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泥のなかに永遠


※最終話までのネタバレあり



 アイドルが好き。きらきらしてて、かっこよくて。わたしも大人になったら、たくさんうちわの振ってもらえるアイドルになりたい、そう言ったら、パパにはすごく変な顔をされた。

「そんないいもんじゃないよ」

 変なの、と思った。パパもアイドルだったくせに。

「あいどるになりたいなぁ」

 変なの、と思ったけど、さみしい顔したパパに言い過ぎるのもよくないかなあ、と思って、言うのはやめた。わたし、くうきのよめる子だから。
 だから、ばんくんと遊んでるときにこっそり言った。ばんくんはまん丸の目をぱっちりと見開いて、そうして何度かまばたきをした。

「すごい」

 ばんくんはすごくかわいい。わたしと同じくらい。お父さんもイケメンだから、多分すごくかわいくてきれいでかっこよくなる。わたしはばんくんの手をとって、「ゆにっと、組もうね」と指切りした。

「ゆにっと?」
「そう。二人でやるの」
「男の子と女の子で?」
「カンケイないよ、だってどっちもかわいいもん」

 ばんくんはちょっと、照れたようにはにかんだ。ふふふ、と声をもらして笑って、わたしは立ち上がってくるくる回った。ばんくんと両方の手を握って、くるくる回る。楽しくて、楽しくて、おなかの底から笑い声がこぼれてくる。
 わたしは想像した。ばんくんと二人、大きな舞台でくるくる回る。歌って、おどって、お客さんにたくさんうちわとか、キラキラの棒を振ってもらうのだ。きっと今いじょうに、楽しいはずだ。

「叛―!」
「あ、ばんくんパパ」

 ひょこ、とお部屋の入り口から、ばんくんのパパが顔をのぞかせた。やっぱりかっこいい。ばんくんのパパは、わたしを見てはにかむと「こんにちは、なまえちゃん」という。
 こんにちは、と返して、ばんくんを見ると、すごく嬉しそうな顔をして「おかえりなさい」と言っていた。ばんくんはお父さんが大好きなんだ。わたしも好きだけど。かっこいいもん。

 ばんくんとはお家が近くて、お父さん同士がなかよしだから、遊びに行ったりきたりしている。それぞれのお父さんとか、お母さんとか、仕事が忙しい時は、帰って来るまで待ったりもする。遊ぶ時間がたくさんふえるから、わたしはうれしい。

「今日はなにして遊んでたんだ?」
「あいどるごっこ?」
「そうかあ」

 ばんくんのパパが、ちょっと変な顔をする。わたしがアイドルになりたいって言った時のパパの顔に似ていた。わたしがちょっと不安になって、にぎったままのばんくんの手に力を込めると、ばんくんがぎゅっとにぎり返して、「あのね」と口をひらく。

「なまえちゃん、あいどるになりたいんだって。ぴったりだよね、かわいいもん」

 ばんくんは、ふにゃふにゃと笑ってそういった。ぴったり。うれしかった。ばんくんに言われたのが、いちばん、うれしい。
 ばんくんが言うと、ばんくんのパパが目をぱっちりとあけて、そうして笑う。

「うん。ぴったりだ」

 ばんくんパパがわたしを見る。わたしもふふふ、と笑った。ぎゅっとにぎりしめたばんくんの手をゆらゆらとゆらす。わたしはばんくんがわたしを見ている時の目が、すごく好きだった。



△△△



 ばんくんのお父さんが死んだ時のことを、今でもよく覚えている。わたしもばんくんも、まだすごく小さくて、喪主はばんくんのおじいちゃんだった。
 わたしはパパに手を引かれてお葬式の会場に行った。ばんくんが居るのを見つけて、わたしは一目散に駆け寄ろうとした。だって、ばんくんが泣いていた。悲しかった。ばんくんのお父さんが居なくなっちゃったのも、ばんくんが泣いてるのも。
 でもパパはわたしの手を絶対に離さないで、今日はばんくんの方に行かないようにと、何度も釘を刺した。

