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巡り巡って花が咲く

 ぱらぱらと冊子をめくっていると、とろけるチーズがのったピザの写真が現れた。隣には輝くタルト。お店の外観にすら文句のつけようもない、美味しそうなカフェやイタリアンの店の写真と紹介文が並んでいる。うわ、このパフェ超美味しそう。さっそく桃色の付箋を貼った。なんだか浮足立ってきて、鼻歌混じりに歌っていると、彼が傍のプラスチック製の椅子に腰を下ろした。ぎしり、というよりも少し軽い、軋んだ音がする。

「……完全に観光気分だな」
「だって、折角なら美味しいもの食べたいし」
「きっとJOJOが案内してくれると思うけど」
「承太郎って肥えてるもんね、舌」

 はは、と声を漏らして典明が笑う。わたしは杜王町と書かれたページに緑色の付箋を貼って、持って来たバックにしまった。コンパクトな観光冊子を買ったつもりだったのに、それでもバックからはみ出してしまう。これでは恰好がつかないではないか。一目で観光客であることが丸わかりだ。

「言っておくけど、ぼくの鞄には入れないからね」
「えー、ケチ」

 ちらり、と冊子を目にして吐き出された、先回りされたような言葉には、呆れが滲んでいる。
 立ち上がって大きく伸びをした。両手を空へと突き上げて、すっと息を吸うと、潮の匂いがする。近くで低く船が唸り、ふと進路へ目を向ければ、遠くに町の影がうっすらと見えてきていた。きっともうすぐ、目的地に着くはずだ。



「まずはホテルに荷物を置きに行こうか。承太郎とも合流しておきたいから」
「えっ、まずはすぐ近くのカフェ行くけど」
「…………」

 降り立ってすぐ、合流なんてつまらないことを言う典明にそう返した。はぁ、と分かりやすく聞こえたため息は知らないフリだ。ぼくは先にホテルに向かおう、なんて言われてはまずいので(着いて早々に別行動なんて承太郎にも呆れられそうで嫌)(あとカフェで食べたいメニューがいくつかあるからできるだけ人数が欲しい)、とりあえず歩き出す。もう一度、深いため息が聞こえてきた。知らないフリ知らないフリ。少しの間があって、遅れて彼が歩き出す靴音が聞こえてきた。作戦通りだ。
 目的地のカフェに入ると、柔らかな笑顔を浮かべた女の子が、テラス席へ案内してくれた。すっごくチャーミングな笑顔につられてこちらも微笑んでしまうくらいで、席に着いた時にはもうわたしは目に見えてウキウキしていた。

「で、何がお目当てなんだい?」
「この季節限定のパフェでしょ、……ガトーショコラと……あーでも、チーズケーキも美味しそうなんだよね……」
「暫く滞在する予定なんだから、そんなに欲張る必要ないだろう?」
「まだいっぱい行きたいお店あるんだよ?」

 食べられる時に、食べておくべき!そう続けて顔をあげると、彼が呆れたような顔をして、仕方ないなあ、と息をつく。綺麗な長い指が、とん、とメニューの写真を指差した。指先には、チーズケーキ、の文字がある。

「ぼくはこれを」
「じゃあわたしパフェ。半分こね」
「はいはい」

 典明はわたしにちょっと甘い。「はいはい」と言ってケーキやらなにやらを半分こにするのは初めてでは無かった。今までの付き合いの中で、何度も繰り返されてきたものだ。繰り返されているけれど、わたしのこと甘やかしすぎじゃないかなあと思う。

「ガトーショコラもいけると思う?」
「食べてから考えなよ」

 至極まっとうなことを言って、彼はそばを歩いていた店員に手を挙げて合図をした。最初に席まで案内をしてくれた女の子だった。チーズケーキがおひとつ。季節のパフェがおひとつ。セットのドリンクがおふたつ。一つはストレートティーで、一つはレモンティー。以上でよろしいですか? 彼女はメニューの名前を読み上げ、最後ににっこりと微笑んで頭を下げると席を離れていった。やっぱり素敵な子だ。

「承太郎が泊まってるのって、杜王グランドホテルだっけ? その近くにも気になるところあるんだよね」
「まずは合流」
「今更じゃない? 一軒も二軒もおんなじ……ごめんなさい」

 そろそろ典明が本気で怒ってしまいそうなので慌てて口を噤んだ。こういう、ちょっと温和に見える人が怒るときが一番怖いんだって、わたしは知っている。ポルナレフも言ってた。
 「反省してますよ」の顔をきちんと作って、そろそろと視線を彷徨わせる。テラス席から大通りを眺めていると、紙袋を抱えた会社員、犬の散歩中の親子、笑いながら歩く学生が通り過ぎていくのが見える。

