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いろこいに辟易

「わたし、小太郎君にちゃんと、女の子として見てほしいの」
「は?」

 ちょこん、と目の前の席に座ってそう言った女に、しばし呆然とする。いや、女なんてまだ言い難い、乳臭いガキだ。年のころは確か新八か、お妙なんかと同じぐらいだっただろうか。まだ少し幼さの残る顔が少し歪められ、むっとした声で「ねえ、聞いてるの、銀さん」と俺を呼ぶ声も耳を流れていった。
 ああ、面倒そうな話に首突っ込んじまった。
 俺は極力何事もなかったような顔をして、目の前のパフェを頬張った。珍しく奢るからと言われてついて来ればこの様だ。

「ちゃんと依頼として頼んでるじゃない、何がダメなの?」
「依頼ねえ、」

 パフェ用の長いスプーンがざり、とコーンフレークに行き着いた。いや、多すぎだろ、かさまししてんじゃねーよ。
 ばりばりと少ししけったそれをかみ砕く。生クリームを残しておくべきだったかと後悔するも、もう生クリームもアイスクリームも自分の胃の中だった。失敗した。
 小さな声で不満を零しながら、相手に目を向ける。目の前のガキは確か名前をなまえといって、何故か桂にくっついて回っている、かなり変わった奴だった。あの変人についていくのだからまあ同じく変人に相違ない。ヅラにべったりの様子を初めて見た時は、ロリコンの気もあったのか、電波に熟女好きにロリコンって、盛りすぎだろ。とドン引きしたもんだが、今では日常の光景になりつつあった。脳裏で腐っても腐り落ちてくれそうに無い腐れ縁の顔を思い浮かべる。

「小太郎君は熟女が好きなんじゃないよ、ネトラレが好きなの。……いや、ねとり? あとヒトヅマ」
「君それ意味わかって言ってる?」

 こて、とあどけない顔で首を傾けたガキにため息をついた。お守するためにファミレスについてきたわけじゃない、こちとらパフェを食いに来ているのだ。

「ガキの恋愛ごっこに付き合うなんて御免被るね」
「ちゃんとした依頼だよ、報酬も支払うし」
「報酬? ガキに集るほど落ちぶれちゃあいねえよ」

 ばさり、という仰々しい音と共に目の前に分厚い封筒が投げ出された。

「……で、何すりゃあいいって?」
「だから、小太郎君に女の子として見てほしいの」
「分かった、俺に任せろ」



「……って訳だから、新八、彼氏のフリしてやって」
「なんでだァァァァァ!」

 ばしん、と乾いた音と共に頭を眼鏡に引っ叩かれた。新八は目を血走らせながら俺から奪い取った封筒を目の前のガキに返している。おい、何してんだよ。

「それはコイツが前払いでいいって言ったんだぞ」
「女の子から金巻き上げて恥ずかしくないんですかアンタ」

 酷く冷め切った目をした新八が「ごめんね、なまえさん」と眉を下げている。いや、もらえるモンは貰っとくべきだろ、そう伸ばしかけた手を今度は叩き落された。嫌になる。これだから童貞は嫌なんだよ。すぐ女にいい顔をしやがる。

「関係ないでしょどうて、……いは!」
「どもんなよ。マジキモイアル」

 神楽の追撃に、新八が切り返そうとしたがもう精神が折れたようで声はか細い。一連の流れをぼんやりした顔で眺めていたなまえは「相変わらず仲いいね」と少し笑っている。


 ファミレスで話を聞かされた後、俺はガキを万事屋へと連れ帰った。玄関跨いで依頼内容を報告したらこれだ。瞬く間に手元から消えてしまった封筒を恨みがましく目で追う。これから何処で飲んでやろうかと頭を悩ませていたところだったのに。

