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夜を頬張って


「コンビニに行きたい」

 夜も深まって、寝静まった者も多いだろう時間帯に、時々そういう欲求がぽっと顔を出す。けれど仮にも本丸の主の身では、思い立ったとしても一人でふらりと買い物になど出かけられなかった。かといって、誰かを起こして付き合わせるのも申し訳ない。

「……小腹、空いちゃった……」

 布団の上で何度か寝返りをうち、その欲求をどうにか誤魔化そうとする。ご飯なら明日の朝、皆が作ってくれた食事をお腹いっぱい食べればいい。……明日のご飯なんだろ。
 ふ、と朝食へと意識がもっていかれたことで、余計に食欲が増した。コンビニで、ちょっとしたホットスナックを買って食べたい。すごく食べたい。

「……とりあえず、…………とりあえずね……」

 ぼそぼそ、と誤魔化すように繰り返しながら布団から起き上がって、パーカーを羽織る。夜は、布団から出ると室内でも少し肌寒かった。
 極力物音を立てないよう、そろ、と足を動かす。自室を出て廊下を進み、角を曲がって、わたしは調理場までやってきた。

「……あれ」

 灯りが付いているのが、遠目からでも分かった。少し開いた戸の隙間から、光が漏れている。扉に手をかけて、からからと引いた。軽い音と一緒に戸が開かれて、ガツン、と棚に何かがぶつかったような鈍い音が鳴る。

「南泉?」
「っはー……なんだ、主か……にゃ」

 涙目になった南泉が調理場に居た。「長谷部にでも気取られたかと……」と安心したように言葉を漏らした姿にちょっと笑う。

「お腹空いたの?」
「ん。……なんか食べもん……」

 予想通り、南泉も小腹が空いてここまでやってきたらしい。棚を物色した形跡があった。
 こうして、夜に小腹が空く刀剣が居るのはなにも珍しくない。夜食用の棚から取って、帳簿に記入さえしてくれれば、夜であっても自由に食事ができるようにはしている。

「……ふふ、夜食棚では物足りないんだね……?」
「ゲッ」

 南泉が、言葉そのまんまの「げげっ」という顔をした。許されている筈の夜食を食べにやって来て、長谷部を警戒していたということは、そういうことだ。夜食棚にお目当てがなく、きっと朝食用の食材をちょっと拝借、なんて考えていたのだろう。
 わたしの言葉に、南泉は居心地悪そうにしていた。

「……まだ何にも食べてない?」
「食べてないにゃ!」

 確かに、彼の周りにはまだ食事をした形跡がない。物色中だったのだろう。
 怒られるとでも思ったのか、南泉の顔が少し強張っていた。彼が無罪を主張するようにぶんぶんと首を振るのでまた笑ってしまう。

「……ね、お出かけしようよ」
「お出かけ?」

にんまり、と笑いながら言えば、南泉の顔がきょとりとしたものになって、瞳がぱちぱちと瞬いた。



 外は秋といえども結構寒かった。パーカーだけでは少し肌寒いので、黄色のストールを肩に引っ掛けて、南泉と並んで歩き出す。そう、わたしは護衛兼夜食を求める同士に出会ったのである。
 南泉は内番着のジャージにサンダルをつっかけていた。なんだか寒そうで、出かけに渡した黒色のストール。渡すときに目線がストールにあわせてゆらゆら揺れるのが面白かった。今はふわふわしたそれを素直に首に巻いている。

「コンビニって……どんなとこだ?」
「結構遅くまでとか、一日中営業してる……うーん、万屋の亜種」
「万屋の亜種?」
「行けば分かるよ」

 説明が面倒になって放り投げたわたしの横で、南泉は「テキトーだにゃあ」、と間延びした声を出している。冷えた空気の中を二人で歩いているとなんだかワクワクした。

「あれがコンビニです」
「ギラギラしてる……にゃ」
「夜だとぎらついて見えるよね」

 暗い夜の中で、コンビニが煌々と輝いている。ああ、求めていたものが目の前に。鼻歌混じりに歌いながら、コンビニへ一直線に進むわたしを、南泉が不思議そうに眺めていた。
 店内に入ると、特徴的な音楽が鳴って、一瞬南泉がびくついた。外より温かい店内にほっと息が漏れる。

