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るるる飛んでけ


 出来心だった。シャボン玉を膨らませようと口をつけた時に、横であなたが煙草を吸っているから。それが大人びて見えたから。だから、わたしは貴方の真似をするみたいに指先でそれを挟んで、そのまま息を吸ーーーー

「ヴぇっ、お!」
「えっ何!?」

 口元に苦みともなんとも言えない液体が入り込み、わたしは思い切り咽せた。咽せたっていうよりも吐いた。公園でかーーーっぺと唾を吐いているおじさん並みに。あれ、公害だと思う。けれど人間生きるか死ぬかの時があるのだ。息ができなくては吐くしかない、そういうことだったんだね、おじさん。
 突如として汚い声を漏らしたわたしに土方さんは思い切りびくついて、咳き込むわたしを呆れたように見つめている。

「なんでシャボン玉で咽んだ、テメェは」
「ひ、……土方さんが、煙草吸って、ごほっ、真似したいな……って、でき、ごほっ、出来心で」
「分かったから、水飲め、水」
「ありがとうございます……」

 苦い液体を無理やり水で流し込んで、わたしは胃の中でシャボン玉が膨らんで口から出てきたらどうしよう、とぼんやり思った。

「液ついたまま吸ったらそうなるに決まってんだろ、アホか」

 土方さんは煙草をふかしながらちょっと笑った。少し考えれば分かることだけど、偶にこういうこともある。考えるより先に、体が動いてたってやつ。そういうことだ。
 わたしは目の前のシャボン玉製造機をじっとりと睨んだ。わたしが悪いとは言え、酷い目に合った。ちくしょう。
 やる気が無くなって、わたしはそのままプラスチックの棒と睨み合っていた。すると土方さんが、手を伸ばしてきて、ひょい、とわたしの握るそれを攫っていく。
 彼も童心に帰りたくなったのだろうか。じっと見つめていると、土方さんはすう、と煙草を吸い込んで、そのままシャボン玉製造機に口をつけた。ふう、と息を吐くと、灰色のシャボン玉がぷく、と出てくる。

「えっ、何これ! すご!」

 灰色のシャボン玉は、煙草の煙を包んでぷかぷか浮いていた。透明のまんまるの中で、いつも土方さんが吐き出している有害物質がゆらゆらもくもく揺れている。
 土方さんは得意げな顔をして、もう一つ、シャボン玉を生み出した。一つ目のシャボン玉がぱちん、と弾けて、その中から煙がふわっと飛び出してくる。煙は何事も無かったかのように空気に溶けて消えた。

「わあすご。わたしもやりたいです!」
「ダメだ。シャボン玉の液で咽せる奴が煙草吸える訳ねェだろ」
「大丈夫です! シャボン玉の中に有害物質と咽せる成分を全て閉じ込めるので!」
「どういう理屈?」

 わたしは土方さんの手の中から煙草をひったくろうとしたけれど、土方さんは高く高く手をあげて、ついでに言うと灰がかからないようにわたしから遠い位置に煙草を向けてしまう。
 わたしだって、土方さんみたいに、シャボン玉を作ってみたい。特製シャボン玉。透明の膜の中で、ゆらゆら揺れる、煙をみたい。

「もう一回やってやるから、我慢しろ、みょうじ」

 仕方の無い子供に言い聞かせるみたいに土方さんはそう言って、もう一つだけシャボン玉を吐き出した。やっぱり魔法みたいに、シャボン玉の中に煙が閉じ込められている。あれ、もしや、全ての煙草の煙をシャボン玉に閉じ込めたら、副流煙的な問題、全て解決するのでは?

「する訳ねェーだろ。公害野郎の吐き出す公害を浄化する術は無いんでィ」
「誰が公害野郎だオイ」

 思わず口から溢れた計画を、拾って否定したのは沖田さんだった。いつの間にかわたし達の後ろに立っている。淡々と毒を吐き出して、わたしを見て呆れた顔をしていた。
「相変わらず頭が幸せそうなこって」
「ありがとうございます!」
「おい褒めてないからね? コイツ」

 沖田さんって、褒め上手だ。思わず笑ってお礼を言えば、沖田さんはすごくつまらなそうな顔をした。多分期待に沿う反応では無かったんだと思う、残念。
 沖田さんは暫く微妙な顔をしていたけれど、にんまり笑って、「いやいや、そんなことよりお二人さん。仲が良くって羨ましいや」と言葉を吐いた。

「そうでしょう、そうでしょう! 仲良しなんですよ、わたしと土方さん!」

 わたしは嬉しくって、飛び跳ねんばかりに笑った。というより、実際ちょっとだけ飛び跳ねた。沖田さんはわたしの反応に、今度は楽しそうににんまりと笑う。今度は期待に沿う反応だったらしい。

「おうおう、間接ちゅーしちまうくらい仲良しで良かった」
「エッ…………あっづ!!!!」

 間接ちゅー、つまり間接キスのことだ! わたしは初めなんのことだかちっとも分からなかったのだけれど、それが土方さんの加えていたシャボン玉製造機を指しているのだと分かった。エッと変な声をあげたのは土方さんで、ぽろっと手の中から煙草が落ちていく。じゅっ、と変な音がした。

「間接キス、確かに!」
「良かったなあ、間接ちゅーは立派な仲良しの印だぜ」
「そうなんですか!」

 大袈裟なくらい眩しい笑顔を浮かべて、沖田さんは笑っている。わたしは嬉しくって堪らなかった。土方さんと仲良しなんて、すごく嬉しい! しかも沖田さんのお墨付きだ。
 わたしは嬉しくて嬉しくて、この喜びを分かち合おうと土方さんの顔を見上げた。彼も優しく笑っていると思ったからだ。
 しかし、土方さんはその場で煙草を拾うこともせずに固まったままで、銅像みたいに立ち尽くしていた。いや、むしろ銅像と土方さんがいつの間にか入れ替えられていたと言われたほうがしっくりくるくらいに固まっている。

「あれ、土方さーん、どうしたんですか? 息してます?」
「いやあ、流石ムッツリ」
「えっ土方さんてムッツリなんですか?」
「違ェよ!!!!」
「あっ動いた」

 勢いよく否定した土方さんの顔はなんだか真っ青だか真っ赤だかよく分からない顔色で、沖田さんはそれを見て心底楽しそうに笑っている。
 沖田さんはひとしきり笑うと、「いやー、こりゃあいいモン見た。気持ち悪ィ」とすごく矛盾することを言って去っていく。土方さんはそれをいつものように叫びながら追いかけて行った。……あ、わたしのシャボン玉製造機、持っていかれた。
 



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