「……ば、ばんくん……」

 でも、わたしはその時なんで大好きなばんくんが泣いてる傍に行っちゃいけないのか分からなくて、パパがわたしの知らない男の人に話しかけられている隙に、ばんくんの方へ行こうとした。
 そうしたら、ぶつかったのだ。ばんくんのおじいちゃんに。

「ご、ごめんなさい」

 ばんくんのおじいちゃんは、すごく若く見えた。少なくとも、わたしのおじいちゃんよりはずっと。わたしが頭を下げると、彼はわたしが誰かを聞いた。わたしはばんくんの友達です、と確か答えた。ばんくんのおじいちゃんは、わたしを頭のてっぺんから指先まで見まわした。わたしは黒いワンピースに、黒い靴を履いていた。

「あの、ばんくん……」
「叛に寄らないでくれるかな、今後は。ちゃんと分かるかな? よろしく頼むよ」

 わたしは始め、おじいちゃんの言い方が少し難しくて、何を言っているのかよく分からなかったけれど、とにかく怖い、と思った。こわくてこわくて、動けなくなった。頷くことも、離れることもできずに、ただその場で、その顔を見つめていた。
 気づいたらわたしはパパに腕を引かれて、葬儀場を出ていた。ばんくんには、会わなかった。


 ばんくんから、もう二人で遊べないと手紙が届いたのは、その数日後だった。
 ばんくんの言葉に納得できなくて、何度も家まで行った。パパはダメって言ったけど。でもそんなのすぐに納得できるわけない。でも、家にばんくんは居ない日が増えて、結局ずっと会えなかった。
 ばんくんからは、その後何通か手紙が届いた。おじいちゃんが、ばんくんをアイドルへと育てると意気込んでることとか、わたしと会わないように言われていることとか。最初は少し寂しそうだったけれど、段々、一通、一通とその数は減って、そうしてある日、届かなくなった。わたしが手紙を出し続けても、もう、返ってはこなかった。



△△△



 わたしはいつの間にか高校生になった。わたしは世間一般で言うとイケメンらしいパパの遺伝子を存分に引き継いだのか、かなり可愛い。いや正直めちゃくちゃ可愛い。こんなに可愛くて大丈夫かなってちょっと心配になるレベルで可愛い。
 今でもばんくんには手紙を書いて、時々ポストに投函する。返ってこないから、誰かには受け取られてるだろうけど、きっとばんくんのところまでは届いてないと思う。読んだら返すはずだ。だってわたしの手紙だ。返す、普通の人間なら。

「えっなにこれ」

 授業を終えて帰宅してニュースをつけたら、わたしの推しアイドルが電撃結婚してた。しかもファンと。わたしは一旦ニュースを消して、もう一度つけた。結婚の文字は変わらなかった。
 SNSは阿鼻叫喚だ。そりゃそうだ。しかもどうやらわたしの推しているアイドルだけではなく、古今東西、様々なアイドルが同時に不祥事を起こしでもしたのか、名だたるアイドルたちの名前が、「不祥事」という言葉と一緒に流れてくる。世紀末かと思った。

「ハンサムガイズ……」

 よくよく見れば、不祥事を起こしたアイドルたちは皆同じ事務所だった。ハンサムガイズ。確かばんくんのおじいちゃんが運営している会社だ。
 わたしは段々不安になってきて、SNSで「ハンサムガイズ」とか「泥辺」とか「ハンサムガイズ 社長」とかで検索をかけてみたけれど、大した情報は出てこない。アイドルファンの叫びが流れ続けるだけだ。

 わたしがSNSに張り付いて数分か、数十分か、インターホンが鳴った。応対用の画面を見て固まる。知らない学生が立ってる、と一瞬思った。思ったけど、気づいた。彼はばんくんのパパにすごく似ていた。



「えっと……」
「…………」

 玄関を開けると、モニターに映っていた彼は同じ表情で立っていた。わたしは何と言って良いか分からず、そのまま固まって、彼の顔をまじまじと見てしまう。
 彼は「住所、変わってないんだな」とぽつりと言った。やっぱり、彼はわたしの友達のばんくんだった。

