THE LAST BALLAD | ナノ
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#150 まだ、死ぬべき時ではない

 エレンの望みの通り、この大地にこの海が希望の海であるようにと、願っていたエレンの希望は無情にも潰えた。
 いざ壁の外に出て見ても、島の外には自分達へ憎悪を向ける敵しかいなかった。その島の先に向かう事は、何も出来なかったのだ。
「地鳴らし」が数千体もの巨人を引き連れてパラディ島以外の大地を侵略し、次々と名もなき罪なき人々の命さえもが無情に踏み抜かれていく。
 アルミンやハンジ達が求めた話し合いではなく、島以外の外の人間すべてが敵だと、

――「むしろ人類なんか嫌いだ!! 巨人に滅ぼされたらいいんだ!! つまり私は人類の敵!! 最低最悪の超悪い子!!」
「私は人類の敵だけど……エレンの味方」
――「そんなの間違ってる!! 島の人すべてが敵じゃないのに……!!」

 この「地鳴らし」が終わった後も自分は女王としてこの島であり続ける中で裏ではこれから先の未来で必ずアルミンたちを守れることが出来るはずだ。その為に自分から提示したのだった。

 世界がいつか、こうなることを自分は知り、そして、エレンとの秘密を黙秘したのだ。
 この島を守ること、そして、自分が胸を張って生きることを。そして自分が選んだのはは、エレンがこれから行う事を知りながら、未来を知り、黙秘する事で。その良心の呵責に苦しみながらも、実際に自分はエレンとの約束を果たした。
 自が妊娠したことによって「獣の巨人」の継承が延期されたまま「地鳴らし」は発動されたと。
 その秘密を隠して、今自分は世界中の罪なき者たちが「地鳴らし」によりその命を踏み抜かれて蹂躙される中でその命を産み落とそうと、出産に臨んでいる。

「しっかりするんだ、ヒストリア」

 壁の王となったヒストリア。そして、まだ未熟な十代の身体でありながら子を腹に宿した。そして、今度は母親になろうとしている。
 かつて、自分に生きる価値を見い出せず、死に場所を探し求めていたクリスタだった自分は今、ヒストリアとして、未成熟な身体の中でそれでも宿した命を必死につなごうと踏ん張っていた。
 しかし、身体の大きさに見合わず大きく育った立派な赤子はなかなか出てこようとしない。ヒストリアも長時間の陣痛に耐え抜いて体力もすでに底を突き、いきむ力が弱まり、意識が朦朧とし、今にも意識が途切れてしまいそうだ。

「女王陛下!! 上手にいきめてますよ。順調にお子様も降りてきております、あともう少しです、どうかお気を確かに、さぁ、次の波が来たらまたいきんでください」

 産婆の的確なアドバイスも猛烈な激痛に晒され何も聞こえない。先立った大切なユミルに、自分の今の姿を見せたら、どう思うのだろう。自分は彼女の遺した言葉の通りに胸を張れているのだろうか。胸を張れる選択ができるのだろうか。

 エレンは、話していた。エレンがこれから起こす行動が後に、多くの人の命を奪う行為だとしても、この世から、その名の通り一匹残らず消えるのだ、そうなれば、この子を自分は抱きあげることが出来る。

「女王陛下、呼吸が弱くなってきておりますよ。このままではお腹の子へ酸素が届きません、もっと深く息を……さぁ、お気を確かに!」

 ベッドの頭上から垂れ下がる縄を掴んで。ひたすら踏ん張るように。白い手には血管が浮かび真っ白になるまで、力いっぱい掴んで、ひたすら踏ん張って息をしてはまた休んで。気が遠くなりそうな痛みの中で再びいきんで、そして息をしてを何度も繰り返す。
 想像する痛み、どんなに痛いものか。しかし、これは今まで感じたことの無い痛みだ。
 想像を遥かに超える尋常ではない痛み。それが断続的に襲ってくる。今にも叫び出したくなるほどの痛みだ――。

 痛み苦しみ終わらぬ業苦のような。
 真っ青な顔、冷や汗を流しながら、ヒストリアは自分との子供を望んだかつて自分を幼い頃から知っている彼との間に、自分が「獣の巨人」の継承期間を強制的に十月十日延ばしてその間にエレンが「地鳴らし」を起こすことで、この世界から。全て消えるのだ。全てのユミルの民の遺恨、脅威の代償として「地鳴らし」を起こすことを黙秘したのだ。
 これが自分の罪ならば。自分は約束通り無事に子供を守り生み出し、そして育てる。約束された、この島で。後の選択が未来を変えるのなら、その未来の先に居る皆を守るとエレンと約束し、子供を産み愛すると決めた。

 彼がいつも密やかに自分の傍に居てくれたことを知り、そして、愛し始めた彼を招いた。そして、リヴァイとウミが愛し合ったように、自分もそれを真似した。幼い頃自分をいじめていた彼が、本当は自分を気にかけていたこと、その償いで無言でずっと自分の孤児院で労働者として傍にいたと知って、彼の愛を受けいれた、そして、命を宿す行為を望んだのだ。誰でもない、自分が自分として、もう二度と会えないユミルに誇れるように。
 
