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あついせいだってば、


 生温い空気が、肌に纏わりつき、わたしの脳みそから気力を奪い去っていく。汗をぼたりと垂らす程ではないけれど、過ごしやすいとはお世辞にも言えない日だ。

「あちィ」

 隣に立つ沖田さんが怠そうにジャケットを脱いだ。そしてわたしの顔面に「落とすなよ」という言葉と一緒に何の躊躇もなく投げつける。一瞬で視界が暗くなり、辺りに熱気が立ち込めた。

「あっつい!」

 ジャケットを慌ててはがすと、沖田さんは自分のシャツの袖を優雅に捲っていた。苛立って、ジャケットを投げ返そうとする。けれどそれをしてしまったら痛い目を見るのがわたしであることは明らかだった。仕方が無いので沖田さんをジャケットで簀巻きにする想像をして怒りを鎮める。なんてよくできた人間だろうか。

「それにしてもあちィ。何か冷たいモン買って来いよ」
「嫌です」
「おいおい、お巡りさんのささやかなお願いも聞かねえとは、市民の風上にも置けねェや」
「市民をパシリにするなんて、お巡りさんの風上にも置けませんね」

 チッ。隣から舌打ちが聞こえたけれど知らないフリをする。いつもだったら、沖田さんはわたしの言葉にまた十倍くらいの毒を吐いてくるのだけれど、そんな元気もないみたいだ。そのまま一生しおらしくなってくれないだろうか。
 沖田さんは「あちィ」とまた吐き出して、そのままずるりとその場に腰を落とす。

「ガリゴリ君食いてェ。ソーダ味」
「そうですか。今は期間限定の味が売ってますよ」
「そんな邪道なモン食える訳ねえだろーが。ソーダが最強なんでィ」
「なんでさっきから買いに行く前提で話をしているんですか?」

 目の前を歩いて行く人たちも、皆一様に気だるげな顔をしている。まだ夏は先だと言うのに、こうも暑くてわたしは生きて行けるのだろうか。これからもっと湿気が酷くなって、日差しも益々痛くなっていくだろうに。
 熱い空気が、わたしの頭に入りこんでくるみたいに、しだいに頭がぼうっとしてくる。どうしてこんなに暑いんだろう。

「オイ」
「……なんですか。コンビニまでひとっ走りする元気なんて……」

 ないですからね。そう言おうとしたところで、沖田さんが立ち上がった。じい、とわたしを数秒見つめていたかと思えば、わたしが抱えていたジャケットを奪っていく。押し付けたり取り上げたり、何のつもりなのだろうか。
 自分で持つ気になったのだろうか、そう思えば、また彼はわたしの頭にそれをかぶせてみせた。ほんとうに、なんのつもりなの。

「……あついんですけど」
「うるせェ。被ってろ」
「いやです」
「頭に被らねェんなら、アンタを屋根の上に縛り付ける」
「こわい」

 どんな脅し文句だ。そういつもなら噛みつくけれど、そんな元気は出なかった。仕方なく、頭にジャケットをかぶって、その場に座り込む。初めはこもるような熱気が気持ち悪かったけれど、ジャケットのおかげで日光が遮られて案外良いかもしれない。ラッキー。
 かわいそうに、人に押し付けないで自分で被っておけばそんなに暑い思い、しないでしょうに。ふふん、と笑ってわたしは沖田さんを仰ぎ見た。どうせだるくて死にそうになっているだろう、と。しかし沖田さんはわたしを未だ真っすぐに見下ろしていた。暑さのせいか、瞳がゆらゆら揺れている。額をつう、と汗が伝って、それを面倒そうに拭う沖田さんの顔は少し赤らんでいた。
 きゅう、と心臓がうずく。え、なに。どこに。何故、今、ちょっと高鳴った、わたしの心臓よ。

「なんでィ。アンタ、その顔」
「は?」
「……発情した雌ブタみてェな顔してまさァ」
「し、してない! してない馬鹿!」
「いや、してる」

 わたしが勢いよく首を横に振ると、沖田さんは、にぃ、と口の端を吊り上げた。悪魔、と呼んでも差支えない顔だった。

「俺の顔にムラっときてただろ」
「誰が!」

 否定すればするほどに、逆効果な気がしてくる。そんな訳無いでしょう。そう叫ぶたびに肯定しているような気分になってしまう。わたしが慌てる度に沖田さんの笑みが深くなっていく。

「お巡りさんがクソあちィ中で一生懸命働いてるってのに……スケベ」
「み、見てません、変な目でなんて! ドキッとしてません!」
「へえ、ドキッとしちまったのかィ」

 最悪だ。完全に沖田さんのペースだ。悔しすぎて暴れ出しそう。悪魔のような笑顔を浮かべる沖田さんに対抗する術は、今のわたしには思いつかなかった。顔が熱い。叫んだからか、さっきよりもどんどん暑くなってくる。最悪、最悪だ。わたしの顔を眺めている沖田さんが、「よかったなジャケット被ってて」とにやついた。

「そんな間抜けな顔、人様に見られたら大変でさァ」
「うるさい……」

 もう何を言ったって、沖田さんは嬉々としてこの方向性に持っていくのだろう。また隣に腰を下ろした沖田さんが、にっこりと笑いながらこちらの顔を覗き込んでいる。

「人様の顔エロい目で見た事への詫びだ。今すぐ買って来い。バーゲンダッシュ」
「ガリゴリ君じゃないんですか!」
「今リッチな気分」
「絶対バーゲンダッシュなんて買いませんから! 税金泥棒にはガリゴリ君がお似合いです」

 苛立ちと恥ずかしさを誤魔化すようにわたしは走り出した。ちくしょう。絶対ガリゴリ君の期間限定の味買って来てやる。ソーダの成分を一滴でもやつの口に入れて堪るものか。
 暑いし、揶揄われるし、最悪だ。まさか朝に日課の星座占いを見逃した祟りだろうか。だからあの人の赤らんだ顔が未だにちらついているのだろうか。ううううううううう。真選組の隊服を頭から被って唸るわたしを、コンビニの店員さんが化け物を見るみたいな顔をしている。

 まんまと御使いしてしまったことにわたしが気づいたのは、沖田総悟その人が、わたしのお金で買ったガリゴリ君を大きな口で頬張ってからだった。本当に最悪だ。




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