THE LAST BALLAD | ナノ
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#127 相容れぬウィヌシュカ

 港では、密かにマーレがパラディ島の悪魔たちによって壊滅的な被害を受けるその前に事前にその情報を把握して脱出していたキヨミがザックレー総統とこの島の兵団組織の頭との対面を果たしていた。
 この島に協力を惜しまないキヨミの腹の内では恐らくは自分達にも許された氷爆石の採掘権にあるだろう。

「この度のマーレ遠征作戦成功おめでとうございます。ヒィズル国首脳もエルディア国の勇敢さをたたえる声に溢れております」
「お褒めに預かり光栄にございます。世界一危険な島へようこそ」
「ええ。今回の我々の目的はその危険をこそ目にすることにありますから」
「すると……、あちらが例の観測機でしょうか」
「はい。氷爆石を燃料に用いて実現した世界初の飛行艇となるでしょう。しかと地鳴らしの力、見定めさせていただきます」

 あくまでヒィズル国のアズマビト家が滅び行く運命に立たされているエルディア人が暮らすこの島に協力したのは、パラディ島に眠る調査兵団が用いる立体機動にも使われる装置と同じ資源のおこぼれを貰う為である。
 船と共にやってきたこの島の止まっていた文化をまた更に飛躍的に上昇させる大事な飛行艇だが、これがまさか後に大きな役割を果たすことを今は誰も知らない。

 そして、兵団本部の閉ざされた門の前では門を開けて自分たち市民にも状況を説明しろと多くの一般市民たちが訪れその中にはかつて偽りの王政を崩壊させるために互いに協力し合い、それから調査兵団とは硬い絆で結ばれてきたリーブス商会のディモの痕を引き継いで今では立派に成長したフレーゲル・リーブス。そして自分達調査兵団の無実を証明するために共に戦って奔走し、クーデターを成功させたベルク新聞社のロイとピュレの姿もあった。
 自分達が成功を収めたレベリオ強襲によりこの島は救われ、四年前の雪辱を果たした筈だと言うのに、その首謀者のエレンが幽閉されたとの情報をリークした者達とこれから対面を果たすのだ。すっかり疲れた表情のハンジへ次々と疑問の声が投げかけられる。兵団組織はすっかり変わり、今では自分達がまるでかつての中央憲兵と同じようにさえ感じられる。

「イェーガー氏とウミさんが幽閉され、義勇兵が一斉に拘束されたとの噂がありますが、その真相は?」
「なあハンジさん。説明してくれ。シガンシナ区から全住民強制退去命令だって? 区の再建にリーブス商会を斡旋したのは兵団だろ」
「憲兵にあたってくれ」

 一緒に戦ってきたフレーゲルにそう冷たく告げ閉ざされた門を開けて内部へ入ろうとしたハンジに通せんぼする様に前に立ちはだかったのはベルク新聞社で一緒に中央憲兵と王政の内部の陰謀を明るみにしたピュレだった。
 誰もがこの島の未来を行く末を案じているのだ。こんな風に島がいくつもの勢力で分断されるなど思っても居ないし、いずれ四年前のマーレからの報復が来るのを恐れていた。その前にシガンシナ区を封鎖したが、それによりまた住処を追われる人も出てくるのだ。

「ハンジさん。イェーガー氏がもたらした勝利により我々の未来は開かれた。エルディア人に生きる未来はあるのだと。そうであれば、兵団とイェーガー氏との関係は我々エルディア国民の問題です!!」
「ハンジさん。あなた方は情報は納税者に委ねられると仰っていましたが、その姿勢に変化があったのですか?」
「状況が変わったんだよ。壁が開かれ世界と繋がり、情報の持つ意味が変わったんだ……!!」
「辛い立場なのはわかるよ。ハンジさん。だから目を見て言ってくれ。信じていいって」
「すべてはエルディア国民、みんなのためだ」

 クーデターの時からまるで変わってしまった関係に誰もが不安そうにかつて心を通わせ合ったハンジに問いかけるがハンジはただそれだけを述べると静かに背中を向けてその場を立ち去るのだった。
 兵団内部に入り、ハンジはすっかり疲弊する中、頼りのリヴァイも今はジークとウミ監視に追われている兵団内の混乱は団長を託された自分が終結へ導かなければならないと言うのに。ハンジは既に疲弊していた。
 なぜなら、エレンとウミを幽閉した情報を市民たちに漏らし今回活躍したはずの英雄を閉じ込めた兵団への不満を爆発させ、この島を混乱に陥れた張本人は自分達と同じ調査兵団の人間だ。
 重苦しい空気の中ため息と共にハンジがドアを開ければ、其処には兵服を脱いだ今回内部事情で郊外を封じられたにもかかわらずエレン達の幽閉の情報を市民へ広め暴動を巻き起こした原因を作ったメンバーが座って待っていた。

