THE LAST BALLAD | ナノ
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#126 思い出に背中を向けて

 無念の帰還、かつて夕日のせいにしながらそれぞれが絆を深めた日がまるで今は幻のように感じる、遠ざかる背中が、遠く感じた。
 マーレの夜に過ごした最後の晩餐、エレンが泣きはらした目を晒したあの時、自分がもっと彼を引き留めていれば彼は何処にもいかなくて済んだのだろうか。
 次に再開した彼はまるで別人のようだった。
 そして、そんな彼の傍に居たウミさえも、彼女はリヴァイではない男と婚姻関係を結び、まるで知らない女のようだった。
 リヴァイに連行されたウミはどうなったのだろう、簡単に殺されることは無いが、それはつまり殺された方がマシな方法で凄惨な拷問を受けていると言う事だろうか、リヴァイのウミを見つめる目は、もうかつて愛した女を慈しんでいた目ではなかった。

 愛しているからこそ、その憎しみの深さは計り知れないものとなる、それが繰り返されて終わりなき愛は永劫紡がれる。
 ミカサ達はあの日の夕日と同じ夕日がまた沈んでいく兵舎に集まっていた。

「義勇兵の拘束か。まさかピクシス司令がそんな強行策に出るとはな、」
「調査兵団は彼らと距離が近いから、事前に知らされなかったらしい」
「そう、せざるを得ないだろうな。ジークの思惑が確定していない以上、俺たちは危険な状態にあるんだ。そして突然ジークの計画に乗ったエレンとウミ。ジークと接触して何を話したのか……。真相は本人たちにしかわからない」
「なあ、お前らにはあれがエレンに見えたか? 俺は違うと思う。あいつはエレンじゃない。もしあいつが俺たちじゃなく、腹違いの兄貴の方に付くことがあるなら……」
「あるなら、どうするの……!?」
「俺たちは、あの二人を切る覚悟をしておく必要があ「そんなことさせない……!」

 ミカサの気迫に圧倒される中、エレンを守る事を誰よりも使命としているミカサが叫んだ。だが、もう誰もがエレンとウミに対して裏切り者だと思っている。
 現にサシャは死んでしまった。あの明るく太陽のようなサシャは、コニーの半分はもう二度と戻らないのだ。エレンとウミがマーレでジークと共謀したりなんかしなければ。

「え、お前もそっちに付くのかよ。ミカサ」
「そんなことには、ならないと思う。エレンは誰よりも私たちを思っている。みんなもわかっているはず。ウミも、リヴァイ兵長を深く愛している。だからこそあの双子たちをマーレで守り続けていた。きっと、私たち以外の外部に対して攻撃的になったのかもしれない。あの時話してくれた言葉の通りに、その思いが強すぎたから……!」
「それは違うぞ。かつてのあいつは、いくらお前が強くても前線から遠ざけようとするやつだった。だがアルミンに軍港を破壊させ、お前を戦場に呼んだ。あいつが大事だと言った俺もコニーも……サシャもだ」
「それは私たちが信頼されてるから……! 実際、私たちが行かなければ何もできなかった」
「サシャが死ぬこともなかっただろうな。ミカサ……サシャが死んだ時エレンはどうしたと思う? 涙を流したと思うか……悔しがったと思うか?」
「コニー、よせ」
「笑いやがった……。いったい何がそんなにおかしかったんだろうな。サシャが死んだことのどこが……! 説明してくれよミカサ。何でエレンは笑ったのか……エレンのことは何でもわかるんだろ。なあ!?」
「エレンと話そう。僕とミカサと3人だけで。エレンの真意を確かめるんだ」
「話し合ってどうするんだ?」
「かつてエレンが一度だけ「始祖の力」を発動させた時、「王家の血を引く巨人」であるダイナの巨人は群がる巨人に食われた。それはダイナの意思ではなくエレンがそう望んだからだ……。つまりダイナの巨人は、「始祖の力」を呼び出す触媒であっても命令を下す方ではない。命令を下したのは始祖を持つエレンだ。この仕組みはエレンもジークにも当てはまるはず。……だとすれば、ジークが何かを企てたとしても。エレンが望まない限りそれは叶わない。だから、決定権を持つエレンさえ僕らと同じ目的であれば何も問題は無いんだ」
「もしジークとウミとエレンが同じ目的だったら。そもそも、なんでウミは巨人になったんだよ?今まで、普通に接してきたウミが巨人になれるなんて聞いたことねぇぞ、それに、ウミだって母親がアッカーマンだったんだろう?それに父親はマーレの血が流れているのに。どうして?」
「ウミは……父親がマーレの貴族の人間で、かつて古の巨人大戦でタイバー家と共に王家を滅ぼしたんだろう?」
「ウミの家系は巨人と遺伝子の研究に詳しかった。遺伝子を変えることも、巨人化の仕組みを理解してウミを巨人に変えることも出来るんだよ、きっと……それが出来る。ウミは、人間の姿を捨てても、父親も母親も殺した忌むべき巨人となっても、きっとエレンとジークを使って何かを企んで、いるんだ……」
「ウミは、何をしたいの?……リヴァイ兵長や、子供達を捨ててまで……何を……」
「巨人化の薬を入手した兵団には、選択肢がある」
「まさか……!!」
「信頼できる他の誰かを巨人にして、エレンの「始祖」を継承する選択だ」
「そんな!!エレンにはまだ時間が残されているのに…!!」
「わかってる。だから僕達がエレンの真意を確かめて、証明するんだ。エレンは僕らの味方あると」


