THE LAST BALLAD | ナノ
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#128 重ならない愛別

――「かつて、自らの民が他の民へした非情なる行いを恥じたエルディアの民を纏めるフリッツ王は壁外の人間は絶滅したと、自身の民の記憶を改竄した。それに反発し、背いたアッカーマン家。そのアッカーマン家の筆頭だった男を見せしめに王は生きたまま海の底へ沈めて処刑した。王を守る刃ではなくなるのなら、反旗を翻すのなら、その刃を王へ向けるのならば、容赦しない。記憶を改竄できない民族などフリッツ王家からすればただの脅威でしかない」と。




 かつて、地下の片隅、誰にも知られる事無く密やかに忍ばせた愛は幻のように崩れ落ち、幻覚の中を彷徨い行くのだ。
 ウミに残された感情は、虚無でしかないのに。それでも愛しているから憎みもする、互いに譲れぬ思いが崩壊を招いた。幻想と知り崩れ落ちる砂の城。許せないからこそ深まる愛の深さ、苦しいと叫び、その苦しみを昇華させるかのように、抱き合った。
 自分を監禁し、そして。すべてが終わるまで逃がさないように思い出の檻の中に閉じ込めて。
 すべてが終わるその瞬間まで、ここで自分が指をくわえて従順に、大人しく閉じこもっていると思っているのだろうか。
 しかし、この血がそれを許さない、何も知らない傍観者であり続けることは出来ない、もう目の前に迫る景色が待っている。それは明日ではない。

 兵団組織も、ハンジもリヴァイも。みんな、ヒストリアを巨人になどさせたくはない筈だ。筈、だった。だが、手段はすべて失われ、もう戻ることは無い。万策尽き残された島にはジークの提案を受け入れるしか、ヒストリアを犠牲に擦る道しか残されていなかった。
 せっかく初代王の思考に染まるだけのレイス家の一族の恐ろしい忌まわしき悪習である子が親を食う因果をようやくヒストリアの代で断ち切れたと言うのに、またその螺旋へヒストリアを引きずり込むのか。
 だが、島を守るためにはその条件は必要で。巨人化能力を持つこの呪われた血を持つ自分達ユミルの民がいつか滅び行く定めを知りながら、島の為にたった一人、小さな身体に大きな秘密と命を宿したヒストリアの犠牲を誰よりも拒んだのはエレンだった。
 そんなエレンに感謝し、そしてエレンがこれから起こすことそのものが自分達エルディア人が救われる計画だと知っているからヒストリアはかつて自分を導いて愛してくれたユミルへ、胸を張れるようにと黙秘を続け、幼かった少女はやがて女王の威厳を手にしもうすぐ自らの意志でまだ出産に耐えきれる身体ではないのを承知で授かった命をこの手に抱く時を迎える。

 それを待ちわびてきっと、ジークとエレンの持つ巨人を誰かに引き継がせようとしたがっていた。
 だが、その巨人の力を行使するのは、エレンでなければ駄目なのだ。他の誰かでは、「地鳴らし」を起こすことは出来ない。全ての島の外すべての命を平らにする覚悟がエレンにはあるから。それがエレンには出来る。
 マーレで生まれ育った互いの父親同士が結びつけたエレンと自分の思いも一致した。幼少の頃から目の前の壁ばかりを見つめていた。その壁が崩落する瞬間を残念ながら自分が見る事は叶わないが。
 皆を幸せにしたい。それは今は協力と信頼関係にあるジークにさえも知られぬようにしなければならない。
 願いが成就したからこそ、自分は命懸けで産み落とした愛すべき家族も、借金をして建てた家も、何もかも捨て、自分の何にも代えがたい愛していた彼の愛さえもを裏切って。
 かつての仲間達が自分を見る蔑むような目、死んだサシャの虚ろな目。喪われた命。全て戻ることは無い。だが、それでもいい、自分が理性を捨てた化け物になったとしても、自分の思いがリヴァイを裏切ったとして、やがて彼に殺されるとしても、それでも、悲願を成就出来るのなら。
 例え、全てを敵に回しても構わない。かつての調査兵団の分隊長まで上り詰めた女の落ちぶれていく姿を晒しても。
 戻れない道を選んで突き進んだ先に辿り着いた望みの果て、戻りようのない袋小路の中、それでも突き進め。

