだけではなく、調査兵団の同期たちとも、エレンとも、戦いたくないと涙を流したのだ。
 これまで苦しみの中で戦い続けていた、ひたむきに、約束を交わし、共にした仲間と争い、そして見殺しにした罪悪感に苦しんでいたのは彼女も同じだった。
 喜んで殺したわけではなかった。なぜなら、その戦いの果てに辿り着く為には父の元に帰るという、揺るぎない目的が自分にはあったから。

 戦う為の、父親に会う、理由が強制的に失われてしまった。この先のあらゆる戦いはアニにとってはただ、意味も無い、ただ辛いだけ。何の目的も無い苦行でしかないのだ。
 ハンジの決死の行動により飛行艇は空を舞い、そして自分達は海を進んでいた。アニは何をするわけでもなくぼんやりと海を眺めていた。

 海を見ると、青の世界が、「地鳴らし」から逃れ悠々とした大海原を見つめ過ごしていた。アニは同じく水平線を眺めていたキヨミへこれからどこへこの船は向かうのか、その舵の行方をたずねる。

「これから数日をかけてヒィズル国に。ミカサ様一行が「地鳴らし」を食い止めると信じています。ですが、すでに国としては立ち行かない状況にあるでしょう。ウミ・ジオラルド様をパラディ島からマーレへ送り届けたのは私。ジークとエレンを結びつけたのは私です……この大殺戮を招いた罪を贖う術など存在し得ないでしょう」
「じゃあ……もしまたやり直せるなら。エルディア人に干渉せずパラディ島を見殺しにする?」
「時が遡ることはありません……ですが、後悔が絶えることはありません。エルディア人の生きる道を私はすべて尽くして模索したとは言えません……一族の利益と家名を守ることを何よりの務めとしてまいりました……どうして、失う前に気付けないものでしょうか……ただ、損も得もなく他者を尊ぶ気持ちに、」

 アニはこれまで自分が過ごしてきた父親と明け暮れたひたすら自分の技術を磨き上げていたこと、そして戦士候補生時代から島へ上陸し、パラディ島では訓練兵団としてさらにその技術を磨きながら壁の情勢を調べるために夜な夜な暗躍して。
 途中、王政に近づくあまりリヴァイの親族でもあるケニー・アッカーマンと遭遇し、恐ろしい経験もした。
 クライスに正体を勘づかれたり、ウミに指輪を見つかりそうになったり、そして、淡い思い出を抱いたアルミンを思い出しながら、離れたこと、もう会えないのだろうと心のどこかで想いながら、後悔を口にしたアニ。

 そこに、強制的に閉じ込められ安全な戦場へ隔離され戦いから遠ざけられた悔しい気持ちをにじませそれでも何かできるのではないかとファルコとガビとアヴェリアが現れ、アニにある一つの提案をしたのだ。

「アニさん。僕はジークさんの脊髄液で巨人になりました。だから「獣の巨人」の特徴が発現してるみたいなんです」
「そう、それで?」
「一番よく見る記憶は雲の上を飛んでいた記憶です。そして、それが僕にもできる、そんな感じがするんです」
「どういうことですか?」
「つまり、過去に羽の生えた「獣の巨人」がいたんです」
「だってあんたの巨人何か鳥っぽかったもん! ガリアードさんの「顎」と全然ちがってた」
「確かに、あの時手羽先に見えた」
「だから……俺達、行ってきます!! みんなを助けに、俺が飛べるなら、きっと燃料も関係なく俺は飛べる……!! 行きます!! みんなを助けたい!!」
「止めたって無駄だぜ、俺も行く、」
「は!? ここで巨人化するっての!? 船が耐えられなかったら沈没して、そんでここで全員死ぬだけでしょ!? 何より、まったく巨人の力を制御できなかったあんたが何でそんなことできると思うの!? もう失ったものは戻ってこない、もう遅い……!!」
「船が沈んでもかまいません。これ以上後悔を増やすことになるくらいなら」