 その言葉に誰よりもショックを受けたのはミカサだった。エレンが誰かに食われる、自分達調査兵団よりも上の人間たちの企みによって。このままでは、間違いなくそうなるだろう。
 そしてジークも、捕食される。悪夢のシナリオがとうとう実現してしまう。何時までも決定できずに時間をかけすぎた、その代償が迫っている。
 だが、そんな中で予想外の出来事はジークの「獣の巨人」を引き継ぐことが半ば本人の意思と関係なく決まっているヒストリアのお腹には小さな命が宿っている事だ。

 月が満ちる夜、それぞれの兵士達の手には赤い血のような色をしたワインがなみなみとコップへと注がれていた。


 それはリヴァイの手にも、存在していた。
 元々酒は飲む方ではあるが、こんな時に酒に逃げる自分が真底嫌にもなる。
 古城に置き去りにしてきたウミの事を想うと、思考が奪われ自分は激しい怒りと悲しみに支配されてしまいそうだ。
 何をしても頑なで、口を割らないウミ、だが、自分も彼女を痛めつける事は出来なかった。胸が苦しい、愛しているのに、傷つけてしまう。傷つけあうだけしか出来ない脆い絆の中でも必死にお互いはお互いを未だ愛していることを探し続けて求めていた。

 ――「運命だって、思ってもいい?」
「(あぁ、クソが……)」

 こんな夜だから飲まずにはいられない。今もウミの肌の温度が忘れられない。欲のはけ口になんてしたくないのに。今も好きでだけど、憎い恋しい大切なたった一人の女に巡り会えたのに。
 他の部下に懇願され自分はマーレ産の上等なワインを飲むことを許してしまった。

 もし、団長がエルヴィンのままだったら、彼はワインを飲ませただろうか。どんな判断を下しただろう。長期の任務で居大樹の森に滞在している部下たちへ労いのつもりでリヴァイはワインを飲むことを許可したが。
 そのワインは同じく憲兵団幹部達にも振舞われていた。


 何も知らない者ほど自由なのかもしれない。その自由が無知として後にまた自分たちを縛り付けるかもしれないというのに。酒を飲みながらテーブルを囲む憲兵団の一行。

 ピクシスにより、イェレナ達義勇兵の拘束が上手くいったが、すべてが上手くいったとしてもここまでこの島の発展に大きく貢献し、イェレナなりに自分たちは敵ではない事をアピールしてきたが、全て意味のないものとなった。ジークとエレンとそしてウミは捕えられ義勇兵は拘束された。
 憲兵団達はマーレ産のワインをたらふく飲みながらニコロのレストランで美味い料理に舌鼓を打ちつつ、酒のつまみの話のネタはなぜこのタイミングでヒストリアが妊娠したのかと言うことだった。