 自分の相手であり、これから父親になろうとしている青年が苦しみながらも必死に陣痛に耐え子供を産み落とそうとしている自分へ何度も何度も、励まし傍で祈るように手を組んでいる。
 涙を落とし、ヒストリアは激痛の中で、この間にも踏み抜かれる罪なき小さな命へ詫び、消えゆく命の中生まれゆく自分の命のその罪の重さに打ちひしがれ涙を落とした。
 どうか、一番の願いは、あなたに。約束をした。だけどその約束は果たされなかった。だけど、彼女にどうしても今、傍に居て欲しかった。一緒に手を握って微笑んで欲しかったんだ。

――「ヒストリアはいいの。ヒストリアはどうか私のようにならないでね。女性としての身体を大切にして、いつかきっと素敵な恋をして。そして、健康な子供をあなたはちゃんと産んであげて大切に育てて欲しい。そして、いつか許されるのならあなたの子供をぜひ、見せてほしい」
――「きっと、世界中からこの島は、恨まれているんでしょう? だけど、大丈夫、この壁には、自由の為に戦う調査兵団がいる。きっとどうにかしてくれるって、信じてる。貴方はこの壁の国を守る為にどうか自分が犠牲になればいい。なんて昔のクリスタみたいなこと、考えないで。あなたはもう、クリスタじゃないのよ。誰よりもあなたの事を分かってくれたユミルがきっと喜んでくれるような人と結婚して、結ばれてね」

 ウミが羨ましかった。クリスタだと、偽りの人生を生きて来た自分を否定してくれた人だった。
 そんな彼女が愛する人に愛され、そしてそんな愛する人との間に子供を授かり、無事に腹の中で育ち、十月十日を過ごし産み落とせる当たり前の幸せを享受し、女王となった自分にはそんな自由は無いのだと思っていた。そんな奇跡など。長いようで短い人生の先でそう何度もあるわけではない。
 人生で愛する人との奇跡のようなめぐり合わせの上に成り立つ幸福の為に。今この痛みを乗り越えなければ。
 陣痛の痛みでパニックになり無駄に呼吸を荒くし体力を削ってしまった。
 今も後悔している。ウミから出産に関するアドバイスをもっと、聞いておけばよかった。いや、それだけじゃない、この先起こる出来事により彼女にもう二度と会えないのならば最後に彼女から子供の作り方や、彼への愛し方、想いを伝えること。男性を喜ばせる手段。
 そういったことよりも。もっと、もっと、内面的な、心の中の交流をしたかった。
 自分と同年代の同性にはまだ話せないようなこと。知らないから、話せないから、秘めやかな愛の意味を知る。
 ウミだからこそ。いつも溢れる笑み、いつも嫌な顔せずやさしい笑顔で、話を聞いてくれたあのかけがえのない友人をもっと、頼りたかった。
 死んでしまった腹違いの姉の分まで、自分を見守ってくれたあの優しい笑みにもう一度。自分は自分でいいのだと認めてくれた、触れてくれたら、よかったのに。

「(ウミ……。ウミ……ねぇ、聞いて、どうか、伝えたい、名前があるの、あなたに、どうしても教えたい、名前――そばに、居て欲しかった……!! どうして、今になって……思い、出すの……あぁ、今、すごくあなたに会いたい……)」

 絶望に沈む世界の淵、消えゆく命の灯火の中で、叫び声と共にヒストリアの抱えていた小さな命が今、祝福と喝采を浴び、この残酷な世界に終止符を打つべく世界に産声を上げた。

 ▼

 ウミの肉体と自由を手に入れたかつて奴隷として生き愛を切望した幼い少女は、いくつも伸びたエレンの巨人から伸びた背骨の上で、繰り広げられる戦いをただ、見つめていた。
 ――何がきっかけだったのだろう、何が全ての始まりだろう。自分がかつて逃がした豚達を思いながら。思えば、自分の願いが成就した時、その全て、命の悲しみにおける連鎖の始まりだった。

 すべての持ちうる兵器を用いて。やっと脅威である飛び道具でもある投石攻撃を放つ「獣の巨人」を倒すも、うなじを削ぎ朽ちて行く肉体。自分達の一斉攻撃により蒸発して肉が消え骨が露になるが、うなじの中身はなんと、空っぽだったのだ。
 まるで「戦槌の巨人」と同じ仕組みだろうか、なら本体は別のどこかにその肉体を隠していると言うのか。
 本来、巨人体のうなじの中に存在している「獣の巨人」本体のジークが見つからないのだ。この「獣の巨人」のうなじの中には、なんとジーク本体は存在していなかったのだ。
 誰もがその手ごたえの無さに合点がいった。
 
「手応えがねぇハズだ。もぬけの殻なら……」
「やっぱり……! ジークは「戦鎚の巨人」と同じやり方で本体を隠してる……」
「じゃあ……この骨の山から縦1m横20cmの本体を探し出せってか!? そんなことできるわけねぇ!! だからもう腹括るしかねぇ!! アルミン!!」
「分かってる!! 1分後にここを吹き飛ばす!! 皆は「車力の巨人」と協力してここから離れて!! リヴァイ兵長、すみません、」

