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ロマンス超特急にて


 苦労してきた。彼女は今の今まで途方もない苦労を重ねてきたのだ。長年付き合っていた彼氏に浮気され、仕事でも上司に恵まれず、けれどそんな中でも必死に生きてきた。どんな時だって正面から人に向き合うことができる、とても魅力的な人だ。わたしは彼女が好きだ。だから今だってこうしてハラハラしながら、前のめりになって彼女を見つめている。だって、だって、だって、彼女はもうすぐ幸せになれるのだから!

「一体どうして馬鹿みたいに走ってるんだ? この女」

 しかし画面の中の彼女に夢中になっていたわたしは、隣に座っている男の零した心無い言葉によって一気に現実に引き戻されてしまった。白けた顔になっていることを自覚しつつ、つまらなそうな顔で珈琲を啜る露伴をじっとりと睨みつけてみる。けれど彼は気づいているのかいないのか、こちらに見向きもしなかった。

「好きな人に想いを伝える為だよ……今すっごくいいところなの、邪魔しないで!」
「はァ? 何だって?」

 露伴は申し訳なさそうな顔をするどころか、苦いものを噛んだというか、不味くて仕方のないお菓子を間違えて食べてしまったというか、とにかく「うげえ」という感じの顔をした。むしろ彼は心の中で「うげえ」と言っていたのかもしれない。多分そうだ。そうじゃなければそこまで嫌な顔はできない筈だ。

「それならタクシーを呼べばいいだろ。どうしてわざわざ走るんだよ」
「その方がテンションがあがるの、視聴者が」
「見栄えを意識した演出なのは分かってるさ。ただこれじゃあ、リアリティに欠けすぎているって言ってるんだよ」

 出た。リアリティ。わたしはそう言ってしまいそうになったけれど、多分口に出したら分からず屋だと馬鹿にされるか、すごく怒られるか、もしくは露伴の機嫌が最悪になるので無理やり口を噤んだ。
 露伴がリアリティを大切にしているのは分かる。実際露伴の漫画は文句のつけようもなく面白いし、それが彼の大切にして、突き詰めた「リアリティ」というもの故なのは分かっている。分かっているけれど、こうして自分の好きなドラマにケチをつけられるいわれはない筈だ。
 だって、だって、彼女がやっと幸せになるのだ。たくさんのことで迷い悩み、苦しんで。出張帰りの幼馴染と取引先のレストランのシェフの間で揺れに揺れて! けれど彼女はやっとのことで決意して、今こうして走り出したのだから、その心を邪魔するのは違うのではなかろうか。

「ぼくだったら絶対にタクシー呼ぶけどね」
「ロマンが無い!」

 露伴って、本当に乙女心が分かっていない。好きな人に会うために息を切らしながら走る姿のなんてときめくことだろうか。背景にかかる主題歌も相まって最高に熱い。

「好きな奴に一刻も早く会いたかったら、一番早く着く手段で行くだろ、普通……」
「………………」

 ドラマに再び没頭としようとしたわたしに飛び込んできた言葉に、わたしはちょっと固まってしまった。それは露伴の零したそれが案外きゅんとしたというか、何というか。そういえばこの人が告白するためにわたしの家にアポなしでやって来た時、「他県に取材しに行ってきた帰りに思い立って来た」とかなんとかタクシーで来たことを思い出してしまったというか、何というか。

「どうしたんだい、急に黙って」

 暫く黙ったままでいたら、訝しく思ったらしい露伴が、わたしの顔を覗き込んでいた。ちょっときゅんとしてしまったとか、絶対に言いたくない。

「……とにかく、今はリアリティを一旦置いて、サヤカの幸せを願って」
「サヤカって誰だ」
「主人公!」

 半ばやけくそになって叫んだ。どうして露伴って、興味ないことは全然注目しないのかな。毎週この時間わたしの隣に座って珈琲を飲んでいるのに。ちっともこのドラマに注目していなかったってことなのだろうか。
なんだかムカついていると、露伴が「そのサヤカっていうのは、今男と抱き合っている奴か?」とテレビの画面にそのムカつくくらい長い指を向けて、そう口に出した。

「えっ」

 わたしとしたことが、露伴との言い合いと、考え事をしていてラストシーンを見逃していた。最悪だ。わたしは慌てて思考の渦から抜け出して、テレビの画面をしっかりとこの目で見た。そう、そこには彼女の幸せな笑顔と、あの、爽やかな……。

「け、ケントじゃん……え、待って、え、なんで!」
「オイオイ、なにが気に食わないんだよ、なまえが言う幸せ、なんだろ、これ」
「だ、だって、ケントだよ!? あの幼馴染だか何だか知らないけど我が儘でこだわり強くて自分勝手なケントだよ!?」

 わたしは興奮のあまり立ち上がって悲鳴をあげていた。
 だって、だって、わたしが思い描いていたラストとはあまりに違う。そんな訳が無い。彼女は聡明な人だ。そんな、確かにケントはイケメンだしお金持ちだし幼馴染というポテンシャルは強い。しかし、しかしだ。あまりに性格に難がありすぎるじゃあないか! この先の人生絶対に苦労しかしない!

「サヤカ、駄目、駄目だよ! 絶対にオサムの方がいい! 優しくて料理上手で爽やかだよ! 絶対に後悔する! サヤカ!」

 画面の中の彼女にわたしがいくら叫んでも、結末が変わる筈は無い。ドラマは気づけば主題歌が流れながら幸せな未来を暗示するような色彩でしめられていた。
 感謝の言葉を最後にCMに切り替わったテレビの前で、身体からは一切の力が抜け、わたしはソファに腰を抜かすように転がった。信じられない気持ちのまま、隣で未だに興味の無さそうな顔をした露伴に目を向ける。

「優しくて爽やかな男より、俺様気質の幼馴染か……まあありがちだな」
「絶対にオサムの方が良いのに……」
「ふうん、残念だったな、なまえ」

 一切の熱を失ったまま座り込むわたしを見て、露伴はいっそ引いているらしく、珍しく馬鹿にすることもせず「ココアでも淹れるか」と聞いてきた。それに頷いて答えて、わたしはぼんやりと宙を仰ぎ見る。
 どうしてこうもヒロインってやつは、選択を間違えてしまうのだろう。絶対にオサムの方が良いのに。どうしてあんなに面倒臭い男を選んでしまうのだろう。わたしなら絶対にオサムを選ぶのに! あんな面倒な男、絶対に、選んだりしないのに!





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