「ハァ……。エレンの情報を渡したのは君たちか。ホルガー、ヴィム、ルイーゼ。新兵の君たちと、フロック。何でこんなことを?」
「エレンを解放すべきだからです。彼は何も間違ったことをしていない。途方もなく巨大な敵に立ち向かい、勝利を手に入れた。その勝利とは「地鳴らし」という圧倒的な力であり、我々パラディ島の生存権です。エレンは我々、新生エルディア帝国・国民全員の命を救いました」
「その「地鳴らし」が期待通りに機能して……我々を救う保証は何もないんだよ? 言ってしまえば人から聞いた話にすぎない」
「エレンとウミを牢に閉じ込めているままだからでしょう。このまま無為に時間を消費する余裕が我々にあるのでしょうか。このままでは、先の大勝利が無駄に終わります。この国を導くのはエレン・イェーガーです。今すぐ彼を解放してください!」
「うん。君が正しいのかもしれないね。形はどうであれ私はジークの作戦を完遂するとの決断を下した。すべては私の責任だ……。だから、これ以上勝手なまねは許されない。君たちはエレンの情報を外に漏らした罪で裁かれる。この4人を懲罰房へ」

 ハンジが下した言葉にフロックはシガンシナ決戦のあの地獄絵図の中で生還した自分の意味を、そして今こうしていかされているのは全てエレンと会話した時のやり取りを思い起こして静かに目を閉じて決意した。

「壁中人類の勝利のためなら本望です」

 自分が生かされた意味、今度はエレンという悪魔を蘇らせこの島を守るのだ。フロックは純粋にこの島を守るために「地鳴らし」を起こすエレンの手助けを選んだ。ハンジに任せたままでは、この島は間もなくやってくるマーレの報復を受けて壊滅の道を辿るだけ。そんなことは絶対にさせはしない。
 エレンの合図を待て、終結する場所は。分かっている。

 ――「こういう役にはたぶん順番がある。役を降りても誰かがすぐに代わりを演じ始める。頑張れよ、ハンジ……」
「……疲れた……いや、まだ調べることがある……」

 懲罰房へ連れて行かれた四人が去り、誰もいない部屋でハンジはかつて自分達が起こしたクーデターでサネスを拷問した時の会話を思い出し、悔し気に両手を上げていた。そして脱力したように椅子に深く座り込むと、もう何も考えたくないと頭を抱えこのまま何もかも投げ捨てたい衝動に駆られていた。
 しかし、此処で今投げ出してどうするんだ。
 自分はエルヴィンに託されたこの調査兵団を守る役割が残されている、投げ出すことは許されない。リヴァイも必死に強靭な精神力で憎き因縁の相手であるジークを殺さずに殺したい気持ちを抑えているのだ。ゆっくり立ち上がると、立ち止まることなく歩き出すのだった。

 ▼

 その一方、フロックを始めとする調査兵団の一部が収監される中、ミカサが独房である牢へルイーゼを案内した時、ルイーゼは突然ミカサへと尋ねてきた。懲罰を受ける立場でありながら仮にも上官と呑気に話すような空気ではない。

「ここはミカサさんの入ったことのある房ですか?」
「え? 違うけど、」
「そうですか。残念です。あ、でも、兵規違反は後悔していません。勝利が調査兵団の目的なら規則を守ることが必ずしも絶対というわけではありませんよね?」
「やめなさい、ルイーゼ。刑期が延びるだけだから、」
「私はあなたとウミさんに命を救われたあの日から、あの時のままです。巨人を人の力でねじ伏せたあなたを見てわかったのです。力がなければ何も守れないと。私たちは理不尽な暴力と戦っていいのだと、学んだのです。あの日から少しでもあなたに近づきたくて、私は……」