 それは、この何処にいるかわからないエレンの巨体の中に眠るであろうウミもまるごとひっくるめて吹き飛ばすと言う事になる。
 だが、もう心のどこかで自分は吹っ切れていたのだ、彼女の存在が、二度と戻らないであろうことは。
 本当の本当に、これで、終止符が打たれるのだろう、これで、彼女は永遠に自分の手の届かない場所へ――。
 だが、そうする事しか残された手段が無いのなら、自分はこれまでだって、幾度も突きつけられてきたではないか。そして、その中でも最善を受け入れて選択してきたではないか。かつての仲間達、命を賭して繋いでくれたハンジとの約束は守れないが、だが、「地鳴らし」を止めるにはエルヴィンとの約束を、叶えるにはもうこれしか手段は残されていないのだ。

「アルミン、お前は何も悪くない、お前にとっても大事な幼馴染たちだろうが」
「兵長」
「大丈夫だ、お前の、団長の判断に俺達は身をゆだねるだけだ、遠慮せずにやれ、」

 それはつまり――。
 ミカサがアルミンの決意に躊躇いを見せた。このままエレンと和解できないまま彼ごと「地鳴らし」を止めるべく、まだ取り戻せるかもしれないこの状況で、吹き飛ばしてしまうのかと悲しそうな顔で。

「アルミン……!」
「僕の攻撃を想定しているエレンがこれで死ぬとは思えない!! でも、この骨をバラバラに吹き飛ばせばエレンやジークの位置がわかるかもしれない!!」

 と言うとミカサは、苦渋の決断を受け入れるしかないと堪えるように口を閉じた。最初はエレンをこのままアルミンがベルトルトから引き継いだ「超大型巨人」の力で、吹き飛ばすその威力を身を持って体感しているからこそ、戸惑いの意を見せた。もう話し合いでは通じないのだろうか、いつまでも本体の見えない脅威である「獣の巨人」であるジークがエレンの巨人体のどこかに隠れている以上宛ても無く探し当てるのは不可能だ。
 何も話し合いをしていない、しかし、もうこれしか手段は残されていないと。

「アルミン!! 何かヤバイと思ったら俺達に構わず全力でぶっ放すんだぞ!!」

 アルミンは皆が逃げるのを見届け、一人「超大型巨人」変身の際に生じる爆発を利用して巨体を吹き飛ばすつもりでいた。しかし、アルミンにもミカサと同じように、戸惑いが無いわけではない、この中にいるジークを止めなければ「地鳴らし」は止まらないだろう、それに、この中には恐らく、

 アルミンはかつてこの壁の中に紛れ込んだアニ達をあぶり出すべくごく一部の仲間達にしかその事実を告げず、表向きはエレンを連れての壁外調査を行ったエルヴィンが危険を承知で敵をあぶり出そうとしていたと知った時に感じた彼の並々ならぬ思いを。
 今、その巡り巡った縁で団長となった自分は果たして彼のように非情に徹底的な選択を遂行することが出来るだろうかと、背負わされた自由の翼がどれだけ重いか、痛感していた。

――「何も捨てることができない人には何も変えることはできないだろう」
「(わかっている、捨てなきゃ何も変わらない。もう……甘い希望は捨てなきゃいけないんだ……エレンを……僕が……」

 と、アルミンが骨の上で突っ立って一人エレンとの戦いは避けられないとそれでも、まだ完全に捨てきれない和解を考えていると。

「アルミン!!」
「うわぁっ!」

 突如、彼の背後から現れた巨人が立体機動装置を駆使して逃げるミカサ達の前で、アルミンを長い舌で巻き込み、そのままズルンと、呑み込んでしまったのだ!!!
 アルミンは飲み込まれて世界が暗黒に包まれて消える視界の端に確かに見たのだ。自分を見つめる、一人の薄汚れた少女がウミにすり替わる瞬間を。
 それはリヴァイにも見えたのだろうか、一瞬、飲み込まれた意識の中、リヴァイは確かに目線が始祖ユミルとかち合った。

 粘着質で。そして生温かい。不気味な長い舌に巻かれるように吸い込まれたアルミンが古の「獣の巨人」の咥内へ消えたと同時に、突如としてエレンの背骨から生じた光がまるで絨毯のように広がっていくではないか。
 そして、広がる光が集積し、ジークが具現化したように、巨人の群れが次々とエレンの背骨の上から現れ自分達の前に容赦なく立ちはだかったのだ――!!

 その隙を見て、「超大型巨人」を有するだけではなく自分達を導く頭脳を持ち合わせた現団長でもある大事なアルミンを捕食した巨人は次々出現した巨人たちを自分達へ囮のように差し出し、エレンの頭部とは真逆の尾骨の方向へ駆けだしたのだ!!

