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きみの色をちょうだい

これのメイド



 カムイ兄さんの従者は個性豊かだ。カムイ兄さんに激アマの執事に、ドジすぎるメイドとか。その中の一人であるなまえには、よく仕事のできるヤツ、というイメージくらいしかなかった。

「ねぇ、ちょっと」
「…………」
「おいってば、」

 ぼくの呼びかけを散々無視した後、彼女が振り返る。なまえはきょろきょろと辺りを見渡して、誰も居ないことを確認すると、「はい?」と首を傾けた。眠たげな瞳が何度か瞬く。

「えっと、タクミ様? 何か御用ですか?」
「ああ、……さっきはありがとう」
「…………はあ……?」

 間抜けな声を零して、またなまえが首を傾けた。全く理解していないような顔で、ふわふわした夢見心地な声を出している。普段カムイ兄さんと一緒に居る時のイメージとは大分離れた印象だった。

「さっき、戦場で庇ってくれただろ?」
「…………ああー! 庇ったっていうか、あれですよね、背後から来てた賊をブスっとしたやつ」
「まあ、うん、そう、それ」

 ブスっと、と言いながら暗器をシュッと空で切って見せた様子に何とも言えない気持ちになる。しかし頷くと、なまえは「いえいえ」とのんびりした声を出した。

「カムイ様の弟君ですもん。ちゃんと守りますよ」

 にこにこ、と彼女は笑ったが、その言い方では「主人の弟じゃなかったら知ったことじゃない」という意味にも聞こえる。奇妙な心地になり、「どういう意味だ?」と声を出してしまった。

「それは、カムイ兄さんのきょうだいしか守る気無いってこと?」
「いやいや、そんな訳ないですよ。タクミ様の臣下だって、他の方だって、カムイ様の仲間ですもん、守ります」
「…………そう、」
「じゃあ、ジョーカーさんに呼ばれてるので、行きますね」

 ぺこ、と若干やる気のないお辞儀を置いて、なまえが去っていく。僕はもやもやとした心持ちのままでその後ろ姿を眺めていた。


△△△


 カムイ兄さんのマイルーム近くを通りかかると、丁度休憩中だったらしく、兄さんが菓子を摘んでいるのが見えた。傍にはなまえも居て、カムイ兄さんのカップに茶を注いでやっている。
カムイ兄さんといるなまえはもう、別人だと言っても良い。目尻をふにゃふにゃに蕩けさせて、本当に幸せそうな顔をしながら、カムイ兄さんの言葉に耳を傾けては、少し大袈裟に首を縦に振っている。

「タクミ?」
「……ああ、カムイ兄さん。休憩中?」

 目が合ってしまった中、じろじろ観察を続ける訳にもいかず、今気づいたような声を出す。なまえの方へ瞳を向けると、一切こちらには興味を示すことなく、ただジョーカーの例に倣うように頭を下げた。

「うん。タクミも一緒にどう? なまえの淹れるリョクチャ、美味しいんだよ」
「カムイ様……!」
「…………」
「緑茶?」

 なまえが尻尾を振らんばかりに喜んで、頬を真っ赤に染め上げると、ジョーカーの口から舌打ちが漏れた。今にも暗器を突き刺しそうな顔をしている。
 それにしても、緑茶か。きっと暗夜特産らしい紅茶やコーヒーかなにかを飲んでいるのかと思った。僕の表情に気づいたのか、カムイ兄さんは微笑んで、付け足すように言う。

「僕がね、白夜の飲み物のことを話したら、なまえが淹れてくれて。……練習、してくれたんだよね? ありがとう」
「いえ! メイドとして当然です!」
「誰に教わったの?」
「白夜の皆さんには一通り」
「え」

 僕の漏らした声に気づいているのかいないのか、なまえは指折り数えて、白夜出身の仲間の名前を呼び始めた。ヒナタやオボロ、サクラ、ヒノカ姉さん、リョウマ兄さんにサイゾウまで……本当に、白夜の皆さんには一通り、と言う感じだった。

「あ、じゃあもしかしてタクミも教えてくれたの!」
「え、ああ、……いえ、タクミ様には」
「…………」

 なんだか、気に入らない。僕は苛立ちを誤魔化すようにお茶を一気に流し込んだ。……正直すごく美味しい。
 カムイ兄さんが、微笑ましそうな顔で、「どう?」と尋ねてくる。

「……美味しいよ、すごく」
「それは、ありがとうございます」

 あくまでも、他人行儀なままで、なまえは頭を下げた。やっぱりちょっとムカついた。


△△△


「あのー、タクミ様」
「……なに」
「怒っていらっしゃいます? この前から」
「え?」

 背後から声をかけられて、振り向かないまま答えると、予想外の言葉が聞こえてくる。思わず振り返れば、困ったような顔をしたなまえが立っていた。彼女は僕の顔を見ると益々困った顔をした。普段自分に向けられる表情とはあまりに違うから、どうしていいか分からず、その場でただ立ち止まることしかできない。

「……なんで?」

 実際、心当たりが無いわけでもなかったので、誤魔化すように訪ね返してしまった。なまえはふにゃふにゃと眉を下げて、少し居心地悪そうにする。

「あの、わたしの緑茶、気に入らなかった、でしょうか」
「へっ」

 いつの間にか、なまえの顔は、困ったどころか、そのまま地面に沈み込んでしまいそうなくらいに情けないものになっていた。カムイ兄さん以外には白けた顔か、眠そうな顔ばかりしているのに。
 なまえは目線を辺りへ彷徨わせながら、言葉を零している。