「いいとこだね」
「そうだね。良い町だ」

 柔らかな風が、よりのんびりとした気持ちにさせる。この町に仕事があって来たなんて忘れそうになるくらいだ。このまま観光だけで終わったらどれほどいいか、なんて考えてしまう。
 暫くの間、通りを行き交う人を眺めていると、待ちわびたパフェとケーキが運ばれてきた。光り輝いて見える。ありがとうございます、と運んでくれた彼女に伝えると、可愛らしいはにかみが返って来た。素敵な笑顔だ。

「わ、生クリームが完璧な甘さだよ、ほら食べて」
「はいはい」

 スプーンに乗せたアイスと生クリームを彼の口に突っ込むと、途端に表情が「お」というものに変わる。そうでしょう、美味しいでしょう。と、何故かわたしが得意な気持ちになって頬が緩んだ。

「チーズケーキも美味い。なまえ好みの硬さかな」
「ん、ほんとだ」

 確かに、固すぎず柔すぎず、完璧である。舌触りも最高だった。咀嚼しながら、他のも食べたいなあ、また来ようかなあ、とぼんやり考える。その間にもパフェをどんどん食べ進めて、あっという間にデザートは無くなってしまった。
 暫く、ぼうっと通りの方を眺めながら、残りの紅茶をゆっくりと飲む。お腹も満たされて、少しうとうとしかけた頃、彼が腕時計に目を落として、そろそろ行くよ、と声を落とした。

「うん、また来よう、承太郎も一緒に」
「ああ」

 典明もこのカフェは気に入ったらしい。三人で来るのが既に楽しみになってしまった。
 店を出て、杜王町、と書かれたマップを開いた。杜王グランドホテル、杜王グランドホテル、と文字を目で追っていると、海岸の側に目的のホテルを見つけた。なんだかんだまだここから離れているらしく、歩いて行くには結構ありそうだ。そもそも到着からかなり時間が経っているし、のんびり歩いて行ったら遂に承太郎にまで怒られかねない。まあわたしの所為なのだけれど。
 きょろり、と辺りを見渡す。タクシーの姿は見えず、仮に拾うなら駅前まで戻る必要があるかもしれない。うーん、と唸りながら視線を彷徨わせていると、いくつかバス停の看板が見えた。

「どこかホテルまで行くバスあるかな?」
「どうだろう。聞いてみようか」

 そうだねえ、と辺りを見渡して、近所の高校の制服を着ている子の傍へ寄る。そういえば、写真のあの子が通う学校はどんな制服だったろうか。彼は随分と制服を改造しているようだったからなあ、なんてぼんやり思いながら「すみません」と声をかけると、「はい?」と振り返って、男の子が首を傾けた。

「杜王グランドホテルに行きたいんですが、そこまでのバスはありますか?」
「ああ、ありますよ! ここからだと……」

 人懐こい笑みを浮かべて、男の子が向こう側の道へ指先を向けた。そして途中で言葉を止めて、わたしの顔を仰ぎ見て、あの、と声を零す。

「良かったらバス停まで。この辺り、分かりにくいんです、バス停が多くって」

 すごく助かる申し出だ。典明がありがとう、と男の子に微笑むと、彼は照れたようにはにかんで頬をかいた。良かった、これで承太郎と合流できそうだ。
「素敵な学生さんだね」と、案内してくれる彼に続きながら、随分としみじみとした声が漏れてしまった。典明が声を漏らして笑う。

「観光ですか?」
「ええ、ついでに仕事も」
「ついで……」

 きょとん、とした顔に仰ぎ見られて思わず吹き出すと、後ろを歩いていた典明に小突かれた。「冗談冗談」と誤魔化すように言えば、男の子もふっと息を漏らして笑ってくれた。

「友人がこの辺りで仕事をしていて。手伝いに来たんだ」
「そうなんですね!」

 仕事の内容は面倒ごとに近いけれど。彼の家のごたごたも関係あるし。
 信号に差し掛かり、三人そろって足が止まった。ああそういえば、この町の子みたいだし、おすすめの観光スポットとか、食事場所とか、聞いてみようかな。鞄から冊子を取り出して、男の子に向き直る。察した典明が呆れた顔をしていた。

「どこかおすすめの場所はありますか? 観光地とか、レストランとか」
「食事だとここのイタリアンが……っあ!」

 ごう、と風が強く吹き付けた。その拍子に観光冊子に挟んであったマップがひらりと飛んでいく。反射的に踏み出そうとしたけれど、信号は未だ赤だった。男の子も慌てたような顔をして、中途半端に手を伸ばしている。
 そのまま道路の向こう側まで飛んでいきそうになった地図を、ぱしり、と緑が掴んだ。