 ▼

 その一方で、無事に皆を送り届けたオニャンコポンは自分で暗示し、そして言葉の通りに見事に燃料切れ寸前だった機体を損傷させることなく陸への不死着に成功していたのだった。
 アニの父親でもあるレオンハートに助け出され頭部を打撲はして血を流しているが、生きている。
 アニの父親はオニャンコポンの意識を呼び起こすように叫んだのだった。パラディ島からはるばる危険を承知でマーレまで海を越え、空を越え、助けに来たこの男に。

「なぁ……聞こえるか!? アニ・レオンハートを知ってるか!? 俺の娘なんだ!!」

 島を越え助けに駆け付けた息子の姿を見て、かつてパラディ島のウォール・マリアとシガンシナ区の内門を破り被害を甚大なものに変えた「鎧の巨人」が今は自分達の味方となり、そしてマーレを助けようとしている。
 そんな息子の活躍に今まで自分がしてきた息子への取り換えしようのない仕打ちを後悔したカリナは今は息子の無事を祈るように祈りを捧げていた。
「ライナー。どうか……死なないで」と、

 ミュラー長官たちは管制塔で進撃の巨人とパラディ島勢力が戦っているのを確認し、敵対していたパラディ島の悪魔たちが今は自分達の危機に訪れ、平穏が約束されているにもかかわらずその命を賭け他の世界を救いに来た彼らに対し、自分達も攻撃を開始しようと決めた。

「「進撃の巨人」とパラディ島敵勢力。交戦してますが……敵本体。進路、速度、変わらずこちらに向かってきます……」
「……黙って見てるわけにはいかん。総員、大砲で敵を迎え撃て」
「しかし……兵員の大半は飛行船部隊に割かれました。残りの兵員で活用できる大砲は3門ほどしか……「それが黙って見ていられる理由になるのか? 必死に戦うあの者達は、敵の巨大な背中の上で……今、一体……何のために戦っているというのだ?」

 ▼

 アルミンを咥内へ巻き込んで捕食した獣の形状をした巨人は突如エレンの巨人の背骨から現れた巨人達を乗り越え、尻尾の方へ逃げて行ってしまった。
 アルミンを追いかけようとするミカサ達の前には多くの巨人達が立ちはだかり、連れ去られたアルミンを追い掛けたくても追いかけられない。エレンの背骨の上ではミカサ達が混戦状態となっていた。
 何発も装備できないし補充もきかない装備をジャンたちが次々とアルミンを取り戻すべく雷槍で葬っていく。

「何なんだ、コイツら……無垢の巨人じゃねぇよな……? 俺達の様子を伺って同時に仕掛けてきやがる」
「どうする!? 雷槍はすぐに尽きるぞ!? ――っていうか!! アルミンは生きてんのかよ!?」
「少しでもアルミンに傷があれば即座に巨人化したハズだ……「つまり、傷一つなく捕獲されている。だがエレンのケツの方に連れ去られた……無数の巨人に通せんぼされてな。……俺が万全だとしても、あそこに突撃する選択はしない、だから落ち着け。ミカサ。早まるな、俺が囮になり敵を集団で引き付けるまで」
「っ――……!」

 エレンも自分から離れてしまい、そしてウミはエレンに食われてその肉体は完全に消えた。あんなに身近で感じていた温もりは永久的に失われたが、それでもまだエレンの巨体の一部に囚われていると信じている。
 そして今アルミンもさえも。巨人たちに奪われ並々ならぬ怒りに震えるミカサの表情は恐ろしい形相をしている。

――「作戦の本質を見失うな。自分の欲求を満たすことの方が大事なのか? お前の大切な友人だろ?」
 かつて、巨大樹の森で「女型の巨人」であるアニがエレンを攫った時のように、冷静さを欠いた行動を起こしそうなミカサへ冷静になれと促すのはやはりあの時共闘したのが縁で自分達は後に同じアッカーマン一族として、これまで自分の上位互換以上の実力者でもある自分の師の存在のようなリヴァイがどうにか内なる獣が暴れ出しそうなミカサを宥めるのだった。

 リヴァイも、先ほど見てしまったウミの残像がちらついて仕方ない。しかし、彼女の幻覚に惑わされてしまわぬように、冷静さを失うことは無い。
 いつも冷静な判断で周囲を見渡し、的確な指示を、隻眼となり指も失い普段とはまるで違う身体に老いも手伝い、アッカーマンの本能でこれまで頼り戦ってきた自分の衰えに正直自分で自分の身体のガタを感じ、これまでの無茶が今のしかかっている事実に衝撃が隠せない。
 雷槍をくらった彼の外傷の痛々しさに目を向けるが、本当にひどいのは内臓の損傷だ。正直こうして立体機動装置で駆けるだけで酸素を吸い込む度に肺が、腹の内側がまるでやけどしたように痛む。
 熱風が内部を駆け抜け、耳を突き抜けた。生身の人間ならば即死級のダメージを受け、それでも尚も立体機動装置で包帯に無理やり巻きつけたブレードを振り上げるリヴァイの目つきは闘志を宿している。