「ごめんなさい、許して欲しいだなんて、勝手だと分かってる。ごめんなさい、サシャ……ニコロさん、」

 繰り返す夢の中で何度もサシャの死に顔が浮かんでは消えた。ニコロの為に見た目を変えようとしていた彼女の気持ちを知りながら、想い半ばで死んだサシャの死に顔が忘れられない。サシャの死に悲しみに暮れる仲間達。そんな仲間達を、ただ見つめる事しか出来なかった自分。

「……(人間じゃないのに痛みだけがまだ私が人間だと、人間で居る事を許してくれる。だけど、私があの人に与えた痛みはこんなものじゃない……。リヴァイを深く悲しませ、そして憎しみに突き落とした私には……。だから、もう、こんな痛みさえ何とでもない、痛いと叫ぶことも、泣くことも。許されない道を選んだのは私、そう、私はそれでも成さなければならないことを成すと決めた)」

 彼はジークを、「獣の巨人」を少しでも「殺す」機会をうかがっているのがその目からわかった。
 だが、ジークの「獣」を出産を終えたヒストリアに食わせるのだけは、それだけは断固として避けなければここまで何もかも捨てて目指してきた意味が無い。悲願はもうすぐそこなのだ。もう誰も巨人にならなくていい未来は目前にある、同じ苦しみをエレンと分かち合い突き進んできた未来が。

――「なぁ、ウミ。悪い事は言わないからリヴァイは止めた方がいい。お前と俺たちは違う。明るい光の下で、親の庇護元で愛されて生きて来たお前とは……。長い付き合いになるけれど、あいつは……見なくてもいいものを見過ぎた。けど、それでも、好きなんだろ? リヴァイの事が」

 そう、自分は彼の背中を追いかけていた。彼が好きだった。どうしようもない位に彼が好きで、好きで、好きで、失い続けてきた彼にずっと傍に居る、そう、約束したのに。

――「ウミ。俺の、俺達のリヴァイを。どうか。救ってくれ」
「……ごめんなさい、ファーラン。私は、嘘つきだね」

 最後に見た、呆然と立ち尽くすリヴァイの目の前に転がった無惨な彼の上半身だけの姿を思い出し涙が溢れそうになる。
自分に向けたリヴァイの血走った目つきは地下街で初めて出会った時に畏怖したあの「目」に立ち戻っていた。
 ジークが少しでも変な気を起こせば、ヒストリアに食わせる時間を待つ必要は無い、即座に殺すだろう。間違いなく。誰よりも息の根を止める術を心得ている彼ならば。
 エルヴィンの誓いに生きる彼がどれだけの思いで自分の大切な部下、そして盟友を殺した憎きジークを殺したがっているのかわかっていた。
 分かっていて、今の自分はジークと共謀している。今頃この島にイェレナ達が上陸した時点からジークの計画通りに事が進んでいるが、彼が叫ばない限りは誰も巨人にならなくてもいいのだ。皆が助かる。
 ジークがフリッツ王家の血を引く人間であり、寿命尽きる前にヒストリアに引き継がせるために死なせるわけにはいけないと、レベリオでも殺したいのを堪えながらリヴァイは「獣の巨人」から引きずり出してようやくこの島へ連れて来たことで饗宴は始まる。

 エレンがヒストリアに触れた事で知った「進撃」の力で見つめた望む景色の全貌。互いの思い人への未練を切り捨ててきた。エレンは自分との対話で知ったミカサへの淡い思いを、そして自分は
――リヴァイを。
さんざん追いかけて、そして彼は人を愛することを知らなかった彼はそれでも自分を愛してくれたのに、その愛を今度は自分から切り捨てるのだ。

