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酔いに混ぜ込んで



 居酒屋の喧騒は、本来なら好むところではない。ただ、ネタ集めのためには、酒を提供する店は案外都合が良いし、ぼく自身別に酒が嫌いという訳じゃあないので、気分が乗れば行かないこともない。

「それでさー、ウチの課長がさ、ほんと、アハハハハ、すごい、アハハ」

 目の前に座るなまえは、へらへらとだらしなく笑いながら、べらべらと上擦った声で喋り続けている。笑い声が言葉の合間に入るので、正直何を言っているのかは全く分からない。しかし多分真面目に聞いていられる話ではないし、彼女のこんな間抜けで阿保を丸出しにした姿は普段は見られないので悪くはない。

「きみさぁ、そこまで酒に強いって訳じゃないんだからペース落としなよ。ほら、水」
「ふっふふふ、えーやさしい〜」

 にまにまと笑いながら、壁に頭を預けているなまえが、自分の前に置かれたグラスを掴んで無意味にゆらゆらと揺らし、テーブルに水滴が広がっていく。
安さが売りの居酒屋には、細長いベンチみたいな椅子が一つと、同じ幅のテーブルがあるだけだ。隣り合って座っていると、彼女が無駄に動くたびに肩がガツンと当たるので苛つくが、文句を言っても今は通り抜けていくだけなのだろう。

「これおいしい、超」
「そうか? 脂っぽいだろ」

 ぱくぱくと彼女が口の中に放り込んでいるフライドポテトは油分が多く、既にしけっている。正直全く美味しくないし、美味しい美味しいと繰り返している姿はゾッとするくらいだが、それを機嫌の良いままで勝手に食べて減らしてくれるならまあ、文句はない。

「あはは、露伴と一緒なのたのしい」
「そうかい、良かったな」
「うん、ありがとー」
「きみ、ホント酒弱いな」

 普段なら「楽しい」なんて一言も言わない癖に、こういう時は頼まなくたってべらべら喋るんだよな。呆れながら美味くもない酒を飲んでいると、機嫌が阿保みたいに良い彼女がけらけら笑いながら思い切りこちらに寄りかかってきた。

「んっふふふふふふふははは……マジで眠い……」
「はあ〜寄っかかるなよ」

 文句は喧騒に掻き消されて消えていく。



 彼女と酒なんて、これまで数えきれないくらいに飲んでいる。だからその言葉も初めは意味が分からないくらいだった。

「え? なまえさんってスゲー酒強いだろ。こないだ呑み屋でかなり飲んでたけど、顔色すら変えてなかったぜ」
「はぁ?」

 最近成人して堂々と酒を飲めるようになったらしい仗助は、そのムカつく顔でけろりと言ってみせた。いつの間にあいつと飲んでたんだ、という疑問が湧くよりも先になまえが酒に強い、という言葉が理解しきれず顔が歪む。

「そんな訳ないだろ。いつもヘラッヘラ笑いながらぼくに……」
「いや、酒弱い人なら選ばないようなモンばっか飲んでた」

 そんな訳ない。そう思いながらぼくの中に疑問が生まれたのは確かだった。その場は適当に切り上げて、さっさと家へ帰ることにする。今日はぼくの家で食事をすることになっていた。彼女は既にぼくの家に勝手にあがりこんで勝手にソファに座って勝手にテレビを観ている筈だ。大抵いつもそうだから。



「おかえりー」
「ヘブンズドアー」

 ぼくの方を振り返ってひらひらと手を振りながら「おかえり」と声を出した彼女をすぐさま本にした。これが仗助の言うように本当に「酒が強い」のかを確かめるのに一番手っ取り早い。ばさり、と音がして、彼女の頁が開く。
 ソファに崩れるように横たわったので、そのまま顔を覗き込んだ。こいつらしい、中々綺麗な字で、彼女の人生が並んでいる。最初の方には彼女の名前やら生年月日やら血液型やら、知っているようなことが載っているので読み飛ばしつつ頁をめくっていった。

「……このあたりか」

 ふと、目を止めた頁を頭から読んでいく。



……お酒は、そこそこ強い。一人でも飲む。
でもあの日、露伴と初めてお酒を飲んだ日。その日はちょっと酔ってた。まあ、お酒飲めるようになってそれほど経ってなかったっていうのもある。あたしはヘラヘラしながら露伴に寄っかかって、馬鹿みたいに笑いながら幸せだなあと思ってた。露伴は、若干嫌がりつつも、そのままにしてくれていた。酔っぱらいに何言っても無駄だって思ってたのかも。わたしは後日恥ずかしすぎて記憶が消えたことにしたけどめちゃくちゃ覚えてる。そしてあたしは、味を占めた。お酒が入ってれば、いつもより甘えたって文句言われないし、わたしもいつもより大胆になれる。最近は殆ど酔ってなんかいないのに。こんなのバレたら恥ずかしすぎて死にそう。