「おお」

 ハイエロファントだ。風に吹きつけられた地図を掴んで、そのままするすると戻ってくる。どう見ても不自然に止まって引き返してきた地図に男の子が目を白黒させているけれど、まあ、誤魔化せる範疇だろう。
 けれど男の子は、わたしが思う反応とは、少し違う様子を見せた。

「スタンド……?!」

 戻ってきた地図をわたしがキャッチしようと手を伸ばしたところで、男の子がそう呟いた。驚きでわたしの口から「え」と声が漏れる。わたしも、典明も、軽く目を見開いて男の子を見つめていた。男の子の方も、目をぱっちりと開いてわたしたちを凝視していた。
 驚きだけではない、彼の瞳には警戒心が滲んでいた。じり、とその足が下がる。

「あ」

 スタンドが見えたということは、彼もスタンド使いということだ。スタンド使いが多い、とは聞いていたものの、彼もそうとは。
 信号が青になったけれど、わたしたちは未だ不自然に見つめ合っていた。そこでふと気づく。もしかして、承太郎が言っていた学生の子だろうか。写真の子では無いから、彼の「叔父」の友人かもしれない。確か、

「広瀬康一くん?」
「っど、どうして僕の名前……」

 当たっていたみたいだ。顔に焦りを滲ませている彼を見て、典明も思い当たったらしい。「ああ、そんなに警戒しないでください」とゆったりとした声を出して、首を軽く横に振った。わたしもなるだけ怖がらせないようにして、自分の名前を名乗る。

「わたしたちは、スピードワゴン財団に派遣された追加の調査員です」
「スピードワゴン財団……」

 ぽかん、とした顔をした広瀬康一くんににっこりとした笑顔を向ける。聞いていた通り、随分いい子そうだ。
うーん、けれど身分を証明するものなんて何も持っていない。つい先日音石明との戦闘があったばかりみたいだし、警戒するのも仕方ないだろう。うんうん唸って、わたしは鞄に手を突っ込んだ。手帳を取り出してぱかりと開く。

「そうだ、これ」
「なまえ、いつも持ち歩いてるのか? それ」
「えっ持ち歩いてる」

 学生時代に撮った写真だ。承太郎と三人で撮ったやつ。あの旅の写真も、もちろんある。いつも手帳に挟んであるのだけれど、それに典明が呆れたような、照れたような顔をしていた。指先で写真をちょっとだけなぞる。
 広瀬康一くんは、写真を見て僅かに目を見開いた。「うわあ」と声を漏らして、写真を凝視している。

「これ、承太郎さんですか?」
「そうそう。厳ついでしょ、制服。ま、今の服も目立つかあ」

 はああ、と息を漏らした広瀬康一くんが、きらきらと目を瞬かせている。警戒は溶けたみたいだ。広瀬康一くんがぱちぱちと目を瞬かせて合点がいったというように頷いた。「これから承太郎さんのところへ?」と笑う彼に、わたしもにこにこ頷いた。

「とっくに伝えてある時間は過ぎているんだから、急ぐぞ」
「はあい」

 その後広瀬康一くんがバス停まできっちりと案内してくれた。バスに乗る前に「一緒に行く?」と言ってみたけれど慌てたように首を横に振られた。もしかして承太郎、ちょっととっつきにくいと思われてるのかな。
 最後に改めてお礼と、またね、と伝えると広瀬くんはにっこりと微笑んで手をひらひらと振ってくれた。何ていい子だろう。

 バスに揺られながら、杜王町を眺める。ああ、今度海岸沿いを散歩するのもいいかもしれない。食べたいものもたくさんあるし、観光地にも気になるところがあるし。
 典明も、同じように窓の外を眺めている。

「いい子だったね、広瀬康一くん」
「ああ。すごく」

 やっぱりいい町だ、杜王町。

 結局ホテルについたのは夕方に差し掛かっていて、承太郎にはため息と一緒にいつもの文句を言われた。やれやれ、と言いつつも、彼もわたしたちとの再会を懐かしんでくれているようで、怒るわけでもなくどこか甘いのが可愛いところだ。
 夕食の後、明日、ホテルの近くに行きたいレストランが……と地図を取り出すと、典明に軽く頭を小突かれた。わたしの持つ観光冊子には既に大量の付箋がついている。三人で行こうね、と笑えば、なんだかんだと二人とも文句は言わなかった。


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