 船が沈んでも予備の救命ボートがある。キヨミはファルコやガビやアヴェリアの、未来ある希望の申し出を受け入れて、そしてファルコは結局変身の際に船を沈めてしまったが
 それでも、翼を広げて船を飛び立ったのだった。

 ガビが対巨人用ライフルを手に、そしてアヴェリアもリヴァイがこのまま自らの命と引き換えに死ぬことをひしひしと託された指輪に感じ取り、立体機動装置を装備してそれぞれが待つ「地鳴らし」の中心部へと、振り落とされないように掴まりながらもようやくたどり着いた。

 ▼

「アズマビトの船は沈んだ。ファルコの巨人化に耐えられなくてね。空を飛べる確証も無いのに、キヨミはすべてを承知して私達に行かせた」
「だから! 私達は地鳴らしを止めて!! 思いに応えなきゃいけないの!!」
「ガビ……。ファルコ、俺との約束を覚えているか?」

 とライナーに聞かれたファルコは「顎の巨人」に言葉を発する器官は無くてもその声は届いていた。

「(もちろんですよ……ブラウンさん。必ず)」
 ――「お前がガビを救い出すんだ。この真っ暗な俺達の未来から……」
「それでアルミン、いや、ピークは? どういう状況?」
「アルミンは巨人に囚われて命が危ない。アルミンを捕らえた巨人は尾骨の方にいるはず。アニ、あなたの「女型」が必要。力を貸して」
「……あんたの幼馴染たちは囚われてばかりだね……もちろん、取り戻すよ」
「ライナー、ピークさんは!?」
「頭骨の方だ! エレンのうなじの爆破を狙ったが、「戦鎚の巨人」に阻まれて捕まっている」
「爆破って!?」
「うなじに爆弾を巻きつけてあるが、起爆装置は押せなかった……」

 悔し気に顔を歪ませるジャンに、今にも気を失いそうなリヴァイは奮闘するようにウミから離れ、身を起す。このままだと本当に意識を失いそうだ、そんなわけにはいかない、自分がまだ倒れるわけにはいかないと、リヴァイは震えながらもファルコに巻き付け人気た縄にしがみついたまま作戦を告げる。
 戦えなくてもこの脳味噌は未だ腐っちゃいないと。

「両方……だ、両方……やるぞ。……一方でアルミンを救助する。「超大型」の爆発が頼りだ……。もう一方で、エレンを狙ってうなじを攻撃しろ……二班に分かれて同時にやるぞ……」
「兵長……?」
「もう……エレンを気にかける猶予はなくなった……。イヤ……、そんなもの最初から無かった……アヴェリア、こんな時にこんな状況で言わなきゃならんことがある。いいか。ウミはもう、諦めろ」

 それは、苦渋の決断だった。この状況下での最善の選択を、自分はいつもしてきたように、ここでまた、自分は選ぶ。自らに課した、悔いなき選択を。
 ――「リヴァイ、」

 一緒にこれまで歩んできた彼女を、最愛を共に手放さねばならないことを心のどこかで理解して諦めながらもリヴァイはそれを受け入れる事にしたのだ。

「は……!?……あぁっ、……そ、うか、……もう、無理。なんだな……」
「ウミを……兵長は、その、」
「あの時点で、もう決裂していたと言う事だ、ウミは、もう、俺の知るウミじゃない、まるで別人のようだ」

 父親からそう告げられ、どうしてそんな簡単に見捨てるんだと、なじるような目をアヴェリアが向けたその時、思わずハッとする程に、自分を宥めるような、父親の眼差しに、自分を完全に危機から引き離したくて見せたいつも鋭い厳しい顔つきでは無い顔つきで、自分を見るリヴァイを見た。
 どんな時も彼は非情な判断を下してきたのだ。

 今は頼りなく見える程潤んで見えた気がして。
 本当に辛いのは父親だけじゃない、その選択を、ウミを知る仲間達も皆聞き入れ受け入れるしかないのだと黙り込んでいたから。