「これがコンビニ?」
「これがコンビニ」
「何買うんだ?」
「とりあえず一周しようか。南泉も好きなお夜食買っていいから」

 きら、と南泉の瞳が煌めいた。にゃ!と嬉々とした声が零れて、わたしも浮ついてくる。
 雑誌や漫画、日用品。冷凍食品にパンやらお弁当やら飲み物まで。大抵のものが揃えられた店内に、南泉は興味深そうにあちらこちらへ視線を彷徨わせている。

「うーん、やっぱわたしは肉まんかあんまんか……」
「じゃあオレも肉まん食う」
「それだけ?」
「かっ……からあげも頼む……」

 レジの横の魅惑的なショーケースには抗えない。南泉の言葉に笑いつつ、レジで肉まんとあんまん、唐揚げを買った。棒に刺さったやつだ。これを見るとテンションが上がってしまうのは人間の性かもしれない。
 一緒に温かいお茶も二本買ってコンビニを出た。

「そこで食べてから帰ろ」
「おう」

 もう待ちきれない。なにせわたしたちは空腹なのだ。
 深夜のコンビニには人気が無いのをいいことに、コンビニの前で袋から肉まんを取り出した。南泉に手渡すと、「あったけえー……」と力の抜けたような声を出すのが面白い。わたしもあんまんを出して、包みをはがして食べはじめた。

「ん……あっち、…………うっま」
「染みるー……」

 もぐもぐ、と咀嚼していると、甘さが体に染みわたった。南泉も最初は熱い肉まんに悪戦苦闘していたものの、うまいうまいと嬉しそうにしている。南泉がごくり、と飲み込んだ後、肉まんをこちらに向けた。

「食べるか……にゃあ?」
「やったーいただきます……南泉もどーぞ」
「…………うまあ……」

 熱々の肉まんとあんまん、最高だ。
 わたしがあんまんを齧っている間にも南泉はさっさと肉まんを食べ終えて、レジ袋から唐揚げを取り出した。ぱくり、と大きな口で一つを頬張る。もぐもぐ、と咀嚼している表情はこれ以上ないくらいに幸せそうだ。

「ほい」

 あんまんを食べ終えたところで唐揚げを差し出されたので一つもらう。……やばい、この時間の唐揚げ、あまりにも罪。美味しすぎて恐ろしい。ありがとう、と咀嚼しながら鼻先で伝えると、南泉が歯を見せて笑う。
 唐揚げも食べ終え、わたしたちの手元にはもうお茶しか残されていなかった。南泉の表情が少しそわりとしたものになって、視線がこちらへ向く。

「…………甘いもん……」
「追加いくかあ」
「よっし。流石主だ……にゃ!」

 物欲しげな顔をしていた南泉に思わずそう返していた。すくっと立ち上がってデザートを選ぶ気満々でいる姿に笑いながらもう一度入店する。多分店員さんには「また来た」と思われているが仕方ない。お腹空いたもの。
 南泉がデザートを物色している間に、わたしは新しい誘惑に直面していた。「アイス食べたい欲」だ。この寒空の下で食べるアイス。絶対に後悔するけれど、わたしの口は今猛烈にアイスを求めている。

「南泉決めた?」
「ん」
「シュークリームかあ、いいね、最高」
「うわアイスかぁ、それ?」
「欲求に負けた」

 結局わたしたちはシュークリームとアイスをそれぞれ買い、再び外に出た。ストールを首元まで引っ張って、先程まで居た位置に戻る。アイスを取り出して、包装を破く。中からはチョコレートでコーティングされたバニラの棒アイス。最強だ。
 シュークリームを齧った南泉はクリームで顔をべちょべちょにするかと思ったのに、案外器用に食べて見せた。こないだ長義にひっくり返すとクリームが出ない、と教えられたらしい。

「うっわ寒い」
「当たり前だろ」
「だって美味しいんだもん、ほーら食べな南泉」
「あー……むぐ」

 アイスを頬張った南泉がぶるぶる、と体を震わせながら咀嚼し、「うまいにゃあ」と言葉を零す。そうでしょうそうでしょう。寒さに耐える価値が、アイスにはあるのだ。
 しかし寒いものは寒い。わたしたちは顔を見合わせて暫く黙り込んだ。

「最後。最後ね、おでん買おう。一、二個」
「天才だにゃ」
「よし決定」

 コンビニに足を踏み入れるとついに店員さんが「うわまた来た」という顔をした。結局おでんはそれぞれ三つずつ具を買った。




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