 だが決めた。どれだけお互いの胸に秘めた愛する人を傷つけ、そしてこれからさらに悲しませ泣かせる事になっても。
 リヴァイは今も変わらず盟友であるエルヴィンの誓いを果たす道を模索している。仲間思いの彼だからこそ、これまでエレンを守るために、島の為に、大衆の為に心臓を捧げ散って逝った仲間達の分まで果たさなければとその為に今も肉体を酷使して戦い続けている。
 身体に流れる戦闘本能。アッカーマンの力があるからと言えどアッカーマンの血を使いすぎた彼の身体はきっとこのまま目的を遂げたら朽ちてしまう。そんなリヴァイがどうかこれからの余生を平穏なまま、互いにかつて夢を見た、いつか畑を耕し余生を送る夢。生かす為に自分は愛する彼と対立する道を、選んだのだ。

「(ジークがエルヴィンを殺したそもそもの原因だってことも、私はきちんと理解してる、分かってる。そんなことくらい、でも……私は……リヴァイに殺されても、)」

 構わない。むしろ最期を愛する人の腕の中で逝けるのなら――。さよならをする。悲しむ必要など無い、自分の存在を始まりのあの日に消してしまえば彼を「二度も」悲しませることは無い。「その時」が飛来すれば自分の存在は、全てなかったことになる。
 彼の記憶の中からも自分は消えて逝ける。だから自分は絶対に彼を忘れたりしないで彼に生きていて欲しいから、幸せになって欲しいから覚えているから。
 お互いどちらが先に死んでも寂しくならないようにたくさんの子供達を彼へ、家族という者を知らない彼へ家族を作ってあげたかった。自分以外の「誰か」とどうか手を取り歩む未来を歩んで欲しい、誰よりも不器用で優しい彼ならそれが叶うだろう。
 彼を縛り付ける自分の愛が彼を苦しめる。なら、その因果さえも断ち切ってしまおう。

 だが、ウミの中では不思議なことがあった。「座標」で自分が初代ジオラルド家のクローン人間として造られた存在だと知った時は絶望した。だが、決して不幸ではなかった。
 それを皮切りに蘇る記憶の中で、自分が自分で無くなりそうな境界の中で自我を保てるのは、始祖ユミル・フリッツの脊髄液を打ち込んでも「ウミ」のままで在れるのは。リヴァイに愛されている「ウミとしての自分」が居るから。愛されなかったまま裏切られて業火の中で処刑されたかつての自分、「始祖ジオラルド家のウミ」の朧げな記憶が自分を呼んでも、だ。自分を焼き殺した民など滅んでしまえと叫び続けても。
「ウミとしての自分」には、父親が自分へ「始祖ユミル・フリッツ」の脊髄液「原始の巨人化薬」を打っても支配されない方法を知っていた。
 自分の半身に流れるもう一つの血、王の記憶の改竄を受けなかった王に背いた一族アッカーマンである自分の母との間に宿った子供なら王の支配を受けずに必ずや成し遂げると託し、信じて当時の始祖であるジオラルド家当主ウミ・ジオラルドをこの世に再来することを決めたのだ。