「エレンごと吹き飛ばせば、この「地鳴らし」は止まるだろう、だが、もう、今更このん状況でエレンのこの図体のでかい巨体のどこかにいるウミを探し出して引きずり出すことも出来る状況じゃねぇ……。ジークもそうだ、どっちにしろ、もう、最初からウミを。母さんを助け出すことなど、到底無理な状況だったって事だ、俺は、」
 ――「ただ……もし、エルヴィンの読み通りウミがそうだとお前が言うのなら……あいつを殺すのは俺だ。ウミが俺の前以外で死ぬことは許さん」

「ウミがもし、本人の意思ではなくエレンやその「始祖」に支配されて。無理やり「地鳴らし」に巻き込まれているのなら、俺は……ウミを、せめて俺の手で眠らせてやりたい。あいつによく似合う花と一緒に、世界で一番。美しい場所に」
「リヴァイ、兵長……」

 誰よりも。彼がウミを必要とし、愛していることを知っている、無表情で何を考えているかわからない彼の表情が時々綻んだように見えたのはいつもウミが居たから。
 彼女の愛情が彼を支えていた、どんな時も、思慮深く誠実な男へ向けられる愛情も同じように誰よりも一途で、そんな二人の間には自分達が踏み込めないくらいの絆があって、その絆と信頼関係はどんな時も崩れはしないのだと。

 彼がどんなにウミを深く思い、どんな女性が彼に迫っても彼の心はひとつだって乱されることは無かった。己の魂をかけて彼女を愛していたから。
 だからこそ、そんな彼の「ウミを諦め地鳴らしを止める」これしか残された手段はないのだと、その選択を誰も止める事は出来なかった。

 エレンも、ウミも、ここで始末しなければここまで犠牲になった者達へ申し訳が立たない。
 そうだ、忘れてはいけない、「地鳴らし」を止めるために、全てはこの瞬間の為に多くの犠牲を経てたどり着いたのだから。
 話し合いも決裂したが、それでも信じたかった。エレンが帰ってきてくれる未来をどうしても、諦めたくない、エレンを深く愛するミカサには、エレンが居ない未来など受け入れられない、考えたくない、

「でも……、」

 リヴァイでさえも、最愛を切り捨てなければならない選択をした。その息子のアヴェリアもそんな父親の苦渋の選択を幼いながらに理解し、母親との別れを涙を堪えながらも見つめている。
 しかし、ミカサはあの日の少女のままだ。
 表情を青ざめたまま、未だに受け入れがたいリヴァイの指示を受け入れられないと硬直している。

「でも!? 何だよ!? ファルコが飛ぶなんて奇跡が起きなければ俺達あそこで死んでただろ!?」
「あぁ……何も果たせないまま……」
「……ジャン」
「あの……バカに言ってやりたいことはごまんとあったが……、クソ」
「俺だって……エレンを諦めたくねぇよ!! ……でも、兵長はもう俺のせいで戦えねぇし!! ただでさえ相手は「始祖の巨人」なんだぞ!! 手加減して何ができるって言うんだよ!?」

 そんなミカサへ、額から血を流したコニーが未だにエレンを諦める事を受け入れられないミカサへ、怒りをあらわにした。
 もう、これ以上の時間はない、今エレンの生死まで気にかけていられる悠長な状況ではない、ファルコが助けに来てくれなかったら自分達が危なく命を落とすところだったではないか。
 自分が足を引っ張ったせいでただでさえジークとの戦闘を得て雷槍の直撃を受け満身創痍でも戦っていたリヴァイは今度こそ、戦えない、もしかしたらもう一生歩けない程の重傷を負わせてしまった。
 こんな状況下で助けに来てくれたファルコの巨人が絶望的に追い込まれた自分達に力をくれたのだ。
 エレンを誰よりも思うミカサをずっと見つめてきたジャンだからこそ、伝えられるのは自分しかいないのだと、苦しげな表情でミカサへ敢えてはっきり厳しい現実を突き付けたのだった。

「……ミカサ、エレンを……殺そう」

 と、ミカサに伝えればエレンを諦めきれないミカサが崩れ落ちてしまうかもしれない、ジャンは敢えて誰もが避け続けていたその言葉を、自分に何ができるのかを、告げた。
 誰よりもこの現状を正しく理解している彼だからこそ、その言葉は響き、伝わった。

