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きになるあのこは


 いつも、身体の奥の方に、ぴんと糸を通されているみたいだ。
 あの子と目が合うと、途端に背中にぴりぴりとした痺れが走って、上から引っ張られたみたいに背筋が真っ直ぐになる。
 なんでだろう。考えてみても答えなんてちっとも分からなくて、胸の辺りがただざわつくだけだ。けれど、それはとにかく甘ったるいもので、心地良いもので、幸せなものなのだ。不思議なカンジ。

 なまえはオレが通っているリストランテの看板娘だ。そこは大通りから少し外れた場所にひっそりと佇むこじんまりとした店だが、その割にはいつもお客がたくさん入っていて、中々に繁盛しているようだった。
 むっつりと黙り込んで料理を作る愛想の無いシェフとは裏腹に、なまえはずっと花が咲くような笑顔で働いている。彼女がパタパタと店内を周る様子をみていると、いつも可愛いなァ、と思う。

「ナランチャ! また来てくれたのね」
「お、おう。ここのピッツァはホント、美味いからさ」

 軋んだ音を立てるドアを開けると、くるりとなまえが振り向いて嬉しそうに笑った。そしてオレを席まで案内して、ふわふわ笑いながらオススメのメニューを教えてくれる。
 彼女の指先が指し示す文字を目で追いながら、オレの喉は何故かどんどん乾いていた。ごくり、と唾を飲み込んで、どうにか喉を潤そうとする。背中がぴん、とまた伸びた。不自然なくらいに固まった身体で、彼女の顔を仰ぎ見る。……うわ、カワイイ。めちゃくちゃ。可愛い。

「……それじゃあ、ちょっと待っていてね。熱々の、最高のマルガリータを持ってくるから!」

 注文を取り終えたなまえが、メモを片手に笑い、可愛いらしい八重歯が覗く。それを見るとなんだかオレはそわそわとして、心臓も騒がしくなってしまうのだ。
 なまえは別の客に呼ばれると、こちらに軽く手を振って離れて行った。ああ、行っちゃった。クソ、なんだよ、あの客、空気読めよな。そんな不満が溢れそうになるのを、ギリギリで堪える。
 ぱたぱたと、小走りでテーブルの間を移動する彼女のエプロンの結び目がゆらゆら揺れていて、それすら可愛いく思えてきた。
 なまえはどんな奴にだってあの愛くるしい笑顔を振り撒いている。時々あからさまに気があるふうの男が彼女に話しかける度にオレはすごくむしゃくしゃするような、もやもやするような心地になって、今にもそこに割って入りたくなるが、彼女の柔らかい表情を見ると、その気も萎んでしまう。せいぜい心の中で「その笑顔はオマエだけに向けられてないんだぞ。ふふん」なんて思ってみるが、最後にはその言葉も自分に返ってきて何故か暗い気持ちになった。あーあ、あの天使みたいな笑顔がオレだけに向けられたら、そんなに嬉しいことって無いのに。

「ナランチャ? どうしたの?」
「…………エッ?!」

 考え事をしていたら、いつの間にかなまえがオレの顔を覗き込んでいた。出来上がったピッツァを持ってきてくれたのだ。突然目の前に彼女の瞳が光っていて、思わず飛び退く。

「どうしたの? 今日、なんだか元気が無いみたい」

 心配そうな顔をして、眉を下げたなまえをみていると、じわじわと暗い気持ちが消えていく。

「いや、その、腹減って、ボーッとしてた」
「ホント? お腹空いただけ?」
「ホントだよ! 今日も、う、うまそうだなあ!」

 君のことを考えて、なぜか暗い気持ちになっちまった。そんなこと言えるワケない。
 なまえは初めは不安そうにしていたが、オレが大きな口でピッツァを頬張ると、やっといつものように笑ってくれた。ああ、嬉しいな。

「ナランチャは、いっつも美味しそうに食べてくれるから、嬉しいな」

 ゆるゆると解けるようになまえの口元が緩む。オレの心臓がばくばくと勢い良く鳴った。細められた彼女の瞳の奥が、オレの心臓をぎちぎちと握っているような気がする。どうしたんだろう、オレ。