「失礼します、リヴァイ兵長の奥様」
「はい、監視の交代ですね。どうぞかしこまらずに」

 リヴァイが去ってからこれで何回目の見張りの交代か。もう数えるのも飽きるほどの時が流れたのを外に出られなくても感じた。
 リヴァイがこの古城を去ってからあれからどれだけの時が過ぎただろうか。彼に折られた脚は即座に回復した。拳を握り、何も身に纏わず、頼れるのは簡易ベッドの掛布だけ。膝を抱き裸を隠すように俯いた。
 掛布に身体を巻きつけて拘束された鎖を鳴らし、地下の閉ざされて薄暗い部屋の中どうにか震える下肢を叱咤しながら立ち上がる。ゆらりと、髪を揺らしながら自分を守る様な堅牢な檻の中で模索し続ける。
 ここに居れば、まるで記憶だけは昔の頃のままに戻れる気がした。リヴァイは、自分が何度も何度も抱いて抱いて抱き潰すまで、抱いた。抱き潰しても甘く心地のよかった彼の抱擁が今は苦しいだけの苦行のような拷問のような行為とすり替わっても、どれだけ自分の声が枯れてしまっても、彼は自分が罪悪感を覚えるまでむしろ丁寧に、壊れ物を扱うかのように優しく抱いた。
 息絶えそうな自分を彼は決して責めることなく、優しく手酷くはしなかった。だからこそ、その優しさがあまりにも辛く、自分のしたことの重さを痛感させられた。
 こんなにも弱く優しい人を自分は傷つけた。「人類最強」と呼ばれる男の、弱さに触れて。涙が溢れたのを覚えている。まるで彼の恋人に戻った時のような幸福が今置かれた現状と真逆で精神的に追い詰める優しい拷問のようだった。
 4年前のトロスト区奪還作戦後に救援に駆け付けた彼と再会して、調査兵団に出戻り、ハンジに連れられてこの古城にやって来てから運命は大きく変わったのを思い返していた。
 ――この古城には彼と過ごした濃厚な思い出がありすぎる。
 リヴァイとの深い溝を埋め合い、自分一人で抱え苦しんでいた痛みは彼も同じだったことを知る。
 死んだと思っていた彼との間に授かった小さな命、息子のアヴェリアの存命がわかり、すぐに崩された彼の墓標の前での逢瀬、そのまま彼と古城の夜に再会を噛み締めるように抱き合い息をひそめ、至福の愛の中肌を重ねた。全身を余すことなく愛されて、肌に吸い付いた華を散らしたまま隠しもせず。つま先に口付けられるだけで自分は、歓喜の声を――。
 リヴァイと何度も抱き合い、慰めたり慰め合ったり、何度も何度も。1人の夜はとても寂しかったが。リヴァイも同じだったことを。
 親にも見せたことの無い顔を彼には沢山見せた。それでもかまわずに見つめられ続けた。指を絡ませ、愛を囁き、彼の繊細な指先が自分に触れれば同じように彼の逞しい身体に触れた。
 あの鋭い眼差しに見つめられるだけで自分は何も考えられなくなる。頭の芯からぼうっと痺れたように身体が震えて――。疼いてたまらなくなる。もっと触れて欲しい奥の奥まで。腹を突き破りその衝動でいっそ、彼に殺されて死ねるなら。

彼にだけ、彼が自分を救う。これが愛では無いならなんだと言うのだろう。お互いがお互いに溺れて見えなくなっている状態、それはまるで共依存のような関係だった。

「ウミさん、あなたを脱獄の手引きに来ました」
「―――(来た、か)」

そして、時は来た、あまりにも早く意外と呆気なく来た。死神は。

「我らがエレン・イェーガー。シガンシナ区でお待ちです。この鍵を使って抜け出してください。服も、馬も用意してありますので」
「そう、……ありがとう」
「私たちの待ちわびた夢が叶う瞬間です。どうか歴史を、この島をマーレから、あらゆる災厄からどうか守って下さい。あなたはこの島に遣わされた我らを導く女神様。それでは、失礼します」

 今後イェーガー派と呼ばれる今の兵団の壊滅をもくろむの人間たちがエレンを支持する市民たちと同じようにいつまでも動こうとせずにいる今の兵団を覆そうと動き出した新しいクーデター。その首謀者はフロック。かつて共に生き残り、そして彼は自分とヒストリアと数少ないエレンの意志を知る者。

「女神と呼ばれるには私の姿はあまりにも醜いわ……(ここを、出る瞬間が来た。あまりにも早い。いよいよなんだね、もうここを出たら私は――)」

 古城を後にし、それから山小屋での潜伏。シガンシナ区決戦の前夜まで夫婦水入らずの時を過ごしたこの城は、自分にとっても永遠に消えることは無い美しい世界。
 改革派の人間が自分への解放を告げてから何時間が経過したか。そろそろ見張りも交代した頃だろうか。エレンもきっと脱獄しているはずだ。その気になれば彼の手にした「戦鎚」はなんでも出来る。
 だからこそ、もういいだろうか。いい加減に。この檻が自分を縛るのならば。それさえも足かせとなる思い出ならば何もかも壊して悲願を掴むのだ。
 この檻を自らの愛した手で壊すことを、決意したウミは時が来たとばかり決意に満ちた厳しい顔つきで牢から出る。