「そ、それはそうと何で、僕が、その、かっ、彼氏になるなんて話に」
「いやフリだからね?」
「顔赤らめんな。キモいアル」

 新八はもうツッコミをする気力さえも失ったようで、顔を赤らめたままもごついた口調で何かを言っている。それを神楽が冷め切った目で見つめていた。

「いや、ヅラがNTR好きならこれが一番かなって」
「いや適当すぎるでしょ主旨変わっちゃってるじゃないですか」

 「依頼内容は桂さんに女の子として見てほしい、でしょう」そう顔を引きつらせながら眼鏡を上げる新八の横で、神楽が不思議そうになまえの顔を覗き込んだ。

「そもそもなんでヅラにオンナノコとして見てほしいアルか?」
「なんで………」

 しばらく考え込むように沈黙したガキの顔に、少しの赤みが差したことに辟易した。あーあーやっぱりそうだ。色恋沙汰に関わるのは碌なことがない。やっぱり断っておけばよかったかと思う裏腹、それでも分厚い封筒が忘れられないことも事実だった。
 黙り込んでいたなまえが少し困ったように笑いながら口を開く。

「小太郎君、わたしのこと拾って面倒見てくれたから……だからいつも過保護っていうか、」
「過保護ねえ」
「でもそれって、女の子として扱ってくれてるってことじゃないんですか?」
「違うの、なんていうか……」

 「お母さんみたいな感じ」ぽつ、と呟いた声を聞いて、その場にいる全員が脳裏にあのアホの姿を思い浮かべた。目の前のガキと、ヅラが並んでいる光景を思い浮かべてみる。まあ確かに、過保護な感じも、する。

「多分、みんなが考えてるよりもずっと酷いよ」

 なまえが重々しくため息をついて、そう言った。まあ、今更あのおバカ集団の生活にはこれっぽちも興味なんて持ち合わせちゃあいないのだ。こちらはこちらで依頼を受けて解決し、報酬を受け取れればそれでいい。
 新八が俺の考えを読み取ったのか、また冷め切った顔をこちらに向けていた。なぜか神楽も同じ顔をしてこちらを見つめている。

「とにかく、ヅラに女として見られりゃあいいんだろ」

 なまえが輝いた眼で俺の顔を見上げた。副音声を付けるとしたら、「神様」なんて恍惚としたやつが聞こえてきそうだ。まあ悪くない。

 なまえは曲がりなりにも浪士たちと行動している一員という自覚があるのか何なのか、目立たない、地味な色をした男物の着物に身を包んでいた。男装と言うには中途半端な、ちぐはぐな印象を受ける。他には服持ってるか、という問いかけにも首を横に振ったあたり、四六時中こういう格好なのだろう。
 まあしかし、着物をお妙に借りるにも、背丈が合いそうにもない。「オンナノコ」として見てもらうためにまずは物を揃えようと外に出たものの、どうしたものかと考えあぐねる。

「何か買うにしたって、持ち合わせねーんだろ?」
「なまえさんが持ってきたお金あるじゃないですか」
「ばっかお前、あれは俺の報酬だろ」
「ほんと恥ずかしくないんですかアンタ」

 神楽は年の近い友人と外を回ることに浮足立っているのか、嬉々とした表情でなまえの手を引いていく。少し離れた場所で、ガキ二人がこちらに手を振った。はやくはやくと叫ぶ声にひかれるように歩き出した。
 何軒か店をみて回りつつ、なまえに服をあてていく。はじめはありがちな着物を眺めていたが、本人含め全員が段々と飽き始め、手に取るのもゲテモノばかりになってきた。コテコテのメイド服を手にとってなまえに押し付ける。

「ヅラはマニアックな格好くらいが丁度いいんじゃね」
「女の子になんて格好させようとしてるんですかアンタは!」
「こっちのがいいアル」
「神楽ちゃんはそれどういう趣味なの?」
「これ神楽ちゃんに似合いそう!」
「なまえさんに至っては主旨変わっちゃてるんですけど!?」

 ぶっ通しで叫び続けた新八が肩で息をしながら「真面目にやる気あるんですかアンタら……」と独り言ちた。その手にもミニ丈のアイドルが着そうな着物が携えられていたので「趣味駄々洩れだぞメガネ」と指摘してみればさっと背中に隠された。
 女二人は未だにお互いに服をあてがいながら楽しそうにしている。

