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奇天烈な彼女


 破産した。金が無くなるってのは結構ほんの一瞬のことだ。その経緯については他を読んでもらうとして、兎にも角にもぼくは今日、今夜、これから泊まる家が必要だった。しかし運悪く康一くんは数日間家族旅行でこの町を離れている。そうなっては仕方が無いので、ぼくは目の前のインターホンを二度押した。

「破産した。暫く泊めてくれ」
「えっ無理」
「なっ?!」

 通されたアパートの一室で、ソファに座りながら早速切り出すと、なまえはけろりとそう言ってのける。理解できずに一瞬固まった。

「おいおいおいおい、待て」
「暫くここに住みたいってことでしょ? 普通に無理」
「きみぼくと付き合ってるよなァ?!」
「それはそれ、これはこれ」

 インスタントだけど、とそう前置いて、なまえがぼくの前にマグカップを置く。深い緑色をしたそれは、彼女がぼく用に買ってきたのだと以前話していたもので、中から安っぽい珈琲の匂いがした。しかし今はそれに文句をつけている場合ではない。それよりも信じ難い言葉が彼女の言葉からぽんぽんと気軽く飛び出している。

「別にヒモになりたいって言ってる訳じゃあないぞ!」

 ぼくはただ、暫くここに泊めてくれと言っているだけだ。生活費をせびっている訳でも、働かないと宣言をしている訳でもない。ただここで少しの間暮らす許可を求めているだけだ。そう続けても、なまえは全くそのけろりとした表情を崩さず、ぼくのことをのんびりとした様子で眺めている。

「だって、暫くこの家に居るんなら、毎日結構な時間を露伴と過ごすことになるでしょ。わたし、在宅の仕事が多いし」
「そうだよ。付き合ってない男女でどうこう言うならともかく……」
「いや、家で露伴の顔ずっと見てるの、ストレス溜まる」
「ぼくと過ごすことのどこにストレスが溜まる要因があるって言うんだ」

 彼女の瞳が瞬いた。唇が僅かに開いて、「えー」と間延びした声が漏れる。言外に「分からないんだ」と伝えられている気がして顔が引きつった。こちらが「お願い」している立場だから調子に乗っているのだ。ぼくには分かる。

「きみってぼくと付き合ってるんだよな?」
「当たり前じゃん。何、わたしとは遊びなの?」
「それはきみが言う台詞か?」

 かなり苛々してきた。この岸部露伴が、ここまで「お願い」しているのに、こいつ、飄々と躱して、意地が悪すぎるんじゃあないだろうか。大体、告白してきたのは目の前でぼくの「付き合ってるんだよな?」という発言に不機嫌そうな顔をした彼女だ。ぼくの方だろ、その顔していいのは。

「別に一日二日泊まるのは歓迎するよ? 嬉しい」

 自分がめちゃくちゃ言ってる自覚があるのかないのか、なまえはそう言うと、そのまま立ち上がって「夕飯どうする?」なんて言う。いつも通りの、何にも代わり映えしない、彼女のままだ。どういうことだ。

「きみ、ぼくのこと好きだって言っただろ……」
「好きだよ」

 はっきりと、なまえが言葉にして、僅かに微笑んだ。なんなんだ、こいつ。顔が引きつった。これ以上無いくらいに苛立って、そして、彼女の言葉に僅かに安心したことにまた苛立った。
 彼女はもうこの話を終わったものにして、「パスタでも茹でるかあ」とのんびりした声を漏らしている。

「とりあえず着替え家に置きっぱなしのやつあったでしょ、お風呂入って来なよ」

 さっきまでぼくがここに泊まるのを却下していたとは思えないくらいに柔らかく微笑んでいる彼女に促され、ぼくもこのクソみたいな気分を変えたかったので風呂へ向かう。

「……そもそも、なんだかんだ、嬉しいに決まってるよなあ。ぼくが泊まるなんて」

 髪を洗って、狭苦しい湯船に浸かっていると、なまえがさんざ言っていた「ストレスが溜まる」なんていうのは照れの裏返しで、なんだかんだ楽しそうにパスタ茹でる準備してたし、暫くここで暮らすことも本当のところ嬉しいんじゃないかと思えた。いや、絶対にそうに決まっている。そもそも彼女はぼくのことが好きで堪らない筈だ。それは間違いない。そのぼくと少しの間でも同棲ってやつをできるんだから嬉しいに決まっている。
 すっきりした頭と気分で風呂を出て、ぼくは「意地っ張りな奴だな」と思いながらパスタを食べた。

「このパスタのソース、レトルトだろ。仮にも客なんだから、もう少しはもてなしの心っていうの、持っておいた方がいいんじゃないか?」
「レトルト美味しいじゃん、十分なもてなしだよ」

 まあ、照れ隠しなら仕方ないな。そう思いながら二日泊まって、そのまた次の日ぼくはそのアパートからたたき出された。意味が分からない。




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