「(リヴァイ、あなたは今も、私の恩人で、大切な人、そして私の初めてを全て捧げた人。エルヴィンに憧れていた私を、あっという間にあなただけにした人。そう、これは――。あなたと私の戦い。あなたを死なせない為の。私の戦い、けれど、それでも私は行くから。あなたに救われたこの命を持ってして、あなたの待つ森へ――例え、命を落とすことになろうと構わない。私はあなたの記憶には残らないから)」

 地下深くに幽閉されているから、もし万が一何かが起きても自分がこの古城の建物に潰されるだけだから巨人化することは出来ないと、見下されていたが、自分の意思の強さ、貫く、どんな犠牲も代償を払ってでも勝つ。
 早速用意された服を拝借すると、それはレベリオ区強襲で再会した時に全員が身に纏っていた新しい調査兵団の黒を基調とした兵団服だった。
 新しい兵団服は自分がかつて着ていた兵団服よりも機能性が大幅に向上して風の抵抗を受けず更に素早く精密な立体機動を可能にし、その立体機動の操作性を飛躍的に向上させるために肌にピッタリと張り付く仕様となっている。
 まだ着慣れない体躯に密着する兵装に自分の体形が丸わかりだと、恥じらいを感じながらも裸よりましだと無理やり着ると、古城を後にすべく、走り出した。

「(あぁ、行きたくないなぁ……もっとここに居たい、あの日に、帰れたら、どんなに、幸せか……リヴァイに抱かれたあの日に戻りたい。戻れるなら、もっとリヴァイを大切にしたかった、こんな形じゃない形であなたと――……)」

 最後に、どうか。泣くことなど許されないのに勝手だ。自分が彼を置き去りにするのに。
 彼と過ごした古城はシガンシナ決戦で二人後にしたそのまま残されていた。あまりにも変わらない情景が目の前にある、帰りたかったパラディ島で最初に戻りたいと願ったのは家ではなく、ここだった。
 ここが始まりだった、彼の子供を宿し、そして。自分はとても幸せな人生を送れた。「過去の初代ジオラルド家のウミではない」「ありのままのウミ」として。もう、二度とここには戻らないであろう古城に別れを告げ、この城を出てはもう振り返らない。
 振り返り思い出に浸る事も、サシャの死に嘆くことも許されることはないであろう自分は自ら退路を断ち突き進む。

「つっ……あぁ……行きたくない……な(駄目だ駄目だ駄目だ!! 泣くな、泣くんじゃない……!! 決めたんだ。エレンに託して死ぬって。リヴァイに纏わりつく戦い続けていずれ死ぬ未来を私が壊す。何に変えても、あなたに殺されるとしても。どんな犠牲を払っても、次は誰に死が訪れるか、分らなくても)」

 葛藤するウミに追い打ちをかけて来たのは、背後から無防備なウミの胸を貫いたのは。いきなり不意打ちで放たれた銃弾。自分の役割を捨て、自分を逆恨みしたまま今も自分をどうにかするつもりの自分を陥れた現況で在りリヴァイと子供達から自分を引き裂き奪ったアリシアが怒気迫る勢いでライフルを放ったのだった。

 巨人化能力者でもあるウミが死なないのを知っていて、敢えて心臓を打ちぬいたのだ。ぐらりと膝から崩れ落ちる身体。銃弾が駆け抜けた温度の熱さに、声にならない声を上げ苦悶に呻く。痛みも流れる血潮の熱さも紛れもなく本物だ。

「ちょっと、待ちなさいよ。何処に行くつもりなの? そんな大層な装備で。行かせない……あんたは一生牢屋の中で惨めに暮らせばいい、巨人の寿命が尽きるまで無様に裸のまま……」