「俺はなまえにはこんなのが似合うと思うのだが」
「いやァ、それは過激すぎるんじゃないの」
「流石に無いでしょ、アハハ」

 すっと目の前に差し出された一着に思わず乾いた笑いを零した。新八も横で若干引きながら笑っている。いやいやこれはないだろ。どう考えてもまだ十代の女に着させる服じゃねえし。絶妙な露出がむしろ生々しい。ハハハと笑って、ふと、横に新八が居て、少し先で女ガキ二人が笑っているのなら、目の前のこれはなんだと目を向ける。
 目の前には当たり前のように、真剣な顔をしたヅラがどう考えてもゲテモノの服を携え立っていた。

「かっ桂さん?!」
「……おー、何してんだヅラァ」
「ヅラじゃない桂だ」

 いつもの文言を吐き出した後、ヅラは「通りかかっただけだ」と下手くそな口笛と共に視線をそらした。「いや絶対ストーカーしてたよこの人」と引きつった顔で新八が言う。過保護っていうか只のストーカーなんじゃねえの。

「それにしても貴様なまえとどういう関係だ返答によっては斬るぞ」
「アホなのお前、ロリコンでストーカーな上に状況も把握できないの」
「ロリコンストーカーじゃない桂だ!……貴様と一緒に居てうちの子に天パと眼鏡が移ったらどうするつもりだまったく」
「移らねえよ」

 俺と新八の声が重なって響いた。ヅラはそれに慌てて商品棚の陰に身を隠し、落ち着きのない様子でなまえの姿をしきりに確認している。

「声が大きい! もしバレたらどうするんだ!」
「お前の声が何千倍もデケェよ」

 俺の声にいそいそと居住まいを正したヅラは何かを誤魔化すように何度か咳ばらいをした。……やっぱりストーカーなんじゃねえの。
 少し姿勢を低くしたままでヅラは俺たちに向き直る。

「……なまえに絶対についてくるなと念押しされてな。……しかし心配になってこっそりついて来れば貴様らと一緒とは」

 自分に向けられた白けた視線など意にも介さず、ヅラは真面目な顔で頷いてみせた。なるほど、確かにここまで干渉されれば年頃のガキは嫌がるだろう。なぜこんなことを俺が言わなきゃいけないのかと思いつつ、ヅラに目を向ける。

「……あいつお前に四六時中世話焼いてもらう年じゃねーだろ。過保護すぎるんじゃねえの」
「何? 一体どの辺りが過保護だと言うのだ」

 指摘されてもピンとみていない様子のヅラはやはりどうしようもないのかもしれない。苛立ちで飛び出しそうになる手を抑えていると、隣で白けた顔をしていた新八が焦ったように声を上げた。何度も背中を叩かれて目を向けると、新八が震えながら背後に目を向けている。

「二人とも何コソコソやってるアルか?」
「この着物どう思いますか?」

 振り向くとガキ二人が突っ立っていてその場の空気が固まった。慌ててヅラに目を向けるともう居なかった。いつの間に消えたんだあいつは。

「これすっごく似合ってるでショ?」

 神楽が満面の笑みでなまえの背を押した。上品な色合いをしたそれは中々似合っていて、新八が「すごく綺麗ですよ」と穏やかに笑っている。なまえは落ち着かないのかそわそわとしながら着物の裾を握っていた。

「あの丈短けぇやつとかじゃなくていいの? 流行ってんだろ」
「うん、こっちの方があの人が好きだと思うから」
「いやあいつは結構露出してるアレな」

 いやあいつは結構露出してるアレな服の方が好きみたいだけどな。言いかけた言葉は新八に足を踏まれて飲み込んだ。
 買ってくるね、と軽い足取りで浮ついた様子のなまえと神楽がレジへ向かっていく。
 姿が離れていくのを見送って、背後に目を向けると、奥の棚の陰からヅラがゆっくりと顔を出した。

「似合ってましたね」
「……ああ」

 新八の声に頬を緩めたヅラの表情はあまりにも力の抜けたもので、見ているこっちが背筋がむず痒くなってしまいそうなものだった。

「女として見てもらいたいんだと」
「ちょ、銀さん」

 喧しく咎める声が横から聞こえるが、俺はもうこのむず痒い空気には耐えられねえし、そもそも耐えるつもりもない。
 ここまで言えばさすがの堅物も気づくだろうと目を向けたが、ヅラはきょとんとした顔を向けただけだった。おい嘘だろ。