「すっかり酔っ払ったようだな。ローグ」
「マーレ人の作る酒は美味いし。彼らがもたらした恩恵は計り知れない。
 だからって今は連中を野放しにするわけにはいかんだろう。奴らが崇め奉るボスが、本当に俺達の味方だと信用するのなら別だが。何たって俺らは「ユミルの民」ってヤツで。エレンとジークが「始祖の巨人」の力を使っちまえば、その全員の記憶をいじることもできちまうんだろ?」
「あぁ…恐ろしい話だよな、まったく」

 マーレ産のワインは赤く潤い、全てを満たしていた。口々に話す憲兵達。

「それで…義勇兵を人質にして言うことを聞けと言って、それに従うような奴なのか?ジーク・イェーガーは」
「知るかよ。余命幾許も無い男が最後に何を望むかなんて……そしてそいつに俺達は脳ミソを握られている…」
「俺達の提議通りにジークは島に着くなり、巨人にしたヒストリア女王に食わせるべきだったんだ。それがまさか……ハッ、ガキをお拵えあそばされるとはなぁ…婚礼も無しにその辺の男と…所詮は下賎に身に過ぎない名ばかりの女王様ってことだ」

 彼女を巨人にしてジークを食わせる事がヒストリアの役割だったはず。しかし、妊娠を機にそれは果たされない。もし強行すれば未来の王家の血を引く人間は、巨人化と共に命を落とすからだ。
 それを誰が進言したか。
 ヒストリアはエレンが決めた事を黙秘しそのために自分が妊娠することを、望んだ。
 世界がこれからどうなるか。悲壮な未来を憂いながらもヒストリアは十月十日を過ごすのだ。
 まだ出産には未成熟な身体が産道を通り無事に子どもを産めるようにと。

 胸を張って生きる。ユミルとの約束の果てにヒストリアはエレンの背中を押した。
 ただ世界が滅ぶだけならヒストリアもエレンの選択の背中を後押ししたりはしなかった。
 根底にあるのは自分たちが巨人化できること。
 ヒストリアはエレンから本当の意味を聞かされてそして納得して受け入れたのだ。

 もし、この世から本当に巨人の力が、巨人になれる人がいなくなったら。世界はきっと、自分たちの存在を許してくれるだろうか。と。

 物語は既に仕組まれている。自分の出番はもうすぐだ。
 どうか、それまで待っていて欲しい。ウミもエレンも、そして義勇兵たち。
 ジークは無言でリヴァイの鋭い目線を受けながらも、すっかり読み慣れた本の頁をめくるのだった。

 ▼

 その頃、別の牢に拘束されていたガビとファルコはまだ幼い子供達という事で乱暴に扱われる事無くマーレのエルディア人という事でほぼ軟禁状態の様なものだった。こんな幼い姿をしていても、将来マーレ側の知性巨人の候補者でもあるマーレの戦士候補生たちで、彼女の放った弾丸によりサシャは命を落としたと言うのに。

「うううっ、うううううっ〜ああああっ……!!!」
「オイ!? どうしたんだ!? オイ、ガビ!! どうしたんだ、おいっしっかりしろ!!」
「どうした? 何があった!!」
「き、急に、苦しみだして!!」

 何の前触れもなく。突然苦しみだしたガビ。ファルコは突然の彼女の豹変に驚いた。どこか、痛むのだろうか。歯を食いしばって牢屋の中のベッドで仰向けになり、それは真っ青な顔で苦しんでいた。ファルコのただならぬ声に駐屯兵団の男が慌てて牢屋をあけ放ち駆け寄る。

「オイ、嬢ちゃん!! 大丈夫か?」

 駐屯兵団の監視がガビを心配して中に入ってくるが、自分の攻撃範囲に入ってきた兵士に向かってガビは隠し持っていたレンガを布にくるんだ布で勢いよく監視人を殴り倒したのだ。血を吹き出し、欠けた歯が咥内から飛び出した。
 ここで見つかるわけにはいかない、とさらに頭を殴打するガビ。いくら何でもやりすぎだ。子供とはいえ硬いレンガで顔面を殴打されればその脳へのダメージは計り知れないだろう。