容赦なく撃ち抜かれた身体が痛い、あっという間に血だまりが広がる草原にそれでも死ない。自分が人間を捨てた事を嫌でも実感させられる。

「(いい腕だね、)……あなたね? 本当に、しつこい……のねっ……どうして、どうして来てしまったの? あなたが一番危険な任務をこなさなければならない何時も死と隣同士の調査兵団からせっかく安全な駐屯兵団へ飛ばされって言うのに、自ら因縁の相手に会いに来るなんて」
「ごちゃごちゃうるさいのよ!! さっさと、戻りなさいよ!! 今度はこのライフルであなたの脳味噌をブチ撒いてもいいのよ? 勝手な真似はさせない。言う事を聞かないならあなたはせめて、あの不愛想で女のたしなみもわからない不能のリヴァイ兵長宛てに生首で送ってあげる。一番惨めな方法で殺してから」
「なんですって?」

その瞬間、ウミの中で何かが音を立てて切れたような気がした。
自分のことではない、彼女が悔しげに吐き捨てた「最愛」についてだ。

「は――……あぁ、もう限界。は、そう、そうね……やれるもんならやってみなさい。本気で殺せない相手に、むやみやたらにそんな乱暴な物言いは女として、どうかと思う。もう我慢しなくて、いいよね?」

 こんな小娘よりも自分が本当に強いからこそ、格下の相手で相手にならないからこそ自分は相手をしてこなかっただけだと言うのに、全ては、この瞬間の為に。

「聞きなさい。私の目を見て、私のお母さんが私に教えてくれたの。まず、「格下の相手を相手にするな」「陰で卑怯なことしか出来ない相手と同じ土俵に立つな」と、私があの時、あなたを殺さなかったのは――。おい、聞けよ。
私が誰よりも、あなたよりもはるかに強いから。
踏んだ場数が違うから。
――あの時の恨みを晴らせる。やっと。さぁ、アリシア。約束の通り、お望みの通り、本当の私を。見せてあげるね」

 全てはここから始まった。さぁ、待ち合わせの地へ向かおう。ウミは目にも止まらぬ速さでアリシアの懐に潜り込むと、そのまま驚きに目を見開いたアリシアの顔面目掛けて容赦なく頭突きを食らわせたのだ。

「んグッ――……なにを、っ、きゃああっ!!」

 驚きに面食らってよろけるアリシア、だが、ウミは容赦しなかった。そのまま彼女を抱きかかえ草原に押し倒すと手を握り込み、垂直に拳を叩き込んで美しい容姿の中身は最低な顔面を砕いた。
 立体機動装置もブレードなど無くても、自分より格下の兵士を素手で仕留めるなど造作もない。
――調査兵団・元分隊長を甘く見るな。踏んできた場数が違う。噛み締めた痛みが違う、味わってきた屈辱が、そして数えきれない死別が違う。そして自分はもう人間ではないのだから。いや、そもそも自分は生まれた時から最初から最後まで。

「何かを変える事ができるのは、何かを捨てる事ができるもの。なんのリスクも、犠牲も背負わないままで何かが叶うなんてそんなの、ありえないんだよ。自分は何ひとつ手を汚さずに金と容姿で物言わせて共謀して、買収して私を陥れるためによくも私の子供達を危険な目に遭わせたな。私だけではなく私の可愛い家族を巻き込んだそれだけじゃなく、あんたはとうとう、相手にもされなかったからってその逆恨みで私を殺そうとしている。そしてリヴァイを侮辱した。私だけなら構わなかった、だけどあなたはしてはいけないことをした。――リヴァイを傷つける私にそんな資格はない、だけど、リヴァイを侮辱する人間だけは見過ごさない。絶対に許さない。あなたを私がこの手でケリをつけると決めた。私の目を見なさい、私の目を見ながら――逝きなさい」

 そこが始まりの場所、かつての仲間を踏み台にしても、この手がもう血に染まり続けても屍の道を進んで来た。これからも行く。進み続けた先に自分の望みがある。自分は時が着たその時にただ、この身を差し出すのだ。