 ――「怒らずに聞いてほしいんだけどジャンは……強い人ではないから弱い人の気持ちがよく理解できる。それでいて現状を正しく認識することに長けているから、今何をすべきか明確にわかるだろ?」

 凄惨な現状が目の前に広がって居る。そんな状況下、自分が今何をすべきか、ジャンにはわかる。
 だからこそ、敢えて一番ミカサを傷つける言葉を嘘も誤魔化しもせずに伝えるのだった。

 そして再び旋回すると、ファルコが取りになった姿も見ているだろう民間人が大勢残る中こんな状況下でも対立しあうマーレ人とエルディア人が見えるスラトア要塞を越え、再びエレン巨人の居る「地鳴らし」の中心に向かって行くのだった。

 ジャンのエレンを殺そうと、その発言に呆然とするミカサに対し、かつてはエレンを奪い合いストヘス区で死闘を繰り広げたアニがミカサのマフラーが巻かれていない襟首をムンズと掴んで引き寄せた。
 エレンを殺す殺さないと考えると肝心な戦力であるミカサの刃は完全に使い物にならないなまくらの刃へ姿を変えてしまうのだ。

 ジャンの突きつけた現実に呆然としたまま思考が働かなくなってしまったミカサへ、難しい事は考えなくていいからと、かつての宿敵は呼び起こすように声をかけた。

「ミカサ! あんたはアルミンを救うことだけを考えな! それ以外は考えなくていいから……」
「……うん」

 それは、アニなりのミカサへの気遣いだった。普段は冷静なミカサが唯一取り乱すのはエレンの存在ただ一人で、そのエレンの為なら爆発的な潜在能力を発揮するのがミカサだった。
 しかし、そんな自分達と敵対している相手が今はそのエレンである以上。かつて彼女がエレンを取り戻すために戸惑う仲間達の中で率先して刃を振るってきたミカサが今度は皆に背中を押されて戦うしかないのだと説かれている。

 彼女の戸惑いは計り知れないだろう。エレンが絡むと、冷静さを欠いて本来の彼女を彼女じゃなくさせる。
 ミカサを傷つける言葉しか自分達は口にできないのだ。
 だからこそアニは言った、エレンの事はまずは置いておこうと。今は「囚われの身となった即席で団長を命じられたアルミンを考えろ」シンプルな答え。
 もう一人の幼馴染を救う事に対し、うんと頷くと、そして、エレンを殺すと決めた周囲には重い空気が流れ誰もが言葉を発することを止める中で、ガビが突然「地鳴らし」が起きる寸前に自分が見た異様な光景を打ち明けた。

 ――「エレン――!!!」

「ジークさんと接触する直前に対巨人ライフルでエレンの首を刎ねようと、撃ち抜こうとした弾丸(たま)は、巨人化したウミさんを、貫いていたの。エレンを庇って、撃たれたんだと思う……」
「そうか、」
「そしたら、ウミさんが巨人の身体から飛び出して、動かなくなって、そしたら、そのまま、光に包まれながら……何やら奇妙な、見たこともないムカデのような生き物へと姿になってウミさんの身体は完全に消えて、エレンの身体へ吸い込まれるように溶け合って消えたの」
「ウミが……? 何それ、気持ち悪い」
「……それが「始祖の巨人」……、イヤ、巨人の力の正体だとしたら、首を落とせばまた出てくるかも……」
「じゃあ、母さんも、もしかしたら――!」

 そして、微かに芽生える希望にアヴェリアは目を見開くと、ファルコは再び「始祖の巨人」に向かっていく。
 その下では同じ人間同士でありながらもこんな状況下でも銃を向け合い、争いを続けている現状に終わらぬ負の連鎖を嘆きながら。こんな時まで殺し合いを続けるのかとジャンはがっかりしたように今必死に自分達が「地鳴らし」を止めようとしている中でも終わらない争いにがっかりしていた。