「ガビ!! やりすぎだ!!」

 急ぎ脳震盪によるダメージで全身をガクガクと震わせている監視人をベッドの下に隠して逃げ出す二人は夕日に染まる監獄を背に走り出すが。知らない島に連れて来られた二人に帰る場所など存在しない。

「ここから逃げてどうするってんだよ!?」
「あのままだと殺されるでしょ!?」
「……あの人はお前を心配してたぞ……」
「悪魔を信じてどうするの!? もうジークも信じられない!! もう……誰も…!!」

 ガビの顔は恐怖に引きつっていた。もう誰も信じられず、傷つき震えている眼差しには殺されたと心配していたジークが裏でパラディ島に逃げるために秘密裏に自分達を裏切っていた現実しかない、その姓で自分達の故郷は滅茶苦茶にされたと言うのに。
 彷徨う2人は森の中へと入っていく。監獄を抜け出し草むらをかき分け、追手が来る前にと。
 ガビが煉瓦で殴り殺した死体が見つかる前に、もっと、追っ手の来ない場所へと。遠くへと逃げなければ。どこへ?行く当てもなく二人は見知らぬ島を走り続けていた。もうすぐ夜の帳が訪れ、やがて、島を照らす大きな夕日が沈む。それでも夜の帳に包まれた今が好機だと二人は森の中を彷徨い歩き宛ても無くがむしゃらに逃げ続けた。何処に逃げても、この島からはどうしたって逃れられないと言うのに。まるで自分達は迷子の子供の様に逃げ続けた。

「かなり……遠くまで逃げたよな。夜通し走ったんだから……なぁ、いい加減その腕章外せよ……目立つから」
「これを見られたって普通の住人に意味は分からないでしょう?」
「軍人が見ればわかるだろう、外せって、」
「こんな辺鄙な田舎に軍人は歩いてないから」
「ずっと着けてたら見つかるだろ!? マーレに帰れる手がかりも何も無いのに!!」
「……帰れるわけない。私は、ただ、捕まって死ぬまでにジークを見つけて問いただしたいだけ。私達……マーレを裏切ったのか。なんでそんなことしたのか……。あんたは好きにすればいい、別に付いてこなくていいから」
「……ああそうかい」
「好きにさせてもらうよじゃあ、これ捨てといてやる」

 ファルコはそう言って、いきなり肌身離さずに身に着けていたガビの腕章をいきなり剥がしたのだ!!これがマーレでどんな意味を持つか、それが分かるからこそが美は突然命より大事なマーレの腕章を引っぺがしたファルコの胸ぐらを掴んでそのまま川辺の砂利へ押し倒して叫んだ。

「返せ!!」
「うぉっ!? くうぅっ……何でだよ!? こんなもんがここで何の役に立つってんだよ!?」
「私は善良なエルディア人なの!! それが無いと、島の悪魔と同じになるでしょう!?」
「……何言ってんだ!? お前……おかしくなっちまったのか!?」
「じゃぁ、ほっといてよ!!」

 と、腕章を奪い返しながらガビは悲し気にファルコへ目線を向けた。自分はこれまでマーレの為にマーレで虐げられて不自由な世界で暮らすエルディア人たちが善良な市民である証、悪魔の島に来てもそれを証明できる標を引きはがしたファルコへ怒りの矛先を向け、ジークが自分たち軍を裏切ったこと、それにより犠牲となった多くの者達、失われた仲間。ショックで未だに混乱する脳内の中でファルコに馬乗りになったまま、不安な心境を吐露していた。

「……何であんたまで付いてきたの……? あんたまで、死ぬことないのに…」

 今にも泣きそうな顔でファルコへそう告げたその時だった。

「何してるの?」

 木の陰から聞こえた声に二人がバッとすぐさま顔をあげると、そこに居たのはサシャに助けられたあの時の少女、カヤと、そして……。

「おねえちゃんとおにいちゃん、だぁれ?」

 カヤと手を繋いでいたのはウミとリヴァイの娘であり、現在リヴァイがジークを拘束している為、そのままブラウス家に預けられたエヴァランサだった。
 父親に似ず親しみを感じさせ、相手の警戒すらも解いてしまうような。母似の人懐っこい笑顔で近寄ってきた少女の目があまりにも無垢で。驚く二人へカヤが心配そうに声をかけた。