 カヤが命を救って導いてくれたサシャに憧れたように、ルイーゼもまた、あのトロスト区奪還作戦の際にミカサが見せた襲い来る奇行種の巨人を一瞬で倒してしまった瞬間、そして見せた敬礼を目の当たりにしてからずっとミカサに憧れて鍛錬を続け、ようやくここまで彼女に近づいたのに、ミカサはそんなルイーゼに対してあまりにも冷たかった。
 だからエレンが自分の命を救ってくれたあの日から自分はエレンの為に心臓を捧げてきたように、ルイーゼもミカサの為に心臓を捧げているだが、彼女は盲目的なまでにエレンに心酔しており気付かない。無言でマフラーに触れると、ルイーゼはどんな時も肌身離さず身に着けているミカサのマフラーが彼女の大切なものだと知る。

「ミカサさんが調査兵団に入った理由は何ですか。イェーガーさんのためなら彼の自由を……「私から言えることはひとつ。口を閉じてなさい」

 ミカサの為に心臓を捧げたルイーゼがそっとミカサに敬礼をして敬意を表す。その瞬間、ミカサのいつもの頭痛が突然起きたのだ。ミカサの脳裏には、かつて生家で強盗に襲われた幼い日の悪夢がまるで切り取られたワンシーンのように蘇った。

 ――「もう大丈夫だ……。ミカサ」

 同じように命を助けてくれた二人との対比、ミカサはルイーゼを救い、サシャはカヤを救った。しかし、その思いはまるで異なる方向へ、ミカサがルイーゼに冷たい理由もミカサは知らない、自分が助けようと思って助けたわけじゃ無い、自分を救って帰る家を無くした自分を迎えてくれたエレンの鏡のようにルイーゼに接していることも知らずに。この頭痛がいつから始まったのか、分らない、だが、ミカサの脳裏にはウミの姿があった。

 ――「初めましてミカサ。私、ウミって言うの。エレンとはお隣同士でね、調査兵団を辞めて帰って来たからこれからは家に居るから、遊びに来てね、」

 どうして今エレンではなくウミを思い出したのだろう、そう言えば彼女は今何処にいるのだろうか。ハンジもリヴァイも教えてはくれなかった。まるで、最初から彼女は存在しなかったような扱いにミカサは酷くショックを受けた唯一仲良くしてくれた年上の姉であり母であるような存在のウミ。
 リヴァイと結婚し、子供が生まれ、とても幸せそうに微笑んでいた彼女はある日豹変した。
 どす黒い殺気を放ち、そして姿を消した。
 彼女が消えてからそれと同じくリヴァイの顔つきが恐ろしいものへ変わっていき、誰もリヴァイに近づかなくなったのは。
 そう言えば、初めて頭痛を感じたのはいつだっただろう。自分の原因不明の頭痛を彼女はよく心配してくれていた。
 彼女はまるで転がり落ちるようにこの島を追われ姿を消してしまった、次に会った時は、彼女までもが巨人として――。
 エレンもアルミンもみんな、皆巨人そして寿命が尽きる残り僅かな期間を生きて、そして先に居なくなってしまうのだろうか。自分はただ、傍に居たいだけ、エレンの傍に居たいそれだけが望みだと言うのに。

 ▼

 それぞれ別々の場所で拘留される義勇兵、ピクシスがイェレナから真相を聞き出し。ハンジはザックレーの許可の元オニャンコポンと和解しあう中、アルミンはまたもやアニの元に恒例のお参りに来ていた。
 何も答えない水晶体に包まれたアニ、だが、アルミンはそんなアニに一方的に話しかけるのを止めなかった。無言で水晶体の中で眠るアニを眺めながら、そっと彼女に触れようとした瞬間、遠くから突然――

「コラァアアア!! お客さん、その子はお触り厳禁なんですけどぉ?」
「違うんだヒッチ、こ、これは……っ! 巨人の記憶っていうのは接触がきっかけになることが多くあって、本当に実際にそうなんだ、何か重大な情報が手に入るかもしれなくて、やましいことを考えていたわけじゃないんだよ」
「そりゃあ男の子だもん、アニの重大な情報が気になるのもわかるわ、」
「ぅ、っ……!! ぼっ、僕が悪かったからっ、入場禁止だけはどうか……!」
「そんなことしないっての、アニも話し相手が私だけじゃ退屈でしょ?」
「え?」
「まったくあんたは、寝てるだけなのに何でモテるのさ」

 アルミンが熱心に会いに来るのがただ単にアニと純粋に会話をしたり触れて巨人の記憶を呼び起こそうとしているだけではないのは分かっていた。だがほぼ日課のように兄来るアルミンの引き継いだ巨人はベルトルトの持つかつて自分の故郷を破壊し壁に穴をあけて巨人で埋め尽くし間接的にそれが祖父を死なせた因果でもある「超大型巨人」ベルトルトの意志もアルミンの中に今はある、そう、アニへ淡い思いを寄せていたベルトルトの記憶がアニを求めているのだろうか。