 それでも、ここまで。意地でも必死に支えにして立ち上がろうとするその手が震えている。
 全盛期のようにはもう戦えない自分が今出来ることをすべく、この命を賭けて自ら囮になろうとしているのだ。二度と息子にも、ウミにも会えないかもしれない、もうウミは死んでいるのかもしれない、だが、彼女の残像は泣いている。その泣き顔がちらついて仕方なくさせる。
 戦場で余計なことは切り捨て、身内でさえもこの手で、私情を捨てろと言い聞かせる。そんな鋼よりも固い決意が揺らぐほどリヴァイはウミにどうしても会いたいと望む希望を捨てられずに居た。

 しかし、そんなリヴァイに対し同じく彼よりもエレンやウミとはかかわりが無いからこそ戦場においてとても冷静な「車力の巨人」に変身したまま会話が可能な巨人であるピークが状況を述べた。

『それは無理だよ、兵長……。敵の正体がわかった。あれは、歴代の「九つの巨人」歴代の継承者の意識があるかまではわからないけど、エレンの「始祖の巨人」の力があれば無尽蔵に蘇らせることができるのでしょうね……戦うためだけに生み出された歴戦の巨人兵を』「そんなもん……敵うわけが……」
『そう、だから……悠長なことは言っていられない。私……別にエレンと友達じゃないから』

 と、持ち前の機敏さを生かし、ポルコ・ガリア―ドの「顎の巨人」ほどではないが、器用に長い手足を生かしてすいすいと四足歩行の「車力の巨人」はかつて自分達と対峙した時のように、巨人の群れをかいくぐり、一気にエレンがいるかもわからない巨人体の弱点でもある「進撃の巨人」の頭部を目指し駆け抜けたのだ。

 皆が驚く中、ピークだけが、エレンと何のかかわりも無かった彼女だからこそ、躊躇いも無くその行動に出る事が出来たのだ。
 このままでは装備もガスも尽きてしまう、こうするしか、もう――……。

『どう、考えても最初に撃つのはここ!! 私の狙いは最初から一つ!! 「進撃の巨人」の首一つ!!!」

 と「進撃の巨人」のエレンの頭部付近の背骨の丘を駆け抜け、辿り着いた長い首の付近へ持ち出した爆弾をグルグルと器用に口を使って巻きつけたのだ。
 爆弾を利用してエレンをうなじ事吹き飛ばす気だろうか、ジークではなく実体があるエレンに向けて。

「待って!!!」

 しかし、エレンを死なせたくないミカサはまだ、エレンとこのまま向き合えないまま彼を殺すことになる決意がどうしても出来ず、リヴァイの制止も聞かずに危険を承知でこのメンバーの中で今一番の戦力でもある身体は「車力の巨人」であるピークを追いかけていた。
 エレンに対し接点が無い彼女は非情に徹することが出来るのに反し、まだ迷いが捨てきれない仲間達、どうか、まだ待ってくれと。まだ本当のまだ生身の本人との会話をせぬまま、エレンをこのまま死なせないで欲しいと。
 必死に止めようと追いかけ手を伸ばすも、もう届かない。「超大型巨人」を宿す、アルミンが居ない以上残された手段でもあるこの爆弾で吹き飛ばすしかない……。もう躊躇いは許されない、だがミカサはそれでも、もう一度エレンに会いたい、その一心で飛空艇からジャンプしたのだ。

「消え失せろ!! 悪夢!!」

 と、ピークが「車力の巨人」のうなじからその姿を現し、そのまま爆弾を起動しようとスイッチに手を伸ばし、後はレバーを引くだけ、その時。

「ピーク!!」

 なんと、背後から突然串刺しにされた事でその衝撃でピークの手元にあったスイッチが吹っ飛ばされ、エレンの「始祖」の力で召喚されたラーラ・タイバー扮する「戦鎚の巨人」が作り上げた四又の逆鉾によって「車力の巨人」本体の肉体を勢いよく突き刺し、このままピークの巨体を貫いたのだ。

 四又の逆鉾に貫かれ、宙ぶらりんのまま動けなくなった「車力の巨人」そして、ピークの手元から零れ落ちるように起爆用のスイッチが転がっていく。
 一緒にここまで来た仲間でもあるピークがやられた事に気を取られたライナーの背後から俊敏に蠢く影、なんと、ポルコの「顎の巨人」そのままライナーへ襲いかかって来たのだ。
 思いきり振りかぶった「鎧の巨人」のその一撃は身軽な「顎の巨人」には通じず、空振りした拍子に思いきり顔面を鋭い爪で引っかかれてしまう。

「こっちだライナー!! そいつの動きを止めろ!!」

 俊敏さでは随一の「顎の巨人」を前に成す術も無く顔面を鋭い爪で引き裂かれ、窮地に陥る中、マルコを殺した原因でもありその事で揉めたが、今はお互いに共闘する中、ジャンがポルコを雷槍で狙い撃ちにすべく、構えながらライナーへ押さえてくれと指示するが、なんとそのジャンの背後から、もう一体の兄であるマルセル・ガリア―ドの「顎の巨人」が大口を開けて襲いかかったのだ!
 急ぎリヴァイが身を挺して自分よりすっかり背も体格も調査兵団内でも一番の体格が良いジャンを寸での所でその硬質化で作られた強靭な顎の牙から逃れられることが出来たが、雷槍で傷つけられたリヴァイの身体の内側を容赦なく激しい灼熱のような熱が襲い。苦し気に骨の上で何とか息を整えていた。

