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わたしたちのありかた


「フーゴと付き合っててさあ、危なくねェの?」

 ナランチャがあんまり真面目な顔でそう言うので、わたしは思わず笑ってしまった。
 昼下がりのリストランテ、お決まりのテーブル席。穏やかな日差しが窓から入りこんで、思わず柔らかな欠伸が零れてしまうような時間。
 普段はブチャラティの率いるチームが集まるこの場所には、珍しくもわたしとナランチャの二人だけが腰を下ろしている。わたし達以外はそれぞれ任務に出ているから、帰ってくるとしても、もう暫くは先になるだろう。
 本当は家でのんびりしていても良かったのだけれど、ナランチャの勉強を見て欲しいという言葉に付き合うことにした。
 ナランチャが算数のドリルと向かい合い始めてから一時間。ドリルのなかと、メモ書きの為にわたしが持って来た紙切れには、ナランチャが苦労して解いた数式が並んでいる。時折彼が躓いて、助けを求めるように顔を上げた時には、簡単にアドバイスをする。解き終われば答え合わせをして、その時にはペンを持って書き込みをいれた。まるでスクオーラの先生になったみたいだ。
 わたしはフーゴのように頭もよくないし、人に教えることは得意ではないのだけれど、案外楽しい。

 そうして、そろそろ一息つこうと新しい紅茶を頼んだその時に、ナランチャが冒頭の言葉を口にしたのだ。「フーゴと付き合っててさあ、危なくねェの?」そう言う彼の瞳にはマイナスの感情はちっとも含まれておらず、ただひたすらな疑問と心配と、そうして少しの興味が浮かんでいた。わたしはナランチャのこういうところが好きだ。

「うーん、そうだなあ」

 少し考えながら、運ばれてきたばかりのケーキを取り分ける。シンプルなチョコレートケーキと小さなフルーツタルトがそれぞれ二つずつ並んでいた。全部で四つだ。ミスタが見たら発狂してしまいそうだけれど、今は彼が居ないので全く関係ない。
 取り分けたケーキをナランチャの前に置くと「ありがとう!」と嬉しそうに笑った。屈託のないその笑みは、わたしには無いもので、時折羨ましくも感じる。

「危ないと思ったことはないかな」
「ふうん。でもフーゴってキレやすいじゃん」

 ケーキを大きな口で頬張りながら、不思議そうな顔をするナランチャの頬には、チョコレートクリームがべったりとくっついていた。笑いながら指先で拭ってやると、くすぐったそうに肩を揺らす。世話の焼ける弟が出来たみたいだ。

「まあ、確かにフーゴは少しキレやすいけど」
「少しぃ?」
「実際、二人の時はあまり怒らないよ」
「嘘だぁ」

 わたしの言葉一つ一つにナランチャが大袈裟に反応する。心の底から驚いたようなその表情が面白くって、わたしは暫く肩を揺らしていた。「本当だよ」と付け足してみても、ナランチャの表情はすっきりしない。
 フーゴは確かにちょっとキレやすい。ナランチャの勉強を見てやっている時だってすぐに喧嘩が始まるし、人より沸点は低いのかもしれなかった。ただわたしに怒りの感情を爆発させることは案外少ない。皆と一緒の時も変わりがないし、特別我慢しているだとか、そういう訳ではないと信じたいのだけど。

「でも、キレる時が無い訳じゃないでしょ?」
「まあ、喧嘩するときもあるけど」
「ほら。フーゴってすぐ手が出るからさあ」

 そう仕方なさそうに言ってみせたナランチャも、フーゴに拳を振り上げていたことを思い出した。それもつい昨日の事だ。人の事を言える立場じゃあないでしょう。若干呆れながら、考える。フーゴがわたしに手を出したこと、まあ、確かにあったかもしれない。最近は少ないけれど、大喧嘩した時は、部屋がめちゃくちゃになったっけ。

「喧嘩の時は手が出るけど、それはわたしも一緒だし」
「ふーん」
「それに、フーゴになんて負けないよ。殴られたら倍の力で殴りつけるもの」
「それもそっか。じゃあ大丈夫か!」

 にこにこ笑って、チョコレートケーキの最後の一口をナランチャが口へ運んだ。飲み込んだ後に「まあなんかあったら言ってくれよ。俺がけちょんけちょんにしてやるから!」と胸を張るので、わたしはまた笑った。ほんとう、かわいい子だ。

△△△

「フーゴと付き合ってて、危なくないのかって言われた」
「は?」

 ふと、今日あったことを思い出したから口に出してみたところ、フーゴが思い切り顔を顰めた。多分普段ならちょっと呆れた顔をするだけだった筈だけど、その時はちょこっと甘い雰囲気で、今にも唇が触れ合いそうだったから、彼は不機嫌になったのだ。つまりは、わたしのせいだった。

「……なんて答えたんですか」

 しかしフーゴの眉間の皴はすぐに消えて、彼は呆れたような顔をするとわたしの頬へ伸ばしていた手を下ろした。ああ、止めちゃった。キスしてから言えば良かった。今更そう思ったけれど、思い付きで言葉を零してしまうわたしの悪い癖は中々治らない。

「殴られたらちゃんと殴り返すから大丈夫だよって」
「っふ、ふふ」

 思わずといったふうに噴き出したフーゴには、わたしの言葉がえらくツボに入ったらしい。おかしそうに肩を揺らしながら笑って、目尻に浮かんだ涙を拭っている。

「確かに、殴られて黙っている人じゃないな、」
「まあね」
「そこで嬉しそうな顔をするのか」

 目元を緩めて優しく笑いながら、フーゴがわたしの掌を取った。緩く握られながら、この穏やかな掌も優しげな表情も好きなだな、と思う。仕事中や喧嘩をする時なんかに見せるような、荒っぽい感じも好きだけど。

「そうやって答えたけど、フーゴって、あんまり怒らないよね、わたしに」
「そう?」
「うん」

 フーゴはそこで、わたしの言葉について少し考えていたようだった。思案する際に目を伏せる彼の顔はとても綺麗で、わたしは暫くの間見入っていた。

「……なまえの」

 少しの間沈黙が続いて、フーゴがゆっくりと口を開く。手が頬へと伸ばされて、すり、と優しく触れた。体温がじんわりと伝わってきて安心する。

「貴方の顔を見ていると、怒っていても、力が抜けてしまうのかも」
「それって、褒めてる?」
「さあ、」
「ちょっと」

 声を少しだけ低くしてみせると、フーゴは「冗談だ」とおかしそうに笑った。怒っていても気が抜ける顔だなんて、普通は言われたらあんまりいい気はしないのかもしれないけれど、こうして愛しい人に言われると少しだけ心臓が揺れてしまうのが悔しかった。
 わたしの頬を撫でる掌に、自分のそれを重ねる。フーゴは見透かしたように演技がかった口調で「ところで、さっきの続きをしてもいいですか?」なんて言う。

「……仕方ないなあ」
「ふふ、ありがとう」

 瞳を閉じて、笑う。唇に触れる熱はわたしのよりも冷たくて、その温度がわたしにはとても愛おしい。こうやって甘ったるく触れ合って、気に入らない時は存分に喧嘩して、それが一番わたしたちに合っている。
 心配はない。わたしはびっくりするくらいに強いし、ナランチャに味方をしてあげると心強いお墨付きまで貰ったんだから。




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