「こんな朝早くに……。君達どこから来たの…?」

 ドクン!!と耳にその音が反響した気がした。ここに来てマーレの洗脳教育通りならば悪魔の島の人間だ。突然現れたのはこの島で暮らす何も知らない民間人の少女。先ほどの会話を聞かれていた!?強く心臓が強く脈打つ二人。
 とっさにガビは自分達の出生とどこから来たのかを、自分達が今兵士達に追われているかもしれない危機を感じ知られたくないと震える手で近くの手ごろな意思をそっと見えぬように握り締め、自分達が島外から来たマーレで暮らすエルディア人だと知られたのならここでつかまり監獄にまた戻されるわけにはいかない、命からがら抜け出し必死に夜通し走って逃げて来れたのに。もし、そうなら先に殺してしまわないと、

「い……言いたくないです……私達、家が嫌で……」

 様子を窺う様に。低い姿勢のまま、密かに後ろ手に石を手にするガビ。

「やっと、逃げて来れて……だからもう……戻れないんです……」
「そう……お腹すいたでしょう? 近くに私の家があるから付いてきて」

 戸惑う二人だかファルコは明らかに証拠隠滅の為に何か変なことを考えているガビの手中にある石が持つ意味を判断し、ただ何も知らずに話しかけてきた幼い二人へ何か変なことをすればその手に持つ医師で殴り掛かろうとするのを彼女が実行しないように、バッとひったくるように奪うのだった。
 あまりの恐怖と不安から引きつるガビの表情がまるで怯えているのだと感じたカヤがエヴァの手を引きながら、ウォール・ローゼ南方のラガゴ村で巨人が出現した時の犠牲により母親を亡くしてから引き取られたサシャの実家があるブラウス厩舎へ案内するのだった。

「あの馬は逃走に使える」
「何言ってんだよ?」
「もっと遠くに逃げないと、ここも直に捜索される。それに私は悪魔と一緒に食事なんてできない!!」

 ファルコ以上にガビはマーレの洗脳教育を純粋なまでに信じているようだった。だからこそ、悪魔の島、自分達と同じ血が流れているにもかかわらずに彼らを恐れ畏怖の目で見つめていた。同じ食事をすれば自分もこの島のエルディア人に染まってしまうのではないかと、そんな得体の知れない恐怖の中でガビは震えていた。
 恐怖に苛まれているからこそ、ガビは自分の身を守るために攻撃を仕掛ける機会をうかがっている。いざとなれば自分達を知る者達をみんな証拠隠滅の為に始末することを。

 こそこそとカヤに聞こえぬような声で。2人は家の中へと招かれるとサシャの父親が顔を覗かせる。そして、その両腕にはまだ小さな親の庇護元にある双子の赤ん坊が抱かれていた。その双子は勿論ウミがマーレで密かに産み落としたリヴァイとの間に授かり、腹に宿したまま島から姿を消した守り抜いた存在だった。
 現在軟禁状態のウミから手を離れ、預けられた大切な子供達。エヴァは知らないが母親は今も生きているのだ。

「君たちか。家出したんは。どうしたこつかい?」
「(南方マーレの訛り……?)」
「はじめまして。僕たちは兄妹で……。ええっと、ベンとミアです。訳あって親元から逃げて来ました。僕たちにできることがあれば何でもします! だから、数日だけここに泊めてください。お願いします……!!」

 子供達が多い家の中でまた更に子供が増えることなどブラウス家からしたらむしろ喜んで受け入れるつもりだった。

「そげん子供が頭を下げるもんやない。ブラウス厩舎へよう来たね。何日でもおったらいいって。そしたら、はよ朝めし食わんと」
「疲れてるやろ。それ食べたら横になっていいけんね」
「ヒィッ!!!!」

 つい先日最愛の娘が成人を迎えて早々に殉職したと言うのに、そんな悲しみさえも感じさせずに行き場を無くして怯えるガビ、この目の前にいる少女が自分達の最愛の娘の命を奪った張本人であり元凶だと言うのに、知らないは残酷。
 そんな彼女を優しく宥めるようにそっと触れたサシャの母親に対してガビは悲鳴と共に反射的に頭に置いた手を凄い形相で払いのけてしまった。
 幼い頃から「島の悪魔」「島の悪魔に触れたら善良なエルディア人・名誉マーレ人ではなくなり楽園送りにされる」と、その教訓を洗脳教育の一環として受け続けてきた彼女は恐怖していた。