「ばんくん」
「…………ああ」
「ばんくん……?」

 混乱した。だって何年も経つ。しかもさっきわたしの推しアイドルが電撃結婚したことと目の前に立つ彼の祖父が運営する会社がめちゃくちゃになったことを知ったばかりだ。それからものの数十分で今度は疎遠になった友達が目の前に現れた。頭がぐちゃぐちゃだ。

「ばんくん」
「久しぶりだな、……なまえちゃん」
「うん、……」

 たどたどしい。全部が。そりゃあそうだ。あんなに小さい時に別れたきり、顔を合わせていない。その後手紙を送り合っていたとはいっても、初めて会った人のような感覚が消えなかった。それでも、わたしの名前の呼び方は変わらないのがおかしかった。馴染んで聞こえることも。

「あがる? 家」
「……いいのか」
「いいよ、ばんくんだもん」

 ちょっと不意をつかれたみたいに、ばんくんが目を瞬かせる。
 ばんくんは、玄関にあがって、リビングまでやってきても、少し居心地が悪そうだった。そりゃそうだ。わたしもちょっと居心地は悪い。

「今日はどうしたの」
「いや、……聞きたいことがあっただけだ」
「聞きたいこと?」
「アイドル」

 落ち着くために、ココアを淹れた。昔の癖でココアを準備したけど、嫌だったかと一瞬不安になる。けれどばんくんは何も言わず受け取って、そうして口をつけた。
 アイドル。出された言葉に目を瞬かせる。

「なると、言っていただろ」
「うん、言った」
「なるのか」
「なるけど」

 ばんくんは、わたしの返答に驚くでもなく、ただ「そうか」と言った。ばんくんの大人びた話し方は慣れなかったけど、その当然のような表情は落ち着いた。

「事務所は?」
「何年か前に声かけてもらったところに入った。パパにずっと反対されてて、こないだやっと。今はレッスン受けてる」
「…………そうか」

 ばんくんの瞳がわたしを見つめている。ばんくんの目は、ちょっと切れ長になっていて、あのぱっちりした瞳ではなかった。でも、なんだかちょっと落ち着いた。
 ばんくんは、と聞くと「もうすぐデビューする」という。びっくりして見返すと、ばんくんは初ライブが決まったら呼ぶと言った。すごい。

「ばんくん、わたしの随分先いってるね」
「……俺は、トップアイドルを目指してきた」
「うん?」

 そんなにばんくんってアイドルに興味あったかな、と不思議に思ったけれど、きっとおじいちゃんに育てられていくうちに、目指すようになったのかもしれない。
 ばんくんが、もう一口ココアを飲んだ。わたしもつられるように一口飲む。

「デビューしたら、組むんだろ、ユニット」
「え?」
「そう言ってた」
「言ったけど。事務所違うじゃん。ていうかデビューするんでしょ」
「どうにかなる。同時にやる」

 なるかなあ。と思ったけど、ばんくんの瞳は冗談を言っているようには見えなかった。なんだか面白くなって、笑いがこみあげてくる。
 ふふふ、と笑っていると、ばんくんは表情の変わらないまま、わたしを見ていた。

「ばんくん、すっごく可愛くなったね。昔も可愛かったけど、前よりずっと」
「かわいい……?」
「うん。わたしとユニット組んだら最強」

 わたしは立ち上がって、ばんくんを手招く。ばんくんは立ち上がって、素直にわたしの目の前に立った。両手を目の前に突き出すと、数秒の間の後に、ばんくんの掌が手に重ねられる。
 きっとお互いダンスのレッスンを受けているだろうに、わたしたちは、小さな頃と変わらずに、その場でただくるくると回った。ばんくんはいつの間にかわたしの背をゆうに越している。

「楽しいね、やっぱりばんくんと踊るのが一番楽しい」
「おれもだ」

 ふ、と息を漏らすようにばんくんが笑った。すごく久しぶりに見たばんくんの笑顔は、昔とはちょっと違うけど、それでもばんくんの笑顔だった。




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