 ――「何かを変えることのできる人間がいるとすれば、その人はきっと大事なものを捨てることができる人だ。化け物をもしのぐ必要に迫られたのなら、人間性をも捨て去ることができる人のことだ。何も捨てることができない人には、何も変えることはできないだろう」

 かつて、女型の巨人の本体だったアニはそれを可能にし突き進み調査兵団やかつての仲間達を殺すことを決めた、祖国に残した父親ともう一度再会するための心優しい少女の非情な決断だった。
 今なら、アニの気持ちがほんの少しだが、アニとまた話すことがあるなら。彼女は自分とリヴァイの関係を知り涙しながらも背中を押してくれたまだ若く未来溢れるペトラたちを殺した元凶。
「地鳴らし」を起こすその時、同時に彼女の硬質化の結晶も砕け散るだろう。壁と同じ材質で出来ているならば。永い眠りから眠り姫が目覚めた時、もし対話できるのなら何を交わすだろう、何を話すだろう。残念ながら自分では叶いそうにもないが。

「泣いても叫んでも許さない、卑怯な手を使って言い逃れして、そんな女にこの先も生き続けて欲しい私の愛する人と共にこれからの未来を生きて欲しいと託すことは出来ない。あの人の良さを、何も知らないくせに。リヴァイを侮辱することは誰にもさせない」

 アリシアの頭はまるで果実のように鮮やかに飛び散り、そして、甲高い悲鳴のような咆哮が全ての思い出さえも断ち切るべく何もかもを破壊した。
 永遠の時など無いと分っていた、だからこそ、自分はここで奏でる。今、裁きの弾丸で撃ちぬかれた痛みに泣き叫ぶような「原始の巨人」の咆哮は大地を激しく揺らし、それは同じく幽閉されていた自由を求める少年だった男の耳にも届いた筈だ。



その一方、兵団本部は突然のダリス・ザックレーの事故死により多くの兵士たちが招集をかけられ大変な騒ぎとなっていた。
急ぎ彼を爆殺した特注の椅子の手がかりを捜索するも、誰一人として見当たらない。

「ザックレー総統の私物である特注のイス。これに爆弾が仕掛けられていたと見ている。総統を含む4名の兵士が犠牲となった。犯人もその目的も不明」
「彼なら一日中、私と一緒にいたし義勇兵は全員軟禁中だ」
「では他に考えられる勢力は?」
「あのイスは新兵に運ばせたと、総統は申しておりました」
「どこの新兵だ」
「総統は新兵とだけ。しかし僕とミカサは総統の部屋を訪れる前に本部から立ち去る新兵を見ました。調査兵団です」

――調査兵団。背中に背負った自由の翼がそうさせたというのか。誰もがアルミンとミカサの言葉に絶句した。

「調査兵団といえばエレンの情報を外に漏らして懲罰を受けた者どもがいると聞いたが。まさか……!」
「緊急事態です!! ウミ・アッカーマン。そしてエレン・イェーガーが、脱走しました!!」

それを合図に、エレンとウミが脱獄したとの報告がザックレー総統含むエレンの巨人を引き継がせようとしていた候補の三人、計四人が殺され状況を確認する中で突然飛び込んで来たニュースだった。

「兵を総動員して捜索するんだ!! 急げ!!」

 ナイルの慌てた声が響く。爆殺されたザックレーの件を封切りに、この島の要であり今これから行われる事を察知したかのように動き出した2人。
 肝心のエレンが逃亡し、慌ただしくなる兵団内、エレンが脱獄した、とうとう行動を起こしたエレンを止める者は誰も居ない、もう彼がわからない、ミカサはカタカタと唇をわななかせアルミンへ不安そうに今にも倒れてしまいそうなすっかり憔悴しきった青い顔で呟くのただった。

「アルミン……一体、何が起こっているの??」


 ――アリシア・ヒース
「原始の巨人」に踏みつぶされて死亡。

2021.09.27
2022.01.25加筆修正
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