「リサ。この子……」
「ごめんね。辛いことがあったんやろうね」
「い。いいえ……」
「妹がすみません。い、いただきます……うまい。おいしいなあ……!! あぁ! ホントにおいしい……ほら、ミアも食えって」

 ガビはそれでも空腹には抗えずに震えながらも用意された温かな出来立ての豆料理をスプーンですくい、口へ運ぶのだった。

「ねっ、おいしいでしょう?」

 そんなガビへにこりと微笑みかけるエヴァはすっかりサシャの両親に懐いているようだった。だがまだ幼い彼女は本当は未だ父親に甘えたいはずだ、それを堪えてあちこち預けられても文句を言わずにいい子にしていれば父親が喜ぶと、その気持ちだけで料理も食べる、それに家の事も積極的に手伝おうとする。

「たくさん食べると元気になれるよ!!」

 まさかこの幼い少女も、そして双子たちもみんなアヴェリアの兄妹だとは知らずに。そういえばアヴェリアはあれ以来何処に姿を消したのだろうか。暫くはここに身をひそめる事にし、他の子供達と同じように衣食住の保証として馬屋の掃除をするガビとファルコ。
 二人は近代化の進むマーレの出身のエルディア人であり、馬やこんな自然豊かな場所で暮らすのは初めての事で戸惑いの方が大きい。

「うぁあああああああぁ〜っ!?」
「ガビ、ガビ!?」

 扱い慣れていない馬が急にガビの頭を大きな口で挟むように急にスキンシップを取られ、驚いたガビの絶叫が響き渡ったのだ。その拍子にガビはその場で自分が掃除に撒いた水でぬかるんだ泥に滑って勢いよくずっこけ水の張った桶が飛んでいくと壁に跳ね返り、それに頭を突っ込んで呆然としている。

「ガァ〜〜〜ビィィイ〜〜〜」
「何で、こんなことに……? これが……悪魔の仕業!!」
「いや、馬の仕業だと思うぞ?」

 馬の扱いに慣れていないガビが悲鳴を上げる中でファルコはマーレに居た時とは違う不安はあるが自由で気ままでのどかなこの田舎の新鮮な空気が気に入ったのかリラックスした様子で居る。

「二人とも、仕事覚えるのが早いね。体力もあるし」
「そんな。ありがとうございます。しかし、カヤさんもですけど、ここで働いてる人はみんな若いんですね」
「うん。ここにいる人は孤児だからね」
「そうだったんですか……」
「女王の方針で行き場のない子供には支援があるから。ここは4年前に親を失っている子供たちの集まりなの。エヴァは違うけど」

 休憩中になりガビたちは久々の労働に疲れているようだが戦士候補生時代の訓練に耐えてきた身体は決してへこたれたりはしない、カヤについて遊んでいるようで幼いながらに役に立とうとしている少女は嬉しそうに泥で汚れた頬も構わず微笑んだ。

「うん、私のお父さん。兵団の偉い人なんだぁ」
「兵団の人?」
「うん、強くてとってもかっこいいんだよ」

 自分たちの住み慣れた国を蹂躙しておきながらそんな父親が誇りだと言うのか?ガビは呑気に自分達がこの島の外でなんて呼ばれている加藤の島の悪魔たちが知らずに暮らしていることにもう我慢できなかった。
 まさか、知らないだろう、微笑む無垢な少女の父親が自分達を裏切ったジークを引きずり出し殺したくて仕方ないのを強靭な理性で抑え込んでいるマーレの戦士たちから畏怖の存在の一人でもあるリヴァイ・アッカーマンだと。
 そしてそのアッカーマンの血の正統な血筋でもあるエヴァランサ・アッカーマンだと言う事を。