「ファルコ!! 飛来物に注意しろ!! 来るぞ!!」

 ライナーが呼びかけた先には信じられない光景が広がって居た。
 何と、戻ってきた自分達を恐らく警戒したエレンが迎え撃つべく差し出した。待っていたのは歴代の大量の「戦鎚の巨人」たち。
 一斉に自分達を硬質化で出来た鋭い弓矢で狙い定めて待ちわびていたのだ。

「今だ!!! 速度を上げろ!! 掴まれ――!!!」

 ライナーの声に合わせてファルコが思いきり速度を上げるべく勢いよくその身を縮み込ませ、皆はファルコの身体に巻かれた網に振り落とされないように掴んだ。
 ファルコはそのまま身を縮こませ、再び翼を広げた反動で一気に急降下してその矢の雨を目にも止まらぬ速さで回避すべく敢えて避けずに敵陣へ突っ込んだ。

「行くぞ!! アルミンを頼んだ!!」
「後でファルコと援護しに行くからね!!」

 硬質化で作られた矢に当たればひとたまりもないがファルコ巨人は一気にスピードを上げそれをうまく躱していき、「地鳴らし」巨人を潜り抜けようやくまだ進撃を続けるエレンの元へ辿り着いた。
 作戦を開始すべくライナーが再び「鎧の巨人」に変身し、「戦鎚の巨人」を引きつける囮となる。
 その隙にジャンも飛び降りて串刺しにされたままのピーク救出へと向かうべく爆弾が巻かれたままの頭骨を目指し、急ぎ爆弾の起爆に向かう。

「ジャン!! ライナー!!」
「頼むから!! 死ぬなよ!!」
 ――「(お前らもな、「戦槌の巨人」は俺が引きつける)」

 エレンの首に巻かれた爆弾の起動をジャンに託し「鎧の巨人」となったライナーがジャンを援護すべく立ち向かう。
 立体機動装置のガスを吹かしエレンの元へ向かう。突き進むその進路上で大勢の巨人達が生身のジャンを待っていた。

「(耐えてくれ!! ライナー!! 俺が起爆させるまで……)ツ――!!」

 しかし、その先ではエレンの力によってまた更に歴代の九つの巨人の数が増えており、ジャンの行く手を阻んでいたのだ。

「クッ……そりゃあ……普通、僕を増やすよな……エレンの野郎!!」

 その時、蒸気を放ちながらピークが「車力の巨人」の本体の中から突如現れ、突き刺さり宙ぶらりんになっていた肉体を捨て、「戦槌の巨人」の四又の鉾を伝いながら立体機動も無しにはるか上空を駆け抜け降りてくる。

「ヒェエエエエ」

 その高さと命綱も無い不安定な足場を下り思わずいつも冷静で知性溢れる彼女らしからぬ悲鳴が漏れる。

「いいなあ、私も立体機動できたらな……」

 と、自分と違い、マーレの戦士でもパラディ島で潜入して訓練兵団として過ごしてきたライナーやアニと違い、自分だけ出来ない芸当をやってのける自由の翼を背負ったパラディ島のメンバーを羨ましがりながらも、自分には自分の戦士としての意地がある。授けられた力がある。
 ピークは勢いよく自分の指をかみちぎり、再び「車力の巨人」へと姿を変えると、

『――フンッ!!』

 と、彼女らしからぬ声と共に自分を突き刺したラーラ・タイバーが本体の今の代の「戦鎚の巨人」のうなじを噛みちぎったのだ。

「クソッ!! 近寄れねぇ……!!」

 九つの巨人に行く手を阻まれ囲まれたジャンが頭骨へ向かう道を塞ぐように、通せんぼされ、戦おうにも多勢に無勢、苦戦している彼の元に「車力の巨人」に変身したピークが歴代の「顎の巨人」を取り押さえて、うなじを噛みちぎってパンツァー隊も対巨人砲も背負っていない姿でも戦えるのだと、証明するように、かつて対峙したジャンへ四足歩行を生かし「顎の巨人」に負けず劣らずの俊敏な動きでジャンを援護する。