 昨晩やっと手すり伝いに歩行が出来るようになった体がまだ万全ではないこと、もう全盛期のように中央憲兵と戦った時のようには動けはしない。
 ただ動いただけでこれだ。今にも血ベトを吐きそうだ、四肢がもげ、全身がバラバラになりそうな激しい灼熱の痛みに晒され、リヴァイの全身を走る苦痛にたまらず痛みに強い男も辛さに声を漏らす。
 鎮痛剤で誤魔化しきれない。
 踏ん張って居なければ意識を飛ばし今にも倒れてしまいそうだ、しかし、それでも、アルミンを助け出さなければ自分達に活路は無い。

「……兵長!!」
「クッ……。急げ……。アルミンを取り戻すぞ!! それ以外に活路は、ねぇ!! さもなくば全員ここで犬死にだ!!」

 自分の身体がボロボロでもそれでも皆を導くリヴァイの声が皆を立ち上がらせる。コニーが「鎧の巨人」を雷槍で助け、道を作る。

「行くぞ!! ライナー!!」
「……(ピーク、何とか持ち堪えてくれ!!)」

「戦槌の巨人」にくし刺しにされたままのピークを残し、急ぎリヴァイが先導する方向へ進路を変え、襲い来る歴代の巨人をかわし、アルミンの元を目指す。
 アルミンは未だに囚われたままだ。早く取り戻さないと……焦れる思いだけがその速度を強めるが、
 超大型巨人は鎧の巨人を掴んで捕食しようとするが、ライナーはギリギリでジャンに救出される。

「急げ!!」

 先陣を切って痛みを振り切り突き進むリヴァイについていくが、リヴァイの速度は追い付ける速さで誰もが彼が満身創痍の身体を無理矢理動かして戦っていることなど即座に分かった。
 突き進む先に再び立ちはだかる巨人たち、ミカサが残り僅かな雷槍で貫き、リヴァイが刃を振り抜き応戦し、アルミンを助けるべく立ちふさがる巨人たちを倒していくが、次から次へと歴代の九つの巨人が出てきて全くキリがない。

 その時、上空から突如としてベルトルトの「超大型巨人」が出現したのだ。上半身だけだがその大きさに圧倒され、陣形が乱れる。
 その隙に「鎧の巨人」を掴み上げると、高温の口の中へ、招くと頭をかみ砕いたのだ!そして、そのまま勢いよく頑丈な肉体の「鎧の巨人」を背骨へ叩きつけ「超大型巨人」に比べれば小柄な彼はまるで遠くからは玩具のように叩きつけられたように見えた。
 その光景は遠くから息子の活躍を祈る様に見守っていたライナーの実母であるカリナの目にも見て、息子を叩きつけられたショックで遠くの方で愕然とその場に崩れ落ちるように膝をついたのだった。
 「地鳴らし」は止まらず、大勢の巨人を引き連れたエレンの進軍は止まらない。静寂に包まれる骨の上部では一本のワイヤーで誰かが宙づりになっていた。

「コニー!! しっかりして!!」

 頭部をぶつけたのか、コニーは気絶しており、立体機動装置で宙吊りになっている。そこを「顎の巨人」に狙われ、ミカサが雷槍を使い果たし刃を振りかざしなんとか切り裂いたが、コニーの意識は戻らない。
 リヴァイも先ほどの無茶が全身に回り、本当ならまだ寝込んで回復に専念しなければならない肉体を無理やり奮い立たせて行動したことで虚ろな目で俯き、とうとう堪え切れずに壁の英雄は吐血した。

「起きて、コニー!! 兵長!!」

 その一方では「鎧の巨人」から何とか引きずり出した本体であるライナーを掴んで引っ張り上げようとするジャンの姿があったが、先ほどの「超大型巨人」の衝撃により立体機動装置は破損し、ジャンも立体機動装置の右の柄が壊れて「鎧の巨人」の本体のように図体の大きいライナーをどうやっても引き上げることができなかった。

 ピークは宙づりにされ、ジャンとライナーは動けない、コニーは意識を失い、リヴァイはもう満身創痍で虫の息。アルミンは連れ攫われたまま。
 全員が熾烈な争いを強いられていた。巨人の攻撃に晒される中、ミカサが渾身の力で孤軍奮闘し、ライナーを引っ張り上げられずに片腕で掴んだまま支えるジャンに襲い掛かる巨人のうなじを斬る。
 ジャンはライナーの腕を掴んで二人は宙にぶら下がっていたが、ライナーがこのままでは二人ともやられる、もう一度巨人化するから手を放せと呼んだ。