「あなた方は罪を受け入れてないようですね」
「なっ!? ガビ!?」
「おねえちゃん?」

 突然恐ろしい顔つきで迫るガビに対しエヴァは純粋に恐怖を抱き思わずカヤの後ろに隠れてしまった。

「この島の民が、私対エルディア人が世界に対して残虐非道の限りを尽くした歴史をお忘れですか。エルディア人ひとりひとりが罪の自覚を正しく持つことでようやく贖罪への道が開かれるのですよ」
「それは、みんなが親を亡くしたことと関係があるの?」
「当然です。いくら善人のように振舞おうとも、逃れられる罪の重さではありません」「マーレではそう教えられてるの?」「お前、お世話になってる身で何言ってんだよ」
「これは普遍的な歴史の話だから「お前はまた……カヤさん、今、何て言いました?」
「君たちはマーレから来たんでしょ」
「どうして?」
「どうしても何も……自分で叫んでいたじゃない」
「えっ、あ、じゃ最初からか! ええっ、最初からですか!? 恥ずかしいなあもう。なんで言ってくれないんですか……もう、人が悪いんだから」

 その時、ガビがいきなり藁に突き刺さっていたフォークを取り上げると、それを用いて自分達がどこから来たのか、その正体を聞いてしまったカヤとまだ幼いエヴァを生かしてはおけないと。
 少女は戦士候補生になりいきなり鬼の形相で口止めに二人を突き殺す勢いで襲い掛かろうとしたのをファルコが抑え込み止めに入った。

「うっ――……!!、何してんだ。お前は」
「悪魔が正体を現した!! おかしいと思ったんだ。島の悪魔がこんな親切なはずない!! 始末する!!」
「おい、バカかお前!!」

 自分達がこの島を巨人で攻め滅ぼすための実験で巨人化させられた者達により命を落とした自分の母。
 王家の血を引く巨人化能力を持つジークの脊髄液による実験がカヤの母親を間接的に死なせたと言っても過言ではないのに。そんなこの島を滅ぼそうとするマーレから来た事実を知りそれでも困っている人へ手を差し伸べる優しき少女はどうして自分達を庇ってくれるのだろうか。
 その答えはそこにあった。カヤは二人とガビの突然の豹変に覚醒して居なくてもアッカーマンの本能で感じ取っているのか警戒するエヴァの手を引いて、とある廃村へやって来た。村は手つかずの自然に包まれており誰一人として暮らしていない。

「ここ、私が住んでた村。4年前ここにも巨人が一体現れたの。その巨人を見て村の人はみんな逃げた。足の悪いお母さんを置き去りにして。私はどうすることもできなくて座ってた……ただここから、あそこでお母さんが食べられる音を聞いてた。お母さんはずっと生きたまま食べられてた。次第に声も上げられなくなった。声が出なくなるまで叫んだからだと思う。壁の外には人類がいて、私たちを「悪魔の民族」だって言ってるんでしょ。でも、なんでそんなに恨まれているのかよくわからないの。ミア、ベン、教えて。お母さんはいったい何をしたの? 何をしたからこんなに恨まれているの?」

 教えてと聞かれ、ガビは逆にどうして知らないのか、そんな重大なことも知らずにこの島で生きていたのかと恐ろしくなって顔を青ざめながら声を裏返りながらカヤへ訴えた。

「えっ――!! なっ、何千年も世界中の人々を虐殺したからでしょ」
「何千年??」
「むずかしくてわからないよおねぇちゃん……」

 突然持ち出された過去の話に呆然とするカヤとエヴァを置き去りにガビは二人へ語り掛ける。洗脳教育の果てに残されたのは服従のような純粋な心を持ち一度決めたら一直線で正直なガビは見事にその思考に染められていた。

 カヤは何も知らない。この世をただ生きていただけで、あの村に居ただけで殺された母親の事を想った。だが、洗脳教育の犠牲の果てに島の悪魔たちを畏怖の目で見ていたガビはこの島の悪魔であるカヤが自分達エルディア人がどうして恨まれているのか知らないのだと、別の意味で恐怖し叫んでいた。