「ッ!! ダメだピーク!! 逃げろ!!」

 ジャンが叫んだその瞬間、背後の迫っていた他の「顎の巨人」の爪により「車力の巨人」の肉体は硬質化も出来ずにことごとく九つの巨人たちにやられ、非力な彼女の巨人はあっという間に真っ二つに引き裂かれてしまったのだ。

「オイ!?」
「ジャン……私が戦闘に向かないただの雑用係の巨人だと思ったら……間違いだよ」

 が、切り裂かれた瞬間。既にピークはそれを見越して「車力の巨人」の肉体から脱出しており、宙に浮かんでいた。
 そして再び自分の指をかみちぎり、襲ってきた歴代の九つの巨人達を相手に再び巨人化し、敵を翻弄する。
 そして再び斬り裂かれる前にまた巨人体から抜け出して、そしてまた変身、それを延々と繰り返す。自分は硬質化も出来ない、武装しなければまるで非力でしかし、その武装も今は完全に無い状態。耐久力は無いが、自分の誇りはその持続力その誇りを胸に。

「私が持つ「車力」の持続力なら私がやられない限り、勝つまで戦える。『何百回でも。だからジャン!! 私のことは心配しないでいいから私に構わず起爆を――」

 と言葉を伝える前に駆けだしたジャンを見届けながら、ピークは肉体が朽ちようとも繰り返し、自分の肉体を酷使してでもこの戦いに勝つべく変身と脱出を繰り返しながら戦っていく。

 ピークの言葉を最後まで聞かずに背骨伝いに頭骨へ向かうジャン。だがその隙に真下から再び出現した新しい「顎の巨人」に足を噛まれそうになり、その先をまた大量の九つの巨人に阻まれてしまったのだ。
 取り囲む無数の巨人たち、果たして何回自分は変身しなければならないのか、彼女は自嘲するかのようにそう呟いた。
 打つ手がないかもしれない、だが、マガトやハンジやいろんな者達がここに来るまでに血路を開いてくれたように自分も援軍が無くても最後まであきらめずに戦うと。

『まぁ……百回勝っても、敵が百万ならどうしようもないね……』

 ▼

 旋回しつつ、アルミンを咥内へ巻き込んで逃げた巨人を探す中、アニは傀儡にされたかつて「始祖奪還作戦」の際に共に故郷を離れてパラディ島へ向かい、お互いに島に潜伏しその中で自分達の正体に感づいた際に仲間でもあるマルコを殺した罪を抱えた仲間であり、今はアルミンに捕食された事でその能力をアルミンへ引き継いで倒したベルトルトの「超大型巨人」を見つけた。

「ベルトルトまで傀儡に……許せない……」

 かつての仲間であるベルトルトまでも支配下に置いたエレンに対し一緒にパラディ島に上陸し戦い抜いた仲間の虚ろな目にアニは激しい憤りを抱いた。

 残された、アニ、ミカサ、コニー、そしてアヴェリアがアルミン奪還に向かうべく飛び出すべく身を乗り出して状況を確認する。
 オカピを知らないミカサとアニの間で若干暗雲が立ち込めたが、再び沈む。アルミンを捕食した巨人はアニの言葉ではオカピと言うらしいが。残念ながらアルパカも知らない。

「俺も行く、父さん!! 止めんなよ!!」
「アヴェリア。必ず、生きて帰るぞ。わかったな」

 飛び降りようとしたアヴェリアを止めたのは内側から既にボロボロの限界をとっくに超え、足も負傷し、未だに口元には自分の吐いた血が乾いてこびりついたままの父親の姿だった。
 手をしっかり握り込んて離さない父親の隻眼に自分の双眼を見つめる、同じ目をした親子は生きて再会することを望んだ。
 しかし、例えエレンと共に自分を産み導いてくれた母親を殺すしかないのだとしても、まだあきらめちゃいない。