「……誰にだ?」
「いや、ほらいるじゃん? すぐそばに」
「まさか好いている男が……誰だ?! だ、ッ誰だ?! 貴様知っているのか?!」
「お前ワザとなの?」

 顔を真っ青にしながらヅラが地に膝をついた。おい一人劇場始まっちゃったよどうするんだよどんだけ鈍いんだよこいつ。
 新八も疾うに呆れ果てたのか引きつった顔で笑っているだけだ。

「ちゃんと褒めてやれよ、あれ」
「ああ、それは……もちろんだ、勿論だが……!」

「お待たせしました!……あれ、」
「なんでヅラが居るアルか?」

 やべっ、と声が漏れた。なまえの想い人を突き止めることに必死になっていたヅラは隠れそこね、不自然な体制で動きを止めている。
 暫く無言の時間が流れ、なまえが顔を歪めヅラの前に踏み出した。表情には怒りが滲んでいて思わず視線を逸らす。怒った姿など見たことがないからか、嫌に心臓に悪い。

「ついてこないでって言った」
「いや、その……」
「いやいやヅラは偶然通りかかったんだってよお、ねっ新八」
「そ、そうみたいです。お買い物しにきたんですって」
「……へえ」

 あれっなんで俺ヅラのフォローしてんの?
 なまえは暫く訝し気な顔で俺たちとヅラを眺めていたが、こちらの言い分を信じることにしたのか、少しだけ頬を緩めた。しかしヅラの視線が自分の着ている買ったばかりの着物に向けられていることに気づき、照れたように視線を逸らす。何この空気。

「よく似合っている」
「っほ、ほんと……?」
「ああ」

 いやだから何この空気。
 ヅラは暫く視線を揺らしていたが、意を決したようになまえと目線を合わせた。

「その着物を見せたい……いい人が出来たのか?」
「えっ」
「銀時に、女性として見られたいとその、聞いてだな……」
「……ええっと」

 なまえの冷ややかな眼差しがこちらを向いた。いやわざとじゃねえって、まじだって、怖ぇってその顔。じわじわと視線を逸らしていくと、はああ、と深く吐き出されたなまえの溜め息がまた俺の肝を冷やした。

「小太郎君だよ」
「え」
「小太郎君に、子ども扱いされたくなかったの」

 なまえの瞳がじっとヅラを見据えていた。きょとりとしたヅラの表情が、次第に不可解なものを見るようなものになっていく。何度か高速で瞳を瞬かせ、ヅラは首を傾けた。

「子ども扱いなどしていないだろう。なまえは立派な女子だ」
「……そう」

 あれで女の子扱いなのかよ。なまえの表情は雄弁に語っていたが、それに気づくヅラではない。そもそも今そこそこデカめのフラグを叩き折ったこともヅラは気づいていない。
 なまえもそろそろ嫌になったんじゃねえの。そう思う。ヅラは生真面目な顔をしていても常にネジがどこかしら飛んでいる、そういう奴だ。言葉にしてもとぼけた顔をされてしまえば、嫌にもなるだろう。

「小太郎君。今からこの服でデートして」
「デッ?」
「デート。逢引。逢瀬」
「買い物に行きたいのか? 仕方ないなー付き合ってあげようじゃないか」
「まあ、いいやそれで」

 だが、なまえの顔は曇らなかった。むしろその瞳がぱっちりと開き、謎の光まで差し込んでいる。俺は悟った。何か変なスイッチ入ってるぞ、こいつ。追いたくなる性質なのかもしれないが。
 ここまできたら全力で押して押して押しきってやるわ。なまえの考えていることがひしひしと伝わり、こっ恥ずかしい気持ちになってきた。

「皆、選ぶの手伝ってくれてありがとう!」
「それではな銀時」

 なまえがヅラの背を押して歩いて行く。普段より可愛らしい着物を着ているからか、まあ、仲のいいカップルに、見えないことも、ないかもしれない。いや、まだ兄妹が関の山か。ヅラはあくまで保護者のような顔を崩さない。

「……はぁ……」
「なまえ可愛かったネ」

 頭の後ろを掻く。恋愛がらみは妙に気疲れするものだ。
 俺は気を取り直して依頼料で美味いもんでも食って帰ろうかと懐を探った。……あ、依頼料回収し忘れた。


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