「そんなことも忘れていたなんて!! エルディア人は何千年もの間、巨人の力で世界を支配し蹂躙してきたの。他の民族の文化を奪って、望まれない子を産ませて!!! 数えきれないほど人を殺してきたの。被害者ぶるのはやめてぇっ!!!」
「でも、お母さんはこの辺で生まれ育ったから、そんなひどいことはしてないと思う」
「だから!! 100年前、あなたたちの先祖が犯した罪の大きさが問題なの!!」
「100年前って……じゃあ今生きている私たちはいったい何の罪を犯しているの?」
「ついこの間だって私の町を蹂躙したじゃない……」
「私のお母さんが殺されたのは4年前だから……その罪じゃない」
「だから、先祖が世界中の人を虐殺したから……「お母さんは誰も殺してないっ!!!! ねえミア、ちゃんと答えて。なんでお母さんがあんなに苦しんで殺されたのか。何か理由があるんでしょ。そうじゃなきゃ、おかしいよ!! なんでお母さんは生きたまま体を食べられたの!? ねえ、何のために殺されたの? ねえ、何でぇえええっ!?」

 目の前で母を殺された悲しい場所で、まだ母の血の匂いも声も思い出せるのに、突然そんな自分達とは関係のない昔の歴史の話を出されて混乱したカヤの声に圧倒され、妄信的なまでに思想に染まっていたガチガチに脳が固まって自分達の祖先の罪を償えばいつか自分達は救われるとそれだけを縋って生きていたガビだが、純粋なカヤの質問に何も答えられなくなる。そんなガビの代わりに事実を述べたのはファルコだった。
 ガビ程洗脳教育に染まっていない中立的な立場でもある彼は優しく悲しくも仕組まれた四年前の話を始めた。

「威力偵察です。4年前のパラディ島侵攻の目的は大攻勢を見据えての威力偵察でした。カヤさんのお母さんはそれに巻き込まれたんです……そうです、お母さんには何の罪もありません……ごめんなさい……」
「軍の情報を敵国に漏らして……それで何で謝るの?」
「ありがとう、ベン。教えてくれて。でも、ベンが謝るのはおかしいよ。マーレに生まれただけなのに」
「それで……カヤさんはその状況から、どうやって助かったんですか?」
「今の私より少し年上くらいのお姉ちゃんが、薪割り用の斧を持って入って来て巨人相手に戦ったの」
「そんな、無茶だ……!!」
「うん。結局お姉ちゃんは自分を盾にして巨人から私を逃がしてくれた。お姉ちゃんが生きてたら、行く宛てのないあなたたちを決して見捨てたりはしない。私にそうしてくれたように……」
「どうして……?」
「私は、お姉ちゃんみたいな人になりたいの。サシャお姉ちゃんみたいに」

 あの日、突然姿を現した巨人の存在に誰もが逃げ出す中で自分と母だけが取り残され、幼い自分は巨人の恐怖にすくみ上りそして母親はどうすることも出来ぬまま巨人に食われて死に、そして自分も殺されるのだと思ったその時、助けてくれたのはサシャだった。
 サシャの存在が少女を変え、命を救い、そして今がある、だがそのサシャが目の前のガビによって殺されたと知った時、カヤはただその意志を受け継ぐのだ。
 サシャのような困っている目の前の人をどんな無茶だろうと助けようとしてくれたサシャのことを。だが彼女は死んでしまった。目の前のガビの放った弾丸により。だが、サシャの意思はカヤへ、そしてガビへと繋がれていくのだろう。

 刃もなく、立体機動装置もなく。肝心の自分が乗って来た馬も逃げた。武器は弓と4本の矢だけ。
 絶体絶命の状況下で虚ろなカヤの目に光を灯すようにサシャは叫んでいた。

 ――「ねえ聞いて。大丈夫だからこの道を走って。弱くてもいいから。あなたを助けてくれる人は必ずいる。すぐには会えないかもしれないけどそれでも会えるまで走って。さあ行って! 走って! ――走らんかいっ!!」

「走らんかい!」と、その声がカヤの母を巨人に目の前で食い殺されたショックを拭い去ったのだ。
 あの声が無ければ今の自分はいない、サシャが助けてくれたように自分もそうなりたい、それだけだった。

「今度マーレの人が働いているレストランに招かれているの。そこにあなたたちを連れて行けばマーレに帰る方法が見つかるかもしれない」

 例え、そのサシャの命を奪った諸悪の根源が今目の前にいるガビだったことを知る事になっても。

2021.09.21
2022.01.25加筆修正
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