「あの子に熱を上げるのもいいけど、世間がどうなってんのかわかってる?」
「うん、」
「これ読んで」

 ヒッチが差し出したのはありのままの事実を描いた、あのクーデターの時自分達の無実を証明し、そして旧体制の王家を崩壊させた生地を描いて自分達が助けられたベルク新聞社の配った号外だった。その驚愕の内容にアルミンが食い入るように文字を見つめていた。

「――これは!!「兵団が権力に固執するあまりエレン・イェーガーを不当に拘束」……「義勇兵を裏切り利益を独占か」……兵団への疑念が過熱していってる」
「兵団は民衆が満足いく回答を何も言ってくれないしね。そりゃあ無理もないわ」
「……かと言って、ジークやウミが巨人だった事や「地鳴らし」の件を明かすわけにはいかない……早く、僕らでエレンの真意と、そしてウミがどうして何時から巨人になっていたのかどうしてマーレで暮らしていたのか、確かめないと」

 その時、突然門の方から沸き起こる大声に目を向けたヒッチとアルミンの前を慌てふためいた様子で憲兵団達が門の方へと駆けていく。聞こえた声に耳を澄ませば、エレンを監禁して別の誰かにエレンの巨人を引き継がせようとしているとうわさを聞き付けたエレンを支持する市民たちが兵団本部の前を取り囲むように「バンザイエルディア」の看板を掲げた民衆たちが門に詰め掛けて口々に叫んでいたのだ。

「エレン・イェーガーを解放しろぉ!!」
「エルディアを救えるのはエレンだけだ!!」
「食い殺された国民の無念を晴らせるのはエレン・イェーガーだけだ!!」
「新生エルディア帝国はエレン・イェーガーあってのものだぁぁあああ!!」
「エルディア人はマーレの被害者だ! 世界の歴史はマーレの作り話だ!!」
「エレン無しの兵団に何ができるって言うんだ!!!」
「マーレ人を皆殺しにしろ!!」
「エレンを国民に返せぇえ!!」

「これは……」
「兵団本部全域を民衆が取り囲んでいるんだって」

 と口々に看板を掲げ、今にも置きそうな暴動の中民衆が騒ぎ立てていたのだ。

「報告を急げ!!」
「おいヒッチ!! お前も手を貸せ!!」
「うげぇ、また仕事が増える……」

 うんざりした様子で駆け抜けていくヒッチと入れ違いに何とか暴動の嵐を掻い潜ったミカサがアルミンの元へ駆け寄って来た。

「アルミン!!」
「よかった、無事に来れたんだね」
「行こう、アルミン。ようやくもらった時間を無駄にできない。急ごう」

 と言うと、ミカサとアルミンはザックレーのいる部屋へと急ぎ入室するのだった。しかし、本部の総統の部屋へ向かう途中、アルミンとミカサは調査兵団のエンブレムを背負った新兵を見つけ不審そうにどうして本部に居るのか、疑問を抱いた。

「失礼します」
「ザックレー総統。本日はご多忙の中、お時間をいただき感謝致します」
「こちらこそこんな日にすまない、最初の申し出からずいぶん時間が経ってしまった。かけたまえ、シガンシナの英雄よ」

 ザックレーの部屋の窓からは門の前で暴動を起こしエレンを解放しろと口々に責め立てる兵士達を見つめ、そして二人を椅子に座らせた。

「ハンジは相変わらず飛び回っているらしいな」
「はい……確かめないといけないことがある。と」
「あぁ……義勇兵をひとり連れ回すことを許可したが……。君達とエレンを面会させることはできない」
「どうしてでしょうか!?」
「ピクシスとイェレナの会話で義勇兵とエレンの接触が明らかになったからだ。エレンは10か月前から義勇兵と密会したことをひた隠しにして今回のマーレ強襲劇に及んだ。現在は密会を企てた首謀者や、関わった者への調査が続いている。少し前なら君達の提案を受け入れられたかもしれないが、エレンは今回の発覚を受けて以降黙秘したままだ。彼が単独で過ごしたマーレでの時間についても、依然として空白のまま。その事に関してもリヴァイがウミに対して尋問したが、彼女もなかなか口を割らずに居る状態で。恐らく、エレンとウミはジークに操られていると我々は見ている。他ならぬ君達だから話したが、くれぐれも内密に頼む」
「そんな……」
「エレンはどうなりますか?」