「ジャン!! 手を離せ!! もう一度くらい巨人化できる!!」
「それで? 「地鳴らし」で鎧ごと踏み潰されてしまいか? てめぇの巨人は名前の割にしょっちゅう砕けてるからな」
「……まだ、勝てると思うか?」
「いいや……でも……せめて、死ぬところまで足掻いてみようぜ。俺達は往生際の悪い調査兵団だからな……」
「ジャン……」

 自分はこの島を、皆を裏切った人間なのに、自分を調査兵団の一員だとまだ言ってくれるのか。ライナーは目を潤ませた。
 名目では第57回壁外調査、しかし、それは内側の敵をあぶり出すための手段。「女型の巨人」アルミンとジャンとライナーが遭遇した際、「女型の巨人」はアニで、ライナーはアニと同じ同郷で仲間だったが、その状況を隠し、それでもアルミンとライナーとかつて協力して一緒にピンチを切り抜けた思い出がよみがえる様だった。
 まだあきらめてはいない、最後まで、二人はしっかり手を握り合い突き進む。

「あ……! コニー!!」

 その一方で、意識を失ったまま宙ぶらりんになっているコニーに再び巨人が襲い掛かったのだ。しかし、ミカサの背後の距離からでは間に合わない!

 コニーが食われようとしたその時、吐血した血が付着した口元、全身を襲う激痛に歯を食いしばって内側も外側も、全身満身創痍のリヴァイがコニーを助けに割って入ってきたのだ。
 しかし、意識を取り戻したコニーの目の前で、リヴァイは危険を承知で巨人に切りかかった。だが、うなじでは無くリヴァイの刃は巨人の目を潰し、切り裂いた、しかし、絶命には至らずに真っ逆さまに落ちて行くリヴァイを口を開いた巨人がリヴァイの左足を勢いよく硬い歯と歯が噛み砕くように、リヴァイは思いきりそのまま足を挟まれてしまったのだ!!

 ――バキッ!!!
 リヴァイの膝が巨人の歯の間に挟まれ、周囲に不快な音が響く。
 雷槍の直撃を受けながらもハンジの手当てと執念でここまで辿り着いた満身創痍のリヴァイの左足をかみ砕いた巨人を、何とかミカサがうなじを斬り裂き倒し、ミカサが急ぎうなじを切ったことで解放され、そのまま落下していく小さなリヴァイの身体を。
 意識を取り戻したコニーが落下していくリヴァイを急ぎ助け受け止め腕に抱えて支えるも、自分のせいでリヴァイが負傷してしまった、泣きそうになるコニーへリヴァイは心配するなと目配せするが、その目は決して大丈夫ではない。

 自分がこれまで導いてきた新兵だった彼らに命を救われるどころか明らかに自分は皆の足を引っ張っている状況に過去の自分が知れば、どれほど自分は衰えたか噛み締めているだろう。

「リヴァイ兵長!! しっかりしてください!!」

 コニーが堪え切れず迷惑をかけてしまったと、泣きそうな顔で叫ぶほど、ぐったりしたまま自分の腕の中で虫の息のリヴァイの左足はありえない方向に折れ曲がり、かろうじてまだ四肢は繋がってはいるものの、その噛み痕からは夥しい量の血が流れ、完全に使い物にならなくなってしまっている。

 リヴァイは激痛と痛みにより血を流しすぎた事で完全に意識を混濁させている。目も指も、そしてついには足までも負傷してしまった。目には見えない内臓の損傷も著しく、抱き締めたリヴァイの身体は成長したコニーにはあんなに遠くから見てもかつては自分には到底及ばない手の届かない存在だった、そんな人類最強と呼ばれた男の背格好はとても小さくて、頼りなくて、そして、儚げに見えた。
 このまま彼は誓いを果たして死ぬのではないか、自らの命を賭したそんな余力しか残されていないような。

「リヴァイ兵長!! しっかりしてください!! 諦めたらだめです!! アヴェリア達が帰りを待ってますよ!! しっかりしてください!! 兵長!!」
「……ッ、」

 頼みの綱であったリヴァイにはもう全盛期の時のような勢いも強さも無い、ただ、何とか目を開け、混濁させた意識の中で呼吸を繰り返しているだけ。
 ジャンとライナーは動けない、気が付けば、唯一無傷のままのミカサだけだが、そんな自分達ののりは無数の巨人達ですっかり囲まれてしまっていたのだ。状況は完全にどうあがいても絶望だった。
 しかし、ミカサはまるで自分を鼓舞するように、トロスト区奪還作戦でも絶望に追い込まれた新兵達を下手糞な演説で皆を鼓舞したつもり、の時のように。残念な言語力で自分で自分に気合を入れるように、叫んだのだ。

「来い!! 私は強い!! ので!! いくらかかって来ようと――「ミカサ!! あんたちょっと邪魔!!」

 と、その時、突然自分の上空か声が響いたのだ。空耳ではない、思わず聞こえた声に上空で自分と重なって見えた翼、それはまるで自由の翼をミカサが背負っているように見えた。ミカサが背後に目を向けそのまま顔を見上げてみると視界に飛び込んで来たのは――。