「……任せろ、必ず」
「お前は俺の、息子だ、親より先に死ぬなんて、承知しねぇ、分かったな。必ず戻って来い、俺の息子なら、」

 一度は、命と引き換えに。自分の身を差し出しハンジ達やこれまで多くの者達が道を切り開くべく犠牲になろうとしたように自分も、しかし、そんなリヴァイから一緒に生きて帰るぞと言われたアヴェリアは険しい表情から少しだけ、柔らかいものへと顔つきを変えそっと握手をするように、手と手を握り合う。
 親と子、似た顔をした二人は無言で握り締めた手を放すと今度は拳を打ち合わせて膝を負傷し、もう戦う事は出来ないリヴァイの代わりに、父から子へ受け継がれた血を持つアヴェリアが戦線に立つ。

「行ってファルコ! あの豚か何かを尾骨に追い詰めて!! 仕留める!!」
「アルミンを取り戻す!!」

 高い、と言っていられない。
 脚も竦むようなファルコの背中上空から次々に飛び降りていく。
 光に包まれながら一度は戦闘を放棄したアニ、もう二度とこの姿になることは無いと思っていたが、今一度、淡い思いを抱いたアルミンを救うべく行動を起こす為に「女型の巨人」へと変身を遂げた。
 ファルコは旋回しながらその場を離れていく。遠巻きに落下していったかつての部下たちを見守りながら、残されたリヴァイはガビと共に様子を窺う。

「私、この対巨人ライフルで援護できるから」
「……それで死ぬ巨人はここにはいない」

 ライフルを構えたガビが立体機動装置を持たない為に一緒にリヴァイに残りながらも自分が出来ることで援護しようと、役に立とうと、している姿を見つめながらも冷静にそのライフルの意味が無いことを告げた。
 リヴァイはこのどこかにいるウミをそれでも無意識に求めるように、探していた。
 エレンを殺すと決めた時、呆然としたミカサのように、本当は自らウミを殺すと口にした時に得体の知れない恐怖に苛まれ気を失いそうになった。
 しかし、自ら口にして彼女を諦めると、決意しなければ、この手に握られた刃が鈍ってしまいそうだったから。
 そして、リヴァイはエレン巨人の中でひたすらに隻眼で自分がやらねばならない宿敵・ジークの姿を探していた。

「(……ジークはどこだ……どこにいる。……見つけてもこのザマじゃ……足手まといか……クソ……ウミ……聞こえるか……お前も、そこに居るのなら、俺の姿はどんな風に見える……こんな俺を……今のお前は、どう思っている?)」

 膝からはおびただしい量の血が今も流れる感触がする、しかし、全身のあらゆる感覚もだんだん遠のき、アッカーマンの力を酷使し、無理矢理刃を振るって隻眼となり視界も定まらない中、血を流したのか頭に上る血も消え今はまるで自分の死の前に訪れた安らかな時間の流れを感じていた。

 そもそも、自分は初めから、あの華やかな王都の地下街でマトモではない人生を生きて来た。
 マトモだったら生きて行かれないような過酷な世界、壁の国の世界でも限りなく劣悪な環境で生まれ育ったから、正直、自分は地下から地上に出ても、巨人が闊歩するこの壁の世界が取り巻く現状を知っていたし、だからこそ、壁の外に出ても、きっと、期待しているような希望は無いと思っていた。

 エレンは壁の外に希望があると信じ、そして絶望の果てにこの島以外の生命を潰すことを洗濯した。
 アルミンは今もさらにこの壁の外には見えない光を信じているが、自分は、壁の外のそんなにいいものではないと即座に受け入れられた。
 しかし、その壁の外に、いつか大事な物を奪われるかもしれないと、そして、リヴァイは実際に本当に大切な存在を奪われるように引き離され、そして無様に負傷した今の自分はただの年老いた足手まといでしかないことに激しい憤りを覚えていた。

「(エルヴィン(ヤツ)の命令をしくじったことは無かった……一度も……。なのに……ヤツの最後の命令だけがなぜ……。あぁ……、もう俺達の役目はあそこで終わりだったのかもしれない……ガキ共を海に届ける、そこまでの役目だったとしたら……。なぁ、お前達が捧げた心臓は他の命を踏みつぶすためにあったのか? 違う……俺達が夢見た巨人のいない世界は呆れるほどおめでたい理想の世界だったはずだ。そうでなければあいつらの心臓と見合わない……。エルヴィン、俺はお前を選ばなかったことに悔いは無い。お前らと同じ目をしたあいつに未来を託したことに、)」

