×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


ナンパは嫌いだって言うから控えめにしたのに


 週に一度、多くて二度、わたしの働くトラットリアに顔を出す男がいる。綺麗な顔立ちをしたその男が、わたしはどうにも苦手だった。故郷にこんなタイプはいないからかもしれない。

「……ciao」
「おーおー、顰め面だな、ベッラ」

 男は席について、その長い足を器用に組むと目を細めて笑ってみせた。この男の軽口に一々反応して面白がられるのは好きではない。いつも美しい人、可愛い人、特別な人、なんてぽんぽん揶揄うみたいに言うものだからどうしていいか分からなくなるのだ。彼にとっては特別ではないのだろうけど。

「注文は?」

 なるべく平静を装って、手元のメモ帳に目線を落とした。少しでも慌てたり照れたりなんかしたら、可笑しくて堪らないと揶揄われるのは今までの経験で身に染みて分かっていた。
 男は店の壁に立てられた黒板に書かれた文字をちらりと見て、少しの間その内容を吟味しているようだった。

「……あれ、新メニューか?」
「ええ、そうよ」
「それを頼む」

 男の言うように、黒板の一番目立つところに書かれたメニュー名は、今週に入って追加されたものだった。紙にメモを取りながら、黙ってわたしのペン先に目を向けていた彼にちらりと視線を移した。少しの間沈黙生まれ、私はペンをエプロンのポケットに差し込む。

「食後はコーヒー?」
「ああ」
「少し待っていて」

 ふ、と息を漏らすように僅かに笑んで、男がわたしを見上げる。よくできたじゃないか、とでも言いたげだ。その苛立つ視線に背を向けて、さっさと厨房へ引っ込むことにする。
 昔からの常連か知らないけれど、あの手伝いをしてる子供に向けるみたいなくすぐったい視線、どうにかならないかしら。

 男の食事の所作はとても美しく、そこだけは気に入っていた。パスタを口に運ぶ指先を、他の客の注文をとりながらこっそりと眺めてみることもある。
 今日も思わず視線を向けていたら、ぱちり、と、一瞬だけ目が合った気がしてふいと逸らした。気づかれただろうか。そうだとしたら、絶対に揶揄われるに決まっている。それだけは嫌だ。
 恐る恐るもう一度そちらへ視線を向けて、にやにやとした笑みが向けられていないか確認してみたけれど、彼はいつもの美しい動作でパスタを口へ運んでいた。気のせいだったらしい。
 なんだかそわそわとして、意味もなくカウンター席の布巾を折り畳んだり広げたりを繰り返していたら、一瞬別のテーブルに呼ばれたことに気付かなかった。最悪だ。
 慌てて注文を取りに向かいながら、もう一度男へ視線を向ける。やっぱり彼はわたしを見ていなかった。


 だから、やっぱり気のせいだと、思っていたのだけれど。

「何か言いたいことでも?」
「……なにが」
「知らないフリするには熱い視線だったんでな」

 げ。と声が漏れそうになったのを飲み込んだものの、眉間に寄る皴は抑えられなかった。
 帰り際、伝票を持っていけばこれだ。最悪だ、これからしばらくはこの話で揶揄われるに決まっている。

「……別に見てないわ」
「そうか、見惚れてくれたかと嬉しくなったんだが」
「変な揶揄い方はやめて」
「からかい?」

 男が、ほんの少しだけ、眉を顰めた。初めて見る表情だ。いつもはにやついた笑みだとか、気障な表情ばかりなのに。
 暫くの間信じられないものを見るような顔をしていた男が、わたしの訝しげな視線に、大きくため息をついた。

「揶揄う、っつーのは何のことだ?」
「いつもよ。わたしの反応を面白がってるのがバレバレだわ」
「…………嘘だろ」

 苦々しいものを噛んだような顔をして、男が喉奥で唸った。信じられねえ、と一人呟くように言って、もう一度深くため息をつく。なんだか嫌な予感がして、わたしはそのままテーブルに伝票を置いた。さっさと会計を済ませてこの会話も終わらせてしまいたい。
 しかし男はじ、とわたしの目を見つめて、伝票を置いたわたしの手をするりと取ってみせた。あまりにも自然で優しい触れ方に、一瞬ふと息が詰まったような心地になる。

「揶揄ってるとは心外だな」
「な、なんで」
「俺はアンタを魅力的だと思ってる。だから口説いてんだ、なまえ」

 信じられないような顔をするのは今度はこちらの方だった。口説いてる。くどいてる?
 言われた台詞を理解するのに随分と時間がかかった。手に触れたまま、わたしは間抜けな顔で固まっていた。

「明日、仕事終わり食事にでも行こう」
「え」
「ピッツァが好きだろ? 中々いい店を知ってる。ここには負けるが」
「急に、言われても、その、わたし」
「ほんの少しのアピールじゃ響かなかったみたいだからな」

 に、と男が目を細めた。いつもは揶揄いに満ちたその笑みが、途端に違う意味合いに映るのは、わたしがあまりにも単純だからだろうか。耳の裏が酷く熱い。男は金を置き、「少しは意識したか?」と愉快そうに喉奥で笑った。




back