 なんだこれは、面白過ぎる。
 頁を読み進めながらこみあげてくる笑いが止められず、肩を揺らしながら声をあげて笑った。
 普段の彼女はどちらかといえば意地っ張りで、クールぶっていることが多い。べたべたするのはちっとも好きじゃない、みたいな顔をしておいて、本当は酒の力を借りて甘えたいなんて。
 ペンを取り出して、暫く考える。「酒のせいにしなくても素直に甘える」、ってのは何か違うな。「これをぼくに直接カミングアウトする」とか。うーん、違うな、面白くない。
 暫く迷い、ぼくは結局何も書かずにそのままペンを懐にしまった。


 ぱたん、と本を閉じるとなまえはすぐに目を覚ました。寝ぼけたような顔で暫くぼくのことを見つめて、「おかえり?」と不思議そうな声を出す。だらだらとした動作で身体を起こし、いつ帰って来たのかと聞いてくるのを流して、彼女の隣へ腰を下ろした。

「きみ、ホントは酒強いんだって?」
「な……え、何で?」

 早速切り出すと、彼女は目に見えて焦った。口を僅かに開いて、視線を彷徨わせている。もう一度彼女が「なんで?」ととぼけようとしている姿が間抜けで、笑い声が零れた。もっと上手く誤魔化せないものだろうか。

「味を占めた、だってなァ?」
「待って、待って待って待って、何? 読んだの?」
「……読んでない、聞いた」
「いや、誰にも、一人にだって話してないもんそんなの! 読んだ!」

 ソファから立ち上がって、大袈裟な声を出しながら彼女がぼくの前へ立つ。瞳を真正面から捉えて、いかにも憤慨してます、みたいな表情をしていた。
 なまえはぼくに読まれることを極端に嫌がる。出会った頃に彼女を読んで、確かにバレないように書き込みもしたはずなのに、暫くして会話に齟齬が生じてあっけなくバレた。彼女は意外と聡いところがある。少しの違和感に、足を止めて、考える癖みたいなものがあるのだ。

「酔っぱらったフリなんて、案外あざといよなぁ、きみって」
「うあああああ、無理、最悪、無理、」

 だが今優位に居るのはぼくだ。彼女の「最も知られたくないであろうこと」を、完璧な状態で知った。このネタで随分と長いこと楽しめそうなくらいだ。
 彼女は自分の頭を抱えて、その場にしゃがみ込んでいる。珍しいくらいの分かりやすい慌てっぷりだ、ここまで取り乱すなんて。普段は知的ぶっているから早々お目にかかれるもんじゃあない。

「そこまで取り乱すくらいに恥ずかしいのか」
「そりゃ、そうでしょ……」
「そもそも、別に酔ったフリなんてする必要……」

 口を噤んだ。この言葉はなんだかとんでもなく頭が悪そうに聞こえる。これじゃあ、まるで。

「ちょっと待って、露伴、今なんて言った?」
「何も言ってない」

 なまえがぱっと顔をあげて、こちらをただ呆けた様子で見つめている。先程までの取り乱した様子は息をひそめ、なんなら瞳は輝いてすらいるように思えた。

「……それ、酔ったフリしなくたって甘えていい、って、そういうこと?」
「そうは言ってない」
「……言ってたけど」

 まずい。何が不味いって、彼女の頭はかなり都合のいい解釈をする時がある。嫌な流れだ。
 これじゃあまるで、ぼくが酔ったフリなんかしないで甘えて欲しいみたいじゃないか。そんなこと、これっぽっちも、少しだって考えちゃあいない。
 いつの間にか、彼女は真っすぐぼくを仰ぎ見て、表情を僅かに緩めている。

「ちょっとだけ、甘えてもいい? たまにね」
「……ぼくは一言も甘えて欲しいなんて言っちゃあいな」
「ありがと」

 もうすでに、なまえはろくに聞いてない。気恥ずかしそうにしながらもさっさと立ち上がって、ぼくの隣へ、拳一つ分空けて座る。そのままゆっくりと身体を傾けて、ぼくの肩へと頭を寄せた。

「今か?」
「そういう流れでしょ」
「……五分」
「十分」

 なまえは瞳を閉じて、柔らかく微笑んでいる。まさかこのまま眠るのか。信じられない気持ちで彼女を暫く見つめていたが、十分どころか二十分、彼女はそのままでいた。




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