 ――「俺は……このまま地下室に行きたい……俺が今までやってこれたのも……いつかこんな日が来ると思ってたからだ……いつか……「答え合わせ」ができるはずだと……何度も……死んだ方が楽だと思った。それでも……父との夢が頭にチラつくんだ」

 なぁ、そうだろうと。震える手で、エルヴィンと最後に交わした言葉を思い返しながら。リヴァイは欠損していない左手で強くブレードを握り締める手に再度力を込めた。

 ▼


 飛び降り、混戦状態に陥る中で例の巨人は「女型の巨人」をすり抜け、頭骨の方へ一目散に、まるで自分達を翻弄するかのようにアルミンを口の中に閉じ込めたまま逃げていくではないか。

「(しまった……頭骨の方へ逃げられる!!)」
「アニ!」

 このまま頭骨へ逃げられてはアルミンの身も持たない。急ぎ、ミカサがアニに呼びかけ、かつて訓練兵団時代からの直接対決は叶わぬまま巨大樹の森で対峙した二人はアルミンを取り戻すべく共同戦線を張る。
 ミカサの呼びかけにそれを察知し、手を差し出した「女型の巨人」の手に気付いてくれたと、勢いよくアンカーを刺し振りかぶった勢いで抜けないようにガッチリ骨の部分へ刺す、と、「女型の巨人」は思い切りミカサを遠心力をかけて放り投げ、オカピの巨人に勢いよくミカサをぶん投げたのだ。

「ツッ――!!」

 例え他の人間より頑丈に作られているミカサでも、その投げ飛ばす時に全身にかかる負荷に思わず苦悶の声を上げそうになる。が、この機を逃してはいけないこのチャンスを生かさなければ。

「止まれオカピ!!」

 投げ飛ばされた勢いでオカピのうなじへ狙いを定めたその時、オカピの巨人の上に覆いかぶさるようにほかの九つの巨人が邪魔をしてきたのだ。

「クッ!! 邪魔しないで!!」

 オカピの上に覆いかぶさるように邪魔をした巨人のうなじを裂き、その正面から鎧の巨人がミカサへ迫ってくる。

「うあああ!」

 襲いかかってきた歴代の鎧の巨人へミカサが勢いよくブレードで斬りかかるが、鎧で作られた硬質化のせいでミカサのブレードが折られてしまったのだ。

「(鎧!? しまった――)」

 ガスを吹かしてその突進から逃れようとしたミカサだが、間に合わずに追い詰められそうになったミカサを同じ原理でアニにしがみつきながら振り落とされないように、そして追いついたアヴェリアの残されていた雷槍と、「女型の巨人」が蹴りで何とか助け出す。

「大丈夫か!! ミカサ、」
「アニ!!! アヴェリア!!」
「一人になったらダメだ!! すぐに殺られちまう!!」
「まずい……! オカピが……「超大型(ベルトルト)」の方に……」

 状況は最悪だった。何と、オカピの巨人は上半身だけ形成された「超大型(ベルトルト)」の方に逃げていき、その先で待ち構えていた大勢の巨人達に自分達はあっという間に周囲を囲まれてしまったのだ。

「クソ、雷槍があればこんな奴等全員ぶっ飛ばせるのに……!」

 口の悪さは親譲りか、悪態づくアヴェリアがリヴァイに見えた。変声期前の彼の声は知らないが、恐らくはアヴェリアのような感じだったのだろう。
 周囲を見渡すもまた姿を消したオカピの巨人はアルミンを連れ去ったまま大勢の巨人の群れに紛れ込んでしまったことに誰もが言葉を無くし、「女型の巨人」の肩の上で周囲を窺うも、この包囲網を突破しなければアルミンは取り戻せない。

 もう完全に、万事休すだった。

2021.12.13
2022.01.30加筆修正
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