「暗夜の人間が、ほんの少し練習した程度で、緑茶を……」
「ちっ違う! ぼくが怒ってるのは……いや、怒ってると言うか……」
「やっぱり怒ってるんですね?」
「いや。……なんで兄さんや姉さんには聞くのに、ぼくにだけ……聞かないのかなって……」

 なんだ。無性に恥ずかしくなってきた。言葉にすると、拗ねている子どもみたいじゃないか。なまえの表情がきょとりとしたことに気づいて、更に恥ずかしくなった。
 なまえが、何度か目を瞬かせる。いつもはやる気のなさそうな瞳がぱっちりと開いていて、そわそわとした。

「それはただ、タクミ様が弓の鍛練でお忙しそうだったので」
「別に、声をかけてくれればお茶の淹れ方くらい……」
「そうでしたか! それじゃあ、緑茶は……?」
「美味しかったよ」

 率直な感想だった。ほんとうに美味しかったし。だからそう言葉にしたのに、なまえはもうこれ以上無いくらいに瞳をとろけさせて、心の底から嬉しそうな顔をした。そう、あの、カムイ兄さんに向けている笑顔だった。
 心臓がざわざわする。ぎゅうぎゅう締め上げられたみたいに傷んでいるのに、視線が逸らせない。

「っ、あ」
「安心しました! カムイ様に不出来なお茶を淹れてしまったのではないかと不安で不安で……」
「……はっ?」

 火照っていた顔の熱が一気に引いた。なんだそれ、結局カムイ兄さんじゃないか。
 なんだよ、と思いながらも、ぼくは目の前の笑顔に中々文句なんて言えなくて、中途半端に声を漏らして、眉間にぐっとしわを寄せることしかできない。

「タクミ様に美味しいって思って頂けて嬉しいです」

 カムイ兄さんに完璧なお茶を出せたからだろ。そう分かっているのに、またふにゃふにゃした笑顔を浮かべるから何も言えなかった。ずるい。


△△△


 あれから、なまえはよくぼくに緑茶を振舞ってくれるようになった。カムイ兄さんに出す緑茶の腕を上げたいのだと、痛いくらいに分かってるけど、なんだかんだなまえが楽しそうにこちらに駆け寄って来て「お茶はいかがですか」と笑ったりなんかするので無下にできない。
 しかも、なまえが結構な頻度でぼくとお茶をしているのに気づいたらしいカムイ兄さんからの生ぬるい視線と、ジョーカーからの何とも言えない「飼い犬を取られた」みたいな視線が刺さるのだ。まあなまえはカムイ兄さんの従者であってジョーカーのものじゃない筈なんだけど。

「ふああ……」
「ちょっと、またあくび?」
「今日朝からジョーカーさんに叩き起こされて……」

 お茶のみ仲間になってから、なまえの態度は劇的に変わった。今まではなんだかんだと「カムイ様の弟君」に対する態度だったのが、遠慮がぼろぼろ剥がれていって、今では無遠慮なあくびを零すくらいだ。

「眠そうな顔してます?」
「すごくしてる。いつもだけど」
「この後カムイ様のマイルームに呼ばれたのでしっかりしなきゃ……」
「兄さんの前に行ったらどうせ一瞬で治るんだろ」

 そう言うと、なまえはへにょっと笑う。そこで嬉しそうな顔をするのか。ぼくとしてはあまり面白くはないんだけど、これに文句をつけるのは今更だし効果も絶対にない。

 カムイ兄さんのマイルーム。ぼくも呼ばれたことがあるけど、カムイ兄さんはすごく距離感が近い。顔とか頭とか、無遠慮に撫でまわしてくるのが常だった。流石に自分の従者とは言え、彼女にまでそんなことするとは思えな……いや、するかもしれない。
 そう考えると途端にそわそわして、彼女の顔をじっと見つめてしまった。ぱちり、と彼女と視線が交わった。

「どうしました?」
「いや、カムイ兄さん、……撫でまわすでしょ、人を」
「はい! 嬉しいです!」
「っぐ、」

 緑茶を吹き出しかけた。一応予想していたとはいえ、ぼくの心臓にあり得ないくらいの負担がかかる言葉だった。理解してるのに、どうしても嫌だという感覚が沸き上がってしまうのだ。

「……ぼくは、嬉しくないけど」
「えっカムイ様に撫でて頂けるのにですか……?!」

 これだから兄さんのメイドは。「いや、ぼくじゃなくて……」と続けながら、彼女の表情を見ても、そこには純粋な「何故?」という感情しかない。何で気づかないかなあ、と一人頭を抱えた。

「ぼくが嫌なのは……きみがカムイ兄さんに触れられることなんだけど……」
「えっ? 何でですか?」

 手強すぎる。ぼくはもうやっていられなくてそのまま机に突っ伏した。通りがかったらしいアサマの「苦戦してますねえ」という小馬鹿にしたような声が飛んできた。
 ほっといてくれ。
 ぼくがこんな気持ちでいるのなんて全く気付かないで、なまえは浮ついていた。


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