「捕まって!!!」

 何と、助けに来たのは、それは大きな鳥のような生き物に乗ったスラトア要塞で別れたはずのアニだったのだ。
 そして、その鳥の顔をよく見れば、その姿は紛れもなく巨人化能力を完全にコントロールできるようになって空飛ぶ巨人へと変貌を遂げたファルコの姿だったのだ。

 アニが宙づりのライナーの腕を掴んで自分が乗る背中へ引きずり込み同じようにジャンも導かれるように、そのままファルコ巨人の背中に乗り移る。
 ミカサ達もそのまま乗り移ると、膝を思い切り噛み砕かれ激痛と全身の痛みに動けず虫の息のリヴァイの手を引いたのは。リヴァイは自らの血で汚れた顔で思わずその腕に抱えられた身体を見つめボロボロと大粒の涙を流すウミの泣き顔によく似た、アヴェリアの顔を見たのだった。

「オイ、なんで……来やがった……」
「うるせぇよ……馬鹿……!! あぁ、やっぱり、死ぬ気だったんじゃねぇか……そんなに血まみれで……っ……父さんの、馬鹿野郎……!!」

 勝手に今生の別れを切り出して、わざと安全な世界へ未来ある命を引き離した。
 もう二度と会うことは叶わないだろうと覚悟したリヴァイ、の目の前に現れたのはウミが守り抜いた最愛の息子でもあるアヴェリアだった。
 すっかりかつての馬上に跨り壁外調査へ駆けて行く貫禄溢れるその出で立ち、見る影もなくなった人類最強の称号を持つ傷ついた実父の姿にボロボロと溢れる涙が拭う事も出来ずに視界を埋め尽くして止まらない。
 アヴェリアが大粒の涙を流すその表情は、どんなに自分の血を引き継いで彼が強かろうともまだ十ほどの幼い少年である。泣き虫な自分の「最愛」に完全に酷似していた。

「オイ、まさかお前まで……来ちまったのかよ……」
「ファルコが諦めずに必死にここまで飛んでくれた、俺も黙ってなんかいられねぇ、のんきに船旅なんか、……加勢しに来たんだよ!! 何だよ、……全然大丈夫じゃねぇじゃねぇか……もう、血まみれじゃねぇかよ……馬鹿親父!! 見た目以上にもう歳なのに、無茶して!!」
「うるせぇな……年齢には触れんな」

 アヴェリアが泣きながら、傷ついた父親を抱き締めると、リヴァイは少しだけ青白い表情を柔らかいものに変え、アヴェリアが投げてよこした指輪を再び填めてきた。

「お前は、俺に似ていると、よく言われるが、泣き顔は……本当に、母親似だな……」
「うるせぇ……っ、勝手に、置いて死ぬんじゃねぇ……! 俺たちをっ、孤児にさせるのかよ!? あんたも母親と叔父さん亡くしてんなら残された子供がどんだけ寂しいか、辛いか、わかんだろ!? 悪いけど……そんなの許さねぇからな! 別れの挨拶もしないで勝手に骨も残さず死のうとするなんて!! そりゃ自分の命を賭けて「誓い」の為に死ねたなら、そりゃ悔いも無いだろうよ……けど、こんな、古ぼけた指輪、もしこの先、売ったって大した金なんかになりやしねぇよ、金も、形見も、いらねぇから!! まだ、傍に居てくれよ! 死なないでくれよ父さん……! 置いて行かないでよ!!」
「アヴェリア……」
「父さん! 大好きだよ……まだまだ、父さんと話したいこと、教えて欲しいこと、伝えたいこと、沢山あるんだから……まだ、一緒にいたいよ……父さん……!!」

 わんわんと、堪え切れずに普段生意気さが目立つ年代なのに、まだ幼くてかわいい部分も見える世代。ぐずぐずと涙を流す小さな息子の頭へ、ポンと、手を置いて。
 リヴァイはいったん傷の痛みを忘れる程に息子への思いに満たされた。一緒に救援に駆け付けた息子に対して叱りたい気持ちでいっぱいだったが、今はもう声にも出せない声で、ファルコの不安定な背中の上、抱き着いてきた息子の肩を借りると、何故か最愛の離れ離れのまま今もこのエレンの巨体のどこかに隠れているであろうウミを想うのだった。

「あぁ、クソが……こんな時に、あいつと同じ顔で、泣くんじゃねぇよ――……会いたく、なっちまうだろうが」
「うっ、父さんが、悪い……母さんに、謝れ、っ」
「そうだな。ろくに家にも帰らないで、あいつに押し付けた……全て俺の不甲斐なさが招いた事だ……」

 よく息子は母親に似ると言うが、アヴェリアはウミやアヴェリアの幼い頃に容姿が酷似していると、思う。
 だからこそ、尚更ウミの形見だと思ってアヴェリアを見つめていた。しかし、時折見せる無防備な顔は、それは最愛をリヴァイに思い起こさせ、今にも消えそうなともしびにまた光が宿ったのだ。
 そうだ。まだ、まだだ、死ぬわけにはいかない――……。

2021.12.08
2021.12.31加筆修正
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