「……可愛いなァ」
「え」
「……ん?」

 ぽろ、と、言葉が落ちた。なまえのまるい瞳が、今度は大きく見開かれる。じわりじわりと赤みが頬を侵食して、そうして目線が合わなくなった。
 思わず溢れた言葉だったけど、それは心の底からの言葉だった。いつもなら背筋がそわそわとして、喉の奥が変に乾いてうまく言葉に出来なかった。今、やっと言葉にできたのだ。ずっと思ってたことだった。だけど彼女にいつもの可愛らしい笑顔は無い。

「……オレ、変なこと言った?」
「う、ううん」

 不安になってそう言うと、勢いよくなまえが首を振る。何度か視線を左右へ彷徨わせて、そうして少し照れたように微笑んだ。

「な、ナランチャもお世辞を言ったりするのね、」
「お世辞じゃないよ。いつも思ってる」

 食いつくように言葉が出た。一度言葉にすると、今まで上手く言えなかったそれがするすると言えたからだ。相変わらず背筋はぴんとしてるけど、でも、言葉にできるからかもやもやはしなかった。
 なまえは顔を真っ赤にして、そうして絞り出すように「ありがとう」と言う。その表情があんまり可愛いから、オレはもう一度可愛いと、そう言おうと思った。それなのに、彼女はくるりと背を向けて、逃げるように厨房へ引っ込んでいく。ヒュウ、と誰かの口笛が聞こえる。……オレ、なんか、したかな。


 その後オレはちっとも飯を食べている感じがしなかった。あれだけ美味く感じた熱々のピッツァも、背を向けたなまえを思い出して、いつの間にか冷めてしまうくらいにはだらだらと時間をかけて食べた。
 彼女が他のテーブルに料理を運ぶ姿を眺めては、こっちに来てくれないかな、と思うのに、ちっとも目線なんて合わなくて、心臓がぎりぎり痛い。

「……ね、ねえ、やっぱりオレ、何かした?」
「へ?」

 帰り際、カラカラになった喉から言葉を絞り出した。心臓が、いつとは全然違うカンジでジクジクいたんでいる。なまえはオレの情けない表情に気づいたのか、少し申し訳なさそうな顔をして、ごくり、と一度唾を飲んだ。

「ご、ごめんなさい……その、」

 嫌だったって言われたら、どうしよう。女の子に可愛いって、NGだったのかな。ブチャラティに聞いてからにすれば良かったかな。頭の中をぐるぐると思考が回っていく。

「う、嬉しくて。すごく、舞い上がっちゃった……」
「え?」
「ごめんなさい……」

 真っ赤な顔をして、なまえがこちらの顔を伺っている。ほんのちょっと、唇が震えていた。
 多分、オレの顔も彼女につられて真っ赤だと思う。嬉しかったのか。嬉しくなってくれたんだ、オレの、言葉で。それってすごく嬉しいことだ。

「ま、また来る!」

 思わず大きな声が出て、店内の奴らの顔がぱらぱらとこちらを向いた。なまえがこくんと頷いて、はにかむように笑う。

「待ってるわ」

 ばくばく、心臓がうるさい。その上背中はぴりぴりして、ぎこちない動きで金を払って、変に姿勢が良いままオレはよろけた動きで店を出た。待ってる。そんな言葉がずっと耳の奥でほわほわと鳴っている。喉がすごく乾いていた。店の中で沢山水を飲んだのに。ああ、どうしてこう、変な感じになるんだろう、あのこといると。分からない。全然分からないのに、オレはその感覚がちっとも嫌いではないのだ。
 なまえの照れた表情を思い出すと、足取りが軽くなる。早いとこ、会いに行こう。明日、また来ようかな。可愛いって、飽きるくらいに彼女に言ってあげたい。オレの思うこと、全部、彼女に伝えたい。そしたらまた、喜んでくれるかな。



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