 不安になり、ミカサが口を割らないエレンとウミがどうなるのかを聞くと、ザックレーは無言で机の横にある奇妙な細工を施された不可思議な構造の椅子をチラッと見ただけで。
 その椅子がどんなものか、ザックレー総統の隠された本性を知らない二人は言葉を詰まらせた。

「アレは……何ですか?」
「何でもない、置き場に困ったものを先ほど新兵に運んでもらったのだ」
「しかし……総統! エレンとウミが黙秘するのでしたら尚のこと。彼を幼少期から知る僕達二人がお役に立てるのではないでしょうか!? 確実にエレンから真意を聞き出せるとは申しませんが、試して損はしないはずです」
「夫婦であった夫のリヴァイにさえウミは口を割らなかったのだぞ。事態はより慎重を期す、話は以上だ」

 と、その一点張りで話す事はもう無いと、二人は無理やり話を強制終了させられると懇願も話も聞き入れてもらえずにそのまま部屋を出るしかなくなってしまったのだった。
 どうして自分達がエレンと接触することも許されないのか、このままでは、エレンとの対話も出来ぬままエレンを他の誰かに食わせてもう二度と分かり合えないままサヨナラをする事も出来なくなる。
 もちろん、ウミとも会えないだろう。

「なぜ? アルミンの言う通り損は無いはずなのに、どうしてダメなの……!?」
「考えられるとしたら、兵政権は既にエレンを見限っているのかもしれない」

 その時、三人の憲兵団がザックレー総統の部屋へと歩いていく。顔を見るからには恐らくはそこそこの立場の人間である、もしかして……、ミカサは嫌な予感を拭うかのように先ほどすれ違った三人を見てアルミンへ目配せした。

「失礼します」

 もしかして――あの三人は。

「もしそうだとしたら、「始祖」の継承者選びも始まっている。信頼できる誰かにエレンを食わせてエレンの巨人の力を……」
「あの部屋の会話を聞いてくる」
「待ってよ、ミカサ!!」
「大丈夫、私ならバレないようにできる……!!」
「まだあの三人の誰かを巨人にしてエレンを食わせると決まったわけじゃないだろ? 今兵規違反を犯しちゃまずいよ」
「いいえ、状況がこうなった以上は兵団の方針をいち早く知る必要がある。何があっても私はエレンを――」

 とアルミンへ止めないでくれと返したその瞬間、ミカサの全身をゾワッと、それは得体の知れないとにかく嫌な「何か」が迸ったのだ。それはリヴァイにもケニーにもそしてアヴェリアにも備わっているアッカーマン一族の自分の身体に迫る危険信号を肌で感じ取った瞬間だった。
 ミカサは危険を察知し即座にアルミンに覆いかぶさると同時にザックレーの部屋が突然爆発したのは時同じくしてだった。
 ザックレーの部屋の割れた窓から外へ向かって放物線を描いて飛んでくる何か――。
 業火に包まれる兵団本部から外へ出たミカサ達が見たものは。門を押さえていたヒッチの目の間にドシャ、と何やら嫌な音を立てて落ちた物体。それは――。ヒッチ・ドリスはあまりにも惨いその姿にゾッと顔を青ざめた。

――それは爆発で吹き飛ばされ無残な肉片と化したザックレー総統の上半身だったのだ。ザックレーの死を受け門の前に居た市民たちが口々に叫んだ。

「心臓を捧げよ!!!!」

「俺達の怒りが届いたんだ!今こそ戦う時だ!!!」
「俺も戦うぞ!!」
「私も!!」
「新生エルディア帝国に勝利をもたらす為に!!!」
「心臓を捧げよ!!!」

 それを合図に民衆が大声でこぶしを突き上げ騒ぎ立てる声が兵団本部に響き渡るのだった。これはまるで自分達がかつて旧王政に対して起こした暴動が巡り巡って今の兵団を揺るがしたように、今度はサネスが話していた通り自分達が、また巡る立場の反転。その裁きを受ける事になるのだった。これが新しいクーデターの始まりに過ぎないことを、誰も知らない。

――ダリス・ザックレー
エレン拷問用に用意した椅子に仕掛けられた爆弾により他三名の「始祖」継承候補の兵士と共に爆死。

2021.09.26
2022.01.25加筆修正
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